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心理的資本 (PsyCap) | 心理的資本と従業員のパフォーマンス・ウェルビーイング

心理的資本(Psychological Capital; PsyCap)という言葉をご存じでしょうか?

心理的資本は、ポジティブ心理学の隆盛にともなって2000年代初頭に提唱された概念です。心理的資本は、私たちのポジティブな心理状態を高め、仕事のパフォーマンスやウェルビーイングを向上させるための鍵として機能するものとして期待されています。

今回の記事では、心理的資本(PsyCap)の基本的な構成要素や測定方法、そして、私たちへの影響について紹介していきます。


心理的資本(PsyCap)とは

1998年のアメリカ心理学会の会長講演で、Seligman氏が「ポジティブ心理学」の必要性を訴えて以来、人々のウェルビーイングや生産性、最適な機能、潜在能力や強みの開発などに焦点を当てた心理学研究が増加しました。

経営や組織の分野において、ポジティブ心理学を職場に適用しようという研究のなかで、望ましい職務姿勢や行動、パフォーマンスに関連するものとして、心理的資本(PsyCap)は提唱されました(Luthans, 2002, Luthans et al, 2004)。

心理的資本の定義

心理的資本は、「個人のポジティブな心理状態」であるとして、以下のような特徴を持つものと定義されています (Luthans et al., 2015)。

1.希望(Hope)
目標を持ち続け,必要な時には目標への道を調整して目標達成しようとすること
2.効力感 (Efficacy)
挑戦的な仕事を引受け,必要な努力を投入すれば成功できるという確信
3.レジリエンス(Resilience)
逆境や問題状況に陥ったとき,挫けずに,粘り強く困難を克服する能力
4.楽観性(Optimism)
自分の現在および将来の成功についてのポジティブな期待をする帰属スタイル

この4つの構成概念はその頭文字から「HERO」とも呼ばれ、心理的資本は4つの構成概念を統合した高次構成概念とされます。

心理的資本の測定

心理的資本の測定には、多くの場合、自己報告式の心理尺度であるPsychological Capital Questionnaire (PCQ)-24またはPCQ-12(短縮版)が使用されています。

一方で、PCQ-24およびPCQ-12は、職場における心理資本の測定に限定されており、現在働いていない人などには活用が難しいという欠点があります。そこで、複合的に心理的資本を測定するCompound Psychological Capital Scale (CPC) および、その改訂版であるCPC-12Rが開発されています。

最近、CPC-12Rの日本語版が開発されたので、ご紹介します (Ikeda et al., 2023)。

表. CPC-12R日本語版 (Ikeda et al., 2023)

心理的資本の特徴

心理的資本は、これまでの研究からいくつかの特徴が整理されています。

心理的資本はさまざまな文化で適用可能である

心理的資本の構成概念は、世界のさまざまな国や地域を対象として検証されています。

Wernsing (2014) では、12か国(ブラジル、中国、ドイツ、インド、イタリア、メキシコ、ポーランド、南アフリカ、スウェーデン、トルコ、イギリス、アメリカ)を対象として、心理的資本の測定尺度(PCQ-12)の信頼性を検証しています。就業者56,363名のデータを分析した結果、4つの構成概念と高次構成概念としての心理的資本の信頼性が確かめられました。ただし、簡略された3要素の構成概念モデルの方がより高い適合性を示すことが示されました。

日本においても、「希望」「楽観性」「レジリエンス」「効力感」からなる4つの構成概念を含む心理的資本が適用可能であることが報告されています (Ikeda et al., 2023)。

心理的資本は開発可能である

心理的資本は、時間とともに変化することが裏付けられており (Avey et al., 2010, Peterson et al., 2011)、比較的、短期間の介入トレーニングで開発可能なことが報告されています (Luthans et al. 2006, 2010, 2014)

心理的資本を含むポジティブさに対しては、生まれや育ちが約半分を説明し、10%程度が状況(年齢や収入、居住地など)で説明されるとされており、残りの40%程度は自分自身のコントロール下にあり、意図的に形成・開発することが可能であると考えられます (Lyubomirsky, 2007)。

心理的資本開発介入の典型的な例としては、目標設定、目標への経路の作成、さまざまな経路を通じた目標追求のメンタルリハーサル、課題を克服するための不測事態対応計画などが挙げられます。
これらの心理的資本の介入は通常2~3時間で、特定の職場環境に合わせて調整され、4つの心理的資本の要素を相乗的に高める効果が期待できます。この短期間のアプローチは、個々のポジティブ思考を高める戦略や活動よりも効果的であることが認められています(Seligman et al. 2005, Sin & Lyubomirsky 2009)。

心理的資本の影響

心理的資本が高いことは、私たちにどのような影響を及ぼすのでしょうか?ここでは、代表的な影響をいくつかピックアップしてご紹介します。

仕事のパフォーマンス

心理的資本は、組織や企業においてポジティブ心理学を適応し、従業員の望ましい機能や成果と関連するものとして提唱されたため、心理的資本と仕事のパフォーマンスの関連が検証されています。

Avey et al. (2011) によるメタ分析では、心理的資本とパフォーマンスの関連を検証した24の研究から、心理的資本とパフォーマンスには有意な正の関係にあることが示されました。パフォーマンスの測定には、自己評価や上司による評価、客観的データ(売上、製品不良の量など)が用いられましたが、一貫した正の関係が見られています。

心理的資本が高い人々は、成功のために努力し(効力感)、問題解決に対する解決策を生みます(希望)。また、結果に対して前向きな期待を抱き(楽観性)、逆境や挫折に直面しても粘り強く立ち向かう(レジリエンス)ことから、優れたパフォーマンスを発揮することが出来ると考えられています。

従業員の心理的態度や行動

企業にとって、業績などの従業員のパフォーマンスの他にも、従業員の心理的態度や行動も気になる観点です。心理的資本は、従業員の満足度、コミットメント、離職意図など(従業員態度)や、組織市民行動、逸脱行動など(従業員行動)に対して、良い影響を与えることが報告されています。

上記と同様のメタ分析では、心理的資本は従業員の満足度やコミットメントと有意な正の相関を示し、離職意図や変化に対する皮肉的態度と有意な負の相関を示すことが認められました (Avey et al., 2011)。また、心理的資本の高さは、組織市民行動(自分の職務範囲外の組織のための行動)と正の相関があり、逸脱行動とは負の相関があることが示されました。つまり、心理的資本が高い人ほど、組織にとって望ましい態度や行動が増加し、望ましくない態度や行動は抑制される傾向にあると言えます。

従業員ウェルビーイング

心理的資本は、従業員のウェルビーイングとも関連することが報告されています。

例えば、Avey et al. (2010) では、幅広い層の従業員280名を対象に、3週間の間隔をあけて心理的資本と2つのウェルビーイング指標を測定しています。その結果、従業員の心理的資本は、2つのウェルビーイング指標とポジティブに関連することが示されました。さらに、心理的資本は、3週間後のウェルビーイングの変動を有意に予測できることが示唆されました。

このことから、よりポジティブな心理的資本を持つことは、時間経過にともない、私たちのウェルビーイングにとって肯定的に働くと考えられます。

まとめ

心理的資本は、効力感(Efficacy)、楽観性(Optimism)、希望(Hope)、レジリエンス(Resilience)という4つの要素から成り立つ、高次構成概念です。これらの4つの要素は、私たちが目標に向かう際に、前向きな原動力として働き、私たちのパフォーマンスやウェルビーイングに対して肯定的に機能すると考えられます。

また、心理的資本はトレーニングにより、意図的に開発・向上が可能です。心理的資本が高い従業員は、職場でのパフォーマンスが高いことに加え、仕事の満足度やコミットメントが高まり、離職意図が低下することなどが示されており、職場への介入としても有効であると期待されます。

(執筆:菅原)

弊社の研究について
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参考文献

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