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【基礎知識】畏敬の念 | 畏敬の念とウェルビーイングはどのように関係するか?

みなさんは、大海原に沈む夕日を眺めたとき、満天に輝く星空を見上げたとき、博物館で巨大な恐竜の化石を目の前にしたとき、歴史が刻まれた寺社仏閣や教会を訪れたとき、新しい生命の誕生の瞬間に立ち会ったとき、どのような感情が湧いてくるでしょうか?

このような自然や宇宙、生命、芸術、建築など、広大で崇高な存在に対して、驚嘆し感銘を受ける感情は「畏敬の念 (Awe)」と呼ばれています。

近年、この畏敬の念に焦点を当てた研究は増加傾向にあります。そして、畏敬の念が、私たちの心理状態や行動に影響を与え、ウェルビーイングにも肯定的な影響を与える証拠が示されつつあります。

今回の記事では、畏敬の念の研究で明らかにされていることを中心に、畏敬の念がもつ機能・効果についてご紹介したいと思います。

<この記事のポイント>

  • 畏敬の念は、自然や宇宙、生命、芸術など、自分の既存認知では理解しきれない広大で崇高な刺激に対する感情である

  • 畏敬の念を経験すると、幸福度(人生満足度)が向上し、ポジティブ感情も高まる

  • 畏敬の念は、私たちの寛大さや向社会行動を増加させる

  • 畏敬の念を感じやすい人ほど、謙虚になりやすい

  • 畏敬の念は、ストレスを減らし、身体的健康にも影響する


畏敬の念 (Awe) とは

人間は宇宙に飛び、地球が実際はどんなに小さいかを知り、愕然とした。地球を見て創造の大海原に浮かぶ小島と感じた者もいれば、60億を数える乗組員を乗せた宇宙船と呼んだ者もいた。

パーヴェル・ポポーヴィチ(宇宙飛行士)

月で親指を立てると、親指の裏に地球が隠れる。我々はなんと小さな存在だろう。だがなんと幸せだろう。

ジム・ラヴェル(宇宙飛行士)

多くの宇宙飛行士たちは、宇宙から地球を眺めたとき、強い畏敬の念を感じ、しばしば「自分の存在がちっぽけに感じた」と表現します。このような経験は、宇宙飛行士に限ったものではありません。自然や宇宙、生命など、広大で崇高な存在を前にしたとき、私たちは畏敬の念を感じることがあります。

心理学においては、Keltner and Haidt (2003) は「既存の認知的枠組み(スキーマ)を更新するような広大な刺激に対する感情反応」と定義しています。それまでの自分の認知や思考では捉えきることのできない経験をした際に、私たちは畏敬の念を感じるようです。

さまざまな文化圏を対象に調査した研究では、私たちが畏敬の念を感じる対象は自然界のものに限らず、芸術・音楽・建造物などの人工的なもの、他者の勇気や優しさ、集団的活動(ダンス・セレモニー・儀式)、宗教的・精神的実践などによっても引き起こされることが報告されています (Bai et al., 2017, 2022; Keltner, 2023)。

近年の研究では、畏敬の念はさまざまなポジティブ感情やネガティブ感情と複雑に関連しつつも、別個の感情として捉えられることが示唆されています。畏敬の念の主観的な経験は、喜びや美、興味、恐怖、脅威などの感情とは異なることが判明しています (Cowen & Keltner, 2021)。

また宇宙飛行士の例のように、畏敬の念の喚起にともなって、自分自身がちっぽけな存在だと感じることがあります。この現象は、スモール・セルフと呼ばれます (Piff et al.,2015)。これは、自然や宇宙などの壮大さを強く感じることで、相対的に自分自身が小さく感じられることによって、引き起こされると考えられます。

「畏敬の念」が私たちに与える影響

幸福度

畏敬の念を感じることは、私たちの幸福度にポジティブな影響を与えることが報告されています。例えば、Rudd et al. (2012) では、畏敬の念を経験した実験参加者は、物質的な製品などよりもより良い経験をすることを好み、人生満足度がより高いことが示されています。

Nelson-Coffey et al. (2019) は、VRやビデオを用いた畏敬の念の喚起により、思いやりや感謝、楽観性、愛などのポジティブ感情が誘導されることを報告しています。これらのポジティブ感情は、畏敬の念を感じた人々が自分自身についての思考を深め、他者とのつながりの感覚が高まることを通して、引き出されることが示唆されています。

寛大さ・向社会行動

畏敬の念が、寛大さや向社会行動を増加させる効果があることを示した研究もいくつか報告されています。Prade & Saroglou (2016) は、オンラインの実験参加者に対して畏敬の念を誘発した場合、楽しさや中立的な感情を誘発した場合よりも、寛大さ(自分の利益の共有)を示し、困っている人を助けるといった向社会的な行動意図が増加することを示しました。

畏敬の念による寛大さや向社会行動の増加は、子供に対しても同様の効果が期待されます。Stamkou et al. (2023) では、8~13歳の子供を対象に畏敬の念を喚起するビデオを見せる実験を行った結果、子供たちはボランティア(難民への食糧を届ける活動の集計作業)により熱心に取り組み、また自らも難民に対して食糧チケットを寄付することを選びました。

職場を対象とした同様の研究もされており (Meng & Wang, 2023)、さまざまな場面において、畏敬の念が向社会行動を促進する効果を持つという証拠が集められています。

謙虚さ

畏敬の念は、私たちの謙虚さにも影響する可能性があります。Stellar et al. (2018) は、畏敬の念を感じやすい人ほど、自分自身の謙虚さを報告し、友人からも謙虚だと評価されやすいことを示しました。加えて、畏敬の念を誘発することで、実験参加者たちは、自分の長所と短所をバランスよく示すようになり、自分自身の功績について外部の力の貢献をより大きく認めるようになることも報告されています。

謙虚さ(特に知的謙虚さ)に関する科学的研究は注目が集められつつあり、研究者らによって、謙虚さが個人のレジリエンスや人間関係に肯定的な影響を与える可能性が検討されています。謙虚さを育む方法の一つとしても、畏敬の念は有益かもしれません。

健康

2020年のCOVID-19流行下に行われた研究では、22日間の日記調査の結果、畏敬の念を日常的に経験している人ほど、ストレスが低く、身体的な健康状態が良いと報告することが示されました (Monroy et al., 2023)。研究者らは、日常生活の中で畏敬の念を経験することは、パンデミックのようなストレス下において、私たちの健康に良い影響をもたらす可能性があると考えています。

また、Stellar et al. (2015) では、さまざまなポジティブ感情と炎症性サイトカインの関係を調査した結果、畏敬の念がインターロイキン-6 (IL-6) の低下を予測することを報告しています。IL-6は免疫応答や炎症反応の調節に重要な役割を果たします。しかし、IL-6が過剰に生産されると、免疫系の調整異常や過剰な炎症反応、血液成分や骨への悪影響、がん細胞の増殖や転移に繋がってしまいます。このことから、畏敬の念を感じることは、IL-6の過剰生産を抑え、免疫や炎症の調節に良い影響を与える可能性が示されています。

まとめ

畏敬の念に焦点を当てた研究は、近年増回傾向にあるとはいえ、まだまだ成熟した研究領域とは言えません。しかし、畏敬の念が、個人のウェルビーイング(幸福度や健康)にポジティブな影響を与えるほか、寛大さや向社会行動などの社会的関係においても良い影響をもつ可能性が明らかにされてきています。

一方で、畏敬の念の研究の第一人者であるDacher Keltner氏は、「今日の子供たちの生活における最も憂慮すべき傾向の1つは、畏敬の念が失われていることだ」と、幼少期に自然や生命、音楽、芸術などに触れる機会が減少していることを懸念しています。幼少期に、畏敬の念を感じるような経験をすることは、自らの認知や興味を広げていく上で、大切なステップと言えます。

今後、畏敬の念の経験がもつ効果についての研究が発展することで、自然や生命、芸術、音楽などに触れることの価値が再認識されていくかもしれません。

(執筆者:菅原)

参考資料

  • Keltner, D., & Haidt, J. (2003). Approaching awe, a moral, spiritual, and aesthetic emotion. Cognition and emotion, 17(2), 297-314.

  • Bai, Y., Maruskin, L. A., Chen, S., Gordon, A. M., Stellar, J. E., McNeil, G. D., ... & Keltner, D. (2017). Awe, the diminished self, and collective engagement: Universals and cultural variations in the small self. Journal of personality and social psychology, 113(2), 185.

  • Keltner, D. (2023). Awe: The new science of everyday wonder and how it can transform your life. Penguin.

  • Cowen, A. S., & Keltner, D. (2021). Semantic space theory: A computational approach to emotion. Trends in Cognitive Sciences, 25(2), 124-136.

  • Piff, P. K., Dietze, P., Feinberg, M., Stancato, D. M., & Keltner, D. (2015). Awe, the small self, and prosocial behavior. Journal of personality and social psychology, 108(6), 883.

  • Rudd, M., Vohs, K. D., & Aaker, J. (2012). Awe expands people’s perception of time, alters decision making, and enhances well-being. Psychological science, 23(10), 1130-1136.

  • Prade, C., & Saroglou, V. (2016). Awe’s effects on generosity and helping. The Journal of Positive Psychology, 11(5), 522-530.

  • Stamkou, E., Brummelman, E., Dunham, R., Nikolic, M., & Keltner, D. (2023). Awe sparks prosociality in children. Psychological science, 34(4), 455-467.

  • Meng, L., & Wang, X. (2023). Awe in the workplace promotes prosocial behavior. PsyCh Journal, 12(1), 44-53.

  • Stellar, J. E., Gordon, A., Anderson, C. L., Piff, P. K., McNeil, G. D., & Keltner, D. (2018). Awe and humility. Journal of personality and social psychology, 114(2), 258.

  • Monroy, M., Uğurlu, Ö., Zerwas, F., Corona, R., Keltner, D., Eagle, J., & Amster, M. (2023). The influences of daily experiences of awe on stress, somatic health, and well-being: a longitudinal study during COVID-19. Scientific Reports, 13(1), 9336.

  • Monroy, M., & Keltner, D. (2023). Awe as a pathway to mental and physical health. Perspectives on psychological science, 18(2), 309-320.

  • Stellar, J. E., John-Henderson, N., Anderson, C. L., Gordon, A. M., McNeil, G. D., & Keltner, D. (2015). Positive affect and markers of inflammation: discrete positive emotions predict lower levels of inflammatory cytokines. Emotion, 15(2), 129.

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