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健康と幸福感を高める自然との触れ合いとは?

はじめに

自然環境とウェルビーイングの関係について、こちらの記事でご紹介をしました。
今回ご紹介するのは、ウェルビーイングを高める自然環境との関わり合い方を具体的な自然体験として提示した論文です。自然体験が人の健康に必要なものであるということを示すエビデンスの一つであり、引用数も多い論文です。ウェルビーイングのみならず、環境教育や環境保全に興味がある方もぜひご一読ください。


自然環境は人の健康を増進するのか?

人々が自然環境と触れ合うことは、健康に良い影響をもたらすと考えられており、Hartig,T & Kahn(2016)によると、都市部について緑地を整備することが公衆衛生上の利益をもたらすことが示されています。一方、Mass,J ら(2006)は、郊外においては周辺の緑地の面積が大きいほど主観的な健康状態が悪化すると報告しており、緑地の整備状況や所得なども影響すると考えられました。こういった先行研究から、人は自然環境から何らかの恩恵を受けていると考えられるものの、はっきりとした関係が分からなかったのです。

先ほど紹介した先行研究では、住宅周辺の自然環境を評価していました。住宅周辺の自然環境は、大気汚染や騒音などを軽減したり、住宅からの景観によって間接的に健康増進につながっていた可能性もあります。しかし、そういった自然環境による影響は、複雑で正確に測れていない可能性があり、個人が自然環境から受ける影響のいくつかを評価しているだけかもしれません。
一方、個人が実際に屋外の自然環境で過ごした時間を測定するアプローチ、「直接曝露」の測定という方法もあります。直接曝露の測定が、人に恩恵をもたらす自然環境の特徴を明らかにするために必要であるとKeniger,Lら(2013)は述べています。

そこで、今回ご紹介するMathew,Pら(2019)は、直接曝露を対象として、具体的にどの程度自然環境と触れ合うことで、人の健康や幸福感に影響が生じるのかを検証をしました。

自然環境との触れ合いと健康・幸福感の関係 ~イギリスでの横断調査のデータを基にした分析~

Mathew,Pらは、イギリス全国の成人を対象とした横断調査データ(n=19,806人)を用いて、自然環境との触れ合いによる健康、幸福感の影響を調査しました。
自然環境との触れ合いには、直積的な自然環境との触れ合い(直接曝露)として、1週間あたりの自然環境でのレクリエーション時間を用いました。これは、先行研究のような住宅周辺の自然環境からは正確に推測することはできない値です。レクリエーション時間は、過去7日間に自然の中で過ごした時間について、60分区切りで分類しました。また、健康状態については自己申告による主観的な健康状態のデータを用い、幸福感については人生満足度(主観的幸福感)のデータを用いました。

まず、健康と幸福の両方を予測するために、健康、幸福を説明変数とした二項ロジスティック回帰分析を行い、分析結果についてそれぞれに関する起こりやすさを示すオッズ比について掲載しています(図1)。主観的な健康状態、主観的幸福感のいずれも、1週間のうち120分以上自然環境でのレクリエーションをしている人の方が高いという結果となりました。
また、図1を見ると、主観的幸福感よりも主観的な健康状態の方が、自然環境でのレクリエーションによる影響が大きいことが分かります。
※こちらでは、都市or郊外、近隣の緑地の多さ、地域の貧困度、性年代などについて調整された値が示されています。

図1. 最近7日間の自然との触れ合い時間ごとの健康状態、幸福感のオッズ比

続いて、自然環境との触れ合いを変数として、非線形関数を用いて主観的な健康状態および主観的幸福感の予測モデルを作り、その結果を図示したものが図2になります。120分前後までは、主観的な健康状態と主観的幸福の両方で増加しています。それ以降は、主観的な健康状態については200分前後、主観的幸福感では300分前後までで緩やかな増加となり、それ以降は平たんになるか減少することが分かります。つまり、120分という曝露時間がひとつの閾値となりつつ、120分以上の自然環境との触れ合いにも追加的な利益がある程度期待されることが示唆されました。

図2. 過去7日間に自然と触れ合った時間と良好な健康状態および高い幸福度を報告する確率(モデル;GAM)

さらに、以下の項目について、主観的な健康状態、主観的幸福感の起こりやすさを示すオッズ比を求めました(図3)。

  • 近隣の緑地の多さ(多いvs少ない)

  • 地域の貧困度(高いvs低い)

  • 身体活動に関する指針※を満たすか(満たすvs満たさない)
    ※週5日30分以上の身体活動を行うかどうか

  • SES:社会経済的地位(高いvs低い)

  • 人間関係(既婚or未婚)

図3. 各項目における健康状態、幸福感のオッズ比

図3から、自然との触れ合いが主観的な健康状態に関連していることが分かります。また、地域の貧困度、身体活動の指針を満たすかどうか、SESとも関連しているようです。一方、主観的幸福感については、自然との触れ合いの重要度はSESや人間関係ほどではないことが分かります。

次に、地域および個人レベルの要因に関する分析です。表1は自然との触れ合い0分を基準とし、1~119分、120分以上のオッズ比を掲載しています。120分以上の自然との触れ合い(高曝露)は、119~120分に比べ有意に高い値を示しています。さらに、性年代や社会的SESなどの条件下においても一貫しています。
ただし、主観的な健康状態に関して、1~119分であっても高い値となっています。これは、緑地へのアクセスの良さによる恩恵が反映さた結果であると考えられます。

表1. 地域および個人の要因により層別化した各項目における健康状態、幸福感のオッズ比

健康と幸福度を高める自然との触れ合いの閾値は120分

検証の結果をまとめると、以下の通りになります。

  • 1週間のうち自然と触れ合った時間が120分以上であった人は、何もしていない人とくらべ一貫して主観的な健康状態と主観的幸福感のレベルが高い

  • 週120分の自然との触れ合いは閾値であると考えられる

  • 120分を超えた自然との触れ合いの効果は、200~300分まで緩やかに高まる

今回の検証から、自然との触れ合いについて「週120分」という閾値があることが示されました。つまり、週120分以下の自然との触れ合いでは不十分であり、120分を超えることで初めて、自然との触れ合いによる主観的な健康状態や主観的幸福感への恩恵が顕在化するということです。
この120分という閾値について、長期的な病気や障害を持つ人についても同様に見られ、単純に「健康な人ほど常に自然と触れ合う」ということを示しているわけではないようです。
この検証では、自然との触れ合いについて、近隣の緑地でのお散歩や遠出を伴うレクリエーションなどの区別をしていません。そのため、個人の嗜好や状況に合わせて120分という時間を満たすよう心がければよいとも捉えることができます。

また、地域の貧困度・社会的地位・身体活動の基準を満たすかどうかについても、主観的な健康状態や主観的幸福感と関連がありました。これらの項目はいずれも、個人と自然環境とのかかわりを左右する重要な要因であり、公衆衛生に潜在的な意味を持つ事項であると考えられます。
また、近隣の緑地の多さについて、緑地が多い地域の方が健康である可能性が示されました。しかし、緑地が少ない地域においても、レクリエーション的に自然との接点を作り出すための外出などは可能であり、人々にとって大きな障壁にはならないと考えられます。

ただし、この検証では、自然との触れ合いが身体活動の代替である可能性を否定できません。つまり、自然と触れ合うための外出や運動が、健康や幸福感に影響をもたらしている可能性もあるのです。また、身体活動を自然の中で行うことで、その効果が高まっている可能性も考えられます。こういった複雑な相互作用を完全に理解するには、さらなる検証が必要となるでしょう。
また、この研究では自然環境の「質」の定義をしていませんでした。de Vries,Sら(2013)の研究では、自然環境の持つレクリエーション価値(静かさ、緑の豊かさ、広さなど)が高いことにより、人々がよりよい体験ができる可能性が示唆されています。そのため、自然環境の質についても考慮することで、人に恩恵をもたらす自然環境の生態学的特徴を定義できるようになっていくと考えられます。

おわりに

今回ご紹介した検証はイギリスで行われた横断調査のデータを基にしていました。イギリスでは、各家庭が庭を大切に維持管理する文化があったり、ロンドン等の都市部においても公園に緑地が整備され、通勤や通学時にそこを通ることで、樹木やそこに生息するリスなどの野生生物を目にすることができます。また、都市から少し電車に乗るだけでも、緑地や放牧地が視界に広がり、緑地へのアクセスが容易であるように思えます(いずれも筆者の体験談です)。
日本全体としての緑地面積は世界的に見ても広いですが、東京や大阪といった大都市を想定すると、「自然との触れ合い」のハードルがイギリスの都市とは異なっている可能性も否定できません。ですが、もし健康維持や幸福感向上を見据えた自然との触れ合いを実施するのであれば、今回ご紹介した120分という時間をひとつの目安にしてみるのもよいかもしれません。

この夏も猛暑が続いています。加藤ら(2015)によると、森林は日中の温度上昇を和らげる効果があると示されています。私たちの健康や幸福感のためにも、そして暑さを避けるためにも、森林をはじめとする緑地を大切にしていくことが必要なのかもしれません。

(執筆者:丸山)

私たちの研究について
https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/rd/thema/well-being/index.html

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NECソリューションイノベータ株式会社
イノベーションラボラトリ
ウェルビーイング経営デザイン研究チーム
wb-research@mlsig.jp.nec.com

参考文献

Hartig, T. & Kahn, P. H. Living in cities, naturally. Science 352, 938–940 (2016).

Maas, J., Verheij, R. A., Groenewegen, P. P., De Vries, S. & Spreeuwenberg, P. Green space, urbanity, and health: how strong is the relation? J Epidemiol Commun H 60, 587–592 (2006).

Keniger, L. E., Gaston, K. J., Irvine, K. N. & Fuller, R. A. What are the benefits of interacting with nature? Int J Environ Res Pub He 10, 913–935 (2013).

White, M. P., Alcock, I., Grellier, J., Wheeler, B. W., Hartig, T., Warber, S. L., ... & Fleming, L. E. (2019). Spending at least 120 minutes a week in nature is associated with good health and wellbeing. Scientific reports, 9(1), 1-11.

de Vries, S., van Dillen, S. M., Groenewegen, P. P. & Spreeuwenberg, P. Streetscape greenery and health: stress, social cohesion and physical activity as mediators. Soc Sci Med 94, 26–33 (2013).

加藤顕, 沖津優麻, 常松展充, 本條毅, 小林達明, & 市橋新. (2015). 森林の樹冠構造がヒートアイランド現象緩和機能に及ぼす影響. 日本緑化工学会誌, 41(1), 169-174.