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“かわいさ”は人にどのような影響をもたらすか

はじめに

“電車で赤ちゃんと目があった時”や“スマートフォンで子猫の写真を見た時”など、かわいいものを見た時に思わず笑顔になったり、少し気分が良くなったという体験はありますか?
そのような“かわいさ”に関する定義や体験について説明するベビースキーマ(baby schemaもしくはKindchenschema)と呼ばれる概念があります。今回はベビースキーマと幸福感の関係についてご紹介したいと思います。


ベビースキーマとは

“かわいさ”に関する心理的研究は、ほとんどがベビースキーマの概念に基づいて行われています(入戸野, 2013)。

ベビースキーマとは、オーストラリアの動物行動学者でノーベル賞も受賞しているKonrad Lorenzが提唱した概念で、『非力で助けの必要な幼い動物に出会ったときに生じる体験(かわいいと表現される)で、他とは異質の独特な体験』のことを指します。このような体験を引き起こすかわいさは、冒頭にご紹介したような赤ちゃんが代表的な例として挙げられますが、Konrad Lorenzは以下の7つの条件を挙げています(K. Lorenz, 1943)。

  • 身体に対して大きな頭

  • 前に張り出た額をともなう高い上頭部

  • 顔の中央よりやや下に位置する大きな眼

  • 短くて太い四肢

  • 全体に丸みのある体系

  • やわらかい体表面

  • 丸みを持つ豊頬

これらの条件を満たしていれば、人間の赤ちゃん以外にも、人間の大人や動物、非生物であってもかわいさを感じらます。つまり、かわいさを感じることは、その対象の身体的特徴に対する反応であるともいえます。この反応は、1歳~1歳半の子供でも生じるため、人間の生得的な機能であると考えられています。
さらに、かわいさを感じると、認知、感情、行動の急速な反応が引き起こされます。直ちに赤ちゃんとそうでないものを区別することで、赤ちゃんへの注意が促され、生存率を高めることにつながっていると考えられます。

ベビースキーマと脳の反応

ベビースキーマにより、顔の知覚や注意、感情、共感、記憶、さらには運動の制御など、脳内で様々な反応が引き起こされます。こういった脳の反応について、赤ちゃんの顔を見た際に何か特別なことが起きているのか、様々な調査が行われています。レビュー論文からいくつかの知見をご紹介します。

fMRI(磁気共鳴機能画像法)を用いた研究では、赤ちゃんの顔を見た時・大人の顔を見た時の反応には、ある程度の共通点があることが分かりました。脳の視覚を処理する領域、具体的には顔の知覚に関連する領域がどちらの場合でも活性化したのです(Kringelbach et al., 2008 ; Glocker et al., 2009 ; Baeken et al., 2010 ; Stoeckel et al., 2014)。
しかし、赤ちゃんの顔を見た時には、その反応がより大きく、迅速に引き起こされていました。さらに、他の脳領域も活性化しており、特に顔を認識する処理に大きく関わっている領域の活性が高くなっていました(Parsons et al., 2010 ; Caria et al., 2012 ; Hahn et al., 2014)。こういった脳の反応により、赤ちゃんの特徴を捉えた後、直ちに乳児に対する注意が引き起こされたり、特別な感情が想起されている可能性があります。

また、“共感”に関わる脳領域の活性も高くなっていました。共感に関わる脳領域が活性化されると、実際に表現されている感情をより正確に識別し理解したり、赤ちゃんに対する共感的な感情が強化されます。
さらに、感情的共感だけではなく、赤ちゃんの表情を模倣する運動的共感にも寄与している可能性があります。
こういった共感は、赤ちゃんの社会的発達という観点で重要な役割を持つ可能性が指摘されています。実際に、母親に表情を模倣された乳児は、向社会行動が増加したという報告があります。赤ちゃんに対して表情が緩んだり、赤ちゃん言葉で話しかけるといったよく見る大人の行動は、こういった脳内のはたらきが関連しているのかもしれません。

また、幸せホルモンとも呼ばれるオキシトシンについても関連が指摘されています。
例えば、鼻腔内オキシトシン投与を行うと、泣き声や笑い声といった赤ちゃんの重要な合図に対する反応が高められること(Riem et al., 2011 , 2012, 2014)や、自分の子供の顔を見た時のオキシトシン濃度が低い母親は愛着が不安定になる可能性が高いこと(Strathearn et al., 2008 , 2009 ; Strathearn, 2011)などが報告されています。
こういった研究で測定された血液、唾液、尿中のオキシトシン濃度は必ずしも脳内のオキシトシン濃度を正確に反映しているとは限りませんが、少なくとも自分の子供に対する反応とは何らかの関連がありそうだということが、上記のようないくつかの研究結果から見て取れます。

また、産後うつの状態や薬物乱用をしている母親は、乳児の合図に反応しにくいことが報告されています(Noll et al., 2012 ; Gottwald and Thurman, 1994)。これらは、薬物や神経ホルモンなどにより、ベビースキーマによる脳の活性化が阻害されているためであると考えられています。

ベビースキーマと向社会行動

前述の通り、ベビースキーマは“共感”に関する脳のはたらきを活性化します。共感は、人々の向社会的動機を強化することが知られており(Eisenberg et al., 2001)、慈善活動の促進といった行動変容へ応用できる可能性があります。慈善活動における寄付を募る際、プロモーションとして「サイの大人の写真よりも、パンダの赤ちゃんの写真を使ったほうがいいだろう」というのは直感的かと思いますが、実際に仮説検証を行った中国の研究(Yang, C. et al., 2022)がありましたので、ご紹介します。研究の仮説は以下のようなものです。

  • ベビースキーマは、人々により多くの思いやりや援助行動を促し、寄付意思を高める

  • 共感は、ベビースキーマと寄付意思の関係を媒介する

まず、同じテーマ・内容の慈善活動を示す広告ポスターについて、赤ちゃんの写真を用いたもの(ベビースキーマ条件)・大人の写真を用いたものを用意しました。写真の赤ちゃんと大人は同一人物で、赤ちゃんの頃と成人期に撮影された写真を用いました。実験参加者はこれらを見た後、慈善活動への寄付意思と感情を測定する質問に回答しました。
その結果、ポジティブ感情に有意な差は見られなかったものの、ベビースキーマ条件の方が寄付意思が有意に高くなっていました(図1)。

図1. ベビースキーマが寄付意思に与える影響(実験1)

この結果から、ベビースキーマが高い寄付意思につながることが示唆されたものの、かわいらしさが強調されたポスターデザインが参加者の意欲に影響を及ぼした可能性があり、子供である必要性があったかどうか不明確です。

そこで、次の実験では“かわいいキャラクター(クマのイラスト)”を用いたデザインも追加し、ポスターのかわいらしさの知覚評価の質問項目も追加しました。
その結果、ベビースキーマ条件とかわいい条件について、かわいらしさの知覚評価の差はありませんでした。しかし、ベビースキーマの方が高い寄付意思を示しました(図2)。

図2. ベビースキーマが寄付意思に与える影響(実験2)

さらに同研究では、慈善活動の募金対象を写真の登場人物とは分離させることで、ベビースキーマと寄付意思の関係を確認しました。慈善活動の寄付対象は野良犬とし、ポスターは犬を連れた幼児(ベビースキーマ条件)と犬を連れた大人の2種類です。

この実験の結果について、寄付意思を従属変数、ベビースキーマを独立変数として分散分析を実施したところ、ベビースキーマが寄付意思に有意な影響を及ぼすことが分かりました。ポジティブ感情とネガティブ感情には有意差は見られず、寄付意思に与える影響において感情の媒介効果は見られませんでした(表1)。

続いて、ベビースキーマが寄付意思に与える影響について、共感の媒介効果を確認しました。分析の結果、ベビースキーマが共感を有意かつ正に予測することを示しました。また、共感は寄付意思に有意な正の効果があり、ベビースキーマの寄付意思に対する直接的な効果は有意ではありませんでした。さらに、共感はベビースキーマが寄付意思に与える影響について、媒介的な役割を果たすことが分かりました。(表1, 図3)

表1. 共感の媒介モデルの係数
図3. ベビースキーマが寄付意思に与える影響の媒介分析の結果

これらの結果から、研究仮説の通りベビースキーマが人々の共感レベルを高め、それを通じて慈善活動の寄付意欲を高めることが示されました。

動物に対するベビースキーマとパフォーマンス

続いて、かわいい画像として動物の赤ちゃんを対象とした研究(Nittono, H. et al., 2012)についてもご紹介します。この研究ではいくつかの実験を行い、かわいい画像を見ることで人のどんなパフォーマンスが向上するのかを具体的に確認しています。

第一の実験では、動物の赤ちゃんの画像を見た場合・動物の大人の画像を見た場合について、正確性を必要とするタスク(ピンセットで穴の縁に触れないよう物を取り出すボードゲーム)を完了するまでの時間を比較しました。参加者は実験者のデモンストレーションの後、1回目のタスクを実施し、かわいい画像を見た後に2回目のタスクを実施しました。
その結果、動物の赤ちゃんの画像を見た群は、作業の失敗が減りスコアが高くなったものの、作業時間が長くなりました(図4)。これは、かわいい画像を見た参加者はより慎重に行動し、その結果として多くの時間を使ってタスクを実行したということを示唆しています。

図4. タスクを完了するまでの平均スコアと時間

人は赤ちゃんに対して、ゆっくりと発話することが知られています。さらに、赤ちゃんのお世話には、身体的および精神的な細心の注意が必要であったり、潜在的な脅威にたいする警戒も必要とされます。こういった理由から、 “行動のスローダウン”が生じたり、タスクへの注意力が増した可能性が考えられます。この実験だけではスピードを要求されるタスクに対し、かわいい画像の効果があるか分からないため、第二の実験が行われました。

第二の実験では、参加者は制限時間内に文字列から指定された文字を探す視覚探索の課題について、できるだけ多く、正確な回答をするように指示されました。参加者が見る画像として、第一の実験の条件に加え、美味しそうな料理の画像も追加されました。

実験の結果、動物の赤ちゃんの画像を見た群は、他の条件に比べ有意にスコアが高くなりました。ポジティブな感情は、運動の器用さを促進するということが知られていますが、“心地よさ”を感じる美味しそうな料理の画像ではスコアが高くなりませんでした(図5)。すなわち、心地よさは主要因ではなく、動物の赤ちゃんの画像を見ることがパフォーマンスに影響を与えるのであろうということが分かります。ベビースキーマにより生じる感情は、注意の焦点を狭め、視覚探索のタスクをより正確に早くこなせる様にしたのかもしれないと考察されています。

図5. 視覚探索課題における正解の平均数

おわりに

今回ご紹介したベビースキーマに関する研究は、近年いくつか見られるようになりましたが、まだまだ多くはありません(PubMed調べ)。また、幸福感との因果関係についてもはっきりとしていません。
とはいえ、今回ご紹介した研究では、幸せホルモンとも呼ばれるオキシトシンや向社会行動、さらには集中力などとの関連が報告されています。私たちが以前行った幸福感に関する調査では、「子供やペットと過ごすときに幸福を感じる」といった回答が見られ、ベビースキーマで説明できる部分もあるかもしれないと考えています。日常の中で“かわいいもの”を見る行為を取り入れることは、私たちのウェルビーイングにつながるのかもしれません。

(執筆者:丸山)

私たちの研究について
 
https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/rd/thema/well-being/index.html

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参考文献

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