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【論文紹介】高齢者のスポーツ観戦とウェルビーイング

はじめに

「スポーツ選手やアーティストを熱心に応援することで元気をもらえた」、「一緒に盛り上がる仲間がいることで充実感を感じた」、そんな経験をしたことはあるでしょうか?

近年、介護の現場での取り組みとして、地元のスポーツチームを応援するプログラムを取り入れることで、高齢者の活力を高めることができた、などというニュースを見かけることもあります。
日本ではそのような活動を「推し活」などと呼ぶこともありますが、実は海外でも同じような取り組みに注目が集まっているようです。

今回の記事では、アメリカの高齢者が地元のスポーツチームを応援することで、幸福感にどのような影響があるか調査した研究をご紹介していきます。


高齢者のメンタルヘルスと社会活動

日本では、一定規模以上の事業者にストレスチェックが法的に義務付けられていることから、働く世代のメンタルヘルスは分かりやすいかたちで取り組まれるようになりました。
実際、日本におけるストレスのデータをみると、働く世代のストレスが高くなっていることがわかります。

出所:厚生労働省. 令和元年国民生活基礎調査 健康 全国編

高齢者についてストレスは働く世代ほど高くありませんが、歳を重ね身体機能が低下したり、社会的役割が変わることで、高齢者ならではのメンタルヘルスが問題になることがあります。WHOの調査では、高齢者のおよそ15%は何らかのメンタルヘルスに関する問題を抱えているという結果が報告されており(World Health Organization, 2017)、公衆衛生上の重大な課題として注目を集めています(Rodda, Walker, & Carter, 2011)。

高齢者のメンタルヘルスに関する研究では、高齢者が社会活動に参加することで、メンタルヘルスが維持されるといった報告があります(Bailey & McLaren, 2005; McLaren, Gomez, Gill, & Chesler, 2015; Sum, Mathews, Pourghasem, & Hughes, 2009)。しかし、Baily & McLarenの報告によると、身体活動を「単に誰かと一緒に行うだけ」では高齢者のメンタルヘルスに影響はなかったそうです。そこでポイントとなるのが「帰属意識」です。

帰属意識とは、人は社会環境や社会システムの不可欠な一部であるという認識のことを指します(Hagerty, Lynch-Sauer, Patusky, Bouwsema,&Collier, 1992)。別の定義では、ある集団への愛着や特定の場所でくつろいでいるような感覚、あるいは包摂/排除の形態を構成する政治性などとされています(Antonsich, 2010)。また、帰属意識は「自伝的要因」「関係的要因」「経済的要因」「法的要因」「文化的要因」に分けられます。そのうち「関係的要因」は、ある場所での生活を豊かにする個人的・社会的な結びつきのことを指します。

つまり、帰属意識を育むための社会活動として、誰かと一緒に行う身体活動であることだけではなく、地域社会へのつながりが感じられるものでないと、メンタルヘルスの維持にはつながらないと考えられます。そしてそのつながりは、同じ志を持ち、それを共有できることで育まれるのです(Antonsich, 2010)。

さらに、帰属意識を育む活動への参加は、高齢者の感情的サポートへのアクセスを促進します。感情的サポートとは、他者からの思いやりや愛情、共感などの情緒的な支援のことを指します。こういった感情的サポートにつながることで、帰属意識が高齢者の自殺念慮の減少や人生満足度の向上に寄与すると報告されています(Bailey & McLaren, 2005; McLaren et al., 2015; Sum et al., 2009)。
今回ご紹介する研究では、「高齢者が帰属意識を育む活動であるスポーツ観戦をすることで、感情的サポートへのアクセスが促進される」といったことが、第一の仮説となります。

スポーツ観戦と感情的サポート

帰属意識を育む活動として、宗教活動への参加が効果的であるとされています(引用)。活動に参加する頻度が高いほど家族以外との関わりが増え、社会的なネットワークが広がり、感情的サポートを受けられる可能性も高くなるのです。

しかし、そういった活動には主体的に参加していない人もいるはずです。例えば、親に連れられて教会に通っている子供、友達の付き合いで行事に参加する人などです。感情的サポートを受ける可能性があるのはこういった付帯的参加ではなく、主体的な場合です。
こういった参加態度を区別するのは「集団同一視」です(Cruwys et al., 2014; S. A. Haslam et al., 2009)。集団同一視とは、個人が集団に所属することで自らを集団の一員と同一視していく現象のことです(赤須, 木藤, 2011.)。集団同一視が行われるようになると、「私はこういう人間である」から「私はこういう人の多い集団の中の1人である」というように自己認知が変化します。付き合いで活動に参加している人は、こういった集団同一視が起きにくいのです。

実は、私たち日本人にも馴染みのあるスポーツ観戦にも、宗教活動への参加と似たような機能があるといわれています。スポーツ観戦について、自分自身を特定のチームのファンと認識し、チームに対して結びつきを感じることを「チームアイデンティフィケーション」と呼びます(出口, 辻 & 吉田, 2018)。特定のスポーツチームの試合を観戦することで、そのチームを応援していることを公にすることができ、そのことで他のサポーターと社会的交流ができるようになるといったこと報告されています(Wann, Brame, Clarkson, Brooks, & Waddill, 2008)。また、オーストラリアのスポーツチームのファンへのインタビューの結果、特に地元のチームを応援することで、他のサポーターとポジティブな感情を交換していることが示唆されました(Doyle et al., 2016)。

そこで、高齢者についても、「チームアイデンティフィケーションを持つことが、感情的サポートを受ける可能性を高めることにつながる」という第二の仮説が立てられます。

検証とその結果 ~試合観戦が高齢者の心理に与える影響~

今回ご紹介する研究の目的と仮説を整理します。まず、目的は、地元のスポーツチームの試合観戦が高齢者の心理に及ぼす影響を調査することです。第一の仮説は「高齢者が帰属意識を育む活動であるスポーツ試合を観戦をすることで、感情的サポートへのアクセスが促進される」というもので、第二の仮説は「チームアイデンティフィケーションを持つことが、感情的サポートを受ける可能性を高めることにつながる」というものです。
これまでご説明した内容を踏まえ仮説について詳しく整理すると、下図のようになります。

図. スポーツ試合観戦とチームアイデンティフィケーションが帰属意識に与える影響に関する仮説

まず、2つの仮説を検証するための予備調査が行われました。
予備調査では、アメリカの50人の高齢者(平均年齢72.88歳)を対象とし、地元の公立大学の女子バレーボールチームのホームゲームを4週に渡り計3試合観戦するチームと、試合を全く観戦しないチームに分け、試合の1週間後に感情的サポートなどに関するアンケートに回答してもらいました。
性別、年齢などの属性をコントロールしたうえで結果を重回帰分析すると、試合を観戦したチームでは、試合観戦への出席率とチームアイデンティフィケーションが、認知された感情的サポートに有意な影響を及ぼしたことが分かりました(β=0.26, t=3.15, p<0.01)。予備調査においては、仮説1と2が支持されたのです。

次に、仮説の図に描かれたすべての関係性について検証が行われました。調査はインターネット上で行われ、アメリカの534人の高齢者(平均年齢70.93歳)は、それぞれ任意のスポーツチームを指定し、過去12か月の間にどの程度の試合を観戦したかといった質問に加え、仮説を検証するため幸福に関するいくつかの心理尺度を用いたアンケートに回答しました。

結果について分析したところ、先ほどの図で示していた仮説モデルは適合度が高く(χ2/df=1.82, CFI=0.95, RMSEA=0.04)、仮説を裏付けるような結果となりました。さらに、相関分析についても仮説を支持する結果となりました。

図. 仮説のパスと回答者の属性および幸福感に関する検証結果(有意なパスのみ掲載)

検証にて支持された仮説モデルですが、認知された感情的サポートが、試合観戦とチームアイデンティフィケーションに及ぼす影響を媒介する可能性があると考えられます。そこで媒介分析も行われました。
その結果、チームアイデンティフィケーションは認知された感情的サポートの媒介を通じて帰属意識に正の間接効果を示しました。一方、試合観戦については、知覚された感情的サポートを介した間接効果は有意ではありませんでした。帰属意識を介した媒介効果については、感情的サポートが生活満足度やユーダイモニアに対し有意な間接効果がみられました。全体として、帰属意識が知覚された感情的サポートと幸福感に関する4つの尺度との関係を媒介するという結果を示しています。

これらの結果から、従来の研究で報告されていたような宗教活動への参加だけではなく、スポーツ観戦が高齢者のメンタルヘルス維持に貢献する可能性が示唆されました。宗教活動の場合は、活動への参加頻度が重要でしたが、試合観戦の場合、その頻度よりもチームアイデンティフィケーションを持つことが重要でした。こういったことはスポーツならではなのかもしれません。実際に、アメリカの大学生を対象とした研究でも、同様に頻度よりも集団同一性が重要であるといった結果が報告されているそうです(Wann et al., 2008)。

おわりに

今回の記事では、高齢者がスポーツ観戦をすることで帰属意識を通じて幸福感が高まるということ、そしてただスポーツ観戦するだけではなく、チームアイデンティフィケーションを育むことがポイントとなるといった研究についてご紹介しました。
冒頭で述べた通り、日本ではこういった活動は「推し活」などとも呼ばれ、近年研究事例も増えてきてはいますが、推し活と幸福感の因果関係は明らかになっていません。こういった研究は「推し活が幸福感を高めるのはなぜなのか?」といった疑問の答えにつながるヒントになるでしょう。
さらに「推し活をどのように取り入れたら幸福感につながるのか」といった実用的な知見にもなります。
私たちも「推し」にフォーカスした研究を行っております。もしご興味がありましたら、研究成果の一部を公開していますので、ぜひご覧ください。

https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/rd/event/event_30.html

(執筆者:丸山)

私たちの研究について
 https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/rd/thema/well-being/index.html

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 NECソリューションイノベータ株式会社
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 ウェルビーイング経営デザイン研究チーム
 wb-research@mlsig.jp.nec.com

参考文献

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