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自己決定理論におけるウェルビーイング | 自律性・有能感・関係性の充足が私たちのウェルビーイングを高める

自己決定理論 (Self-Determination Theory; SDT) という理論をご存じでしょうか?

自己決定理論は、心理学者であるDeciとRyanが提唱した人間のモチベーションや人格発達に関する理論です。自己決定理論にもとづく、私たちのモチベーションや心理欲求の充足が、健康や幸福感、ユーダイモニアなどのウェルビーイングに関係するとした研究がされてきています。

自己決定理論は、人々がどのようにして自律的な行動(自己決定)をするかを理論化したものであり、教育や職場、医療などの場面で活用されることが多いですが、私たちのウェルビーイングとはどのように関連付けられているのでしょうか?

本記事では、自己決定理論の下位理論である有機的統合理論と基本的心理欲求理論について概説し、ウェルビーイングとの関係を示した論文をご紹介したいと思います。


自己決定理論とは

自己決定理論(Self-determination theory; SDT)とは、アメリカの心理学者であるEdward L. DeciとRichard M. Ryanが提唱した動機付け(モチベーション)に関する理論です。

1970年代にDeciが行った実験では、実験参加者に課題を与え、外部報酬として金銭を与えるグループと報酬を与えないグループに分けたところ、報酬を与えたグループでは内発的な動機が低下することが示されました (Deci, 1971)。その後、外発的動機と内発的動機についての研究がされ、自己決定理論が構築されました。

自己決定理論には6つの下位理論があり、特に教育やビジネスの現場で言及されるのは「有機的統合理論」です。

有機的統合理論では、私たちの行動の動機付けをまず大きく3つに分類しています。

・無動機付け  :まったく動機づけがない状態
・外発的動機付け:外部からの刺激に応じて動機づけられている状態
・内発的動機付け:課題や行動そのものに興味ややりがいを感じ、動機づけられている状態

また動機づけの調整され方によって、外発的動機付けはさらに4つに分類されており、以下のように合計6つの動機付けの状態として捉えられています。

図1. 有機的統合理論による動機づけの分類

無調整 - 無動機付け

動機づけのない(無気力)状態で活動している状態。自分の意思がなく、価値や有能感も見出さない。

外的調整 - 外発的動機付け

外部から罰を避けるため、あるいは何らかの報酬を得るために従っている状態。罰や報酬といった外的要因によって行動が調整される。

取り入れ的調整 - 外発的動機付け

行動に対して「人から認められたい」「恥をかきたくない」などの動機から行動している状態。一部、自らの意思が含まれるものの、基本的には外的要因(外的評価)によって調整される。

同一化的調整 - 外発的動機付け

行動に価値を見出し、自分にとって重要性があるから行動している状態。「周囲の期待に応えたい」など、一部外的要因が作用するものの、自己決定の割合は高くなる。

統合的調整 - 外発的動機付け

自分の価値観や考えと行動が一致している状態。外部からの報酬や罰、評価によらず、自分にとって意味のあるものと捉え、ごく自然に行動ができる。

内的調整 - 内発的動機付け

自分の意志で自発的に行動している状態。楽しさなどの感情や行動に対する興味から、完全に内的要因により活力が生まれている。

私たちの行動のモチベーションは、これらの外発的・内発的動機付けのうち、どれか一つに完全に分類されるわけではなく、ほとんどの状況ではさまざまな動機づけが混合されて経験されます。ただし、内発的動機に近づくほど、モチベーションやパフォーマンスは高くなりやすいことが報告されています。

3つの基本的心理欲求

では、どのような要因があれば、内発的動機付けによる行動が増えるのでしょうか?

Ryan and Deci (2017) によれば、基本的心理欲求を満たすことで、自律性の高い内発的な動機づけにつながるとされています。基本的心理欲求理論もまた、自己決定理論の下位理論の一つであり、人間の本質的で普遍的な欲求として、3つの基本的心理的欲求を挙げています。

自律性

自分自身の行動を自ら意思で決定したいという欲求。ただし、これは他者にまったく依存しないということではなく、目標や課題のために自らの意思で他者に頼ることも自律性に含まれる。

有能感

自分の能力を発揮し、効果的に内的・外的環境とやりとりしたいという欲求。自らの行動に対して、肯定的なフィードバックが得られたり、スキルや専門知識を活用できたりすると満足感が得られる。

関係性

他者や集団と良好な関係性を築きたいという欲求。深い関係性を築き、周囲の人々からサポートされたいというだけでなく、他者や社会に貢献したいという感情も関係性の欲求と言える。

基本的心理欲求が満たされると、より積極的で、向社会的になり、成長志向が活性化されることが報告されています。逆に、これらの欲求が満たされず、不満状態になると、受動的および自己中心的になり、防御志向になってしまいます。

論文紹介 | 基本的心理欲求とウェルビーイング

3つの基本的心理欲求は、行動のモチベーションを高め、パフォーマンスに影響するだけでなく、私たちのウェルビーイングにもポジティブな影響をもつことを示した研究がいくつか発表されています。今回は、そのうちの一つの論文の研究をご紹介します。

Martela et al. (2023) は、ヨーロッパ27か国を対象にした大規模調査をもとに、基本的心理欲求がウェルビーイングにどのように影響するか検証しています。ヨーロッパは1つの文化グループとして扱われることも多いですが、1人当たり国内総生産(GDP)や政治制度、個人主義、権力距離など、多様な文化を内包しているとも言われます。

この研究では、基本的心理欲求の満足または不満足がヨーロッパの国々の経済的・制度的・文化的差異を超えて、人々のウェルビーイングに影響を与えるという仮説をもとに分析が行われました。

分析対象となったデータは、2012年から2013年にかけて実施されたヨーロッパ社会調査 (European Social Survey) の結果から抽出されたデータです。ヨーロッパ社会調査は、15歳以上の全人口を対象に、無作為の確率サンプリングにより調査されており、ヨーロッパ27か国48,550名(各国平均1,885名)のデータが分析対象となっています。

測定項目は、ウェルビーイング指標(主観的幸福感・人生満足度・意味・うつ病)、基本的心理欲求(自律性・有能感・関係性)、社会経済的地位(社会的地位・世帯収入)です。

表1. ヨーロッパ社会調査の測定内容

それぞれの測定項目の相関関係を見ると、3つの基本的心理欲求は、主観的幸福感、人生満足度、意味、社会的地位、世帯収入と有意な正の相関があり、うつ病とは負の相関が示されました。このことから、自律性、有能感、関係性といった欲求が満たされている人ほど、経済的・社会的な地位やウェルビーイングは高い傾向にあると言えます。

表2. 基本的心理欲求とウェルビーイング指標・経済社会的地位の相関係数
*p< .05, **p<.01
※基本的心理欲求は3つの欲求(自律性・有能感・関係性)の組み合わせ (Ryan and Deci, 2017) 
Martela et al. (2023) をもとに筆者作成

また、経済社会的地位とウェルビーイングの相関係数も見てみましょう。表3に示すように、社会的地位および世帯年収のどちらも主観的幸福感、人生満足度、意味と有意な正の相関があり、うつ病とは負の相関があることが分かりました。つまり、社会的な地位や世帯収入が高いほど、ウェルビーイングも高い傾向にあることが示されました。

表3. ウェルビーイング指標と経済社会的地位の相関係数
*p< .05, **p<.01
Martela et al. (2023) をもとに筆者作成

では、ウェルビーイング(主観的幸福感・人生満足度・意味・うつ病の低さ)を目的として考えたとき、基本的心理欲求の満足と経済社会的地位の高さでは、どちらの方がより大きな影響を持っているでしょうか?

研究者らは、ウェルビーイングの各測定項目を目的変数とした重回帰分析を行い、経済社会的地位と基本的心理欲求のお互いの影響や性別・年齢・宗教性の影響を考慮した、ウェルビーイングへの影響を評価しています(表4)。

表4. ウェルビーイング指標を目的変数とした重回帰係数
Martela et al. (2023) をもとに筆者作成

その結果、基本的心理欲求の充足はウェルビーイングの各測定項目と有意な回帰係数を示し、特に、主観的幸福感とうつ病には強い影響を示した。一方で、社会的地位や世帯収入は有意な回帰係数を示すものの、ウェルビーイングに対する影響は、基本的心理欲求に比べて非常に小さいことが示された。

このことから、全体として、ヨーロッパの人々のウェルビーイングは、社会的・経済的な地位の高さよりも、基本的心理欲求の高さによって説明できることが示唆されました。

社会的地位や世帯収入とウェルビーイングの間に正の相関があるものの、基本的心理欲求を考慮した回帰分析では、その影響が非常に小さくなったことを考えると、社会的地位や世帯収入がウェルビーイングに与える影響は基本的心理欲求の充足によって媒介されると考えることができます。

そのため、Martela et al. (2023) はウェルビーイングに対する社会的地位と世帯収入の影響を、基本的心理欲求の充足が媒介する度合いを算出しました(表5)。その結果、基本的心理的欲求による媒介効果はすべての場合で有意であり、全体効果もほぼすべての場合で有意でした。また、人生満足度を除いて、基本的心理欲求の充足は、社会的地位と世帯収入がウェルビーイングに与える影響のほとんどすべてを説明していました。

表5. 基本的心理欲求による媒介分析 (*p<.05)
Martela et al. (2023) をもとに筆者作成

つまり、社会的地位が高いことや世帯年収が高いほどウェルビーイングが高いというのは、人生満足度を除いて、ほとんど基本的心理欲求が満たされることによってウェルビーイングが高まっていることが示唆されました。また、人生満足度に関しても媒介割合は38%程度であり、地位や所得が人生満足度を高める影響の3割以上は、基本的心理欲求が満たされることによると考えられます。

まとめ

今回は、自己決定理論のうち、特に基本的心理欲求の充足が、私たちのウェルビーイングにどのような影響を与えるのかご紹介してきました。

ヨーロッパにおける大規模調査のデータを分析したMartela et al. (2023) の研究から、自律性・有能感・関係性の3つの基本的心理欲求の充足は、私たちのウェルビーイングに強く関連していることが分かりました。また、社会的な地位や収入が私たちのウェルビーイングに与える影響は、多くの部分で基本心理欲求が媒介していることも示されています。

私たちのウェルビーイングを高めたいと考えるとき、その介入や施策が自律性・有能感・関係性を高めるものであるか考えることは、一つの有効な視点かもしれません。

(執筆者:菅原)

【お知らせ】
「THE WELL-BENG WEEK 2024」での発表を予定しています。ご興味のある方はぜひご参加ください。

[PG034] ウェルビーイング企業事例から見る”ウェルビーイング経営のヒント” – THE WELL-BEING WEEK 2024

私たちの研究について(リンク)

https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/rd/thema/well-being/index.html

参考文献

  1. Deci, E. L. (1971). Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation. Journal of personality and Social Psychology, 18(1), 105.

  2. Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2017). Self-determination theory: Basic psychological needs in motivation, development, and wellness. Guilford publications.

  3. Martela, F., Lehmus-Sun, A., Parker, P. D., Pessi, A. B., & Ryan, R. M. (2023). Needs and Well-Being Across Europe: Basic Psychological Needs Are Closely Connected With Well-Being, Meaning, and Symptoms of Depression in 27 European Countries. Social Psychological and Personality Science, 14(5), 501-514.


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