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World Happiness Reportから読み解く世界のウェルビーイング – COVID-19は私たちのウェルビーイングにどのように影響したか

World Happiness Reportとは

World Happiness Report (世界幸福度報告) とは、国際連合の持続可能開発ソリューションネットワーク (Sustainable Develop Solution Network) が発行する幸福度調査のレポートです。レポートは2012年から毎年 (2014年を除く) 公開されており、世界各国のウェルビーイングを捉え、国家間で比較できるものとして広く知られています。

World Happiness Reportで扱われる幸福度は、ギャラップ社による調査結果がもとになっており、「キャントリル・ラダー (Cantril Ladder)」という尺度により測定されています。この方法は、人生における考えうる最高の状態を10、最悪の状態を0として、現在の人生の状態を0~10の11段階で評価することを回答者に求めるものです。この調査結果から、人々の主観的な人生評価(主観的ウェルビーイング)を捉えることで、ウェルビーイングの国際比較や経年変化の検証を行っています。

2023年度版 幸福度ランキング

World Happiness Reportでは、毎年、幸福度ランキングを発表しています。このランキングは、過去3年間の幸福度(人生評価)の平均値から算出されます。2023年版のレポートは、2020~2022年の調査結果が対象です。世界中でCOVID-19が流行した3年間の影響が全期間にわたって反映されていることが注目ポイントです。

では、さっそくWorld Happiness Report 2023で公開された幸福度ランキングを見てみましょう。

『World Happiness Report 2023』より作成

1位はフィンランド (7.804) で、6年連続の1位となっています。ランキング上位には欧州諸国が多く、特に北欧5か国(フィンランド、デンマーク、アイスランド、スウェーデン、ノルウェー)が7位までを占めています。

毎年ランキング上位には大きな変化は見られない傾向にあり、上位20か国のうち19か国は昨年のレポートでも20位以内に入っています。例外はリトアニアで、過去6年間で着実に順位を上げており、2017年には52位でしたが2023年には20位にランクインしました。

日本は47位で、人生満足度は6.129ポイントでした。2021年56位 (5.940)、2022年54位 (6.039) と、順位・スコアともに上昇傾向にあります。とはいえ、トップとは1.6ポイント以上の幸福度の差があるのが現状です。フィンランドをはじめとした上位国とどのような違いがあるか探ることで、日本のウェルビーイングをさらに改善するヒントがあるかもしれません。

※日本に焦点を当てた詳細な分析も記事にする予定ですのでお楽しみにお待ちください!

一方で、最下位 (137位) はアフガニスタン (1.859)、下から2番目 (136位) はレバノン (2.392) で、紛争等の影響を受けている国々の幸福度は著しく低い現状があります。これらの2か国は、上位10か国の幸福度平均値よりも5ポイント以上も低い結果となっています。

ウェルビーイングに影響する6つの要因

世界各国の幸福度(人生満足度)を見てきましたが、幸福度が高い国と低い国では何が違うのでしょうか?世界の国々の幸福度には、何が影響しているのでしょうか?

World Happiness Reportではこれらを明らかにするために、人生満足度に対してさまざまな主観的/客観的なデータを照らし合わせて分析をしています。2005年から2022年までのデータから、以下の6つの主観的/客観的な要因が人生満足度に強く関連していたことを明らかにしています。

  1.  一人当たりGDP / GDP per Capita

  2.  社会的支援 / Social Support

  3.  健康寿命 / Healthy Life Expectancy

  4.  人生選択の自由 / Freedom to make Life Choices

  5.  寛大さ / Generosity (寄付の多さ)

  6.  腐敗の認知 / Perception of Corruption

レポートによれば、これら6つ要因によって、2005年から2022年までの世界の人生満足度のおよそ4分の3を説明できるとしています。
それぞれの要因が何を意味しているのか見てみましょう。

一人当たりGDP / GDP per Capita

一人当たりGDPは、世界銀行のデータをもとにしており、国内総生産 (Gross Domestic Product; GDP) を人口で割った値です。これにより国ごとの経済規模や経済のパフォーマンスを推定・比較することができます。分析の際には、よりモデルに適合させるため、一人当たりGDPの自然対数が用いられています。

社会的支援 / Social Support

社会的支援は、困ったときに頼れる人がいるかどうかを表しています。
この指標にはギャラップ社の調査結果が使用されており、「あなたが困ったときにいつでも助けてくれる親戚や友人はいますか?」という設問に対して「はい」と答えた割合を示しています。

健康寿命 / Healthy Life Expectancy

健康寿命は、出生時の健康寿命の推定値を表しています。
数値は、世界保健機構 (World Health Organization; WHO) のデータに基づいて構成されています。

人生選択の自由 / Freedom to make Life Choices

人生選択の自由は、人生の選択における自由に満足しているかを表しています。
この指標はギャラップ社の調査結果から取得されており、「あなたは人生で何をするか選択する自由に満足していますか、それとも不満ですか?」という設問から算出されています。

寛大さ / Generosity (寄付の多さ)

寛大さは、過去1か月間の寄付の有無を表しています。
ギャラップ社の調査「過去1か月間に慈善団体に寄付をしましたか?」という設問の回答に対して、一人当たりGDPから予測される回答割合との差を指標としています。

腐敗の認知 / Perception of Corruption

腐敗の認知は、政治やビジネスに対して腐敗を感じているかを表します。
この指標にはギャラップ社の調査結果が使用されており、「政府全体に腐敗が蔓延しているか?」「ビジネスに腐敗が蔓延しているか?」という設問の回答の平均値を示しています。

6つの要因とウェルビーイングの関係

これらの6つの要因やポジティブ感情/ネガティブ感情※が人生満足度に対してどの程度影響を与えているのか、統計的な分析がされています。

※ポジティブ感情/ネガティブ感情は、主観的ウェルビーイングの一部と考えられており、同時に分析されています。これらの感情指標は「昨日一日の中でどのような感情がありましたか?」という設問に対し、ポジティブ感情「笑い」「楽しさ」「興味深さ」、ネガティブ感情「心配」「悲しみ」「怒り」を選択してもらい、評価しています。

『World Happiness Report 2023』より作成
NOTE: 6つの要因およびポジティブ感情/ネガティブ感情から人生満足度(キャントリル・ラダー)へOLS重回帰分析した結果を示している。表中の係数は回帰係数を示している (有意水準; *p<.10, **p<.05, ***p<.01)。また括弧書きで数値が付記されている変数は、その変数が取りうる値の範囲を示している。

まず6つの要因が人生満足度(キャントリル・ラダー)に与える影響を見ると、6つの要因すべてが統計的に有意に影響していることが分かります。一人当たりGDP・社会的支援・健康寿命・人生選択の自由・寛大さの5つは人生満足度に正の影響を示し、これらの要因が高いと人生満足度は高くなることが予測されます。

一方で、腐敗の認知は人生満足度に対して負の影響を示し、人々が政治や企業における腐敗を感じていると人生満足度が下がると考えられます。

ただし、表中の係数で各指標の影響の大きさを単純比較することはできません。これは、指標ごとに値のスケールが異なるためです。

次に、6つの要因に加えてポジティブ感情とネガティブ感も合わせて、人生満足度(キャントリル・ラダー)に与える影響を評価した結果を見ていきます。ポジティブ感情/ネガティブ感情の人生満足度への影響を見ると、ポジティブ感情のみ人生満足度に対して正の影響があることが分かります。

一方で、ポジティブ感情/ネガティブ感情を含めない場合と比較した、6要因の影響を見てみると社会的支援・人生選択の自由・寛大さの3つは影響が小さくなったことが見て取れます。これは社会的支援・人生選択の自由・寛大さの3つの要因は、ポジティブ感情を高めることを通して人生満足度に寄与しており、ポジティブ感情を含めて評価したため人生満足度への直接的な影響は小さくなったと考えられます。

これらの結果を整理すると、

  一人当たりGDPや健康寿命が高く、
  困ったときに助けてくれる人がいて、
  人生における選択の自由に満足していて、
  よく寄付をしていて、
  政治やビジネスが腐敗していない

という特徴をもつ国ほど主観的ウェルビーイングが高まりやすいということが言えそうです。

特に、社会的支援や人生選択の自由、寛大さ(寄付の多さ)はポジティブな感情(笑い、楽しさ、興味深さ)をよく経験することを通して、人生満足度が高まるようです。

ただし、これらの要因によって予測される人生満足度の高さは、世界を全体的にみたときの傾向です。国や地域によって、上記の結果が当てはまりにくいケースもあります。

例えば、ラテンアメリカの国々では6つの要因から予測されるよりも人生満足度は高く評価される傾向にあり、逆に日本を含む東アジアの国々では低く評価される傾向にあります。社会的・文化的背景などから人生満足度の主観的な評価のされ方が異なることは、幸福度を国際比較するときに考慮したいポイントです。

COVID-19がウェルビーイングに与えた影響

2023年版のWorld Happiness Reportは2020~2022年の調査結果を基にしており、全期間にわたってCOVID-19の影響が反映されたレポートでした。さらには、ロシアによるウクライナ侵攻や世界的インフレ、自然災害などあらゆる転換があった期間でもあります。

COVID-19によるパンデミックは、私たちのウェルビーイングにどのような影響をもたらしたのでしょうか?

この影響を評価するために、まず2020~2022年の調査結果とCOVID-19流行以前である2017~2019年の調査結果を比較します。結論から示すと、COVID-19の流行以前と流行以後で、人生満足度(キャントリル・ラダー)の評価に大きな変化ありませんでした。

2017~2019年の世界幸福度平均:5.510ポイント
2020~2022年の世界幸福度平均:5.650ポイント

『World Happiness Report 2023』より算出

では、なぜCOVID-19の流行下にあってもウェルビーイングは低下しなかったのでしょうか?レポートでは、考えられる理由の一つとして「向社会行動の増加」を挙げています。

向社会行動とは、「他人あるいは他の人々の集団を助けようとしたり、こうした人々のためになることをしたりしようとする自発的な行為」のことを指します。具体的には、寄付や献血、ボランティアをはじめ、困っている人を助けることや落ちている財布を届けることなどが含まれます。

レポートでは、寄付・ボランティア・見知らぬ人の援助といった向社会行動が2020~2022年に増加したことを示しています。特に、見知らぬ人への援助は大幅に増加しています。

『World Happiness Report 2023』より作成

このような向社会行動の増加によって、COVID-19が世界的に大流行したにもかかわらず、世界の人々がウェルビーイングを維持・回復することができたと考えられます。

向社会行動とウェルビーイング

向社会行動とウェルビーイングの関係については、さまざまな研究がされています。詳細については、また別の機会に記事にしたいと思いますが、一部ご紹介します。

まず想像しやすいところとしては、向社会行動を受けた人はウェルビーイングが向上することが知られています。他者から援助や恩恵を受けることが、当人の幸福につながることは想像に難くありません。
また向社会行動を受けた人は、相手や第三者に向社会行動を取る可能性も高いことが知られています。これは恩返しやペイ・フォワードと呼ばれる現象として知られています。

また向社会行動を行った人自身もウェルビーイングが向上することが報告されています。
Dunn et al. (2014) によれば、参加者にお金を渡して、その日のうちに自分のため、または他人のために使用するように求めたところ、他人のためにお金を使用した人々の方が幸福度が高まったという実験結果が得られています。またこのような利他的な行動が幸福につながる傾向は、平均2歳に満たない幼児においても見られる傾向だそうです。

逆に、ウェルビーイングが高い人ほど、向社会的な行動を頻繁に行うことも報告されています。より幸福な人はボランティア活動に時間を費やし、他者のために多くのお金を使い、他者の利益のために努力することなどが示されています。

向社会行動とウェルビーイングの因果関係について、明確な答えが示されているとは言い切れません。しかし、向社会行動とウェルビーイングは双方向に影響し合うことで、ポジティブなサイクルが生んでいると考えられます。

まとめ

World Happiness Report 2023を読み解き、世界のウェルビーイングやその要因、そしてCOVID-19流行の影響についてまとめてきました。

日本では、世界幸福度ランキングの順位ばかりが注目されてしまう傾向にありますが、ウェルビーイングの要因や世界情勢に基づいた分析など、さまざまなことについて言及されているので、もしご興味があれば一度読んでみると面白いかもしれません。

本記事のポイント

  • 2023年度の幸福度ランキング1位は、6年連続のフィンランド。ランキング上には、北欧5か国を中心としたヨーロッパ諸国が並ぶ。

  • 日本は47位で、人生満足度は6.129ポイント (0~10ポイント中)。近年は、順位・スコアともに向上傾向にある。

  • 世界各国の人生満足度は、「一人当たりGDP」「社会的支援」「健康寿命」「人生選択の自由」「腐敗の少なさ」と強い関係性が見られる。

  • COVID-19の流行以前 (2017~2019年) と以後 (2020~2022年) では、世界のウェルビーイングに大きな変化は見られなかった。これは、世界で向社会行動が増加したことによって、人生満足度が維持・回復されたと考えられる。

参考文献

  • Weinstein, N., & Ryan, R. M. (2010). When helping helps: autonomous motivation for prosocial behavior and its influence on well-being for the helper and recipient. Journal of personality and social psychology, 98(2), 222.

  • Baumeister, R. F., Stillwell, A. M., & Heatherton, T. F. (1994). Guilt: an interpersonal approach. Psychological bulletin, 115(2), 243.

  • Dunn, E., Aknin, L., & Norton, M. (2014) Prosocial spending and happiness: Using money to benefit others pays off. Current Directions in Psychological Science, 23-41.

  • Aknin, L.B., Hamlin, J.K., & Dunn, E.W. (2012). Giving leads to happiness in young children. PLoS ONE, 7(6), e39211.

  • Thoits, P. A., & Hewitt, L. N. (2001). Volunteer work and well-being. Journal of health and social behavior, 115-131.

  • Aknin, L. B., Dunn, E. W., & Norton, M. I. (2012). Happiness runs in a circular motion: Evidence for a positive feedback loop between prosocial spending and happiness. Journal of happiness studies, 13, 347-355.

  • Layous, K., Nelson, S. K., Kurtz, J. L., & Lyubomirsky, S. (2017). What triggers prosocial effort? A positive feedback loop between positive activities, kindness, and well-being. The Journal of Positive Psychology, 12(4), 385-398.


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