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生物多様性とウェルビーイングの関係

はじめに

今回は「生物多様性とウェルビーイングの関係をどのように捉えたらよいのか」ということを、既存のフレームワークや文献の傾向調査によって提言しているレビューについてご紹介します。

本記事における「ウェルビーイング」という言葉は、身体的もしくは精神的健康といっただけではない「豊かな暮らし」といった包括的な概念としてとらえていただけると分かりやすいかと思います。

生物多様性とウェルビーイングの関わり

「ウェルビーイング」という概念は、人の身体的な健康のみならず、経済的安全性、自由、所属、愛情、余暇など様々な概念を含んでおり、多次元性に富んでいます。そんなウェルビーイングですが、近年は政策においても重要視されるようになっており、SDGsの目標にも組み込まれています。SDGsの目標は様々な分野にわたりますが、欠かせない要素のひとつとして「生物多様性」があります。

生物多様性とウェルビーイングという観点では、かつては「経済開発(人類の幸福)は生物多様性の損失と引き換えである」という考えが前提がありました。つまり、両者を両立することが難しいと考えられていたのです。しかし、近年は「生物多様性はウェルビーイングを産み出すシステムである」という視点が定着しつつあり、生物多様性をよりよくすることが人類のウェルビーイングにつながると考えられるようになりました。

生物多様性による恩恵がウェルビーイングと深いかかわりがあるであろうということは、直感的にも理解しやすいと思います。例えば、豊かな自然が作り出す美しい風景や、豊富な捕獲漁業の提供といった恩恵も、生物多様性あってこそ成り立つからです。しかし、生物多様性とウェルビーイングの関係について、体系的に整理されているとは言えない状況です。
各分野や取り組みのなかでフレームワークが検討されていますが、生物多様性もウェルビーイングと同様に、非常に複雑な概念であり、さらには分野によって定義が異なることもあるからです。

このような状況を受け、このレビューでは「1. 生物多様性とウェルビーイングに関連する既存のフレームワーク」に関する調査、さらに「2. 生物多様性とウェルビーイングという言葉がどのように扱われているか」の調査を行い、整理しています。

調査1. 生物多様性とウェルビーイングに関連する既存のフレームワーク

レビューに記載されていたいくつかのフレームワークやアセスメントについてご紹介します。

DPSIRフレームワーク
人間社会における問題の根本的原因(D)、問題の直接的原因となる圧力(P)、圧力を受け変化する社会や生態の状態(S)、それによって生じる影響(I)、DPSIに対する社会側の対策や対応(R)という5要素で、生態系の恵みを利用することによる生物多様性への影響を整理している。

ミレニアム生態系評価(MA)
地球規模の生態系に関する環境アセスメントであり、生物多様性を「ウェルビーイングに影響を与える生態系機能(きれいな水、豊かな土壌、木材、捕獲漁業の提供など)を媒介する包括的な要因」であると捉え、評価している。

生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)
DPSIRフレームワークとミレニアム生態系評価(MA)の両方の概念を取り入れた枠組みを採用している。

プラネタリー・バウンダリー
生物多様性の損失について「生物圏の安全性」と名付け評価。「生物多様性完全度指数」と「絶滅率」の指標が含まれる。

他にも、生物多様性を「生態系機能の調整者・生態系サービス・生態系財」として人との関わりを捉える概念や、生物多様性とウェルビーイングの主観的、客観的評価を組み合わせる概念を提唱する研究もあるようです。

結局のところ、色々とフレームワークやアセスメントは検討されているのですが、それがかえって「何を基準とすべきか」といった混乱をもたらしている状況なのです。

調査2. 生物多様性とウェルビーイングという言葉がどのように扱われているか

レビューでは、一般市民向けの記事や書籍および科学的文献(査読付き論文)について、生物多様性やウェルビーイングといった言葉がどの程度扱われているのかを調査しました。

一般市民向けとしては、「生物多様性」のほかに「持続可能な開発」といった用語について、登場頻度が指数関数的に増加しているということが分かりました。一方、ウェルビーイングについては緩やかな増加がみられるのみでした。科学的文献についても同様のパターンを示していました。

また、「生物多様性」や「ウェルビーイング」といった言葉はそれぞれ単独で用いられている場合が非常に多く、組み合わせて検索するとかなり数が減ってしまうとのことです。つまり、それらの関連性が無視され議論されている可能性が高いということです。

生物多様性とウェルビーイングの関わりをどうとらえるべきか

生物多様性とウェルビーイングの関わりについて考える場合、ウェルビーイングの状態ごとに区別して考える必要があります。

ウェルビーイングが「低い」状態では、栄養不足やきれいな水の不足などといった貧困の影響を受けている人々の当面のニーズに対し、緊急に対応する必要があります。このような場合、最低限のウェルビーイングを確保することが、生物多様性の最低限の確保につながる可能性があります。しかし、多くの場合、最低限のウェルビーイングを追求するために生物多様性が失われ、さらにウェルビーイングが低下するという悪循環に陥ったり、そういったなかで生物多様性の損失が不可逆的なものになってしまうというシナリオが想定されます。
一方、ウェルビーイングが「高い」状態では当面のニーズは満たされていますから、身体的・精神的なウェルビーイングを満たす社会の持続的な発展のために、生物多様性の保護や向上のための投資を行うことができるのです。

こういったことを考慮に入れ、生物多様性とウェルビーイングの両方に及ぼす影響とフィードバックについて組み込んだフレームワークが必要になるのです。

おわりに

今回ご紹介したレビューから、生物多様性とウェルビーイングの関係は非常に複雑で、まだ完全には整理できていないということが分かるかと思います。近年は、生物多様性と人間の経済活動は切り離せない概念となっていますから、今後さらに研究・検討が進んで整理されていくでしょう。

個人単位で捉えると、「身近な自然への感謝」や「大自然への畏敬の念」はウェルビーイングを高めることが分かっています。社会規模での整理はまだまだ難しいところもありますが、まずは個々が生活の中で生物多様性とウェルビーイングの関係を意識してみるといいのかもしれません。

参考文献

Naeem, S., Chazdon, R., Duffy, J. E., Prager, C., & Worm, B. (2016). Biodiversity and human well-being: an essential link for sustainable development. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 283(1844), 20162091.

本記事は、スマホアプリNEC Thanks Cardに掲載した内容を修正して転載したものです。


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