マインドフルネスとは? マインドフルネスの成り立ちと概要
はじめに
みなさんは「マインドフルネス」ということばを聞いたことがあるでしょうか?
ストレスや不安を和らげるための方法の一つとして知られており、近年はスマホアプリで気軽に「マインドフルネス瞑想」に取り組めるようになりました。
マインドフルネスとは何か、Chat GPTに質問すると以下のように回答されます。
「現在の瞬間に意識を集中させる状態」というとピンとこないかもしれませんが、この考え方は仏教(禅)に由来しています。「瞑想」というと日本人にとってもイメージしやすいかもしれません。
今回の記事では、マインドフルネスをテーマに、心理学におけるマインドフルネスとはどんなものか、そして、健康やウェルビーイングとの関係についてご紹介します。
仏教とマインドフルネス
マインドフルネスの語源
「マインドフルネス(mindfulness)」という単語を分解してみると「mind/ful/ness」となり、日本語にすると「心いっぱいの状態」となります。心いっぱいの状態とは、どんな状態のことを指しているのでしょうか。
この単語はもともと、仏教の概念を英語圏に輸入するために充てられたものです。その起源について少しご紹介します。
マインドフルネス(mindfulness)という単語自体は、およそ700年前には使われていましたが、初めから仏教的意味が付与されていた訳ではありません。1881年、Rhys Davidsが『東洋の清書(第6巻)』にて、パーリ語の“サティ(巴梵)”の英語訳としてマインドフルネスを充てたのが、現在のマインドフルネスという言葉の始まりです。
仏教におけるサティは、漢語では「念」や「憶念」とも訳され、心をとどめておくこと、あるいは心にとどめ置かれた状態としての記憶、心にとどめ置いたことを呼び覚ます想起のはたらき、心にとどめ置かせる働きとしての注意力とされます。こういった意味合いが、もともとのマインドフルネスの意味合いと近かったことで、英語訳として充てられたのです。
現在のマインドフルネスはもう少し意味合いが変化しており、仏教瞑想の中核にあるものの、それ自体は「ありのままの注意」であると考えられ、神秘的な意味合いは薄れて解釈されています。
仏教におけるマインドフルネス
英語で『マインドフルネスの基盤』と訳される『念処経』という瞑想の技法があります。このなかの『四念処』という4種について、かなり簡素にご紹介します。
身念処 mindfulness of the body
身体へのマインドフルネスを指します。呼吸・姿勢・日常的な動作に対する気づき、体に関連する部位や物・肉体を構成する4大元素に対する内省、自分の肉体がやがて朽ちて塵と消えゆくことへの思案といったことが含まれます。
受念処 mindfulness of feelings
感情や感覚へのマインドフルネスを指します。快は快として、不快は不快として、快も不快もなければそのようなものとして気づくことなどが含まれます。
心念処 mindfulness of consciousness
意識状態(心)へのマインドフルネスを指します。欲のある・ない意識状態 、憎しみ、愚かさ、畏れなど、一つ一つの意識の状態に対して、そのような意識として気づくことなどが含まれます。
法念処 mindfulness of mental objects
英語では「心的対象」を意味しますが、「法」とは“ダルマ(梵巴)”であり、自然の摂理や人間の苦悩に関するブッダの教えを指します。それには五蓋、五蘊、十二処、七覚支、四聖諦があり、それぞれいくつかの構成要素が含まれます。
これらを通じて、身、受、心、法について、その内側・外側から沈思黙考することで、世の中のいっさいに巻き込まれず、執着せずに生きられるようになるという教えです。
心理学におけるマインドフルネス
心理学におけるマインドフルネスといえば、1970年代にアメリカのジョン・カバットジン博士により体系化された「マインドフルネスストレス低減法(MBSR)」という精神療法が有名です。基本理念は道元禅師の曹洞宗であると語られており、開発目的はうつ病などの精神疾患の治療でした。近年は、不健康な人々だけではなく健康な人々に対する適用が検討されるようになっています。
カバットジン博士によるトレーニングは、1回2~2.5時間のトレーニングを8週間行うものです。その概要をご紹介します。
上記のプログラムに多く取り入れられているボディースキャンについてご紹介します。
ボディースキャンとは、自分が注意を集中している身体の一部が感じている本当の感覚を感じ取り、その場所に、あるいはその中に自分の意識をとどめようとする方法です。
具体的には、横になって目を閉じ、注意を体の様々な部分へ移動させます。そして、注意を頭のてっぺんまで動かしたら、そこに鯨の噴水孔のような穴が開いていて、そこから呼吸しているイメージを作ります。頭のてっぺんから入ってきた空気が体全体にいきわたり、また頭のてっぺんから出ていく、という体全体で呼吸をしているイメージをつくります。
こういった瞑想をはじめに行うことで、患者は初めて一定の時間自分の注意を集中することを学んでいくのです。
マインドフルネス療法と精神的健康
マインドフルネス療法とは
1990~2000年代には、望ましくない行動を制御することを目的とした技法である「行動療法」と、人の認知のゆがみ(客観的・柔軟に物事を捉え考えることが難しくなっている状態)を修正することで精神疾患の症状の回復を目指す「認知療法」を合わせた「認知行動療法(CBT)」の概念が登場し、浸透していきました。
これらに、マインドフルネスストレス低減法を取り入れた「マインドフルネス認知療法(MBCT)」が開発され、うつ病の再発予防効果が確認されました。それ以降、マインドフルネスを取り入れた介入が急速に普及し、マインドフルネスを中核に置く療法は「マインドフルネス療法(MBI)」とまとめて呼ばれるようになりました。
マインドフルネス認知療法開発の経緯
マインドフルネス認知療法は、精神疾患の中でも特にうつ病の再発予防を目的として開発されました。その経緯をご紹介します。
うつ病は、再発リスクの大きい疾患であると言われています。厚生労働省の資料によると、うつ病はいったん症状が回復しても約60%が再発します。2回、3回とうつ病になったことがある人の再発リスクはさらに大きくなります。つまり、“投薬の必要がない、いったん症状が落ち着いている状態の人※”に対し、有効な薬物療法以外の手法の開発が必要とされたのです。
※本記事ではうつ病の詳しい治療経過の解説は行いませんが、うつ病はいったん寛解して症状がほとんど消え安定しても、再発のリスクがあり注意が必要な期間がしばらく続くとされています。
Segalらの実験で、うつ病の再発防止において重要なポイントは「脱中心化(decentering)」にあることが示唆されました。脱中心化とは、体験を客観的に捉え、思考や感情を心の中で生じた一時的な出来事であると認識する状態のことを指します。うつ病の再発時には、脱中心化がうまく機能せず、ネガティブな思考を繰り返してしまう状態になっていたのです。
一方、再発に至っていない人は、脱中心化が働いているのでネガティブな思考は認められません。そのため、再発防止策として認知行動療法を取り入れても、効果が表れなかったり、継続できない可能性があります。
そこで、再発前に日常的なトレーニングで脱中心化を機能させる手法として、1990年代にマインドフルネスを取り入れた「マインドフルネス認知療法(MBCT)」が開発されたのです。
マインドフルネス認知療法は1週間に1回、2時間のプログラムを計8回、10~20人の集団で実施する形態となっています。以下にマインドフルネス認知療法のプログラムをご紹介します。
マインドフルネスと精神疾患
Teasdaleらの実験では、過去に3回以上うつ病になったことにある患者について、“投薬の必要がない、いったん症状が落ち着いている状態”の時期に、通常の治療に加えマインドフルネス認知療法を加えることで、うつ病の再発率が有意に下がるということが明らかになりました。(Teasdale et al., 2000)こういった結果は、抗うつ薬の投薬との比較実験でも報告されています。この実験により、マインドフルネス認知療法は、うつ病の再発予防を目的とした新たな治療法として有効であることが明らかになり、マインドフルネス認知療法が広く活用されるきかっけとなりました。
また、不安症に対してもマインドフルネス療法の適用が検討されています。
不安症と呼ばれる症状は様々で、特徴によりいくつかに分類されます。例えば、パニック障害(突然激しい不安に襲われ呼吸が苦しくなるといったパニック発作を繰り返す病気)や全般性不安障害(生活上の様々なことが気になり極度に不安になる状態が続く病気)などがあります。こういった不安症の治療には、うつ病と同様に薬物療法や認知行動療法が主に適用されます。
2000年代、うつ病予防の観点から少し遅れて、不安症に対してもマインドフルネス療法の適用が検討され始めました。しかし、何も治療をしない状態に比べた効果はみられたものの、従来の治療法と比べた有意な効果は認められないといった報告が続きました。一方、こういった結果は、実験対象について、薬物療法を行っていない患者の割合が多く、薬物療法を行ったうえで寛解に至っていない患者に対する有効性は確認されていませんでした。
そこで、Ninomiyaらは、不安症などの長い罹病期間が長く、抗うつ薬を処方されている患者を対象に、マインドフルネス認知療法の効果を確認する実験を行いました(Ninomiya et al., 2020)。
実験の結果、マインドフルネス認知療法を受けた不安症患者は、受けていない対照群に比べ優位に症状が改善しました。つまり、慢性化した状態の不安症に対してマインドフルネス認知療は有効であり、新たな治療の可能性が示されたのです。
マインドフルネス療法とウェルビーイング
前述の通り、マインドフルネス療法は、もともとうつ病や不安症といった精神疾患の臨床場面への適用を主目的に研究開発されました。しかし近年は、健康な人の主観的ウェルビーイングの改善を目的とした研究も行われるようになりました。
健康な人をマインドフルネス認知療法による介入対象とした研究では、ストレスによる血圧の変化を抑制すること(Nyklicek et al., 2013)、セルフコンパッションの増加や恐怖や怒りの抑制に効果があること(Robins et al., 2012)などが報告されています。
さらに、Kosugiらの実験では、マインドフルネス認知療法が主観的ウェルビーイングの認知的側面(SWLS)が有意に増強されることが確認されました。さらに、主観的ウェルビーイングのユーダイモニア的側面(Flourishing scale)およびポジティブ感情について、16週間後の改善がみられました(Kosugi et al., 2021)。
これらの結果から、マインドフルネス療法には、健康な人のウェルビーイングを改善する効果があると考えられています。
マインドフルネスがウェルビーイングを改善するメカニズム
「Mindfulness to meaning theory(MMT)」という理論があります。少し理解しづらい内容ではありますが少しご紹介します。
MMTでは、マインドフルネスがウェルビーイングを改善するメカニズムを以下のように説明しています。
脱中心化については既にご紹介しましたが、その結果としてネガティブな出来事とポジティブな出来事が心の中で結びつき、それらが「自身の成長や意味につながる」といった、より広義の肯定的評価につながるということです。さらに、そのつながりが強くなるにつれて自伝的記憶※と結びつき、幸福感を高めるといいます。
Garlandらの論文に、これらを説明する図がありましたので、以下に掲載しご紹介します。
※自伝的記憶については以下の記事でご紹介しています。
https://note.nec-solutioninnovators.co.jp/n/n223123784e39
心の中では、人生の様々な出来事について、ポジティブ・ネガティブといった事前評価がされています。
脱中心化が機能しない状態となると、ネガティブな出来事にばかり注目してしまい、それらを結びつけるネットワークが強化されます。それにより、自己と世界に対し否定的な評価が確立されます。
マインドフルネスを行うと、2のネットワークが一時的に解消され、ネガティブな出来事以外にも注意を向けられるようになります。
マインドフルネスにより、ポジティブ・ネガティブな出来事についてバランスの取れたネットワークが形成されます。その後、このネットワークが長期的な自伝的記憶に統合され、幸福感を高めます。
今回はイメージ図にてご紹介していますが、実際の研究では脳のfMRIによる脳画像を使ったマインドフルネスの効果検討も行われているようです。
おわりに
今回はマインドフルネスについて、概要をご紹介しました。仏教的な要素や実際にプログラムを体験しないと味わえない感覚的な部分もあり、文章を読んだだけでは分かりづらかったかもしれません。
マインドフルネス療法は、精神疾患の治療法として広く活用されているので、関連書籍やインターネット上の情報もたくさんあります。また、ウェルビーイングを目的としたマインドフルネスとしては、集団のプログラムに参加しなくても、個人で手軽にできるヨガや瞑想がスマートフォンアプリなどでも出回っています。
マインドフルネスに興味がある方は、そういったところから手を付けてみるといいのかもしれません。
参考文献
貝谷, 久宣, 熊野, & 越川房子. マインドフルネス: 基礎と実践. 日本評論社.
Kabat-Zinn, J. (春木訳 2007). マインドフルネスストレス低減法. 北大路書房.
佐渡充洋, 二宮朗, 朴順禮, 田中智里, 小杉哲平, 田村法子, ... & 藤澤大介. (2021). 精神科医療およびメンタルヘルスにおけるマインドフルネス療法の意義と未来―日本における現状と課題を中心に―. 心理学評論, 64(4), 555-578.
厚生労働省. (2004). 地域におけるうつ対策検討会報告書. https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/01/s0126-5g.html#s1
Segal, Z. V., Anderson, A. K., Gulamani, T., Dinh Williams, L. A., Desormeau, P., Ferguson, A., ... & Farb, N. A. (2019). Practice of therapy acquired regulatory skills and depressive relapse/recurrence prophylaxis following cognitive therapy or mindfulness based cognitive therapy. Journal of consulting and clinical psychology, 87(2), 161.
高橋美保, 稲吉玲美, & 勝又結菜. (2017). MBCT のプログラムとしての治療的要素: 体験に基づく探索的検討. 東京大学大学院教育学研究科紀要, 56, 13-26.
Teasdale, J. D., Segal, Z. V., Williams, J. M. G., Ridgeway, V. A., Soulsby, J. M., & Lau, M. A. (2000). Prevention of relapse/recurrence in major depression by mindfulness-based cognitive therapy. Journal of consulting and clinical psychology, 68(4), 615.
Nyklíček, I., Mommersteeg, P., Van Beugen, S., Ramakers, C., & Van Boxtel, G. J. (2013). Mindfulness-based stress reduction and physiological activity during acute stress: a randomized controlled trial. Health Psychology, 32(10), 1110.
Robins, C. J., Keng, S. L., Ekblad, A. G., & Brantley, J. G. (2012). Effects of mindfulness‐based stress reduction on emotional experience and expression: A randomized controlled trial. Journal of clinical psychology, 68(1), 117-131.
Garland, E. L., Farb, N. A., Goldin, P. R., & Fredrickson, B. L. (2015). The mindfulness-to-meaning theory: Extensions, applications, and challenges at the attention–appraisal–emotion interface. Psychological Inquiry, 26(4), 377-387.
(執筆者:丸山)
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