食事とウェルビーイング | ウェルビーイングを高める食事とは?
1990年代後半に提唱されたポジティブ心理学は幸福や満足感、強みなどに焦点を当て、人間の心理的な繁栄を目指した研究が推進されてきました。感謝やマインドフルネス、強みなど、さまざまなアプローチから、私たちのウェルビーイングを向上させるための介入方法が検討されてきました。
近年では、食に関する要因がウェルビーイングに高めるという新たなパターンが発見され、ポジティブ心理学領域において食品や食習慣などに着目した研究が増加しています。食事が身体的な健康だけでなく、精神的な側面においても重要な役割を担っている証拠が集められています。
ウェルビーイングやメンタルヘルスのために、食事においてどのようなことを意識すると良いでしょうか?
近年の研究報告から、知見をまとめてご紹介します。
食品と主観的ウェルビーイング
食事とウェルビーイングに関する研究では、摂取する食品が主観的ウェルビーイングにどのような影響を及ぼすかについて、主に研究されています。
野菜・果物と主観的ウェルビーイング
多くの研究において、果物や野菜の摂取が主観的ウェルビーイングと関連することが報告されています。主に、ポジティブ感情と果物や野菜の摂取との間に、正の相関関係があることが示されています。
Conner et al. (2015) では、ポジティブ感情を含むウェルビーイングのいくつかの側面と食事の関係を調査しました。この研究では、若者405名(平均年齢19.9歳)が13日間にわたって摂取した食品(果物、野菜、お菓子、ポテトチップス)を記録しました。また、ウェルビーイングに関連する要素として、ポジティブ感情とネガティブ感情、幸福度、好奇心、創造性も同時に記録しました。
その結果、従来の研究と同様に、ポジティブな感情と果物や野菜の摂取には正の相関関係が見られました。加えて、果物や野菜の摂取が幸福度、好奇心の高まり、創造性の高まりと正の相関関係にあることも示されました。また、果物や野菜の摂取量が多い日には、幸福度、好奇心、創造性が高まる傾向にありました。
Głąbska et al. (2020) は、上記のような果物や野菜の摂取とウェルビーイングやメンタルヘルスの関係を検証した研究を整理したレビュー論文を報告しています。61件の論文に対して結果を精査した結果、果物と野菜の摂取量を1日1皿(80g)増やすと、精神健康調査票(GHQ)のスコアが0.13ポイント改善し、1日7~8皿(560~640g)摂取すると人生満足度が0.24ポイント高まることが示されました。また、果物と野菜の合計摂取量が多い場合、楽観性や自己効力感が向上し、心理的苦痛が低下し、うつ症状が軽減されることも報告されています。
果物や野菜の中でも、特にウェルビーイングやメンタルヘルスに良い効果を与える食品として、バナナ、リンゴ、柑橘類、ベリー類、グレープフルーツ、キウイフルーツ、ニンジン、レタス、キュウリ、緑黄色野菜(特にほうれん草)が挙げられています (Brookie et al., 2018)。また、生鮮野菜や果物だけでなく、果物や野菜を含むジュースやスープ、ドライフルーツやドライ野菜などでも一定の影響が示されています。
これらの研究結果から、研究者らはWHOが推奨する通り1日に少なくとも5皿分(400g)の果物や野菜を摂取することが、ウェルビーイングやメンタルヘルスに有益であるとまとめています (Głąbska et al., 2020)
チョコレートと主観的ウェルビーイング
一部の研究では、チョコレートの摂取がウェルビーイングに関連することが報告されています。
Macht & Dettmer (2006) は、37名の女性の参加者をリンゴ、チョコレートバー、何も食べないの3つの条件に分け、1日2回、1週間にわたって気分を報告してもらいました。何も食べない場合と比較して、リンゴを食べた後には気分が高揚し、チョコレートを食べた後にはさらに気分が高揚したと報告しました。しかし、一部の女性ではチョコレートを食べた後に罪悪感を報告しており、罪悪感を報告した人はポジティブな感情への効果が小さいことが示されました。
このことから、チョコレートを食べることは感情や気分に良い影響を与えるものの、チョコレートなどに否定的な認知を持っている場合には、罪悪感がその影響を抑制すると考えられます。
栄養素と神経伝達物質
上記に示した通り、果物や野菜、チョコレートなどの食品の摂取によって、ウェルビーイングやメンタルヘルスに良い影響があることが報告されています。しかし、そのメカニズムに関する証拠は、今のところ明確には示されていません。
考えられる理由の一つとして、上記のような食品に含まれる栄養素が幸福感などに関与する神経伝達物質の生合成に関与する可能性が挙げられます (Rao et al., 2008)。
食事によって吸収された特定の栄養素は、ドーパミンやセロトニン、オキシトシンなどの神経伝達物質の生合成に必要な前駆体や分泌を促す補因子として働きます。
例えば、ドーパミンの生合成にはフェニルアラニンやチロシンが必要であり、セロトニンの生合成にはトリプトファンとビタミンB6が必要です。また、オキシトシンの分泌にはビタミンDの摂取が関与する可能性が報告されています (Kaviani et al., 2020)。
以下に、ウェルビーイングに関連する神経伝達物質と、その生合成や分泌に関わる栄養素を含む食品をまとめました。
ただし、これらの食品の摂取が神経伝達物質の分泌に影響するかについては、十分な研究がされているとは言えません。厚生労働省が公開している食事摂取基準などを参考に、バランスの良い食事を心がけると良いでしょう。
食事の状況とウェルビーイング
どのような食事を食べるかだけでなく、食事の食べ方や食べる状況も重要な観点の一つです。食事の状況に関する研究では、マインドフルネスを高めた食事や家族との食事などと、ウェルビーイングの関係を検証した研究があります。
マインドフルな食事摂取とウェルビーイング
食事の食べ方に関する研究として、マインドフルネスを高めた食事の方法とウェルビーイングに関連した研究が報告されています。
マインドフルネスとは、評価や判断することをせず、今この瞬間に起こっている感覚や経験に注意を払うことを指します。マインドフルネスを活用した食事方法は、マインドフル・イーティングとも呼ばれ「食べる瞑想」として、米国インディアナ州立大学のジーン・クリステラー教授によって開発されました。
マインドフルネスを活用した食事としては、以下のような方法が提唱されています。
Meier et al. (2017) は、上記のようなマインドフルネスを活用した食事方法が、気分に与える影響を検証しました。258名の実験参加者は、マインドフルな方法あるいは非マインドフルな方法で、少量のチョコレートまたはクラッカーを食べるように指示されました。マインドフルな方法でチョコレートを食べるように指示された参加者は、特に指示がなくチョコレートを食べた人や、マインドフル/非マインドフルな方法でクラッカーを食べた人と比較して、食べた後に気分が向上したことが示されました。この結果から、マインドフルネスを活用した食事法は、食品が持つウェルビーイングなどの心理的効果を増幅させることが示唆されました。
マインドフルネスを活用した食事方法は、過食を抑える方法として近年注目を集めていますが (Minari et al., 2024)、食事を通してウェルビーイングを高める方法としても有益であると考えられます。
家族との食事摂取とウェルビーイング
食事をする状況の研究として、家族と一緒に食事を食べることもウェルビーイングに影響を与える可能性が検討されています。
11~15歳のカナダ人26,000名以上の大規模サンプルを対象とした、家族との夕食とウェルビーイングの関連性を調査した研究が報告されています (Elgar et al., 2013)。家族との夕食の頻度が多いと、感情的ウェルビーイングや人生満足度が高いだけでなく、他者のための行動もより多く取ることが示されました。また、親子のコミュニケーションの質が、家族での夕食の頻度とウェルビーイングの関係の13~30%を説明しました。
このことから、少なくとも子供にとって、家族と一緒に食事をとることは、社会的関係を築き、ウェルビーイングを向上させるために重要な役割を担っていると考えられます。
まとめ
今回は、近年研究が増えてきている食事とウェルビーイングの関係について、ご紹介しました。今回の記事のポイントは以下の通りです。
果物や野菜の摂取は、主観的ウェルビーイングにポジティブな効果が期待される
チョコレートの摂取にも気分を高揚させる効果があるが、人によっては罪悪感を感じることもある
食事から得られる栄養素は、ウェルビーイングに関連する神経伝達物質の分泌に関係することが考えられる
マインドフルネスを活用した食事は、食品がウェルビーイングに影響を与える効果を増幅させる
家族と一緒に夕食を食べることは、子供のウェルビーイングや他者指向的行動を促進する
食事は、誰もが毎日する行為です。日々のちょっとした変化の積み重ねで、ウェルビーイングを向上させることが出来るかもしれません。皆さんもぜひ参考にしてみてください。
(執筆:菅原)
参考文献
Conner, T. S., Brookie, K. L., Richardson, A. C., & Polak, M. A. (2015). On carrots and curiosity: eating fruit and vegetables is associated with greater flourishing in daily life. British journal of health psychology, 20(2), 413–427. https://doi.org/10.1111/bjhp.12113
Głąbska D, Guzek D, Groele B, Gutkowska K. Fruit and Vegetable Intake and Mental Health in Adults: A Systematic Review. Nutrients. 2020; 12(1):115. https://doi.org/10.3390/nu12010115
Brookie, K. L., Best, G. I., & Conner, T. S. (2018). Intake of Raw Fruits and Vegetables Is Associated With Better Mental Health Than Intake of Processed Fruits and Vegetables. Frontiers in psychology, 9, 487. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2018.00487
Macht, M., & Dettmer, D. (2006). Everyday mood and emotions after eating a chocolate bar or an apple. Appetite, 46(3), 332–336. https://doi.org/10.1016/j.appet.2006.01.014
Minari, T. P., Araújo-Filho, G. M., Tácito, L. H. B., Yugar, L. B. T., Rubio, T. A., Pires, A. C., Vilela-Martin, J. F., Cosenso-Martin, L. N., Fattori, A., Yugar-Toledo, J. C., & Moreno, H. (2024). Effects of Mindful Eating in Patients with Obesity and Binge Eating Disorder. Nutrients, 16(6), 884.
https://doi.org/10.3390/nu16060884
Rao, T. S., Asha, M. R., Ramesh, B. N., & Rao, K. S. (2008). Understanding nutrition, depression and mental illnesses. Indian journal of psychiatry, 50(2), 77–82.
https://doi.org/10.4103/0019-5545.42391
Kaviani, M., Nikooyeh, B., Zand, H., Yaghmaei, P., & Neyestani, T. R. (2020). Effects of vitamin D supplementation on depression and some involved neurotransmitters. Journal of affective disorders, 269, 28–35. https://doi.org/10.1016/j.jad.2020.03.029
Meier, B. P., Noll, S. W., & Molokwu, O. J. (2017). The sweet life: The effect of mindful chocolate consumption on mood. Appetite, 108, 21–27. https://doi.org/10.1016/j.appet.2016.09.018
Elgar, F. J., Craig, W., & Trites, S. J. (2013). Family dinners, communication, and mental health in Canadian adolescents. The Journal of adolescent health : official publication of the Society for Adolescent Medicine, 52(4), 433–438. https://doi.org/10.1016/j.jadohealth.2012.07.012