人への感謝、もの・ことへの感謝
対人的感謝と非対人的感謝
感謝には『対人的感謝』と『非対人的感謝』の2種類があることをご存じでしょうか。
誰か他の人にしてもらったことに対して「ありがたいな」と感じ、その気持ちを表明するというのは『対人的感謝』といいます。
一方、良い天気に感謝する、今日一日に感謝する、といった他の人の存在が強調されないシチュエーションでの感謝は『非対人的感謝』といいます。
ポジティブ心理学における介入実験では、それらの感謝の種類を問わないものや、対人的感謝に注目しているものが多いです。
しかし、日本を含む東アジアを対象とした研究では、感謝と同時に「申し訳なさ」や「負債感(お返しをしなければならないという気持ち)」が欧米に比べ生じやすく、それらは特に対人的感謝において生じているということが明らかになっています。
そこで、対人的感謝と非対人的感謝の効果を比較する実験を行っている実践研究がありましたので、その内容をご紹介しようと思います。
子供の学校不適応行動に着目した対人・非対人的感謝の比較実験
実験は、小学5年生および6年生の児童183人を対象に行われました。
小学生が対象となった理由は、感謝介入の効果として『学校不適応行動』につながるネガティブな要素を抑制することを期待したためです。学校不適応行動とは、学校における暴力的な行為や不登校などを指します。また、ネガティブな要素としては、反すう(何度も繰り返し同じことを考え続けること)、楽観性、悲観性、ストレス反応などが挙げられます。
小学生は学年が上がるほど、身体の発達や親や友人との関係性の変化などを経験することになり、ストレスが増加します。一方で、感謝を示すことが低学年よりも多くなるといった研究結果があります。
そのため、感謝介入が学校不適応行動につながるネガティブな要素を抑制するかといった実験に、小学5年生および6年生が選ばれたのです。
まず、非対人的感謝については、尺度(質問項目)を新たに用意しました。その内容は以下のようなものです。
いろいろなことやものに感謝しています。
私は、感謝したいことやものをたくさん思い浮かべることができます。
私は、まわりのことやものにいつも感謝しています。
ふだんの生活のなかで、周りのことや物に感謝することがたくさんあります。
私には、感謝の気持ちを伝いたいことやものが、たくさんあります。
他のことやものに感謝することを書き出したら、たくさん書けます。
他のことやものが自分のためにしてくれたことに、感謝しています。
今の私がいるのは、まわりのことやものが自分によくてくれたおかげです。
感謝介入は、3週間かけて学校の終わりの会に行われ、誰に・何にどんなことを感謝しているかを書いた記述文を読み上げるといったものでした。対人的感謝を行うグループと非対人的感謝を行うグループに割り振りを行い、誰に・何に対する感謝なのか明確にするために、対象を具体的に書くよう指導しました。
実験の結果について、以下に掲載します。
図の縦軸はいずれも介入前の値を100とした指数を示しています。
感謝は対人的・非対人的感謝の度合いを測る尺度の得点です。反すう、楽観性、悲観性、ストレス反応については児童用の尺度を用いて測定した得点です。
それぞれの感謝の効果に関する大中小を明確に評価する基準はないため、グラフではあえてそれぞれの変化のみ示しています。
非対人的感謝、対人的感謝のいずれも、介入により感謝の得点が高くなりました。
また、楽観性については、対人的感謝において介入後に上昇し、ストレス反応については非対人的感謝において介入後に低下していました。
結果をまとめると、まずは児童を対象とした非対人的感謝介入における効果が確認されました。児童を対象とした感謝介入の効果は対人的感謝でしか確認されていなかったため、新たな知見となりました。
次に、非対人的感謝介入と対人的感謝介入のいずれも感謝の度合いを高めますが、学校不適応行動につながるネガティブな要素に対しては、異なる影響を与える可能性があることが示唆されました。さらに、それらの効果が持続していたことから、道徳教育などにおいて感謝を取り入れることは、児童の学校適応に寄与する可能性があると考えられます。
おわりに
今回ご紹介した研究の実験では、大人を対象としたり、国際比較は行われていませんでした。しかし、はじめに述べたように「申し訳なさ」や「負債感」といった感謝と同時に想起される感情があることを加味すると、場合によっては対人的感謝よりも非対人的感謝の方がよい効果を示すことも考えられます。
参考文献
市下望, & 野田哲朗. (2022). 対人・非対人的感謝介入が小学生の学校適応に及ぼす効果に関する検討―反すう, 楽観性, 悲観性, 及びストレス反応に着目して―. 教育心理学研究, 70(1), 87-99.