【論文紹介】技術受容モデルのご紹介 | UTAUTを用いた新しいテクノロジーの受容とウェルビーイングに関する研究
はじめに
インターネット、携帯電話、スマートフォン、生成AIなど、新しい技術が世に出てきたときに、それらを受け入れやすい人・そうでない人がいると思います。筆者の周りでは、父が真っ先に新しい技術を受け入れていくタイプで、逆に母は懐疑的なタイプで、私はその中間でした。また、新しい技術を使う父はとてもいきいきとして見えます。このように、技術の受容性には個人によって違いが見られるようです。
今回は、新技術に対する受容性に関する理論「技術受容モデル(UTAUT)」をご紹介します。また、技術の受容性にはウェルビーイングが関連することも報告されており、技術受容とウェルビーイングの関係について扱った研究にも触れたいと思います。
冒頭に例として挙げた私の父のように、新しい製品やサービスを積極的に受け入れる消費者を、マーケティング分野のイノベーター理論では「アーリーアダプター」と呼びます。イノベーター理論では、新たな製品やサービスへの感度という観点で消費者を5つの層に分けており、イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードの順に感度が高いとしています[1]。イノベーター理論は、消費者に新製品やサービスを購入してもらうためのマーケティング戦略立案などに活用される理論であり、アーリーアダプターの獲得が重要であるといわれています。
今回ご紹介する「技術受容モデル(UTAUT)」は新しい技術の受容に関する理論であり、イノベーター理論と似ていると思われるかもしれません。しかし、UTAUTの目的は新たな技術を受け入れる要因などを整理するもので、マーケティングというよりは「社内で新しいシステムを導入する際に、どのようにすれば多くの人に受け入れてもらえるか」といったことを検討する材料になります。そのため、個人の態度や社会的な影響、さらには個人の属性などについても考慮に入れ、それらが新技術の受容にどのようにつながるのかを整理しています。次項では、UTAUTを提唱した論文の内容をご紹介していきます。
技術受容モデル(UTAUT)
UTAUTは、2003年にVenkateshらにより提唱されました[2]。2003年というと初代iPhoneはまだ発売されておらず、初代iPodが発売されmp3プレイヤーが流行していたり、家庭用のパソコンの売り上げが好調といったように、新しいIT技術が個人にも普及していった時代です。企業においても、新規設備投資の約50%はIT技術に関連するものとなっていました[2]。そこで「新しい技術を人々に受け入れてもらうこと」が重要な課題になっていたのです。
2003年以前にも、新しい技術の受容に関する研究自体は行われていました。しかし、そういった研究は、情報システム学、心理学、社会学など様々な分野で散見され、研究者や新技術導入を検討する人が、最も適すると思われるモデルを選択しなければならない状況でした。そこでVenkateshらは、既存の著名な理論をレビューし、それを統一するようなモデルを実証的に検証し、UTAUTを提唱したのです。
UTAUTのもとになった8つのモデル
まずは、UTAUTのもととなった8つのモデルを簡単にご紹介していきます。
UTAUT開発のための検討
これら8つのモデルに関する研究や比較研究に対し、Venkateshらはいくつかの問題点を挙げています。
例えば、8つのモデルでは「比較的単純で個人志向の情報技術を扱っており、経営者の関心ごととなるような情報システムのようなものは扱われていない」といったことや「横断的比較や被験者間比較を行っており、個人の様々な段階を追跡できていない」といった点です。UTAUTの作成に当たり、これらの問題点をクリアする形で実験設計が行われました。
【Venkateshらの実験設定】
4つの異なる業界の組織で調査を実施
職場で新しい技術を導入される個人を対象とした(N=645)
技術、組織、業界、業務機能、利用の性質(任意or強制的)といった参加者の特徴の違いを考慮しサンプリング
技術に対する経験が増えたときの認識の変化も測定(研修プログラムに合わせてデータを収集、研修後の調査も実施)
調査対象のうち、エンターテインメント業界、電気通信サービス業界の参加者は、それぞれの業界の業務で用いることができる新しい情報システムを自主的に使用できることとしました。一方、銀行業と行政の参加者は、情報管理系の新しいシステムを強制的に使用させられました。
調査で得たデータについて、8つのモデルの検証を行った結果、全てのモデルが個人の受容性について説明をするものの、ばらつきが多くみられました。また、自発的利用か、強制的利用かといった実験設定が重要な違いをもたらすことや、利用を決定する要因が時間と共に変化することも明らかになりました。さらに、自発性や性別といった要素による調整の影響を確認しています。Venkateshらはこのような検証を経て、それぞれのモデルの重要な要素を明らかにし、統一理論であるUTAUTを提唱しました。
UTAUTのモデル
では、UTAUTのモデルのご紹介と解説をしていきます。
ユーザーの新技術の受容と行動の直接的な決定要因として、「パフォーマンスへの期待」「予測される労力」「社会的影響」「促進条件」があります。
「パフォーマンスへの期待」は、「システムを使用することで仕事上の利益が得られると個人が考える度合い」を示します。下位概念として、元になったモデルの「知覚された有用性」「外発的動機づけ」などが含まれます。どのモデルにおいても、この要素は最も強い予測因子となっており、UTAUTにも採用されました。質問項目としては「自分の仕事に役立つと思う」などがあります。
「予測される労力」は、「システムを理解し使用するのがどの程度難しいと認識されているかという度合い」を示します。下位概念として、「知覚された使いやすさ」や「複雑さ」などが含まれます。この要素の特徴としては、持続的な使用により有意ではなくなる点が挙げられ、調整要因に経験が含まれます。質問項目としては「このシステムは使いやすいと思う」などがあります。
「社会的影響力」は、「重要な他者が、自分が新しいシステムを使うべきだと考えていると認識する程度」を示します。下位概念には、「主観的規範」「社会的要因」「イメージ」があります。質問項目としては、「私の行動に影響を与える人々は、私がこのシステムを利用するべきだと考えている」などがあります。
「促進条件」は、「システムの利用を支援する組織的、技術的インフラが存在すると個人が感じる度合い」を示します。下位概念は「促進条件」と「互換性」です。質問項目には「システムを利用するために必要な知識を持っている」などがあります。
調整変数に関する説明は以下の通りです。
UTAUTについて、確認用に新たに得た2組織から得たデータを加え、再検証が行わました。その結果、利用意図の分散の70%を説明することができることが確認されています。
UTAUTは新技術の受容に関する研究で広く使用されることとなり、後にUTAUTに「娯楽的な動機」「コスト要因」「習慣」などの要素が追加されたUTAUT2も開発されました[6]。
技術の受容とウェルビーイング
ここまで「新しい技術やシステムを受け入れてもらうにはどうしたらよいか」という観点で、UTAUTやその元となったモデルをご紹介してきましたが、「技術を受け入れることが個人のウェルビーイングとどのような関係があるか」といった観点での研究もあります。その一例として、高齢者の技術受容とウェルビーイングに関する研究[7]をご紹介します。
高齢者の技術受容とウェルビーイングについては、いくつかの先行研究があります。例えば、高齢者の加齢に対する態度や生活満足度などの心理的ニーズが利用行動に大きな影響を与えるといった報告[8]や、高齢者のジェロンテクノロジーの採用が知覚された生活の質などの心理的要因に影響するといった報告[9]があります。
ジェロンテクノロジーとは、ジェロントロジー(老年学)とテクノロジー(技術)を合わせた言葉です。高齢者の生活の質を向上させるために活用できる技術を指します。Vichitvanichphonらは、ジェロンテクノロジーを「支援技術」と呼び「高齢者の通常の生活を支援するために設計されたもの」と定義しています[9]。具体的な技術としては、自動運転、ロボット、介護システムといった、新たな情報技術を用いたものが挙げられます。
高齢者がジェロンテクノロジーを利用することで、自身の環境をコントロールすることが可能になり、その結果として全体的な生活の質が向上するといったことが指摘されています[10]。
さらに、TAMやUTAUTといった技術受容のモデルを用い、高齢者のジェロンテクノロジーに対する態度を分析するような研究も行われ、高齢者の特性を加えた「高齢者技術受容モデル(STAM)」も提案されました[11]。
また、ポジティブ感情の拡張形成理論では、ポジティブ感情が人の関心や行動を広げ(拡張効果)、リソース(資源・力)を形成し、人を成長させる(形成効果)と説明しています[12]。今回ご紹介する研究では、この拡張形成理論を応用し、ポジティブ感情が高齢者のジェロンテクノロジーの利用に正の影響を与えるのではないか、という仮説を立てています。モデルとしては、以下を想定しています。
調査として、UTAUTの質問、主観的幸福感の質問から構成されたアンケートを60歳以上の高齢者に実施しました。UTAUTの項目は「ジェロンテクノロジーを日常生活に役立てたい」といった文言にしています。主観的幸福感の測定には人生満足度尺度が用いられました。
得られたデータについて、主観的幸福感による影響を確認するために、低幸福群、高幸福群に群を分け、分析が行われました。その結果が以下の表です。
高幸福度群の分析結果は全てのパスについて有意となり、主観的幸福感が行動意図や利用を調整していることが分かります。一方、低幸福度群については、主観的幸福感の効果が見られませんでした。また、群間比較について有意となったのは「パフォーマンスへの期待」から「行動意図」へのパスのみでした。
この結果から、高幸福度群の高齢者については、UTAUTのモデルでジェロンテクノロジーの受容について説明できることが示唆されました。また、元のUTAUTモデルでは「性別、年齢、経験、使用の任意性」のみが調整変数となっていたため、ポジティブ感情の拡張形成理論を基にUTAUTを一部拡張した結果となりました。
さらに、高幸福度群の高齢者は、主観的幸福感が「パフォーマンスへの期待」と相互作用し、「行動意図」が強化されていました。高幸福度群の高齢者は、困難に対し問題を解決するための心理的資源を蓄積、拡大することができている可能性が考えられます。
おわりに
今回は、技術受容モデルやそれを応用した研究についてご紹介しました。もし会社や組織で新しい技術やシステムを導入する際、「従業員に受け入れてもえるだろうか…」と悩んだ際は、個人の技術受容にどのような要素があり、どのように調整されるのかを踏まえ、さらに主観的幸福感が影響することも覚えておくとよいかもしれません。
(執筆者:丸山)
私たちの研究について
https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/rd/thema/well-being/index.html
参考文献
[1] Rogers, E. M., Singhal, A., & Quinlan, M. M. (2014). Diffusion of innovations. In An integrated approach to communication theory and research (pp. 432-448). Routledge.
[2] Venkatesh, V., Morris, M. G., Davis, G. B., & Davis, F. D. (2003). User acceptance of information technology: Toward a unified view. MIS quarterly, 425-478.
[3] 渡邊真治. (2021). 技術受容モデルの系譜と重要要因: モバイル決済研究を用いて. 大阪府立大学紀要 (人文・社会科学), 69, 97-119.
[4] Baharudin, H., & Khodari, S. N. T. (2022). The use of youtube motivates students in improving their Arabic listening skills. International Journal Of Academic Research In Business And Social Sciences, 12(6), 1152-1164.
[5] Zhang, N., Guo, X., & Chen, G. (2008). IDT-TAM integrated model for IT adoption. Tsinghua science and technology, 13(3), 306-311.
[6] Venkatesh, V., Thong, J. Y., & Xu, X. (2012). Consumer acceptance and use of information technology: extending the unified theory of acceptance and use of technology. MIS quarterly, 157-178.
[7] Tu, C. K., & Liu, H. (2021, January). The Moderating Effects of Subjective Well-being on the Elderly's Acceptance and Use of Gerontechnology: An Extended UTAUT Model. In Proceedings of the 5th International Conference on Management Engineering, Software Engineering and Service Sciences (pp. 118-124).
[8] Chen, K., & Chan, A. H. S. (2014). Gerontechnology acceptance by elderly Hong Kong Chinese: a senior technology acceptance model (STAM). Ergonomics, 57(5), 635-652.
[9] Vichitvanichphong, S., Talaei-Khoei, A., Kerr, D., & Ghapanchi, A. H. (2018). Assistive technologies for aged care: Comparative literature survey on the effectiveness of theories for supportive and empowering technologies. Information Technology & People, 31(2), 405-427.
[10] Carmeli, E. (2009). Aspects of assistive gerontechnology. International Journal on Disability and Human Development, 8(3), 215-218.
[11] Chen, K., & Chan, A. H. S. (2014). Gerontechnology acceptance by elderly Hong Kong Chinese: a senior technology acceptance model (STAM). Ergonomics, 57(5), 635-652.
[12] Fredrickson, B. L. (2001). The role of positive emotions in positive psychology: The broaden-and-build theory of positive emotions. American psychologist, 56(3), 218.