【論文紹介】感謝がこころの資源になる -緩和ケア現場における感謝
みなさん、「緩和ケア」というものをご存知でしょうか。
緩和ケアとは、医療現場において、生命に関わるような重大な疾患に直面した患者とその家族に対して、身体的・精神的・社会的な痛みやその他の苦痛を予防し、緩和するアプローチのことです。
例えば、がんの治療において、薬の服用に伴う苦痛を和らげるために服用の仕方をサポートしたり、自宅での生活環境を整えることをお手伝いしたり、経済的な問題や治療中・治療後の生活についての不安に対応することなどが挙げられます。
患者の死に直面することも多いこの仕事は、非常に精神的にツラいことが想像できます。一方で、緩和ケアを専門とする医療従事者は他の医療分野に比べて燃え尽き症候群(バーンアウト)が少ないということが知られています。
緩和ケアに従事する方々の燃え尽き症候群が少ないのは、なぜでしょうか?
こちらについて研究した論文が発表されているので、ご紹介します。
感謝が本物であると認識し、内面化する
Aparicio et al. (2022) は、緩和ケアに従事する人々に対して、インタビュー調査を行いました。
インタビューから得られたことを整理・分析した結果、緩和ケア従事者は患者やその家族から表現された感謝が本物であると認識し、内面化することで、感謝をエネルギーにしていることが分かりました。
一体どういうことのなのか、見ていきましょう。
まず感謝をきちんと受け取るには、その感謝が本物であると認識する必要があります。感謝が本物であると認識されるには、以下のことが重要です。
善意:感謝が、儀礼的なものや裏に意図が感じられるようなものではなく、善意から表現されたものであること
深み:感謝が、苦痛の中にある患者や哀しみの中にある家族から発せられたものであると認識すること
重要性:自分が業務として行ったことが、患者やその家族にとっては極めて重要なことであると認識すること
これらのことを通して、緩和ケア従事者は、感謝は患者やその家族が真に心から発せられた本物の感謝であると強く実感します。
このように本物であると強く実感された感謝は、緩和ケア従事者の中で内面化されていきます。内面化の内容としては、以下のようなことが挙げられます。
象徴性:感謝は、患者やその家族が自分の行為に対して行う象徴としての行為だと捉える
コミットメント:患者やその家族が感謝の気持ちを伝えるために、エネルギーや時間、思いやりを注いでくれていることを認識する
独自性:その感謝が、緩和ケアという職業だからこそ、自分自身であったからこそ、贈られたものであると実感する
こうして内面化された感謝は、緩和ケア従事者の心に深く残り、長い時間大切にされるものになります。
感謝がこころの資源になる
本物だと実感し、内面化された感謝は、緩和ケア従事者にとって業務をしていく上での指標となり、資源となります。
感謝は、緩和ケア従事者たちにとって、気づきとなり、自分たちのパフォーマンスを振り返り、患者や家族にとって何が大切で本当に必要としているものは何なのかを考えるきっかけになっていました。患者やその家族による感謝は、他のどの品質管理指標とよりも重要なものになります。
また、感謝の言葉は緩和ケアという仕事に意味を与え、仕事を続けていく上でのモチベーションや励みになるというのが、インタビュー回答者に共通した意見でした。
感謝は、従事者たちが疲弊したときや困難に直面したときに、エネルギーを生み出すためのこころの資源となり、緩和ケア従事者としてのウェルビーイングを維持する助けとなっていました。
こころからの感謝を
緩和ケアの従事者にとって、患者やその家族からの感謝が仕事をする上で重要なこころの資源となっていることが分かりました。
私たちが日々行っている多くの仕事は、緩和ケアに比べると、深く重大な感謝を受け取る場面は多くないかもしれません。しかし、時にお客様や職場の仲間から受け取る感謝は、私たちのこころに深く残り、大切な資源となりえます。
日常のなかで感謝を感じたときには、ぜひこころからの感謝を伝えてみましょう。その感謝の言葉が必ずしも相手のなかで本物の感謝となり、内面化されていくとは限りませんが、あなたの善意が伝われば、その人にとって一生をかけて大切にするこころの資源になるかもしれません。
(筆者:菅原)
参考文献
Aparicio M, Centeno C, Robinson CA, Arantzamendi M. Palliative Professionals’ Experiences of Receiving Gratitude: A Transformative and Protective Resource. Qualitative Health Research. 2022;32(7):1126-1138. doi:10.1177/10497323221097247