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ウェルビーイングを高めるためのキーワード【#2】個人編

2023年10月23日に行われた首相所信表明演説の結びで「ウェルビーイング」が言及されたように、現在、さまざまな場面で「ウェルビーイング」が注目を集めています。私たちがウェルビーイングを高めるためには、どのようなことができるでしょうか?

ウェルビーイングを高めるためには、どのような要素が関連しているのか知りたい方に向けて、心理学や社会学などで研究されているキーワードをご紹介します。

ウェルビーイングを考えるうえで、自分自身をどのように捉え、どのような意識や思考をするかは、大きな役割を担います。今回は、「個人の意識や思考におけるウェルビーイング」に関連する要素をピックアップしてご紹介します。


※下の記事では、他者との関わりにおけるウェルビーイングを高めるキーワードもご紹介しています。

自尊心 / Self-esteem

自尊心は、「自分の価値を評価し、自分自身を尊重するポジティブな感情」を指します。自尊心は、心理学や社会学、行動科学などにおいて長い間研究されてきた概念で、ウェルビーイングとの関係もよく議論がされています。

マーティン・セリグマン氏のPERMA理論では、ウェルビーイングのための要因の一つとして「ポジティブ感情 (Positive Emotion)」が挙げられています。自尊心は、ウェルビーイングに関連する主要なポジティブ感情の一つとされ、短期的・中長期的な幸福感の向上に寄与することが報告されています。

近年では、自尊心の効果に対して一部懐疑的な見方もあります。しかし、過去の研究の大規模なレビュー調査では、高い自尊心を持つことが、より良い社会的関係、学校や職場での成功体験、精神的・身体的健康の改善、反社会的行動の減少などのポジティブな効果を持つことをまとめています。

ただし、自尊心とナルシシズムの違いには注意が必要です。自尊心もナルシシズムも肯定的な自己評価という点では同じですが、自尊心は「自分に価値を見出し、尊重するもの」であるのに対して、ナルシシズムには「自分の価値を誇大に捉え、他者より優れていると感じる自己中心性」が含まれます。自尊心とナルシシズムをきちんと区別して意識することも大切かもしれません。

セルフ・コンパッション / Self-compassion

セルフ・コンパッションは、「自分を慈しみ、他者を思いやるのと同様に、自分自身を大切にすること」を意味します。セルフ・コンパッションは、職場のメンタルヘルスなどにおいて重要な概念として注目されています。

セルフ・コンパッションは、自分に甘くなることではありません。自分に優しくなりすぎると、一日中だらだらテレビを見てしまったり、大好きなスイーツを食べ続けてしまったりするかもしれません。しかし、セルフ・コンパッションとは、自分の健康や幸福を願うことです。子どもを大切に思う親は、子どもにそのような行為をさせないでしょう。同じように、自分を大切にすることは、自分を甘やかすこととは違います。

セルフ・コンパッションは、自分を過剰に可哀想に思うことでもありません。自分だけが困難な状況にあると感じるのではなく、誰にでも困難なことはあるという広い視点から、自分に対して思いやりをもつことがセルフ・コンパッションです。

セルフ・コンパッションは、ウェルビーイングに良い影響を与えます。セルフ・コンパッションが高い人ほど、楽観性や自律性、学習意欲などが高く、人生満足度も高いことが報告されています。逆に、セルフ・コンパッションが低いと、自己批判や不安、失敗への恐怖などが高い傾向にあり、抑うつや食生活の乱れに繋がる可能性があります。

マインドフルネス / Mindfulness

「マインドフルネス」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?マインドフルネスは、北米を中心に注目を集め、ヘルスケアやビジネスなど多くの場面で活用されつつある概念です。

マインドフルネスとは、「今この瞬間に、自分が経験している思考や感情、身体感覚、周囲の環境などに対して、判断をせず、ただ意識を払うこと」を意味します。マインドフルネスというと「瞑想」や「ヨガ」などを思い浮かべる方も多いと思います。しかし、あくまでマインドフルネスとは上記のような意識状態を指し、瞑想やヨガなどはそのためのトレーニングとして知られています。

マインドフルネスが高まることによって、私たちの身体や精神に良い効果が期待できます。たとえば、マインドフルネスのトレーニングをすることで、免疫機能が向上し、睡眠の質も改善することが報告されています。また、ポジティブな感情を増加させ、ネガティブな感情やストレスを軽減することが分かっており、うつ病やPTSDなどの治療としても注目されています。

ビジネスの場面でも、マインドフルネスは注目されています。マインドフルネスには、集中力、記憶力、注意力、意思決定力などの向上させる効果があるとされています。北米を中心に、従業員のパフォーマンスを向上するために、企業内でマインドフルネスを実践する例が出てきています。

レジリエンス / Resilience

レジリエンスとは、「困難を乗り越え、回復する能力」のことです。レジリエンスが高い人は、困難な問題、危機的な状況、ストレスなどに遭遇しても、上手く対処し、立ち直りやすいとされています。

大学生を対象とした調査では、レジリエンスは人生満足度など主観的なウェルビーイングに良い影響を及ぼすことが報告されています。レジリエンスの中でも、特に、「自分の感情を調節する能力」に優れているほど対人関係が良好になり、「未来に対するポジティブさ」や「新しいものへの好奇心」が高いほど全般的なウェルビーイングが高い傾向にあるようです。

精神的なレジリエンスが高いことは、高齢者の健康にも有効とされています。レジリエンスが高い高齢者は、健康状態の自己評価が良好で、死亡率や認知障害、動作障害が抑えられる傾向にあると報告されています。

レジリエンスは、自尊心やセルフ・コンパッション、マインドフルネスとも関連しています。自分の状態や価値に気づき、尊重し大切にすることは、困難やストレスを乗り越えるための資源になります。

目的 / Purpose

心理学における「目的」とは、「個人にとって有意義であり、社会にも影響する長期的目標を達成するための意志」を指します。

キャロル・リフ氏の心理的ウェルビーイングの要素である「人生における目的 (purpose in life)」やマーティン・セリグマン氏のPERMA理論の「意味・意義 (meaning)」などのように、多くの研究者が、「人生のなかに意味を見出し、目的を見つけること」は長期的なウェルビーイングを育むために重要であることを示しています。

目的意識の高い若者は、どのような目的であるかに関わらず、幸福度や人生満足度が高いことが報告されています。

一方、中年期のアメリカ人を対象にした調査では「自己を超えた向社会的な目的」持っていた人は、他の種類の目的を持つ人に比べて幸福度が高かったという分析結果もあります。
(ただし、向社会行動が幸福度に寄与するという研究結果もあるので、向社会的な目的を持つ人は向社会行動が増えた結果として幸福度が高かったのかもしれません。)

ビジネスの側面でも、マネージャーが従業員の仕事に目的意識を持つことを手助けすることで、従業員の仕事における満足度や幸福感を効果的に高めることができることが示されています。近年、注目されているパーパス経営が上手く機能すれば、従業員のウェルビーイングという観点からも有効である可能性があります。

まとめ

私たちが人生を送る中で、最も長い時間を共にするのは、他でもない“自分自身”です。自分自身を見つめ、自分自身を大切にし、自分の価値や目的を見つけることは、ウェルビーイングのために大切なプロセスであることが、研究から見えてきています。

自分の思考や性質、行動を変えることは、簡単なことではありません。しかし、日々の意識やトレーニングを通して、ウェルビーイングを向上できる可能性が十分に示されています。

また、ウェルビーイングのあり方は、人それぞれ異なります。これまで紹介してきたウェルビーイングの要素から、自分に合うと思うものを選び取っていただき、みなさんがウェルビーイングを高める際のヒントになれば幸いです。

(筆者:菅原)

参考文献

  • Greater Good Science Center in Berkeley Univ., “Greater Good Magazine”, https://greatergood.berkeley.edu/

  • Orth U, Robins RW. (2022). Is high self-esteem beneficial? Revisiting a classic question. Am Psychol., 77(1):5-17.

  • Neff, K. D. (2011). Self-compassion, self-esteem, and well-being. Social and personality psychology compass, 5(1), 1-12.

  • Tay, P. K. C., & Lim, K. K. (2020). Psychological resilience as an emergent characteristic for well-being: a pragmatic view. Gerontology, 66(5), 476-483.

  • 鈴木有美. (2006). 大学生のレジリエンスと向社会的行動との関連-主観的ウェルビーイングを精神的健康の指標として. 名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要. 心理発達科学, 53, 29-36.