見出し画像

【論文紹介】消費における主観的ウェルビーイング4類型尺度のご紹介

はじめに

本記事では、西洋的な近代合理主義から抜け落ちている概念を組み込んだ新たなウェルビーイング尺度として「主観的ウェルビーイング4類型尺度」をご紹介します。以前ご紹介した協調的幸福感とは異なる観点になりますので、ぜひご一読ください。

これまでの記事でご紹介してきたウェルビーイングに関する研究や尺度はほとんど欧米のもので、西洋的な思想に基づいていると考えられます。そのため、日本人にフィットするような幸福感を定義・測定するための新たなアプローチが試みられています。そんな試みの一つが今回ご紹介する主観的ウェルビーイング4類型尺度(水師ら, 2021)です。


幸福感の文化差

主観的ウェルビーイング4類型尺度は、人の消費活動におけるウェルビーイングに着目した尺度です。そのため、マーケティングの観点から、人がどのような志向性を持ち、それらが満たされることでどのような主観的ウェルビーイングが高まっているのかを整理しています。特に、近代合理主義的な消費活動ではこぼれおちている、古くから日本人が持っているであろう感覚を取り入れようと試みています。

過去の記事でも紹介してきましたが、世界的な幸福感に関する調査では、日本は先進国のなかでも低い値を示します(具体的な順位などについてはこちら(リンク)の記事を参照してください)。
その理由として、集団主義的or個人主義的といった文化的価値観の違いがあると考えられます。協調的幸福感を開発した内田先生らの研究(内田&荻原, 2012)では、北米と東アジアの文化的幸福感の違いを以下のように整理しています。

表1. 文化的幸福感
内田&荻原(2012)より筆者作成

表1に示される文化的幸福感の差だけではなく、本記事でご紹介してきたような仏教に基づく日本人的な思想なども、西洋との幸福感の差異に影響しているでしょう。
そういったなかで、今回ご紹介する主観的ウェルビーイング4類型尺度では、日本人らしい感覚の一つとして「自然(じねん)」に着目しています。

「自然(じねん)」は仏教用語で、一般的に用いられるnatureの意味合いとは異なります。自然(じねん)は文字通り「自ら然る(おのずからしかる)」のであり、仏教用語としては「事物をあるがままに生かし、自己を自由・自在に生かすということ」という意味だそうです(岩波仏教辞典より、法華経の場合)。

水師らは例として、自然が人為的に作り変えられる前の状態に憧憬の念を抱き、それを再現する日本人の感性を挙げています。
例えば盆栽では、奥行きや立体感を出すことで巨木を表現したり、あえて幹を傾けて仕立てることで風になびく様子を表現することがあります。また、枯山水に代表されるような日本庭園では、水を使わず砂利や植物で水の流れを表現します。こういった文化に現れているように、人の手により完全にコントロールし作られたものよりも、「自ら然る」ものに価値を見出してきたのです。自然に憧れや尊敬の念を持ち、自分たちが自然の一部であるというような感覚が、日本人にはあるのかもしれません。

この「自然(じねん)」に相対する概念は、条件や結果などを操作できるという前提に立ち、目標設定された予測可能な価値を意図的に獲得するような「作為的」な感覚です。近代的なビル群や街並みを思い浮かべると分かりやすいかもしれません。利便性がある反面、その場所ならではの良さといったものが感じられないのではないでしょうか。

満足の2つの志向性

次に、マーケティングの観点から“人がどのようなことで満足するのか”を2つの志向性で整理します。

まず1つ目の志向性は「苦楽的(プロテスタント的)満足」です。苦楽的満足は、忍耐・努力・労力のいずれかを必要とする行為または活動において非即時的に促される深い満足のことを指します。
“プロテスタント的”というのは、プロテスタントの信徒らが実践した天職や世俗内的禁欲の宗教的ないし歴史的文脈から切り離された人間行動一般の忍耐または努力、もしくは労力をともなう消費を指した名称であり(川口, 2018)、プロテスタントの信徒でない日本人にも当てはめることができる志向性です。
例えば、ある程度前提知識があることで真に楽しむことができるような芸術鑑賞や、自らの足で苦労してたどり着いた山奥の温泉地で心身を癒すといった行為は、苦楽的満足に相当します。

2つ目の志向性は「快楽的満足」です。快楽的満足は、忍耐・努力・労力のいずれも必要としない行為または活動において即時的に促される浅い満足のことを指します。
特に前提知識がなくとも楽しめる映像作品を鑑賞することや、身近な温泉で身体を温めることは、快楽的満足に相当します。
私たちの日常生活を振り返ってみると、後者の快楽的満足を得る割合が多くなっていますが、これは近代の産業や技術の発展の上で成り立っています。すなわち、近代合理主義的な価値観では、苦楽的満足が十分に評価されていない可能性があります。

ウェルビーイングの4象限

これまでご紹介した「自然(じねん)」vs「作為的」、「苦楽的」vs「快楽的」といった相対する概念についてマトリクスを描くと、図1のようになります。ここで4象限にそれぞれ当てはまるウェルビーイング(WB)について、水師らはリーン的WB、エンジニアリング的WB、セレンディピティ的WB、ブリコラージュ的WBと名付けました。

図1. ウェルビーイングの4象限
水師ら(2021)より筆者作成

図の右上の作為的・快楽的志向性におけるウェルビーイングは「リーン的WB」です。
“リーン的”というのは、リーン消費という言葉に由来しています。リーン消費というのは、”無駄や非効率が極力取り除かれた消費”を指します。優れた検索機能やリコメンド機能により、自分に最適な商品がすばやく見つけることができる通販アプリやサイトが例として挙げられます。運や偶然の要素を極力排し、目標設定された予測可能な価値を即時的に獲得した状態こそがウェルビーイングであるとする主観的な評価をリーン的WBと定義づけています。

続いて図の右下の作為的・苦楽的志向性におけるウェルビーイングは「エンジニアリング的WB」です。
目標に向かって計画を立て、課題をひとつひとつ地道に克服していくエンジニアの仕事に例えた名称です。事前の計画や念入りな準備が必要なアクティビティやレジャー参加などは、これに相当するでしょう。目標設定された予測可能な価値を、忍耐・努力・労力を通じて非即時的に、かつ意図的に獲得するプロセスや獲得した状態こそがウェルビーイングであるとする主観的な評価をエンジニアリング的WBとします。

図の左上の自然的・快楽的志向性におけるウェルビーイングは「セレンディピティ的WB」でセレンディピティというのは、“思いもよらなかった出会いにより得られる幸福”といった意味があります。予期せぬプロダクトやブランドとの出会いといった体験価値を得られるような消費はセレンディピティ消費と呼ばれます。このように、運や偶然にゆだねて、予測不可能な価値を即時的に獲得した状態こそがWB であるとする主観的な評価をセレンディピティ的WBとします。

最期に図の左下、自然的・苦楽的志向性におけるウェルビーイングは「ブリコラージュ的WB」です。ブリコラージュとは、文化人類学者レヴィ=ストロースの提唱した概念で、”計画性ではなく偶発性にもとづき、ありあわせの道具や材料を用いて自分の手でものを作ること”を指します。例えば、冷蔵庫にある食材を使って思い付きで創意工夫し、料理を作るといったことがブリコラージュであるといえます。逆に、学校給食といった予算や栄養などが計算されている料理はブリコラージュではありません。このように、予測不可能な価値を、忍耐・努力・労力を通じて非即時的に獲得するプロセスや獲得した状態こそがWB であるとする主観的な評価をブリコラージュ的WBとします。

水師らは、特にブリコラージュ的WBについて、近代合理主義的な価値観では測定できていないのではないかと考え、これら4つのウェルビーイングをもれなく測定できる尺度を考案したのです。

主観的ウェルビーイング4類型尺度の内容

4つのウェルビーイングを測定するために、24の質問項目が用意されました。2回のウェブアンケートが行われ、その結果が分析されました。最終的には以下の20項目について、収束妥当性と弁別妥当性が確認されました。以下にその20項目をご紹介します。

リーン的WB

  • 無駄を省き、自分が望むものを手っ取り早く実現できることに幸せを感じる。

  • 遠回りをせず、自分の目標を最短の道筋で達成することに幸せを感じる。

  • できるだけ時間や手間隙をかけずに、欲しいものを即座に獲得することに幸せを感じる。

  • できるだけ労力をかけず、効率的に物事を成し遂げることに幸せを感じる。

  • 具体的に設定した目標が即座に成し遂げられることに幸せを感じる。

エンジニアリング的WB

  • 具体的な目標を設定して、少々回り道でも、しっかりと努力をして達成することに幸せを感じる。

  • 目標を達成するための綿密な計画を立て、その計画を管理しながら着実に成し遂げていくことに幸せを感じる。

  • 完成や実現のイメージを持ちながら、それに向かって1つ1つ確実に近づいていくことに幸せを感じる。

  • 運や偶然の要素をできるだけ排除しながら、目標の達成のためにこつこつと努力することに幸せを感じる。

  • 自分の努力によって、物事が思い描いたとおりに、着々と進むことに幸せを感じる。

セレンディピティ的WB

  • 思いがけず何かが得られたり、うまくいくことに幸せを感じる。

  • 手に入ることが予想もつかなかったものを、時間や労力をかけずに偶然獲得することに幸せを感じる。

  • 労力をかけずに、偶然、物事がうまく行っている状態に幸せを感じる。

  • 意図せず、幸運な出会いや出来事に恵まれることに幸せを感じる。

  • 具体的な目標設定を行わず、自然に手に入るものに幸せを感じる。

ブリコラージュ的WB

  • 目標や計画に縛られるのではなく、気ままにしっかりと手間隙をかけた丁寧な生活に幸せを感じる。

  • 数字で明確に管理できるような効率的な生活ではなく、しっかり手間隙をかけた丁寧な生活に幸せを感じる。

  • 明確な予定や計画は立てず、その時その時の今あるものを大切にして、工夫して楽しむことに幸せを感じる。

  • 運や偶然に身をゆだね、日々の生活を丁寧に味わい深く送ることに幸せを感じる。

  • コストパフォーマンスが悪くても、ありあわせのもので工夫したり、組み合わせたりしながら、じっくりとものごとに取り組むことに幸せを感じる。

(因子負荷量の高い順に掲載)

人生満足度尺度との関係

本尺度について、ウェルビーイングを測る尺度としてよく用いられる人生満足度尺度(SWLS)との相関分析が行われました。その結果が表2となります。いずれも高い相関は出ていませんが、快楽的志向性の象限(リーン的WB、セレンディピティ的WB)より苦楽的志向性の象限(エンジニアリング的WB、ブリコラージュ的WB)の方がSWLS との高い相関を示しています。また、苦楽的志向のなかでは、エンジニアリング的WBの方が高い相関を示しています。SWLSは人生経験の累積的な幸福感について尋ねており、近代合理主義的な思想に基づいた尺度であるため、このような結果になっていると考えられます。

表2. 人生満足度尺度(SWLS)との相関分析
水師ら(2021)より筆者作成

SWLSとの強い相関が見られないことから、少なくともメジャーな既存尺度とは異なる側面を測定する尺度であるといえそうです。

おわりに

今回、新たなウェルビーイングを測る尺度として主観的ウェルビーイング4類型尺度をご紹介しました。
「日本人らしさ」がよく分からない中で日本人にフィットするウェルビーイングを考えていくには、これまでの西洋的な思想と日本人の思想の比較や、新たな尺度開発といったことも必要になると考えています。今後も欧米の研究成果だけではなく、日本における研究や思想についてもご紹介していきますので、ぜひご覧いただければと思います。

(執筆者:丸山)

私たちの研究について
https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/rd/thema/well-being/index.html

ご意見・ご感想・お問い合わせ
NECソリューションイノベータ株式会社
イノベーションラボラトリ
ウェルビーイング経営デザイン研究チーム
wb-research@mlsig.jp.nec.com

参考文献

水師裕, 高橋望, & 田口功一郎. (2021). 消費における主観的ウェルビーイング 4 類型尺度 (SWB-QSIC) の開発. マーケティングレビュー, 2(1), 38-46.

内田由紀子, & 荻原祐二. (2012). 文化的幸福観―文化心理学的知見と将来への展望―. 心理学評論, 55(1), 26-42.

川口高弘. (2018). 価値共創時代におけるマーケティングの可能性―消費と生産の新たな関係―. ミネルヴァ書房