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【論文紹介】ダイバーシティの高い職場での感謝 -集合的感謝と情緒的コミットメント

感謝には人と人との関係を強化する効果があり、その効果は、個人対個人ではもちろんのこと、集団内でもみられます。集団における感謝の効果としては、感謝を目撃した第三者に効果が波及すること(目撃効果)や、集団的な感情としてポジティブな影響を広げる(集合的感謝)といったことが期待されます。

私たちの研究においては、感謝による個人対個人のつながりを組織内で増やすことが、職場での信頼強化につながるといった示唆が得られています。

そういった感謝の効果を期待し、感謝を贈りあう仕組みや「ピアボーナス」といったインセンティブを付与する仕組みを、社員同士の関係強化のための施策として導入する企業も増えているようです。

今回の記事では、職場での感謝と集合的感謝に関する研究をご紹介します。

※本記事は、スマホアプリ NEC Thanks Card に掲載した内容を転載しています。2024年5月から6月にかけて、アプリ用に執筆した記事で毎日更新しています。

研究仮説

正木・村本 (2021) は、職場での感謝が社員の「情緒的コミットメント」に及ぼす効果について検証するのに加え、職場の「性別ダイバーシティ」との関連について検討しています。

情緒的コミットメント
所属組織に対する構成員の情緒的な愛着や、組織の一員としてのアイデンティティの強さを意味し、従業員の離職抑制や主体的行動の促進といったポジティブな影響を与える心理的指標のひとつ。

性別ダイバーシティ
主に職場において男女が均等に近い割合で働いているかを意味する。

イノベーションのためには多様性が必須であるということが知られているため、性別ダイバーシティーを高めることは、企業にとって価値のある取り組みであると考えられます。さらに日本では、1997年の男女雇用機会均等法の改正以降、社員の募集や採用において性別を理由にする差別は禁止されたため、性別ダイバーシティー向上は企業にとって喫緊の課題とされてきました。

ところが、多様性が高いことで社員の相互理解が難しくなり、従来通りの組織マネジメントでは対処できないことも指摘されています。

正木・村本 (2021) は、「情緒的コミットメントに対し、集合的感謝は性別ダイバーシティが高い職場において特に有効である」という仮説を検証しました。

仮説検証

調査はある日本企業で行われ、アンケートから得られた2667人(職場数43)の回答が分析の対象となりました。

企業で行われていたサーベイの項目である「仕事が済んだときに、上司や同僚から労いや感謝の言葉をもらう(4件法)」を感謝の指標として用いています。分析に用いられた指標を以下に示します。

目的変数:情緒的コミットメント(職場コミットメント尺度の愛着要素)
説明変数:感謝(「仕事が済んだときに、上司や同僚から労いや感謝の言葉をもらう」)
調整変数:職場の性別ダイバーシティ(Blauの多様性指標, 最小0~最大0.5)
統制変数:開放的コミュニケーションの充実度、年齢、勤続年数、職場規模

階層線形モデルによる分析の結果、会社への愛着(情緒的コミットメントの愛着要素)に対し、個人レベルの感謝、集合的感謝について統計的に有意な正の効果がみられました。

情緒的コミットメントの愛着要素を目的変数とした階層線形モデルの結果
正木・村本 (2021) から筆者作成

感謝の指標は「仕事が済んだときに、上司や同僚から労いや感謝の言葉をもらう」というもので、職場の人から感謝をされることが、会社への愛着を高めることにつながるということを表します。

さらに、個人レベルでの感謝の効果とは別に、集合的感謝にも効果が表れていることが重要で、職場での感謝が多いことも、会社への愛着を高めていること示唆されています。感謝は社員各々の対人関係が強化するだけではなく、職場全体のまとまりを促している可能性があります。

性別ダイバーシティと集合的感謝の交互作用についても、統計的に有意な値を示しました。交互効果とは、2つの要因が組み合わさることにより生じる相乗効果のことです。これらの結果について図にすると、以下のようになります。

この結果は、「情緒的コミットメントに対し、集合的感謝は性別ダイバーシティが高い職場において特に有効である」ということを指します。

まとめ

こちらの研究では、集合的感謝と性別ダイバーシティの相乗効果がみられ、集合的感謝が、性別ダイバーシティの高い職場において会社への愛着を高める可能性が示唆されました。

組織風土や職務特性なども会社への愛着を高めることが期待されますが、短期間では改善しがたいのが難点です。感謝の場合は、ある程度事前の信頼関係を築くことは必要とはいえ、手軽に実践することができるというメリットがあります。組織のまとまりを高めたいといった課題がある際には、まず取り組んでみてもいいのかもしれません。

ただし、今回ご紹介した研究は、あくまでとある1企業の、とある時期の調査結果に過ぎません。業種や規模の異なる企業や、時系列で調査を実施した場合には異なる結果となる可能性もありますので、注意が必要です。

また、ダイバーシティについて「男・女」に着目をしていました。実際はより様々な「性」があったり、その他の多様性もあるかと思います。そういった多様性の中、すべてが今回のような結果になるとは限りません。しかし、感謝は誰がされても(基本的には)不愉快な気分にはならず、手軽に始められるコミュニケーションです。みなさんも意識的に職場での感謝を取り入れてみてはいかがでしょうか。

(筆者:丸山・菅原)

私たちの研究について
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参考文献

  • 正木郁太郎, & 村本由紀子. (2021). 性別ダイバーシティの高い職場における感謝の役割: 集合的感謝が情緒的コミットメントに及ぼす効果. 組織科学, 54(3), 20-31.