【論文紹介】ウェルビーイングの文化差-人生満足度と協調的幸福感の国際比較
World Happiness Report 2023によれば、国別の幸福度ランキングで日本は137ヵ国中47位でした。毎年、日本は50位前後にランキングされており、先進国の中ではいつも低い位置にいます。これに対して、「測定項目が日本の文化に適していないのではないか?」という議論がよく行われています。これは、幸福の理想像が国や文化によって異なると考えられるのに対し、文化的な差異を考慮しない共通尺度でランキングが行われているためです。
これに対して、一言・内田(2015)は、ウェルビーイング指標としてよく用いられる人生満足度(LS: Life Satisfaction)とは異なる、静かで穏やかな幸せを測定する協調的幸福度(IH : Interdependent Happiness)を開発しました。人生満足度は個人主義的な獲得的幸福を表すのに対し、協調的幸福度は人間関係に基づく調和的幸福を表すと、説明されます。基本的には、人生満足度は西洋諸国の幸福を測定するのに適し、協調的幸福度は東洋諸国の幸福を測定するのに適すると考えられています。
このようなウェルビーイングの文化的違いを明らかにするために、49ヵ国を対象にした国際比較論文(Krys K., et al., 2023)が発表されていましたので、今回はこれをご紹介したいと思います。
調査の概要
Krysらの研究では、49ヶ国の学生12,888人(女性59.6%、男性39.3%、その他0.4%、無回答0.7%;国平均N=246、最小N=108(ドイツ)、最大N=831(ハンガリー);平均年齢25.18歳(SD=9.51);学生85%)に対して、自己申告型のアンケートによりデータ収集を行いました。データ収集は、2017年から2019年に行われ、オンラインや紙と鉛筆など各国に合わせた方法で実行されました。
アンケートは、5項目の人生満足度尺度(SWLS; Satisfaction with Life Scale, Diener, et al., 1985)と9項目の協調的幸福度尺度(IHS; Interdependent Happiness Scale, Hitokoto & Uchida, 2015)が使用されました。どちらも、各国の言語に逆翻訳法によって翻訳され、信頼性と妥当性が検証されています。
また、通常、このような心理尺度は本人について尋ねる場合が多いですが、幸せはよく「家族の幸せ」に言及されます。そのため、アンケートは、自分を対象とした場合と家族を対象とした場合の両方が調査されました。また、文化的な影響も測定するために、理想的な幸福と実際の幸福についても分けて調査されました。つまり、次の8パターンのデータが収集されました。
理想的な自分の人生満足度
理想的な家族の人生満足度
理想的な自分の協調的幸福度
理想的な家族の協調的幸福度
実際の自分の人生満足度
実際の家族の人生満足度
実際の自分の協調的幸福度
実際の家族の協調的幸福度
このようなデータに対して3つの分析が行われていましたので、その分析結果をご紹介したいと思います。
分析1|理想的な幸福の文化的違い
理想的な幸福の文化的違いは、理想的な自分の人生満足度(LS_self_ideal)と理想的な自分の協調的幸福度(IH_self_ideal)の差(=LS_self_ideal – IH_self_ideal)の平均値によって計算されました。結果はこちらです。
これによると、チェコやポルトガルでは人生満足度の理想が強く、日本では協調的幸福感の理想が強いことが分かりました。
また、研究者らのさらなる国単位の回帰分析では、個人主義-集団主義の8次元文化モデルの8次元の中で、「自己表現対調和」次元だけが良い説明変数になることが示唆されたそうです。これは、自己表現を重視する文化では人生満足度を理想にする傾向が強く、調和を重視する文化では協調的幸福感を理想にする傾向が強いことを表しています。
分析2|人生満足度が正しく幸福を測定しているか
実際の個人の人生満足度(LS_self_actual)と協調的幸福度(IH_self_actual)は、強い相関(r=0.88, p<.001)を示していました。しかし、人生満足度と協調的幸福度は一致しませんでした(すなわち、LS_self_actual = IH_self_actualとはなりませんでした)。相関の回帰直線と一致を表す直線が重ならかったのです。もし2つが一致していれば、協調的幸福度は人生満足度で測定できることを表します。この結果は、人生満足度だけでは幸福を正しく測定できていない可能性を示唆しています。
実際の人生満足度と協調的幸福度が一致する傾向にある国は、メキシコ、スイス、オランダ、ブラジルで、これらの国々では、協調的幸福度を測定する必要はあまりないのかもしれません。逆に、実際の人生満足度と協調的幸福度に大きな差がある国は、ジョージア、日本、中国、韓国などで、これらの国々では、人生満足度尺度は標準偏差2程度も過小評価してしまう可能性が見られました。その他の国々でも、標準偏差1程度は過小評価されている可能性が示唆されています。全体的に言って、大部分の国々で人生満足度は幸福を過小評価してまう可能性があることが示されました。
分析3|家族の幸福を重視する傾向の違い
家族の幸福を重視する傾向は、家族の理想の人生満足度を重視するタイプ(家族LS重視型)と家族の理想の協調的幸福度を重視するタイプ(家族IH重視型)、およびどちらも均等に重視するタイプ(バランス型)に分けられそうです(図2)。実際には、グラデーションがあり、図2では重視傾向が強い順に並べ、上位の国ほど重視傾向が強いことを示しています。
また、Krysら(2023)の結果からは、家族LS重視型の国々では個人の理想の協調的幸福度が軽視される傾向にあり、反対に家族IH重視型の国々では個人の人生満足度が軽視される傾向にあるようです。
これを見ると、アジアの国々は家族の協調的幸福感を重視する文化である可能性が高いと言えるのではないでしょうか。特に、日本は協調的幸福感の重視傾向が強く、逆に人生満足度は軽視傾向が強いです。このことが幸福度ランキングが低い原因なのかもしれません。
協調的幸福感と感謝の関係
私たちは、感謝の研究も行っていますが、協調的幸福感と感謝の関係は、まだよく分かっていません。
北村(2022)の女子大学生を対象にした研究によれば、週1回、その週の感謝した出来事を書き出すという感謝介入では、協調的幸福感への改善効果は見られませんでした。
一方、岩崎・五十嵐(2017)は、10代後半から60代の男女に対して、感謝に伴う肯定的感情体験や表出傾向を表す中核因子群と協調的幸福感の関係を調べ、「実存」「享受」「比較」の3因子は全年代で中程度の相関があったことを報告しています。これらは、今すでに得ているものや現在の状況への満足することに、感謝の念を抱いていることを表すそうです。
このことは、協調的幸福感を高めるには、具体的な相手や出来事に対する感謝ではなく、平穏さや幸運さといった抽象的な状況に対する感謝が必要だ、ということを示しているのではないでしょうか。北村(2022)の研究は、具体的な出来事を想起する介入だったため、協調的幸福感に効果が無かったのかもしれません。
まとめ
ウェルビーイングの国際比較研究によって、日本では文化的影響から、ウェルビーイングの中でも協調的幸福感が重視されていることが分かりました。
しかし、感謝によって協調的幸福感が高まるかどうかは、研究途上にあり決着がついていません。これまでの研究からは、出来事に対する感謝ではなく、状況に対する感謝の方が協調的幸福感が高まる可能性が示唆されています。
(筆者:山本)