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希望とウェルビーイング | 希望に関する心理学研究とウェルビーイングとの関連

みなさんは、ご自身の生活が今後良くなっていくと希望を抱くことは出来ているでしょうか?

内閣府による世論調査では、1968年から現在に至るまで「今後の家庭の生活は良くなっていく」と回答する人の割合は、大きく減少しています。特に、オイルショックやバブル崩壊のタイミングで割合は大きく低下しており、21世紀に突入して以来、基本的に10%を下回っています。

図. 生活が良くなると思う人の割合の推移
「国民生活に関する世論調査」(内閣府)をもとに筆者作成

「生活が良くなっていく」という回答の割合が低迷している背景には、さまざまな要因があると考えることが出来そうですが、全体として、明るい未来への「希望」を描きにくくなっていることが反映されていると考えられます。

「希望(Hope)」は、心理学分野でも長期にわたって研究がされてきた要素の一つであり、単なる楽観的な期待や願望とは区別されています。私たちのウェルビーイングに関与する心理的資源として、希望とウェルビーイングに関する研究がされていますので、今回ご紹介します。


心理学における「希望」

心理学において、希望という概念は、認知的な側面と感情的な側面の両面から捉えられており、様々な研究者によって整理されています。

目標への期待としての「希望」

Stotland (1969) は、「目標」と「期待」の観点から希望の意味を整理しており、「目標に対するゼロ以上の期待」として希望を捉えています。

また、目標に到達する確率とその重要性が高いほど個人のポジティブな感情(希望)は大きくなり、重要性は高いが目標到達の確率が低いと知覚すると不安が大きくなるとして、「確率」と「重要性」に焦点を当て、希望と不安を比較しました。

さらに、Snyderら (2002) は、上記の理論を認知的な側面から発展させ、「目標(Goals)」「経路(Pathway)」「発動力(Agency)」の3つの構成要素からなる希望理論(Hope Theory)を提唱しました。ある目標に対して、目標到達のための経路があり、そのための発動力(動機付け)があることが希望を構成するとしています。

未来への信頼としての「希望」

一方で、北村 (1983) は、より感情的な側面を重視して希望を定義しました。北村 (1983) は、希望について「来るべき未来の状況に明るさがあるという感知に伴う快調をおびた感情」、「未来が信頼できるという明るい感情」と表現しています。すなわち、希望を、特定の目標にむけた達成への願望や期待とは区別し、未来への信頼として捉えました。

また、未来への信頼としての希望について、内的希望(自分自身の未来の状況への信頼)外的希望(自分以外の環境の未来の状況への信頼)に区別することが出来るとしています。そして、未来への明るさが自分のうちから生じ、環境的な状況に明るさを見出したり、逆に未来の環境の明るさが自分自身の明るさを生み出したりするといった相互作用のなかにある、としています。

楽観性(Optimism)との比較

希望と類似した概念として、楽観性(Optimism)がよく取り上げられます。楽観性は、「物事がうまく進み、悪いことよりも良いことが生じるだろうという信念を一般的にもつ傾向」とされてます (Scheier & Carver, 1985; 戸ヶ崎・坂野, 1993)。

楽観性と希望を比較したいくつかの研究では、楽観性と希望の間の相関は中程度であることが示されています (Bryant & Cvengros, 2004; Rand et al., 2020)。これらの2つの概念は、ある程度類似した概念であるものの、異なる概念であると認識されています。

不安との関係

希望と反対の意味を持つ概念の一つとして、「不安」を挙げることができます。一方で、希望と不安は表裏一体のものとして捉える研究者もいます(渡辺, 2005)。希望を持つからこそ、不安も生じてくると考えることもできるのです。

ちなみに、小学校から中学校への進学時の「未来への期待(希望)」と「不安」を調査した研究では、小学校6年生の時に希望と不安の両方を持っていた子供たちほど、中学生になった際に熱中するものを見つけ、自分の成長にポジティブな感覚持つ割合が高いことが報告されています(都築, 2001; 都築, 2008)。

希望と不安の両方があるからこそ、明るい未来に向けた意欲が生まれるのかもしれません。

希望とウェルビーイングの関係

希望は、私たちのウェルビーイングとどのような関係にあるでしょうか?

希望とウェルビーイングの関連については、Snyderの希望理論を中心としていくつかの研究がされています。実証研究の結果をもとに、ウェルビーイングにおいて希望がもつ機能について見ていきましょう。

社会的な危機状況と希望

希望が、特によく機能する場面として、パンデミックや災害などの社会的な危機状況が検討されています。

例えば、Gallagher et al. (2021) は、COVID-19流行時の米国の成人を対象にした調査から、特性としての希望は6週間後の主観的ウェルビーイングの高さ、不安の低さ、COVID-19によるストレスの低さを予測することを示しました。また、これらの影響は、感情コントロールの認識を一部媒介して影響することが示されました。つまり、希望を持ちやすいことは社会的な危機状況下でも感情をうまく制御することを助け、ウェルビーイングやメンタルヘルスに良い効果を与えることが示唆されました

図. 希望とCOVID-19下のメンタルヘルスの関係
Gallagher et al. (2021) をもとに筆者作成

Long et al. (2020) は、2017年にテキサス州ヒューストンでハリケーンによる自然災害があった後の心的外傷後ストレス障害(PTSD)と希望やレジリエンスの影響を調査しました。その結果、レジリエンスはPTSD症状の軽減とより強く関連していたのに対し、希望はウェルビーイング(感情的WB、心理的WB、社会的WB)とより強く関連していたことが示されました。

このように、社会的な危機状況下において、希望は私たちのウェルビーイングやメンタルヘルスにポジティブな影響を与える大きな要因であると言えます。

自己効力感の効果を媒介する

自己効力感は、困難に効果的に対処し、目標を達成できるという信念です。自己効力感は、主観的ウェルビーイングや体調とポジティブな関係にあり、自己効力感の低さはうつ傾向に関与すると考えられています。

Liu et al. (2018) は、中国の看護師1757名のデータから、希望と自己効力感、主観的な健康状態の関係を分析しました。その結果、Snyderらが作成した成人希望尺度(Adult Hope Scale)の「経路(pathway)」と「発動力(Agency)」の因子は、自己効力感が主観的な健康状態に与えるポジティブな影響の一部を媒介することが示されました。

 図. 自己効力感と主観的健康状態に対する希望の媒介効果
Liu et al. (2018) をもとに筆者作成

このことから、目標への経路や動機づけといった希望を構成する要因は、自己効力感が主観的なウェルビーイングへ与えるプロセスにおいて、機能すると考えられます。

学生の学業成績と主観的ウェルビーイング

学生を対象とした希望の研究では、学業成績や主観的ウェルビーイングとの関連に着目した検証がされています。

個人特性としての希望と楽観性は、それぞれ独立して学業成績と主観的ウェルビーイング説明することが報告されています。Rand et al. (2020) は、希望と楽観性を同時に検証した際の役割の違いを検証しました。

334名の大学生を対象とした調査の結果、希望と楽観性のうち、希望のみが学業成績の期待度を通して、間接的に最終的な学業成績に寄与することが示されました。この結果から、個人特性としての希望は、Stotland (1969) の主張のように、学業成績という目標への期待から、間接的に学業成績を高めると考えられます。

図. 希望・楽観性と学業成績の関係
Rand et al. (2020) をもとに筆者作成(有意なパスのみを記載)

また、希望と楽観性では、影響する主観的ウェルビーイングへの影響が異なることが示されました。希望は学期終了時のポジティブ感情の多さと人生満足度の高さを予測したのに対し、楽観性はネガティブ感情の少なさを予測しました。このことから、先行研究の通り、希望と楽観性は概念的に区別されることが支持され、両方が主観的ウェルビーイングに寄与することが示唆されました。

図. 希望・楽観性と学生の主観的ウェルビーイング
Rand et al. (2020) をもとに筆者作成(有意なパスのみを記載)

まとめ

今回は、希望という概念に関する心理学的な研究をご紹介しました。
希望は、目標到達への期待として定義を中心に論が展開されることが多く、「目標」「経路」「発動力」によって構成される希望理論(Hope Theory)を基にした研究が多く行われています。希望は、ウェルビーイングやメンタルヘルスにポジティブな影響を与えることが報告されており、特に危機的状況下において、大きな役割を果していると考えられます。

一方で、北村 (1983) の示す「明るい未来への信頼」としての希望の研究は限られており、こちらの理論を深めることで、低迷している日本人の希望を回復するヒントも見つかるかもしれません。

図. 希望に関する心理学研究の整理

(執筆:菅原)

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参考文献

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  • Stotland, E. (1969). The Psychology of hope: An integration of experimential, clinical, and social approaches. Jossey-Bass, San Francisco.

  • Snyder, C. R. (2002). Hope theory: Rainbows in the mind. Psychological inquiry, 13(4), 249-275.

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