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【論文紹介】知恵 (wisdom) | 知恵は私たちのウェルビーイングを高めるか?

みなさん、「知恵」という言葉に対して、どのようなイメージを思い浮かべるでしょうか?

一般に、知恵というものは年齢、あるいは人生経験を積み重ねる中で培われるものと考えられる傾向にあります。また、「生活の知恵」などのように、日常のちょっとした工夫に対して「知恵」ということもあります。さらに、仏教の文脈では「真理をみきわめる心の作用」として「智慧」という言葉が用いられています。

辞書で「知恵」の意味を調べてみると、「物事の道理を判断し処理していく心の働き。物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力」(デジタル大辞泉)とあります。

知恵という言葉の使われ方やイメージは様々ですが、多くの場合、経験や知識をもとに賢明な問題解決をする能力として使われているようです。

「知恵 (widom)」という概念は、数十年にわたって、主にドイツやアメリカなどの欧米諸国を中心に研究がされてきました。多くの研究者は、知恵は人間発達におけるポジティブな結果と捉え、知恵とウェルビーイングの関係に注目した研究も多くあります。

本記事では、既存の研究結果をもとに、知恵とは何か、知恵とウェルビーイングはどのように関係するかをご紹介します。


研究における「知恵 (wisdom)」とは

研究において、知恵は「人生の意味と行動についての専門的な知識」(Baltes & Smith, 1990), 「共通善に到達するという目的に向けて,個人内,個人間,そして社会的関係のバランスをとりながら環境に適応するために,価値観の影響を受けつつ暗黙知を適用する力」(Sternberg, 1998) など、その構造的・機能的側面から様々な定義がされています。

そのため明確に定義が統一された概念と捉えることは困難です。研究者によっては、知恵とはさまざまな側面を持つ包括的な概念と理解する方が良いと考えられています (春日・佐藤, 2018)。

表. 知恵の定義
春日・佐藤 (2018)をもとに筆者作成

Webster (2007) によれば、知恵には「人生経験」「感情調整」「回想・内省」「ユーモア」「開放性」の5つの要素があるとされます。知恵のある人々は、豊かで多様な経験を認識・評価し、人間の感情を受け入れて調整することができ、より内省的で、複数の視点に対してオープンで、しばしば対処戦略としてユーモアを使用します。

一方、Ardelt (2003) では、知恵は「認知的」「内省的」「情動的」の3つの側面を持つものとして整理しています。知恵は、人生の複雑さを認知する能力、複数の視点から省察する能力、他者に思いやりを持つ感情・動機の3つの次元から構成されるとしています。

図. 知恵の要素および構造

知恵は、性格特性とも関連づけられた研究がされています。性格として捉えたときの知恵(賢明さ)は、ビッグファイブ性格特性の開放性、外向性、誠実性、協調性が高く、神経症傾向が低いという特徴と関連します (Ardelt et al., 2019)。

これらの知恵の要素や性格特性との関係から、高い知恵を有することは、ポジティブ感情を最大限に高め、自分の人生を意味のあるものとして評価し、その結果として自己実現を果たし、幸福を高められると考えられています。

知恵とウェルビーイング

実際、高齢者を対象とした研究を中心に、多くの研究で知恵とウェルビーイングはポジティブに関連することが報告されています。

例えば、Krause (2016) やArdelt (2015) は、高齢者における知恵の高さは、主観的ウェルビーイング(人生満足度)と正の相関があることを示し、Wink and Staudinger (2016) は、心理的ウェルビーイングのそれぞれの要素と関連することを明らかにしています。

では、知恵はどのようにして、私たちのウェルビーイングに関係しているのでしょうか?ここでは、そのメカニズムを研究した論文を2つご紹介したいと思います。

人生の目的による媒介

Ardelt and Edwards (2015) は、健常者と終末医療を受ける患者とを比較して、知恵と幸福感の関係性を検証しました。156名の比較的健康な人々と41名の終末医療を受ける患者 (計197名, 52~98歳) の参加者を対象に、質問紙調査を行いました。

表. Ardelt and Edwards (2015) の調査内容

回帰分析の結果、知恵は主観的なウェルビーイングに対し、統計的に有意な正の影響を示すことが示唆されました (β=.53, p<.001)。特に、その影響は終末医療患者において大きく、比較的知恵が低い終末医療患者は健常者の幸福度と大きな差があるのに対して、知恵が高い終末医療患者は健常者とほぼ同等の主観的幸福感を示すことが明らかにされました。

図. 知恵高低群での主観的ウェルビーイング
Ardelt and Edwards (2015) をもとに筆者作成

またArdelt and Edwards (2015) は、知恵とウェルビーイングの関係を媒介する要因として、「人生の目的」と「マスタリー」の影響を検証しています。人生の目的は「人生における目的や意味を持っているか」を意味し、マスタリーとは「自分の人生の出来事を自分でコントロールできると感じているか」を意味する指標です。

人生の目的とマスタリーを媒介変数としてパス解析をした結果、下図のように、人生の目的は知恵と主観的ウェルビーイングの関係を部分的に媒介していることが示されました。また、マスタリーは知恵が人生の目的に与える影響を一部媒介しています。

図. パス解析の結果 (*p<.05; **p<.01, ***p<.001)
Ardelt and Edwards (2015) をもとに筆者作成

この結果から、賢明な人ほど、自分の人生をコントロールできる感覚から、人生における目的を明確にし、それによって主観的ウェルビーイングが高まることが示唆されました。また知恵がウェルビーイングに与える影響は、終末医療患者ほど大きいことが明らかになりました。

許しによる媒介

Brudek et al. (2023) は、知恵とウェルビーイングの関係について、「許し」に着目した研究結果を発表しています。許しとは、「不当に扱われたことによる否定的な感情・思考・行動から、中立的または肯定的な感情・思考・行動へ移行すること」を指します。

知恵は、許しと正の関係にあることが、いくつかの研究で検証されています。Eghbali et al. (2022) では、賢明な人々は、違反被害を受けたとき、より寛大に相手を許し、反社会的な反応をしないことが示唆されています。また、許しはウェルビーイングの指標とも正の相関があることが報告されています。さまざまな状況において寛容になることは、自分や他者、人生をよりポジティブに認識し、ネガティブな感情を軽減するのに役立ちます (Fincham et al., 2004; Kaleta and Mróz, 2021)。

これらの先行研究をもとに、Brudek et al. (2023) では、知恵の高さは許しを介して、ウェルビーイングに影響を与えるという仮説を立て、研究を行いました。

Brudek et al. (2023) は、ポーランド在住の481名の高齢者(60~92歳)を対象にして調査が行われました。参加者たちは、以下のアンケートに回答しました。

表. Brudek et al. (2023) の調査内容

アンケート結果を相関分析すると、知恵は許しと2つのウェルビーイングと有意な正の相関を示しました。ただし、主観的ウェルビーイング(人生満足度)との相関は、比較的弱い結果となりました。さらに、許しとウェルビーイングの相関を見ると、許しは主観的ウェルビーイングと心理的ウェルビーイングの両方との間に、中程度の正の相関が得られました。

表. 知恵・許し・WBの相関係数 (***p<.001)
Brudek et al. (2023) をもとに筆者作成

続いて、許しが知恵とウェルビーイングの関係を媒介するかテストするために、パス解析が行われています。その結果、下図のように、知恵が主観的および心理的ウェルビーイングに直接与える影響に加えて、知恵が許しを部分的に媒介して主観的および心理的ウェルビーイングに影響を与えることが示唆されました。この許しによる媒介効果はあまり大きくはないものの、統計的に有意であることが検定から示されています。

図. パス解析の結果
Brudek et al. (2023) をもとに筆者作成

つまり、参加者が大きな知恵を持つほど、許す傾向が強く、それによりウェルビーイングが高いことが示されました。この結果から、賢明な人ほど、人生や対人関係における問題に直面したとき、それを喜んで許し、受け入れることで、他者や自分自身、人生に対して肯定的な見方をすることができるのだと考えられます。

まとめ

今回の記事では、「知恵 (wisdom)」に関する研究をご紹介しました。知恵の研究では、高齢者を対象とした研究を中心に、知恵が私たちのウェルビーイングに影響することが示唆されています。

今回ご紹介した研究は、高齢者を対象にした研究であり、必ずしもすべての年齢に対して同様の効果があるとは言えません。ただし、知恵は、年齢とともに高まる傾向にありますが、高齢になれば必ず得られるものでも、高齢にならなければ得ることができないものでもありません。

どのような年齢の重ね方、経験の重ね方をすれば、より知恵を築くことができるのか明らかになってくれば、私たちの今後のウェルビーイングのためにも役立つかもしれません。

(執筆者:菅原)

参考文献

  • Dean Webster, J. (2007). Measuring the character strength of wisdom. The International Journal of Aging and Human Development, 65(2), 163-183.

  • Ardelt, M. (2003). Empirical assessment of a three-dimensional wisdom scale. Res. Aging 25, 275–324.

  • 春日彩花, 佐藤眞一. (2018) 知恵は発達するか ―成人後期における知恵の機能的側面と構造的側面の検討―. Japanese Psychological Review, 61(3), 384-403.

  • Krause, N. (2016). Assessing the relationships among wisdom, humility, and life satisfaction. J. Adult Dev. 23, 140–149.

  • Wink, P., and Staudinger, U. M. (2016). Wisdom and psychosocial functioning in later life. J. Pers. 84, 306–318

  • Ardelt, M., and Edwards, C. A. (2015). Wisdom at the end of life: An analysis of mediating and moderating relations between wisdom and subjective wellbeing. J. Gerontol. Series B Psychol. Sci. Soc. Sci. 71, 502–513.

  • Paweł Brudek, Stanisława Steuden, Kinga Kaleta. (2023) Wisdom and wellbeing in polish older adults: the mediating role of forgiveness. Frontiers in Psychology, 14.