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睡眠とウェルビーイング | 睡眠は身体的・精神的・社会的にウェルビーイングと関連する

現代社会において、私たちは仕事や責任、娯楽などに追われ、睡眠は犠牲にされがちな要素の一つと言えるでしょう。実際、厚生労働省によると1976年から2011年までの縦断的な調査から、日本人の睡眠時間は減少傾向にあります。

図. 日本人の平均睡眠時間の推移
平成26年版厚生労働白書をもとに筆者が作成

ほとんどの人にとって睡眠は1日の20%から40%を占める重要な要素と言えます。睡眠は、疲労回復はもちろんのこと、認知機能、身体的機能、メンタルヘルス、幸福感など、多岐にわたる生理的・心理的機能に関与するとされます。

私たちのウェルビーイングのさまざまな面において、睡眠は機能すると考えられます。本記事では、睡眠とウェルビーイングについて、いくつかの観点から整理してみたいと思います。


睡眠と身体的健康

睡眠と身体的な健康に関しては多くの研究で言及されており、縦断的調査やメタ分析などがされています。ここではいくつかのトピックからご紹介します。

死亡率

睡眠時間と死亡率の関係に関しては、60年前に初めて言及されました (Hammond, 1996)。この研究は100万人以上のアメリカ人を対象としたがん予防研究のデータ分析で、睡眠時間が短い場合(6時間以下)と睡眠時間が長い場合(9時間以上)の両方において、死亡率の増加が示されました。

図. 睡眠時間と死亡リスクの関係性
Jin et al. (2022) をもとに筆者作成

同様の検証は、さまざまな地域を対象に実施されており、おおむね一貫した結果が報告されています。また、睡眠時間と死亡率の関係を検証したメタ分析では、短時間の睡眠では10~12%の死亡リスク増加、長時間の睡眠では30~38%の死亡リスク増加が示されました (Gallichio et al., 2009; Cappuccio et al., 2010)。

短時間の睡眠は、以降に示すような疾患リスクを高めることで死亡リスクに影響すると考えられています。また、長時間睡眠については、死亡率との詳細な関係が明確でないものの、長時間の睡眠をしてしまうということは何らかの身体的問題を抱えている可能性が考えられます。

肥満

多くの研究で、睡眠時間と肥満の関係が示されています。例えば、Watanabe et al. (2010) は、日本の電力会社の職員を対象として自己申告の睡眠時間と健康診断の結果を分析しました。その結果、標準的な睡眠時間(7~8時間)の場合と比較して、睡眠時間が短い場合(6時間以下)と長い場合(9時間以上)の両方のパターンにおいて、1年後の体重増加が示されました。また、睡眠時間が短いグループの男性では、1年後の肥満(BMI 25以上)発生率が高かったと報告しています。

また、睡眠時間と肥満の関連をより長期的に調査した研究では、平均的な睡眠時間(7~8時間)グループと比較して、短時間(5~6時間)グループでは1.98 kg、長時間(9~10時間)グループでは1.58 kg、6年後の体重増加が見られました。6年間で肥満を発症するリスクは、短時間睡眠者では27%高く、長時間睡眠者では21%高かったことが示されています(Chaput et al., 2008)。

このように睡眠時間は、短時間および長時間睡眠の両方の場合に、体重増加および肥満のリスクを増加させると考えられます。睡眠時間の他にも、入眠時間が午前5:30以降の人では体重が増加しやすい傾向にあることなど、睡眠のタイミングと肥満の関係も検証されています (Baron et al., 2011)。

糖尿病

睡眠時間と糖尿病の関係を検証したメタ分析では、睡眠不足は糖尿病の発症リスクを33%増加させることが報告されています (Shan et al., 2015)。また、睡眠時間が長い場合にも糖尿病リスクは高まり、睡眠時間7~8時間が最もリスクが低いようです。

睡眠時間と糖尿病の関係性については、睡眠不足がインスリン抵抗性や代謝ホルモンなど生理学的な要因に悪影響を与えることで引き起こされると説明されています。

高血圧・心疾患

睡眠時間が短い習慣をもつ人は、標準的な睡眠時間の人と比較して、1年度に高血圧になる可能性が20%程度高いことが示されています (Meng et al., 2013)。

また、不眠症状のうち中途覚醒(夜中によく目が覚めてしまう)や早期覚醒(朝早く目が覚めてしまう)の場合でも、高血圧との関連が見られました。一方で、入眠障害(なかなか眠りにつけない)や長時間の睡眠では、高血圧リスクの増加は見られませんでした。

さらには、睡眠時間の短さは高コレステロール血症や動脈硬化リスクとも関連が見られ、心血管系の疾患の可能性が高まる証拠もいくつか報告されています。

睡眠とメンタルヘルス

睡眠は身体的な機能や健康に限らず、精神的な側面との間にも関連することが報告されています。ここでは、睡眠とメンタルヘルスに関する知見もいくつかご紹介します。

うつ病

睡眠とメンタルヘルスの関係について、最も検証されているのがうつ病です。Taylor et al. (2005) によれば、不眠症の人々はそうでない人々と比較して、うつ病を抱える可能性が9.82倍高いことが示されています。また、不眠症状の頻度や覚醒の回数が多いほど、うつ病も増加する傾向にあります。特に、入眠障害と中途覚醒の両方を併発している人は、より深刻なうつ病を抱えていることが示されました。睡眠改善の介入に関するメタ分析では、睡眠の改善がうつ症状の軽減に中程度の効果をもつという結果が得られています (Scott et al., 2021)。

不眠症とうつ病の因果関係は、縦断研究から双方向的に検証が為されており、うつ病を抱える人が不眠症状を訴えるようになるケースもあれば、不眠症状からうつ病に発展するケースの両方が見られます (Jansson-Fröjmark et al., 2008; Sivertsen et al., 2012)。

また、睡眠自体に関するものではありませんが、毎朝、日光などの強い光を浴びることがうつ症状を軽減させるという研究結果も示されています (Partonen, 1994; Bilu et al., 2020)。睡眠や日光暴露を含む概日リズムは、うつ病をはじめとしたメンタルヘルスに肯定的な影響を与えると言えそうです。

不安

睡眠と不安も関連付けられた研究が多く実施されています。先述したTaylor et al. (2005) は、うつ病とともに不安についても測定しており、不眠症状を抱える人は不安を知覚する可能性が17.35倍高いことを示しました。

睡眠不足と不安に関しても、双方向的な因果関係が想定されていますが、多くは不安が睡眠障害に与える影響を評価したものが多く、睡眠不足が不安を誘導するかに関しての知見は比較的少ないです。しかしながら、広範なレビュー・メタ分析から、睡眠不足が状態的な不安を増大させることが報告されています (Pires et al., 2016)。

睡眠と主観的ウェルビーイング

睡眠は、健康やメンタルヘルスへの影響に加えて、幸福感やその他ウェルビーイングに関連した項目との関連が示唆されています。

幸福感

睡眠と主観的ウェルビーイングや幸福感との関係について、いくつかの研究がされています。

さまざまな年齢層を対象として研究がされており、アメリカの青少年の睡眠日誌を分析した研究では、睡眠の問題はネガティブ感情の高さと幸福感の低さに関連することが示唆されました(Kouros et al., 2022)。日本の高齢者を対象とした研究では、睡眠時間が6時間未満(短時間睡眠)および9時間以上(長時間睡眠)の場合に、主観的な幸福感は低い傾向にあることが示されました(Yokoyama et al., 2008)。

全体として、睡眠の量や質は幸福感と関連することが示されていますが、その因果関係を示す研究は限られています。睡眠不足が幸福感を低下させるかもしれませんし、幸福感の低い人が睡眠に問題を抱えやすい可能性もあります。今後、長期的な検証が進めば、睡眠と幸福感の双方の影響が明らかになってくるかもしれません。

自尊心

睡眠と関連すると考えられるウェルビーイングの要素の一つが自尊心です。

Lemola et al. (2013) によれば、不眠症の症状を持つ人は、年齢や性別に関係なく、自尊心と楽観性のスコアが低い傾向にありました。また、睡眠時間が短い(6時間未満)、あるいは睡眠時間が長い(9時間以上)ことは、抑うつ傾向を考慮した上でも、自尊心と楽観性の低さと関連することが示されました。

また、青少年のソーシャルメディア利用による睡眠不足と自尊心の関連も報告されており、ソーシャルメディアを頻繁に利用する青少年は睡眠の質が低下し、自尊心も低下する傾向にあることが示唆されています (Woods & Scott, 2016)。

ただし、睡眠と自尊心の関連についても、相互の影響をきちんと評価した研究はまだ少なく、さらなる研究が期待されます。

利他性

利他性は、私たちのウェルビーイングに関連する要素の一つと考えられています。ここ数年の間に、睡眠と利他性の関係を検証した研究がいくつか行われています。

Studler et al. (2024) は、睡眠の深さが利他的行動に関連することを示しました。54名の実験参加者を対象に携帯型脳波計を用いて睡眠データを取得し、利他的な傾向を確認するための公共財ゲームを実施しました。その結果、睡眠の深さを示す指標の高まりが利他的な行動を予測することが示されました。

さらに、生理学的なアプローチを用いた研究では、fMRIによる検査結果から、睡眠不足の人では社会的認知に関する脳内ネットワーク主要結節部の不活性化が確認されました(Simon et al., 2022)。このことから、睡眠不足は社会的認知機能を制限することで、利他的な行動を抑制してしまうと考えられます。

まとめ

本記事では、学術研究の結果をもとに、睡眠とウェルビーイングの関係について、いくつかの側面から整理しました。睡眠は、私たちのウェルビーイングにとって身体的・精神的・社会的など、さまざまな側面において関連する要素と言えます。多くの場合、6時間以上9時間未満の睡眠が私たちの身体や精神にとって良い睡眠時間と言えそうです。

近年では、個人で睡眠を改善できるスマホアプリなども登場しており、学術研究で効果も実証されてきています(Okajima et al., 2020; Okajima et al., 2021)。

一日の多くの時間を占める睡眠に目を向けることで、みなさんのウェルビーイングにとってもよい効果が得られるかもしれません。

(執筆:菅原)

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参考文献

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