【論文紹介】職場でフィードバックを上手く活用するには - フィードバック研究の知見から考える
職場において、「フィードバック」は大きな意味を持つコミュニケーションの一つと言えるでしょう。日常業務における会話から業績評価まで、フィードバックが行われる機会は多くあります。
上手にフィードバックすることが出来れば、上司と部下の間で信頼関係を築きつつ、部下のパフォーマンス向上が期待できます。部下も成長を感じながら、モチベーション高く仕事に取り組むことが出来るかもしれません。
一方で、「どう褒めたらいいか、どう注意したらいいか、分からない」「フィードバックしたが、あまり上手く伝わっていない気がする」など、フィードバックに悩みを抱える人も多いのではないでしょうか?
組織心理学や経営学などの領域において、フィードバックや評価は主要な研究領域の一つとして、昔から研究されてきています。近年では、上司によるフィードバックが、従業員のパフォーマンスや仕事満足度、メンタルヘルスなどに影響を与えることが示されてきています。これらの研究結果は、私たちがどのようなフィードバックを行うと良いか(あるいは悪いか)知るためのヒントを与えてくれます。
今回は、フィードバックに関して、研究ではどのようなことが明らかとなっているかご紹介します。
フィードバックとは
組織心理学では、フィードバックは「部下が自身の過去のパフォーマンスを知るために、上司から提供される行動および情報のこと」と定義されています(Ilgen, Fisher, &Taylor, 1979)。現在では必ずしもフィードバックは上司から部下にだけ与えられるものではなく、360度評価などでは部下や同役職から与えられる場合もあります。しかし、基本的には上司から部下へのフィードバックを対象とした研究が多くなっています。
フィードバックに関する研究としては、フィードバックの内容や即時性、頻度、関係性、文化などの観点からさまざまな知見が集められています。
フィードバックの内容(ポジティブ or ネガティブ)
ビジネスシーンにおいて、フィードバックの種類は主に「ポジティブフィードバック」と「ネガティブフィードバック」の2つに分類されます。
ポジティブフィードバックは、相手の望ましい行動や成果に対して、褒めたり賞賛したりすることで、望ましい行動や成果を増やすことを目指したフィードバックです。逆に、ネガティブフィードバックとは、相手の望ましくない行動や成果に対して、指摘したり注意したりすることで、望ましくない行動や成果を減らすことを目的としたフィードバックを指します。
基本的に、ポジティブフィードバックはネガティブフィードバックよりも、受け手の業績や満足度を向上させることが報告されています(Jaworski & Kohli, 1991; Belschak & Hartog, 2009)。
一方で、組織運営においてポジティブフィードバックだけでは限界があることが指摘されており、ネガティブフィードバックを活用することで受け手の成長を促すことが期待できます(繁桝, 2014)。ただし、ネガティブフィードバックは関係性や伝え方などによって、受け手に不安やストレス、脅威などの悪影響をもたらす可能性もあります(繁桝, 2014; Van de Vliert et al., 2004)。
フィードバックの即時性・頻度
組織におけるフィードバックは、業績評価などのフォーマルなフィードバックと、日々のコミュニケーションのなかで生じるインフォーマルなフィードバックに分けられます。インフォーマルなフィードバックに関しては、フィードバックの即時性や頻度によって効果が左右されることが報告されています。
上司のフィードバックが即時的であると、部下の仕事への満足度やモチベーションなどを高め、仕事に対する燃え尽き症候群(バーンアウト)を軽減することが報告されています(Kelly & Westerman, 2014)。
繁桝 (2017) は、上司によるポジティブおよびネガティブフィードバックの頻度が、部下のコミットメントや成長満足感に与えるプロセスを検証しています。その結果、上司のフィードバックの頻度は、上司に対する信頼を媒介して、部下の情緒的コミットメントや成長への満足感を高めることが示されました。
ポジティブフィードバックの頻度は、上司の「慈善性」「誠実性」「能力」の評価を介して信頼が高まるのに対して、ネガティブフィードバックの頻度は、上司の「能力」の評価のみにしか影響を与えませんでした。また、ポジティブフィードバックの頻度は、部下のコミットメントや成長満足度に対して直接的な効果があることも示されました。
フィードバックと関係性(LMX理論)
フィードバックの研究において、よく関連付けられているのが「リーダーメンバー交換(Leader-Member Exchange; LMX)理論」です。
LMX理論とは、リーダーが一人ひとりのメンバーとの関係性を重視してマネジメントを行うリーダーシップ理論です。従来のような一方的に上司から部下が影響を受けるというあり方ではなく、一人ひとりの部下との信頼関係や協調関係を構築することに重きが置かれます。
LMX理論では、リーダーとメンバーの間で双方向に報酬を交換することで、関係性が構築されると考えられています。交換される報酬は外的報酬と内的報酬に分類され、以下のようなものがあります。
フィードバックは、その内容だけでなく、お互いの関係性に支えられていると考えられます。フィードバックは、上司と部下の関係がベースとなって解釈され、その関係性によってフィードバックの効果が促進・抑制される可能性があります。
山浦ら(2013)は、LMXが高い(上司と部下の関係性が良い)場合に、部下へのポジティブフィードバックが、部下の業務に対する責任感を向上させることを示しました。一方で、LMXが低い(上司と部下の関係性が悪い、乏しい)場合には逆の現象が起こり、フィードバックの内容がポジティブであっても部下の責任感が低下しました。
LMXが高い場合では、上司からの良い評価に対して、部下は「責任感」という心理的資源を返報しようとしたのだと考えられます。一方、LMXが低い場合には、上司から良い評価を受けると「手を抜いても大丈夫そうだ」と、報酬の交換が起きなかったのだと推測されます。
フィードバックと日本の文化
フィードバックについては、欧米を中心に多くの研究がされています。一方で、日本と欧米では文化の違いがあり、フィードバックに関しても捉えられ方が異なると考えられます。
日本は、他者への気配り、周囲への適応、そして他者との調和的な相互依存が重視される「集団主義的な文化」だと言われます。日本を含む集団主義的な文化においては、叱責などのネガティブフィードバックよりも、称賛のようなポジティブフィードバックは受け入れられにくく、感情やモチベーションへの効果が得られにくいことが報告されています(Markus & Kitayama, 1991)。また、日本企業において、上司の中には、褒めることで部下の作業が緩慢になるなどの弊害を懸念し、部下を十分に褒めていない者もいる現状が報告されています(山浦ら, 2009)。
桝本 (2012) では、日本企業の日本人上司と北米圏インターンに聞き取り調査を実施し、日本人上司と北米圏インターンの間で、フィードバックの捉え方に差があることを示しました。北米圏インターンは自分の仕事に対してすぐに明確なフィードバックを求めたのに対し、日本人上司はすべての結果が出る前に個人的なフィードバック行うことにためらいがあったことを報告しています。
特に、多国籍企業などでさまざまな文化圏の人々とともに働く人は、フィードバックに関して文化的な差異があることを認識しておくことが大切かもしれません。
論文紹介:効果的なフィードバックとは?
フィードバックの内容や即時性、頻度、関係性、そして文化などによって、受け手に与える影響が異なることをここまで紹介してきました。
では、私たちがフィードバックを提供するときには、具体的にどのようなことを意識すると良いでしょうか?2020年に発表された論文で、興味深い結果を示した研究があったのでご紹介します。
Gnepp et al. (2020) は、Webアンケート調査(研究1)とロールプレイング実験(研究2, 3)を実施しました。Webアンケート調査(研究1)では、フィードバックの送り手と受け手でフィードバックの正確性や原因帰属の認識にどのような差異があるかを確かめました。また、ロールプレイング実験(研究2, 3)では、研究1の結果を踏まえ、フィードバックがどのように作用し、どうすれば受け手に受容され、行動が変容し得るのかを検討しました。
研究1:フィードバック受け手の原因帰属
研究1のWebアンケート調査は、MBAに通う中間管理職であるマネージャー419名を対象として実施されました。調査内容は、回答者が過去の業績評価においてポジティブフィードバックおよびネガティブフィードバックを提供した内容と提供された内容を記載するものでした。また、それぞれ提供した/提供されたフィードバックについて、フィードバックの正確性やフィードバック者の適性、成果の原因帰属(能力や努力など内的要因によるか、仕事内容や運など外的要因によるか)の割合を回答しました。
その結果、自身が部下に提供したフィードバックに関しては、ポジティブ・ネガティブともに正確性が高く、フィードバック者として適性だと評価する傾向にありました。また、フィードバックした出来事の原因は、ポジティブ・ネガティブに関わらず、主に受け手の内的要因(能力や努力)による割合を多く回答しました。
一方で、自身が上司から提供されたフィードバックについては、ポジティブなフィードバックに関しては同様の傾向を示しましたが、ネガティブフィードバックに関しては正確性とフィードバック者の適性を低く評価し、原因の多くは外的要因(仕事内容や運)にあると判断しました。
つまり、自分がフィードバックを提供する際は、内容がポジティブかネガティブかに関わらず、主にその結果は相手の能力や努力に起因すると考えるのに対し、自分がフィードバックを受ける際は、ポジティブな結果は「自分の能力と努力のおかげ」、ネガティブな結果は「自分のコントロール及ばない要因のせい」と捉える傾向にあると言えます。
この結果は、フィードバックの受け手(部下)の「ご都合主義」的な振る舞いに見えます。しかし、このように良い結果に対して自己強化的に振る舞い、悪い結果に対して自己防衛的に振る舞うことは、自尊感情やメンタルヘルスの維持のために有益とも言えます。
一方で、フィードバックの送り手(上司)は、正確で偏見のないフィードバックを心がけようとしていても、状況的な制約に十分に目を向けにくいことも報告されています。この結果は、フィードバックの送り手が失敗の原因に対して、受け手の能力や努力が不足していると過剰に判断していることを反映しているとも言えるかもしれません。
研究2, 3:受け手に受容されるフィードバック
研究1では、回答者は過去に提供した/提供されたフィードバックを想起して回答する方法が取られました。その際、自身が受けたフィードバックについて、ポジティブなものはより自分の能力や努力が発揮できたものを想起しやすく、ネガティブなものは自分のせいではなく納得のいかなかったフィードバックを想起しやすかった可能性も考えられます。
研究2と研究3では、実験参加者がフィードバックの送り手と受け手に分かれて、フィードバックの場面をロールプレイングすることで、フィードバック想起に関するバイアスの可能性を排除しました。研究2と研究3ではわずかに操作が異なりますが、論文内で2つの結果を統合してよいという分析結果が出ているため、合わせてご紹介します。
研究2と研究3では、MBA学生である計542名がフィードバックのロールプレイングを実施し、前後のアンケートに回答しました。実験参加者は、フィードバックの送り手と受け手のペアに分かれ、架空の会社の上司役と部下役として、業績評価のフィードバックをロールプレイングしました。上司役と部下役の双方に設定資料と人事ファイルが配られ、中には部下の業務に関するプラスの側面とマイナスの側面の両方が記載されていました。
フィードバック前後のアンケートでは、部下の業績評価、成功と失敗の重要度、原因帰属の割合が測定されました。また、フィードバック後のアンケートでは、フィードバックのポジティブ度、フィードバック内容の受容度、フィードバック後の変化への意欲、フィードバックの会話内容が将来指向的か、なども測定されました。
実験の結果、フィードバックの受け手は、フィードバックの送り手よりも、自身の業績を若干高く評価し、失敗したことよりも成功したことを重要視する傾向が見られました。また、フィードバック前後での内的要因(能力と努力)と外的要因(仕事内容と運)の割合を比較すると、フィードバック前には送り手と受け手の間で大きな差はなく、内的要因の割合を大きく評価していたのに対して、フィードバック後には、受け手は成功したことの内的要因の割合をさらに高く、失敗したことの内的要因の割合を低く回答しました。
一般に、フィードバックを実施すると送り手と受け手で成果についての認識が近づくと考えられそうですが、この結果は逆のことを示しています。フィードバックの前にはほとんど認識の差がなかったのに対して、フィードバックを行うことで、成功したことはより自分の力だとし、失敗したことはより自分以外の影響だと判断するようになりました。この結果は、研究1と同様に、受け手の自己強化・自己防衛的な反応による考えられます。
研究者らは、この成果に対する送り手と受け手の原因帰属の相違が、フィードバック内容に対する受け入れや、フィードバックを受けて変化しようとする意欲に負の影響を与えるという仮説を立てました。また、先行研究などを参考に、過去の行動や成果の評価よりも将来の改善に焦点を当てたフィードバックをすることで、フィードバックの受容や変化への意欲が高まると考えました。
原因帰属の相違やフィードバックのポジティブ度、将来への焦点が、フィードバックの受容と変化の意欲に与える影響を分析した結果、将来への焦点がフィードバックの受け入れや変化の意欲の最も良い予測因子であることが示されました。フィードバックのポジティブ度(フィードバック内容はポジティブだったか否か)も、同様にフィードバックの受容や変化への意欲に正の影響を与えました。一方で、送り手と受け手の原因帰属の相違は、フィードバックの受容にのみ負の影響を与えました。
つまり、フィードバックの受け手によって「これは将来の改善のための話し合いだ」と認知されると、フィードバックの内容はより受け入れられ、フィードバック受けて行動を改善しようという意欲も高まりやすいと考えられます。また、当然のことながら、フィードバックがポジティブな内容であるほど受け入れやすいことも分かりました。原因帰属については、送り手と受け手で認識が一致しているほど、フィードバックは受け入れやすいですが、変化への意欲には繋がらないと考えられます。
このGnepp et al. (2020) の研究結果から分かるように、私たちはフィードバックを受けると、特に否定的な内容に関しては自己防衛的な反応をしてしまい、上司と部下の間で成果やパフォーマンスの要因について意見の相違を広げてしまうようです。フィードバックがより受け入れられ、効果的に行動の改善を促すためには、将来のための建設的な会話をしようという認識をつくることが大切かもしれません。
まとめ
今回は、フィードバックに関して、その内容や即時性、頻度、関係性、文化などの点からどのような研究結果があるかご紹介しました。
フィードバックはポジティブな内容で、出来事があったらすぐにフィードバックをすると、受け手の満足度やパフォーマンス、モチベーションなどが向上しやすいと考えられます。また、普段の上司と部下の関係性や文化も考慮すると良いかもしれません。
また、フィードバックによって受け手が自己防衛的な反応をしてしまうことを考慮しつつ、将来の改善のために建設的な話し合いをしようという認知が作れると、フィードバック内容は受け入れやすく、今後の行動変容にもつながりやすいでしょう。
ぜひ、みなさんの職場でのフィードバックに役立ててもらえたら幸いです。
筆者:菅原
参考文献
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