芸術とウェルビーイング | 芸術鑑賞や芸術制作が私たちのウェルビーイングに与える影響とは?
みなさんは日常のなかで、芸術に触れることはあるでしょうか?
芸術やアートと聞くと、絵画や彫刻などをイメージするかもしれませんが、それらばかりではありません。音楽を聴いたり、絵を描いたり、小説を読んだり、もっと身近なものも芸術との関わりと言えるでしょう。
このような芸術との関わりは、私たちの心や身体にどのような影響を与えるでしょうか。近年の研究では、芸術との触れ合いが、単なる娯楽を超えて、私たちの健康やウェルビーイングに関連することが示されています。
本記事では、芸術を鑑賞することや芸術を制作することが、私たちのウェルビーイングに与える影響について、ヘルスケアや主観的ウェルビーイングに焦点を当てた研究をご紹介します。
芸術鑑賞とウェルビーイング
芸術とウェルビーイングに関する研究観点の一つは、「芸術を鑑賞すること」が与える影響を明らかにすることです。芸術鑑賞による影響は、ヘルスケアや主観的ウェルビーイングの観点から検証が重ねられています。
芸術鑑賞とヘルスケア
芸術鑑賞とヘルスケアの関係について、美術館における芸術鑑賞が治療として有益であることがいくつかの研究で示されています。
例えば、認知症患者とその介助者を対象とした研究では、8週間にわたる美術館を拠点とした介入を通して、認知能力の改善が見られました。さらには、生活の質や社会に受け入れられている感覚の向上も確認されました(Camic et al., 2014)。
美術館やギャラリーは、病院や介護施設などに対して「治療の場」としての偏見が少なく、個人による内省と集団のコミュニケーションが促進される性質をもつため、ヘルスケア介入の場として有益に機能しやすいと考えられています(Camic and Chatterjee, 2013)。
また、芸術鑑賞はストレス低減にも作用することが示されています。
Clow & Fredhoi (2006) は、美術館へ訪問したロンドン市職員28名は、唾液中コルチゾールと自己申告のストレスの両方の値が有意に減少したことを報告しました。つまり、美術館への訪問には、客観的にも主観的にもストレスを低減させる効果があったと言えます。
他にも、美術館や博物館、映画館、劇場、音楽ライブなどの文化的活動への参加は、若年世代の肥満(Cuyper et al., 2012)、がん死亡率(Bygren et al., 2009)の低さとも関連することが示唆されています。
このように、芸術を鑑賞することは、認知機能やストレスへの影響を中心に、さまざまなヘルスケアの側面と関連する可能性が検討されています。
芸術鑑賞と主観的ウェルビーイング
芸術鑑賞は、疾患の治療やその予防だけでなく、健常な人々の主観的ウェルビーイングにも影響を与えることが示されています。
Totterdell & Poerio (2021) は、美術館や劇場への訪問といった伝統的な芸術鑑賞に限らず、テレビドラマの視聴や読書などの日常的な活動も含む、芸術との関わりについて研究しました。
実験参加者50名が10日間にわたってスマートフォンで1日2回アンケートに回答した結果を分析したところ、半日の間に芸術との関わりに費やした時間は、感情的ウェルビーイング、人生満足度、人生の意味に対して、有意にポジティブな影響を示しました。
特に、ライブ・アート(ライブ音楽、ダンス、演劇)との関わりはすべてのウェルビーイング指標を正に予測し、ビジュアル・アート(絵画、写真、彫刻など)および文学アート(小説、コミック、詩)との関わりは人生の意味のみを正に予測しました。
このように芸術鑑賞が主観的ウェルビーイングに影響を及ぼすのには、芸術作品が「畏敬の念」を引き起こすことが関連すると考えられています(Silivia et al., 2015)。
※畏敬の念については、以下の記事をご参照ください。
芸術制作とウェルビーイング
芸術とウェルビーイングに関する研究のもう一つの観点は、「芸術を制作する(表現する)こと」が私たちにどのような影響を与えるかという点です。
芸術制作とは、絵や彫刻を制作するなど、具体的な作品を作ることだけでなく、楽器の演奏やダンスなど、道具や身体を使った自己表現も含まれます。
芸術制作とヘルスケア
芸術を制作することがヘルスケアに活用される例として、クリエイティブ・アーツ・セラピーが挙げられます。
クリエイティブ・アーツ・セラピーとは、創造的な芸術行為を通した自己表現を行い、そのプロセスを通して、主に個人の心理的・感情的な問題をサポートする心理療法を指します。
クリエイティブ・アーツ・セラピーでは、さまざまな種類の芸術活動が活用されており、絵を描くことやダンス、楽器の演奏、演劇などがあります。
クリエイティブ・アーツ・セラピーは、がん患者における痛みや不安の軽減(Madden et al., 2010; Puetz et al., 2013)や、うつ症状の軽減(Dunphy et al., 2019)、PTSD患者の過覚醒や回避行動の軽減(Westrhenen et al., 2019)など、さまざまな効果が検証されています。
芸術制作と主観的ウェルビーイング
芸術を制作する行為は、疾病を持たない人々にとっても肯定的な効果が期待できます。
Lange et al. (2018) は、実験参加者に芸術制作に取り組むための材料を用意した空間で、8分間、芸術活動に取り組んでもらい、心理的影響を評価しました。空間には、絵を描くための道具や楽器、身体を動かせるスペースなどが用意されました。
その結果、芸術活動後、参加者の自己効力感と主観的なウェルビーイングが有意に向上しました。また、創造的な体験を測定する尺度による影響を評価した結果、創造的な体験の感覚が自己効力感やウェルビーイングへの影響を媒介したことが示されました。つまり、創造的な行動ができているという実感は、私たちのウェルビーイング向上に寄与すると考えられます。
※創造性とウェルビーイングの関係については、以下の記事でもご紹介しています。
他にも、芸術制作における創造的な活動が、社会的・情緒的なつながりを深め、孤独感の軽減に寄与するなど、社会的な観点からも研究が進められています(Lomas, 2006; Gorny-Wegrzyn & Perry, 2022)。
まとめ
芸術とウェルビーイングの関係について、これまでの研究から多くの知見が得られています。芸術の鑑賞や制作活動は、ストレスの低減や自己効力感の向上、主観的ウェルビーイングの向上などに寄与することが報告されています。
芸術やアートと聞くと、取っつきにくいイメージを持つ人もいるかもしれませんが、音楽ライブや映画、小説などの身近な活動も、人生の意味などに寄与する可能性があります。
さらに、クリエイティブ・アーツ・セラピーのように、ヘルスケアの一環として芸術を取り入れることで、うつ症状や痛みの軽減など、具体的な効果が得られることも示されています。
みなさんも、日常の中でアートや芸術の鑑賞や制作を楽しんでみてはいかがでしょうか?
(執筆:菅原)
参考文献
Camic, P. M., Tischler, V., & Pearman, C. H. (2014). Viewing and making art together: a multi-session art-gallery-based intervention for people with dementia and their careers. Aging & mental health, 18(2), 161-168.
Camic, P. M., & Chatterjee, H. J. (2013). Museums and art galleries as partners for public health interventions. Perspectives in public health, 133(1), 66-71.
Clow, A., & Fredhoi, C. (2006). Normalisation of salivary cortisol levels and self-report stress by a brief lunchtime visit to an art gallery by London City workers. Journal of Holistic Healthcare, 3(2), 29-32.
Cuypers, K., De Ridder, K., Kvaløy, K., Knudtsen, M. S., Krokstad, S., Holmen, J., & Holmen, T. L. (2012). Leisure time activities in adolescence in the presence of susceptibility genes for obesity: risk or resilience against overweight in adulthood? The HUNT study. BMC Public Health, 12, 1-10.
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Westrhenen, N., Fritz, E., Vermeer, A., Boelen, P., & Kleber, R. (2019). Creative arts in psychotherapy for traumatized children in South Africa: An evaluation study. PLoS ONE, 14.
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