【論文紹介】日本人のウェルビーイングにおける感謝と自尊心 -感情体験と一日の評価
現在、ポジティブ心理学という研究分野を中心に、「感謝」と「ウェルビーイング」の関係性に焦点を当てた研究が増えています。
特に、アメリカを中心に「感謝の感じやすさ(感謝の気質)が高いほどウェルビーイングが高い」、「感謝をする介入をするとウェルビーイングが高まる」などの研究結果が報告されています。
しかし、上記のようなことを日本人に対して検証しても、なかなか同じようには再現されないことが指摘されています。その理由として、文化的背景が異なることなど、さまざまな要因の影響を受けることが考えられます。
また「ウェルビーイング」と言っても、人生満足度を指すことや長期的なウェルビーイングに関連する要素を指すこともあり、それぞれ場合によって影響が異なります。
今後、ウェルビーイングがより注目される際に、日本人にとって、どのような介入方法がどのようなウェルビーイングに対して効果的なのかを知ることは重要になるでしょう。
今回は、感謝の気質・自尊心・楽観性に焦点をあてて、それぞれの特性が日本人のウェルビーイングにどのような影響を与えるか検証した研究をご紹介したいと思います。
調査内容
Nawa & Yamagishi (2023) は、日本の大学生を対象として調査し、以下のような内容をアンケートで測定しました。
ウェルビーイング
人生満足尺度 (SWLS) :自分の人生に対してどれくらい満足しているか、理想の状態に近いかを測定
主観的幸福感尺度 (SHS) :自分は幸福な人間であると思うかを測定
心理的ウェルビーイング (PWB) :自律性、環境制御力、人格的成長、良好な他者関係、人生の目的、自己受容の6項目を測定
個人特性
感謝の気質 (GQ-6) :感謝をどれくらい感じやすいかを測定
自尊心 (SE) :自分自身をどれくらい肯定的に捉えているか、自尊心を持っているかを測定
楽観性 (LOT-R) :楽観的に考える傾向にあるか、良いことが起こると思うかを測定
この調査結果を分析して、どのような個人特性がどのようなウェルビーイングに関係するか検証しました。
また上記のアンケート調査に加えて、4週間「一日の評価」の記録もしてもらいました。一日のなかで「ポジティブな出来事」と「ネガティブな出来事」と評価し、全体として「良い一日だったか」を記録しました。これらの記録も合わせて、個人の特性が一日の評価に与える影響も検証しました。
感謝は心理的ウェルビーイングに、自尊心は人生満足度に
分析の結果、「感謝の気質」が高いことは人生満足度にはあまり影響がなく、主観的幸福感や心理的ウェルビーイング(特に、良好な他者関係や人格的成長、人生の目的)に影響をしていました。
なかでも、感謝の気質は、良好な他者関係をはじめとした心理的ウェルビーイングの高さを強く予測することが示されました。
また、「自尊心」は人生満足度、主観的幸福感、心理的ウェルビーイング(特に、自己受容や自律性、環境制御力、人格的成長)にポジティブな影響を与えることが示されました。特に、自尊心が高いことは心理的ウェルビーイングよりも人生満足度が高いことを強く予測することが明らかになりました。
一方、「楽観性」が高いことは心理的ウェルビーイングの自己受容にのみ影響していました。
つまり、個人の特性のなかで、感謝を感じやすいことは良好な他者関係などの心理的ウェルビーイングが高まることに作用しやすく、自分のことを肯定的に捉える(自尊心が高い)ことは人生満足度の向上に影響しやすいことが示されました。
感謝を感じやすいと、その日の出来事が一日の評価に影響しやすい
上記のアンケート調査の結果に加えて、4週間記録した「一日の評価」のデータを合わせて分析を行ったところ以下のことが分かりました。
一日によりポジティブな出来事があるほど、その日を「良い日だった」と評価する傾向にある
感謝の気質が高いほど、上記のポジティブな出来事が一日の評価に影響を与えやすい
自尊心が高いほど、その日のポジティブな出来事が一日の評価に与える影響は小さい
つまり、感謝を感じやすい人はその日の感情体験が直接的に一日の充実感につながりやすく、自尊心が高い人の一日の評価は感情体験にあまり依存しない可能性が示されました。
その日の体験が一日の評価に影響しやすい方が良いかは、人によって意見が異なる部分だと思いますが、感謝の気質と自尊心の両方が高いとポジティブな出来事から幸せを受け取りやすく、かつ安定して高い充実感を得られるかもしれませんね。
まとめ
日本人のウェルビーイングにおいて、感謝の効果は人生満足度のような指標には表れにくいものの、長期的なウェルビーイングに重要だと考えられている心理的ウェルビーイングには影響するようです。
また自尊心が高いことと、感謝を感じやすいことのどっちの方が良いということではないので、自分の今の状態には何が必要なのか考えてそれぞれ高めていくことが良いかもしれません。
感謝の感じやすさについては、いきなり高まるものではありません。日々、感謝することを意識するなかで少しずつ感謝を見つけることができるようになっていきます。
日々ポジティブな出来事や感謝を探すことで、短期的にも中長期的にもウェルビーイングが高まることに繋がるかもしれません。
(筆者:菅原)
参考文献
Nawa, N. E., & Yamagishi, N. (2023). Gratitude, self-esteem, and optimism distinctively impact the subjective and psychological well-being of Japanese individuals. https://doi.org/10.31234/osf.io/rcp6w