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World Happiness Reportから読み解く日本のウェルビーイング – 危機的状況における日本のウェルビーイング

World Happiness Reportとは

World Happiness Report (世界幸福度報告) とは、国際連合の持続可能開発ソリューションネットワークが発行する幸福度調査のレポートです。レポートは2012年から毎年 (2014年を除く) 公開されており、世界各国のウェルビーイングを捉え、国家間で比較できるものとして広く知られています。

今回は2023年版のWorld Happiness Reportのうち、「日本の幸福度」に焦点を当てて整理したいと思います。本記事では、①日本の幸福度の現状、②日本の幸福度要因の特徴、③日本の幸福度の変化の3つについて説明します。

日本の幸福度の現状

World Happiness Reportでは、毎年、幸福度ランキングを発表しています。このランキングは、過去3年間の幸福度(人生評価)の平均値からスコアが算出されます。2023年のスコアは、2020~2022年の調査結果から計算されています。世界中でCOVID-19が流行した3年間の影響が全期間反映されていることが注目ポイントです。

『World Happiness Report 2023』より作成

2023年版レポートの日本の幸福度ランキングは47位で、幸福度スコアは6.129点でした。2021年は56位 (5.940)、2022年は54位 (6.039) と、近年は順位・スコアともに上昇傾向にあります。COVID-19の影響を受けたこの期間に、幸福度が向上したのは注目すべきポイントです。

この幸福度スコアはキャントリル・ラダーと呼ばれる現在の人生を0~10の11段階で評価するもので得られており、ここ数年の日本の幸福度スコアは6点前後を推移しています。人生の評価として「真ん中かそれよりは少し上」というのが、現在の日本人の平均的な回答と言えます。1位フィンランドの幸福度スコアは7.804点で、1.6点以上の差があります。

このような結果を示すと、「今の日本には何が足りないか」という議論になりやすいのですが、結果を適切に評価するには文化的背景なども考慮する必要があります。たとえば、キャントリル・ラダーなどの幸福度測定は欧米文化圏で作成されており、東アジア諸国などでは低い回答になりやすい傾向が指摘されています。

日本の幸福度関連要因の特徴

World Happiness Reportでは、幸福度スコアと強く関連する要因として以下の6要因を挙げています。レポートでは、この6要因によって、幸福度スコアの約3/4を説明することができるとしています。

1. 一人当たりGDP / GDP per Capita
… GDPを人口で割った値(対数補正)
2. 社会的支援 / Social Support
… 困ったときに頼れる人がいるかどうか
3. 健康寿命 / Healthy Life Expectancy
… 出生時の健康寿命の推定値
4. 人生選択の自由 / Freedom to make Life Choices
… 人生における選択の自由に満足しているか
5. 寛大さ / Generosity (寄付の多さ)
… 過去1か月間の寄付の有無(一人当たりGDPで補正)
6. 腐敗の認知 / Perception of Corruption
… 政治やビジネスに腐敗を感じているか

※6要因の詳細については以前のレポートでも紹介しているので、よろしければご覧ください。

日本におけるこれら6つの要因が、世界でどのような順位にあるかをまとめました。幸福度スコアに関係するとされるポジティブ感情の多さ/ネガティブ感情の少なさも一緒に載せています。

『World Happiness Report 2023』より作成

日本の幸福度ランキングの47位を基準として見てみると、一人当たりGDP (29位)、社会的支援 (36位)、健康寿命 (2位)、腐敗の認知の少なさ (29位)、ネガティブ感情の少なさ (8位) の5要素は幸福度ランキングよりも高い位置にあります。日本の健康寿命が世界トップクラスにあるのは皆さんご存じだと思いますが、一人当たりGDPや困ったときに助けてくれる人がいるか、政治やビジネスへの腐敗の認知の少なさなどの点でも、世界全体では比較的高い水準にあります。

少し意外なのは、世界的に見てネガティブ感情が非常に少ない点でしょう。幸福度ランキングで1位のフィンランドや2位のデンマークよりも、日本のネガティブ感情は少ない結果となっています。

一方で、人生選択の自由 (71位)、寛大さ (135位)、ポジティブ感情の多さ (64位) の3要素は幸福度ランキングよりも低い位置にあります。これらの要素は、今後日本の幸福度を改善する上でのヒントになるかもしれません。ただし、寛大さの要因が「過去1か月間の寄付の有無」で測定されていることなどには注意が必要です。日本では、あまり日常的に寄付をするという文化が根付いていないため、非常に低い結果が出ているという指摘もあります。

まとめると、日本は経済的に高い水準にあり、助け合いがあり、健康で、政治や企業の腐敗が少ない国と言える一方で、人生の選択に不自由さを感じ、寄付の文化がないという特徴があります。このような特徴を参考にしつつ、日本の幸福にとって重要なものを選択することで、日本人の幸福度はさらに改善するかもしれません。

日本の幸福度の変化

日本のウェルビーイングをより詳しく捉えるには、現在の結果だけでなく、もう少し長い期間で幸福度がどのように変化してきたかを捉えることも重要です。これまで公開されてきたWorld Happiness Reportの結果から、経時的変化を見てみましょう。

『World Happiness Report』より作成

2012年から2023年までの日本の幸福度ランキングとスコアを並べてみると、2016年頃から低迷していた幸福度ランキングと幸福度スコアはともに、2012~2013年頃の水準まで回復してきたことが見て取れます。また、2023年は過去最高ランクではありませんが、幸福度スコアは、2012年以降で最高得点だったことが分かります。

幸福度ランキングに使用される幸福度スコアは、過去3年間の幸福度の平均値から算出されています。例えば、2023年の幸福度スコアは、2020年~2022年に測定された幸福度を平均したものです。幸福度の変化をより直接的に見るために、単年の幸福度の推移も見てみましょう。

『World Happiness Report 2023』より作成

単年での幸福度を見ると、2011年と2020~2022年の幸福度が高いことが分かります。

では、なぜ日本の幸福度はこれらの時期に向上したのでしょうか。2011年と2020~2022年という年号を見ると、「東日本大震災」と「COVID-19流行」が思いつくのではないでしょうか。つまり、危機的状況と言える期間に幸福度が上がっているのです。これは、直感とは反する結果に思えます。

2011年の東日本大震災と日本人の幸福度に関しては、いくつか調査・研究がされています。たとえば、石野ら (2013) は、東日本大震災の影響による幸福感の変化を調査しており、震災の影響で幸福度が低下した割合は4.5%なのに対し、幸福度が上がったと割合は約28%と大幅に多かったことを報告しています。

他にも、内田 (2011) では、若者を対象に東日本大震災前後の幸福度を調査した研究で、震災前後で幸福度のあまり差はなかったものの、幸福度調査の回答時に「東日本大震災のことを思い浮かべた」と回答した人の方が、幸福度を高く回答したという結果を示しています。

また、石野ら(2013)は、東日本大震災前後で生活への満足度が変わらずとも、震災に関連した寄付した人は幸福感が上昇した傾向にあったことも報告しています。同様に、World Happiness Report 2023では、COVID-19の影響で、健康への不安が高まり、生活が大きく制限されたにも関わらず、2020年前後で世界のウェルビーイングが維持・回復した理由として「向社会行動の増加」を挙げています。向社会行動とは、寄付・ボランティアを行うことや見知らぬ他者を助けることなど、他者や社会のための自発的な行動を指します。

では、この期間で日本の向社会行動にどのような変化があったか確かめてみましょう。向社会行動として、ここでは「社会的支援(困ったときに助けてくれる人がいるか)」と「寛大さ(寄付の有無)」を考えます。なぜなら、先述の通り寄付は向社会行動の一つとされているため、また社会全体で向社会的な行動が増加すると社会的支援が増加すると考えられるからです。

『World Happiness Report 2023』より作成

幸福度(単年)と社会的支援の推移を比較すると、2009年~2011年の上昇傾向は一致するものの、2012年以降の幸福度の低下にはあまり一致していません。また、2020年~2022年はどちらも上昇傾向にあるように見えます。2009~2022年の幸福度(単年)と社会的支援の相関係数は0.26とあまり関係が強いとは言えませんが、2017~2022年だけで見ると相関係数0.72と関係がありそうに思えます。

『World Happiness Report 2023』より作成

幸福度(単年)と寛大さの推移についても比較すると、2009年から2018年までの推移は、熊本地震で寄付が増加した2016年を除いて、比較的近いように見えます。一方で、2020年以降の幸福度の上昇に対しては、寛大さの上昇は小さく見えます。相関係数を見てみると、2009~2022年では0.29と相関があるとは言えませんが、2009~2018年に絞ってみると0.78と強い相関があります。

これらのデータを踏まえて考えると、社会的支援と寛大さ(寄付の有無)だけで日本の幸福度の変化を説明することは難しいですが、部分的には影響を与えている可能性もありそうです。2011年の幸福度の上昇は社会的支援・寛大さともに比較的高い水準にある一方で、2020~2022年のCOVID-19流行下では、寛大さ(寄付)は低い水準に留まっています。東日本大震災とCOVID-19流行下の幸福度の上昇では、同じ危機的状況と言っても幸福度が上昇した理由には違いがあるのかもしれません。

また震災や感染症拡大などの危機的状況下では、政府がどのような対応を行ったか、生活スタイルがどのように変化したかなど、他にもさまざまな要因が幸福度に影響を与えると考えられます。内田 (2011) で震災を思い浮かべて幸福度を回答した人ほど幸福度が上昇した傾向があったように、危機的状況を受けて現在の生活や環境をかけがえのないものと感じることが、幸福度の向上に影響する可能性も考えられます。

まとめ

今回World Happiness Reportの内容から、幸福度ランキング・スコアの現状や特徴、危機的状況の影響などの観点から、日本の幸福度について整理してみました。日本の幸福度ランキングばかりが注目されることも多いですが、幸福度スコアや関連要因の特徴、長期スパンでの推移など、多角的に日本の幸福度を議論することで日本の幸福度に発展に繋がっていくと思います。

またWorld Happiness Report自体は、世界を広い視点見た調査・分析結果を議論しているため、日本のことが個別に言及されることはほとんどありません。しかし、一緒に公開されているデータから、より詳細な知見を得ることが可能です。もし興味があれば、ぜひ公開されているデータを眺めてみてください。そうすることで、新たな発見があるかもしれません。

(執筆:菅原)

参考文献

  • Sustainable Develop Solution Network, 『World Happiness Report 2023』. United Nations, 2023.


  • 石野卓也, 大垣昌夫, 亀坂安紀子, & 村井俊哉. (2013). 東日本大震災が生活満足度と幸福感に与えた影響. Joint Research Center for Panel Studies, Keio University, DP2012-005. 河合克義 (2009)『大都市のひとり暮らし高齢者と社会的孤立』 法律文化社.

  • 内田由紀子. (2011). 日本文化における幸福感―東日本大震災後の復興を支える心理と社会システム―. 計画行政, 34(4), 21-26.