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ウェアラブル端末によってウェルビーイングは測定できるか

最近、スマートウォッチやスマートリングなど、歩数や心拍数、呼吸、血圧、睡眠などを測定できるウェアラブル端末を身につけている人をよく目にします。かくいう筆者もスマートウォッチを使用していて、ついPC画面に集中しすぎて呼吸が少なくなっているときは、「深呼吸をしましょう」とよくアラートで注意されています。

ウェアラブル端末は年々発展を遂げており、さまざまな生体情報を測定できるようになっています。心拍数や心拍変動、血圧などの生体情報は、私たちの身体の健康状態を確認できる指標です。近年では、これらのウェアラブル端末から得られた生体情報を用いて、私たちの精神的なウェルビーイングも測定・予測できないかと検討する研究が増えています。

今回の記事では、ウェアラブル端末のデータを用いた、ウェルビーイング関連研究をご紹介します。


ウェアラブル端末で測定される生体情報

ウェアラブル端末で測定できる生体情報は、技術の発展に伴って増えていますが、現在はどのような指標が測定されているのでしょうか。デバイスによって測定可能な情報は異なりますが、代表的なものをご紹介します。

歩行測定/運動測定

歩行測定は、主に加速度センサーによって、手首などの身体の動きを感知することで測定されます。歩数や歩幅などの測定に加え、GPSや心拍数などの情報と合わせることで、より正確な歩行距離や運動強度などを推定するものもあります。

心拍数

心拍数は、1分間あたりの鼓動の回数を指します。一般的に、正常な成人の安静時の心拍数は60~100回/分と言われています。心拍数は、最も重要な生体情報の一つであり、心拍数から運動強度を推定することもされています。

心拍変動

心拍変動とは、心拍の時間間隔の変化のことです。心拍のリズムは、安定しているように見えてもミリ秒単位で小さな変動があります。心拍変動は、自律神経系との関連が示されており、うつ病傾向や高ストレス負荷にある場合、心拍変動の値が低いことが報告されています。

呼吸数

呼吸数は、1分間にどれくらいの頻度で息を吸ったり吐いたりするかを表します。呼吸数は、睡眠や自律神経系とも関連が深く、心拍数、体温、血圧と並ぶ主要な生体情報と言えます。

血圧

血圧とは、血流が流れることで血管の内側にかかる圧力を指します。通常、前腕に圧力をかけることで測定します。ウェアラブル端末の中には、同様に圧力をかけて血圧測定するものや光学センサーにより血液の流れから血圧を推定するものもあります。

血中酸素濃度

血中酸素濃度は、光学センサーにより血中の酸素と結合したヘモグロビンの割合から測定されます。通常血中酸素レベルは95~100%で、90%未満は低値とされています。

睡眠

デバイスによっては、心拍数、心拍変動、呼吸、活動レベルなどのデータから睡眠をモニタリングすることができます。就寝時刻や起床時刻に加え、眠りの深さを推定するものもあります。

ウェアラブル端末からウェルビーイングは測定できるか

現在、スマートウォッチをはじめとしたウェアラブル端末により、継続的に私たちの生体情報を測定できるようになっていますが、これらのデータから私たちの精神的ウェルビーイングを測定することはできるのでしょうか?

ウェアラブル端末によって測定されたデータを用いた、ウェルビーイング測定・予測に関連した研究をいくつかご紹介します。

研究1 | 血圧測定によるポジティブ感情・ネガティブ感情の判別

ウェアラブル端末が活用される以前から、私たちがネガティブな感情を経験する際には、血圧が高くなることが報告されています。しかし、血圧の測定はこれまで専用装置が必要であったため、1日数回程度しか測定することができず、日常生活におけるネガティブ感情やストレスの原因を探ることは困難でした。

Tomitani et al., (2021) は、血圧測定が可能な腕時計型のウェアラブル端末を使用することで、普段の日常生活の中で、ポジティブ/ネガティブ感情を測定できるかを試みました。

実験参加者は、50名の外来患者(平均66.1歳)であり、モニタリング期間中は常に従来の自動血圧測定器とウェアラブル端末を装着し、自動血圧測定器は30分ごとに自動で血圧測定し、ウェアラブル端末では5時間程度ごとに血圧の自己測定をするように指示されました。使用されたウェアラブル端末はは、装着した手首を心臓の高さに合わせることで、好きなときに血圧を自己測定できます。

血圧測定時には、場所や身体活動、行動、感情状態、体位に関する質問にも回答しました。感情状態は、ポジティブ感情として幸福と平穏、ネガティブ感情として不安と緊張を自己報告しました。データ分析には、合計642件の血圧測定と感情状態のペアが使用されました。

分析の結果、ウェアラブル端末および自動血圧測定器で血圧測定したいずれの場合も、ポジティブ感情報告時もネガティブ感情報告時の方が、参加者の血圧が有意に高かったことが示されました。(最高血圧・最低血圧とも)

表1. ネガティブ感情時とポジティブ感情時の血圧の差
Tomitani et al., (2021) をもとに筆者作成

この結果は先行研究と一致しており、ウェアラブル端末による血圧測定によっても、私たちのポジティブ感情/ネガティブ感情を推定することができる可能性が示唆されました。ウェアラブル端末によって、日常的に血圧の変化を捉えることで、どのようなときにポジティブ感情やネガティブ感情が生まれるか、理解が進むかもしれません。

研究2 | ウェアラブル端末データからストレスや感情を予測する

ウェアラブル端末のデータを用いた精神的ウェルビーイングへのアプローチとして、最も多いのがストレスの推定です。心拍数や心拍変動、呼吸などのデータから、私たちのストレスを推定できることが、先行研究から示唆されています。

Saylam & Incel(2023) は、公開されているウェアラブル端末情報と質問紙測定のデータセットを用いて、機械学習によりストレスや不安、ポジティブ感情/ネガティブ感情を予測できるか検証しています。ウェアラブル端末によって生体情報を取得するメリットの一つとして、継続的にデータを取得できるため、より詳細な時間ベースの分析が可能なことが挙げられます。

Saylam & Incel (2023) は、ノートルダム大学の研究プロジェクトによってデータ収集された公開データセットを用いて分析を行いました。データセットには、757名分の56日間にわたるスマートフォンおよびウェアラブル端末の活動データと、ストレスや感情状態、睡眠、運動、パーソナリティ特性などに関するアンケートデータが含まれています。

ここでは、精神的なウェルビーイング要素として、ストレス、不安、ポジティブ感情、ネガティブ感情の4つが研究対象とされています。回帰分析により、それぞれの要素に与える影響が大きいパラメータを以下にまとめました。

表2. 精神的ウェルビーイング要素に与える影響が大きいパラメータ(一部抜粋)
※1 表中の上ほど回帰係数は大きく、影響は大きいとされる
※2 赤文字はパーソナリティ特性、青文字は睡眠関連、緑文字は運動関連パラメータを指す
Saylam & Incel (2023) をもとに筆者作成

すべてのウェルビーイング要因に大きな影響を与えるものとして、パーソナリティ特性(外向性、開放性、誠実性、協調性、神経症傾向)が上位に見られます。パーソナリティ特性の他にも、就寝時間や起床時間など睡眠関連のパラメータ、そして、運動時間(強度:高)や運動ストレス時間などの運動関連のパラメータも共通しています。またスマートフォンのアンロック時間(使用時間)は、ストレス、不安、ネガティブ感情の3つに対して影響を与えていました。

つまり、ストレスや不安、ポジティブ感情/ネガティブ感情などの精神的ウェルビーイングの要素は、パーソナリティ特性に加えて、睡眠や運動、スマートフォンの利用などに影響を受ける可能性があります。

また、Saylam & Incel (2023) ではいくつかのアルゴリズムを比較しながら、上記のデータセットからウェルビーイング要素の変化を予測できるか検証しています。予測の精度は、平均絶対誤差(Mean Absolute Error; MAE)という値で評価され、数値が小さいほど予測精度が高いことを示します。

論文内で比較されている中で、最も予測精度の高かったLSTM (Long Short Term Memory) という深層学習モデルの結果のみ表3に示しました。

表3. 過去データ日数ごとの平均絶対誤差(値が小さいほど、予測精度が高い)
Saylam & Incel(2023) をもとに筆者作成

ここでは、何日前までのデータから予測するのが良いか検証されており、不安やポジティブ感情、ネガティブ感情を予測する場合は、過去3日分のデータから予測するのが最も誤差が小さいという結果でした。

一方で、ストレスの予測には過去15日分のデータから予測するのが最良でした。このことから、ストレスの方が他の感情よりも長い期間の活動に影響を受けていることが示唆されます。

全体として、ある程度誤差はあるものの、スマートフォンとウェアラブル端末の活動データから、私たちの精神的なウェルビーイングを予測できることが示されました。予測技術が向上すれば、精神的に負荷が大きいときに早めにアラートを出したり、ウェルビーイング向上のためにオススメの行動を推薦してくれたりするかもしれません。

まとめ

私たちの生体情報を読み取ることができるウェアラブル端末のデータを用いて、精神的ウェルビーイングを測定・予測を検証した研究をご紹介しました。

心拍変動や血圧、睡眠、運動などの生体情報は、私たちの精神的ウェルビーイングと密接に関わることが報告されており、ウェアラブル端末による生体データから、日常生活の中の精神的なウェルビーイングの要素(ストレスや不安、ポジティブ/ネガティブ感情)を測定・予測することができるようになってきています。ウェルビーイングに関連した研究が進めば、日常生活の中で私たちのウェルビーイングの向上をサポートする存在になるかもしれません。

ウェアラブル端末の測定技術や予測技術などは、今後さらに発展していくと思われます。今後も注目したい研究領域です。

(筆者:菅原)

私たちの研究について
 研究開発 | NECソリューションイノベータ (nec-solutioninnovators.co.jp)

参考文献

  1. Tomitani, N., Kanegae, H., Suzuki, Y., Kuwabara, M., & Kario, K. (2021). Stress-Induced Blood Pressure Elevation Self-Measured by a Wearable Watch-Type Device. American journal of hypertension, 34(4), 377–382. https://doi.org/10.1093/ajh/hpaa139

  2. Saylam, B., & İncel, Ö. D. (2023). Quantifying Digital Biomarkers for Well-Being: Stress, Anxiety, Positive and Negative Affect via Wearable Devices and Their Time-Based Predictions. Sensors (Basel, Switzerland), 23(21), 8987. https://doi.org/10.3390/s23218987

  3. Alhejaili, R., & Alomainy, A. (2023). The Use of Wearable Technology in Providing Assistive Solutions for Mental Well-Being. Sensors (Basel, Switzerland), 23(17), 7378. https://doi.org/10.3390/s23177378

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