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【論文紹介】職場環境はウェルビーイング・生産性にどのような影響を与えるか

私たちのウェルビーイングについて考える上で、一日の中で多くの時間を過ごす職場におけるウェルビーイングについて考えることは避けては通れません。

様々な研究から、ウェルビーイングが高い従業員は、生産性が高く、欠勤率が低く、創造性やコミットメント、モチベーションが高い傾向にあることが示されており、企業としても従業員のウェルビーイングを考える重要性は高まりつつあります。

従業員のウェルビーイングを考える視点の一つとして、「職場環境」があります。物理的な職場環境が不十分であると、従業員のパフォーマンスやウェルビーイングに悪影響を与えることが報告されています。例えば、Lamb and Kwok (2016) では、職場の温度や照明、騒音による環境ストレスが、従業員のパフォーマンスを2.4%から5.8%低下させる可能性があることを示しています。

本記事では、職場環境はウェルビーイングに対してどのように影響を与えるのか、ウェルビーイングに良い影響を与える職場環境としてどのようなものが考えられるかについて、学術論文で報告されている研究結果をもとにご紹介します。


在宅勤務環境とウェルビーイング

Ekpanyaskul et al. (2023) は、職場環境の一つとして「在宅勤務」における職場環境が私たちのウェルビーイングや生産性に対して、どのように影響するかを検証しました。

IT技術の発展とCOVID-19流行の影響を受けて、世界の多くの企業において在宅での勤務が採用されるようになりました。しかし、多くの就業者の自宅は、仕事をする前提に設計されているとは言えず、必ずしも仕事をするための十分な職場環境が整っているわけではありません。このような在宅勤務における不十分な職場環境は、従業員にストレスを引き起こし、ウェルビーイングや生産性に悪影響を与える可能性があります。

Ekpanyaskul et al. (2023) では、COVID-19流行下にあった2020年5月~6月に在宅勤務を行っていたタイ人を対象にした、無差別抽出によるオンライン調査を行いました。参加者は、職場である自宅の室内環境品質や職場状況、シックハウス症状、職務ストレス、仕事の生産性、主観的ウェルビーイング(幸福感・満足感・うつ病・不安などを含む)を回答しました。

調査結果について、因果関係を分析するパス解析(SEM)を行った結果、下図のような結果が得られました。

まず室内環境品質の問題は、シックハウス症状を一部媒介して、職務ストレスを高める影響がありました。また不十分な職場状況も職務ストレスに影響を及ぼすことが示されています。そして、職務ストレスと不十分な職場状況は、仕事の生産性に対して負の影響があることが示されました。

図. SEM分析結果
Ekpanyaskul et al. (2023) から筆者作成

これらのことから、温度や照明、騒音などに対する不快感(室内環境品質)や仕事をするための設備や環境が整っていないこと(不十分な職場状況)は、従業員のストレスに繋がることで、生産性を低下させてしまう可能性が示されました。

また自己評価の生産性は、従業員のウェルビーイングに対して有意な直接的効果があることが示されています。つまり、生産性高く仕事に取り組めていると感じることは、従業員の幸福感や満足感、ワークライフバランスなどを高め、うつ病や不安を低下させる可能性があります。

ウェルビーイングが高い人ほど生産性が高いという研究もありますが、こちらの研究では、職場環境から生じるストレスが生産性低下の自覚に繋がり、結果としてウェルビーイングの低下に作用することが示唆されています。

この研究はタイの在宅勤務就業者を対象としています。タイと日本では、居住環境や文化、個人特性などが異なると考えられるため、日本でも同様の結果が得られるかは不明です。
とはいえ、日本においても従業員が在宅勤務する職場環境が十分に整備されていなければ、従業員のストレスは高まり、生産性やウェルビーイングの低下に繋がってしまうかもしれません。

職場環境における自然

不十分な職場環境が私たちの生産性やウェルビーイングに悪影響を及ぼすことをご紹介しましたが、私たちの生産性やウェルビーイングにとって「良い職場環境」とはどのようなものが考えられるでしょうか?

従業員に良い影響を与える職場環境として、「自然環境」に焦点を当てた研究があります。

一般に、自然環境を見たり、触れたりすることは、精神的疲労や注意力、認知能力の回復を促進するとされています。さらに、血圧調整や心拍数、コルチゾール(ストレスホルモンの一種)などにも、ポジティブな効果があることも報告されています。

職場においても、自然環境が従業員のウェルビーイングや生産性にどのような影響を与えるか検証されつつあります。職場における自然との関わりとしては、休憩時の自然へのアクセス、屋内の植物や水槽、自然が見える窓、人口植物や絵画・写真・映像、自然の音などが検討されています。

このような職場環境における自然の効果を検証した論文をまとめたレビュー論文が発表されているので、今回ご紹介します。

Goncalves et al. (2023) は、論文検索サイトで「自然環境」「職場」「オフィス」「仕事のウェルビーイング」「生産性」などの単語が含まれる論文を検索し、ヒットした1,225件の論文を確認し、基準を満たした16件の論文について分析しました。

分析の結果、16件の研究のうち9件は自然の音(鳥のさえずり、水の音など)や視覚刺激(自然の風景や植物の画像)など、疑似的な自然を用いた研究でした。残りの研究は、窓からの眺めや眺める頻度、実際の自然へのアクセスや頻度などの要因を考慮した研究でした。

また16件の論文のすべてにおいて、自然に触れることによる有意な回復的効果が示されています。ここからは自然との関わりの種類ごとに、どのような研究結果が示されているかご紹介します。

実際に屋外の自然に触れる

オフィスの敷地内や近所に、庭や公園などあれば、仕事の休憩時に実際の自然に触れることができます。

Lottrup et al. (2012) の研究では、職場内の緑地への物理的または視覚的なアクセスの良さが、従業員の良好な職場態度やストレスの低さに影響することが示されました。また、Korpela et al. (2017) の研究では、841名の就業者を対象とした調査を実施した結果、自由時間に自然の中で身体活動をすることは、1年後の活力を有意に予測しました。

窓から自然を眺める

窓から見える自然の景色を眺めるということも、職場における自然との関わり方の一つと言えます。

窓から自然を見ることの効果を検証した研究として、Pati et al. (2008) は、看護師のサンプルにおいて、窓から眺める観察時間は、覚醒度と急性ストレスに2番目に影響する因子であると報告しています。覚醒度が変わらない、または向上した看護師のうち、60%近くが屋外や自然に接していました。一方で、覚醒度が下がり、注意力が低下した看護師の67%は、景色を見ないか、自然でない景色しか見ていなかったことが報告されました。

自然の音を聴く

自然への触れ方は、物理的または視覚的な体験のほかに、聴覚による体験もあります。

Ma and Shu (2018) の研究では、擬似的なオフィス環境下における、音の種類に関する調査をしています。その結果、足音や交通騒音、空調の音ではなく、水の流れる音や鳥のさえずりにさらされた後、参加者のイライラや疲労が有意に改善したこと報告されています。また、断続的な音よりも連続的な音の方が、上記のような効果が大きかったことも示されています。

擬似的な自然との関わり

仮想現実(VR)などの技術の発展もあり、没入型の擬似的な自然体験の影響を評価した研究も増加しています。VRなどを用いた研究の良いところは、細かく実験条件をコントロールしやすいことにあります。

例えば、Yeom (2021) やLei et al. (2021) では、職場の適切な緑の割合について議論しています。Yoem (2021) では、壁全体を植物などの緑で埋めた場合、混乱や閉塞感などに関連する否定的感情が生じるとしています。また、Lei et al. (2021) は、仮想空間上での緑(自然)の割合が0%, 0.2%, 5%, 12%, 20%の場合を比較し、0.2%や5%の場合では心理的・生理的効果が見られず、20%では心理的反応が過剰だったことから、心理的・生理的・生産的に最適な緑被率は12%であると報告しています。

このように様々な条件によって、職場環境における自然の効果が検証されています。自然との関わり方によって影響は多少異なってきますが、全体として心理的なストレスや疲労からの回復効果、集中力や生産性の向上効果があるとされています。

まとめ

本記事では、職場環境が私たちの生産性やウェルビーイングに対して、どのような影響を与えるのかご紹介してきました。

在宅勤務環境をはじめ、職場環境が十分に整っていないと、従業員のストレスに繋がり、生産性やウェルビーイングを損なう可能性があります。

一方で、従業員にとって良い影響をもたらす職場環境の例として、自然環境に関連した研究をご紹介しました。職場環境において、自然との関わりはストレスや生産性にポジティブな影響を与えることが示されています。

自然との関わり以外にも、私たちがウェルビーイングに働くための職場環境の要素はあると思います。自分自身にとってどのような職場環境がウェルビーイングに大切か考えることは、ウェルビーイングに働く第一歩になるかもしれません。

(執筆者:菅原)


【お知らせ】
「THE WELL-BENG WEEK 2024」での発表を予定しています。ご興味のある方はぜひご参加ください。

【私たちの研究について】

参考文献

  1. Lamb, S., & Kwok, K. C. (2016). A longitudinal investigation of work environment stressors on the performance and wellbeing of office workers. Applied ergonomics, 52, 104–111. https://doi.org/10.1016/j.apergo.2015.07.010

  2. Ekpanyaskul, C., Padungtod, C., & Kleebbua, C. (2023). Home as a new physical workplace: a causal model for understanding the inextricable link between home environment, work productivity, and well-being. Industrial health, 61(5), 320–328. https://doi.org/10.2486/indhealth.2022-0083

  3. Gonçalves, G., Sousa, C., Fernandes, M. J., Almeida, N., & Sousa, A. (2023). Restorative Effects of Biophilic Workplace and Nature Exposure during Working Time: A Systematic Review. International journal of environmental research and public health, 20(21), 6986. https://doi.org/10.3390/ijerph20216986

  4. Lottrup, L., Grahn, P., & Stigsdotter, U. K. (2013). Workplace greenery and perceived level of stress: Benefits of access to a green outdoor environment at the workplace. Landscape and Urban Planning, 110, 5-11. https://doi.org/10.1016/j.landurbplan.2012.09.002

  5. Korpela, K., De Bloom, J., Sianoja, M., Pasanen, T., & Kinnunen, U. (2017). Nature at home and at work: Naturally good? Links between window views, indoor plants, outdoor activities and employee well-being over one year. Landscape and Urban planning, 160, 38-47. https://doi.org/10.1016/j.landurbplan.2016.12.005

  6. Pati, D., Harvey, T. E., Jr, & Barach, P. (2008). Relationships between exterior views and nurse stress: an exploratory examination. HERD, 1(2), 27–38. https://doi.org/10.1177/193758670800100204

  7. Ma, H., & Shu, S. (2018). An experimental study: The restorative effect of soundscape elements in a simulated open-plan office. Acta Acustica United with Acustica, 104(1), 106-115. https://doi.org/10.3813/AAA.919150

  8. Yeom, S., Kim, H., Hong, T., Ji, C., & Lee, D. E. (2022). Emotional impact, task performance and task load of green walls exposure in a virtual environment. Indoor air, 32(1), e12936. https://doi.org/10.1111/ina.12936

  9. Lei, Q., Yuan, C., & Lau, S. S. Y. (2021). A quantitative study for indoor workplace biophilic design to improve health and productivity performance. Journal of Cleaner Production, 324, 129168. https://doi.org/10.1016/j.jclepro.2021.129168