思い込みが「空気」をつくる? -多元的無知の紹介
みなさんは「多元的無知」という言葉をご存知でしょうか。
多元的無知は、社会心理学などの分野で用いられる「集団の多くの成員が、自らは集団規範を受け入れていないにもかかわらず、他の成員のほとんどがその規範を受け入れていると信じている状態」を指す概念です。
わかりやすく言うと、「このルール変えた方が良いのにな…」「これって本当に正しいんだっけ?」とみんなが感じているにもかかわらず、「きっと私以外の人は良いと思っているんだろう」「みんな受け入れているから正しいんだろう」などと思い込んでしまい、結局みんな受け入れてしまっている状態のことです。
本記事では、多元的無知について具体例を交えながら、ご紹介していきたいと思います。
「裸の王様」と多元的無知
多元的無知の例をひとつ挙げます。
童話「裸の王様」では、正直者にだけ見えるという布で作られた服を着ているという王様に対して、市民はみんな王様が裸に見えているのに「王様が裸だ!」とは言い出せません。
なぜ誰も王様が裸であると言い出せないのか。
それは「多元的無知」が起こっているからです。
みんな裸に見えていても、誰も「裸に見える」と言い出すことでまわりの人々からバカにされたくないので言い出しません。
そして、誰も言い出さないという状態自体が「みんなには見えているんだろう」という思い込みを助けるので、なおさら誰も言い出すことができなくなってしまいます。
多元的無知が「空気」をつくる
「裸の王様」の例と同じような現象が、私たちの周りでも起きているかもしれません。
仕事を進める中で、「なんとなくみんなそうしているから」「今までこうやってきたから」と受け継がれている「空気」のようなものはありませんか?
もちろん「空気」の中にも、組織やチームとして活動するうえで、ポジティブに働くものもあります。一方で、みんな心の中では「嫌だな」「無意味だな」と思っているものもありそうです。
例えば、日本人を対象とした調査では、人々は「残業をすべきだ」「男性は育児休業を取得してはいけない」と考えていると、多くの人が過剰に思い込んでいることを示唆しています (宮島, 2018; 宮島・山口, 2018)。
このような過剰な思い込みから、実際に残業をしたり、育児休業制度を使用しないと言った行動を取ると、それを見た人々も定時に帰宅したり、育児休業を取得したりすることが難しくなってしまうかもしれません。
こういった多元的無知による負のループが、私たちの身の回りに潜んでいて、私たちの思考や行動を制限しているかもしれません。
多元的無知から脱するために
多元的無知から脱するための方法についての研究は、まだまだ少ないのが現状です。しかし、日常でのちょっとした意識から、多元的無知は解消できるかもしれません。
「このルールちょっとおかしくない?」と言い出してみると、案外みんな「自分もそう思ってた!」なんてことになるかもしれません。
ただし、このように言い出すのは、かなりの勇気が必要で、お互い信頼関係ができていないとなかなか難しいのが現実です。
まずは、ちょっとした気になることでも言い合える、心理的安全性の高いチーム作りが必要かもしれません。
(筆者:菅原)
参考文献
宮島健. (2018). 残業規範知覚と意見表明との関係における心理的安全風土の調整効果. 組織科学, 52(2), 4-17.
宮島健, & 山口裕幸. (2018). 印象管理戦略としての偽りの実効化: 多元的無知のプロセスにおける社会的機能. 実験社会心理学研究, 58(1), 62-72.