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Happinessが「真の幸福」とされない理由 ポジティブ心理学におけるHappinessとwell-being

Happinessとwell-beingは異なる概念

Happiness、well-beingともに、翻訳ツールを使うと「幸福、幸せ」と日本語訳されます。
いずれも日本語訳として間違ってはいませんが、ポジティブ心理学の分野ではHappiness、well-beingを明確に区別しており、well-being=幸福と言ってしまうと語弊が生じることがあります。(私たちが”well-being”や”ウェルビーイング”といった横文字表現をするのも、適切な日本語訳が見当たらないというのも大きな理由の一つなのです!)

本記事では、ポジティブ心理学における幸福の理論を二つご紹介し、Happinessとwell-beingの違いについて整理していきます。そして、ポジティブ心理学においてHappinessの追求が真の幸福とは言えないと考えられている理由についてもご紹介します。

Well-being理論①:PERMA

前回の記事で、ポジティブ心理学における幸福の理論の一つとしてPERMAについて少し紹介しました。
今回は、マーティン・セリグマン博士の著書「Flourish: A Visionary New Understanding of Happiness and Well-being」の内容から、PERMAについて詳しくご紹介します。

PERMAの成り立ち

PERMAは、アメリカの心理学者でポジティブ心理学の創設者であるマーティン・セリグマン博士による、well-beingに関する理論の構成要素です。
セリグマン博士は著書のなかで、従来の心理学で扱われてきた幸福はHappinessであり、Happinessだけを追求することは一元論的であると批判しています。そして、それに対する新しい幸福の理論として、well-beingの追求に関する理論を提唱し、その理論を構成する要素について、頭文字をとってPERMAと呼びました。
Happinessに関する理論とwell-beingに関する理論について、以下の表に整理してみます。

Flourish: A Visionary New Understanding of Happiness and Well-beingの表より筆者作成

セリグマン博士は、三つの理由から、Happinessに関する理論を批判しています。

まず一つ目は、Happinessは「その時どう感じるか」という気分を指すものである、ということです。
Happinessの測定では、人生満足度尺度というものを用います。人生満足度尺度では、幸福に関する5つの質問に対し1~10段階で点数をつけるという方式を採用しています。この尺度を用いた結果、幸福が数値化されたのはいいのですが、実はほとんどの人が「質問をされた時の気分」について回答しており、短期的な幸福についてしか測定ができていないということが分かってきたのです。
例えば、6歳の子供の(あまり上手ではない)ピアノ演奏を延々と聴くという選択をしたとします。それは、その時に心地よい気分になりたいからではないでしょう。親としての責任や義務感であったり、人生において意味のある行為であると思えるからこそ、そのような選択をするのです。すなわち、Happinessだけでは、人生における幸福を説明しきれないのです。

二つ目は、人生満足度という測定対象が、非常に特権的な位置づけになってしまっていることです。
先ほど述べた通り、人生満足度尺度を用いると、「気分」について測定することになります。この「気分」というものは、感じやすさが人によって異なるため、陽気で外交的な人ほど高い点数をつける傾向にあります。内向的な人であっても、他の要素での幸福を実現しているかもしれないのにも関わらず、です。
市民の幸福を実現する政治を考える際の材料としてこの理論を用いられてしまうと、Happinessを感じやすい陽気で外交的な人が優先されるようなことになりかねないのです。

最後に三つ目です。それは、Happinessが一元論的であり、人々が自分のために選択する要素を含んでいないということです。
セリグマン博士は、ポジティブ心理学は、私たちが自分自身の幸福のために「何を選ぶのか」といったことに着目する分野であり、どのように感じるかといった「気分」に着目する分野ではないと述べています。
Happinessを追い求めることは、人生満足度という単一の尺度に縛られてしまいます。そのため、本質的に強制されない、人の選択について着目しているとは言えないのです。
人々が幸福のために選択し得る要素を明確にし、幸福の種類や方法を単一でない状態にすることが必要であると述べています。

セリグマン博士自身の幸福に関する認識も、教え子からの「このままでは、人々は(当時、定義されていた)幸福を達成するためだけに生きることになってしまう」といった指摘がきっかけで変わっていったそうです。
そういった背景を知ったうえで、セリグマン博士の過去のTEDの動画を見ると、PERMA理論に至る過程が見られるようで、とても興味深いです(よく閲覧されている2004年のTED動画は、PERMA理論より以前のものです)。

PERMAの要素

well-beingの要素として成り立つためには、以下の三つの条件を満たす必要があると、セリグマン博士は考えています。

  • well-beingに貢献すること

  • 他の要素を手に入れるための手段ではなく、それ自体のために追及されること

  • 他の要素とは独立して定義および測定されること

上記を満たす要素を整理していった結果、PERMAという5つの要素となったのです。では、各要素についてご説明していきます。

P:Positive emotions(ポジティブ感情)
従来は幸福の定義そのものであったHappinessを含む、ポジティブな感情のことです。喜びや歓喜、快適さなど、主観的で短期的なものです。セリグマン博士は、Happinessのみの追求は批判しましたが、well-beingに貢献する要素の一つとしては重要であると考えています。

E:Engagement(エンゲージメント)
ここでのエンゲージメントは「フロー状態であったかどうか」です。フロー状態とは、いわゆる「夢中になっている状態」のことです。フロー状態の時には、思考や感情は存在せず、後から振りかえって初めて「充実していた」「素晴らしかった」と感じます。これらも主観的ですが、ポジティブ感情と比較して過去の状態のことを指します。

R:Positive Relationships(関係性)
セリグマン博士は、人間関係の追求は、人間の幸福の根底にあると考えています。なぜなら、ポジティブな状態や感情は、ほとんどの場合は孤独ではなく、人と関わることで成り立つからです。子供を育てる・親を介護するといったことも、短期的な喜びや快適さではなく、人との関わりそのものに幸福を見出すからこそ、行われる行動であると考えられます。

M:Meaning(人生の意義・意味)
セリグマン博士は、人生の意味とは「自己よりも大きいと信じる何らかに属し、奉仕すること」であるとしています。「自己よりも大きいと信じる何らか」とは、宗教や政治、家族といった、共通の思想や血縁などのつながりによる人の集まりのこともありますし、意味があると強く思える仕事や活動である場合もあります。

A:Accomplishment(達成感)
何かの達成とそのための努力のことを指します。これは、自分自身の成長や達成、習得など、そのものを追い求めることで得られるものです。ポジティブ感情だけを追い求めた結果の達成感だとすると、well-beingに貢献するとは言い難いのです。
例えば、勝利するためだけにスポーツをしている選手がもし負けてしまったら、これまでの努力も無意味ということになります。一方で、達成感を目的とする選手は、勝敗という結果だけではなく、試合に至るまでの努力そのものに対しても価値を見出します。

Well-being理論②:SPIRE

続いて、PERMAと同じくポジティブ心理学の分野における理論「SPIRE」についてご紹介します。今回は、提唱者であるタル・ベン・シャハー博士がSPIREについて説明した短報「The SPIRE of Happiness」の内容から説明していきます。

SPIREの成り立ち

アメリカのデンバー大学の研究チームが2011年に行った調査で、単独の幸福を重視する人ほど孤独になりやすいという結果が出ました。単独の幸福とは、Happinessのような幸福の要素の一つのことです。これは幸福の追求におけるパラドックスであるといえます。
その解決策として、幸福を多次元的かつ多面的に捉えるwell-beingの概念があげられます。タル・ベン・シャハー博士は、well-beingを構成する要素として5つの要素を整理し、頭文字をとってSPIREと呼びました。

タル・ベン・シャハー博士は、HappinessとSPIREの関係を白い太陽光と虹の色の関係に例えて説明しています。SPIREの要素は虹の色のようなもので、それぞれ美しく魅力的で、肉眼で観察するのにもちょうどよい明るさです。一方、Happinessは太陽光のようなもので、非常に強い魅力を持ちますが、肉眼で観察するのには眩しすぎます。また、太陽光の白色は、スペクトル成分(虹の色)なしにはあり得ません。すなわち、幸福を適切に定義するためには、それを構成するSPIREの要素が不可欠である、と考えるのです。そして、SPIREの要素に集中することは、間接的に幸福を目指すことであり、幸福のパラドックスを回避することにつながるのです。


The SPIRE of Happinessの図より筆者作成

「SPIRE」という英単語は「尖塔」という意味があります。尖塔の頂上を目指すように、幸福に近づいていくというメッセージも込められています。

SPIREの要素

タル・ベン・シャハー博士が整理したSPIREの要素は、以下のようなものです。

S:Spiritual well-being(精神的ウェルビーイング)
個人的に意義のある仕事に従事するなど、目的意識や人生の意味を見出すことを指します。宗教、特に神への信仰と結び付けて考えることもできますが、宗教とは無関係に、精神的ウェルビーイングを満たすことも可能です。

P:Physical well-being(身体的ウェルビーイング)
身体的に健康で活力があることを指します。具体的な行動としては、定期的な運動や健康的な食事などが当てはまります。幸福は心と身体のどちらか一方に依存するのではなく、むしろ両方に依存しているという理解が重要です。

I:Intellectual well-being(知的ウェルビーイング)
継続的に学び、思考し、好奇心が満たされるようなことを指します。優秀な成績を納めることや、一流大学に進学するといったことを指すのではありません。

R:Relational well-being(人間関係のウェルビーイング)
大切な友人や家族と過ごしたり、同僚とのつながりを持ったり、自分自身とも健全な関係を築いている状態を指します。

E:Emotional well-being(感情的ウェルビーイング)
喜びや感謝などの感情を指します。感情は思考や行動に影響を与えるため、幸福における非常に重要な要素です。ポジティブな感情だけではなく、妬みや悲しみのようなネガティブな感情に健全に対処できるかといった視点もあります。

先ほどHappinessとSPIREの関係を相互に依存しあう関係であるとして光と虹で例えましたが、実は共通しない事象があります。赤や緑の光は、他の光の助けを受けない限り白くなりません。しかし、well-beingの要素であるSPIREにはヒエラルキーのようなものは存在せず、たとえ一つの要素であっても、その量を問わず、全体的な幸福すなわちwell-beingにプラスの影響を与えることができます。

タル・ベン・シャハー博士は、SPIREに「Affluential well-being:金銭的・物質的な幸福」を加え、ASPIREにはしないのか?といった質問をしばしば受けるそうです。Affluential well-beingをSPIREに加えない理由は明確で、他の要素と比較し、それ自体に価値があるものではない、well-beingにとっては二次的なものであるからです。
Affluential well-beingが損なわれていると、人生の意味を見いだせず、健康を損ない、学習に適した環境を得ることができず、家族や友人と過ごす機会を奪われ、大きな悲しみや不安を抱えるでしょう。いずれも幸福にとって重大な問題ですが、Affluential well-beingはSPIREを実現するための手段に過ぎないのです。つまり、重要ではありますが単なる手段であるため、他の要素とは区別する必要があるのです。

まとめ

PERMAは、ポジティブ心理学の創設者であるマーティン・セリグマン博士による、well-beingに関する理論を構成する5つの要素のことです。それは、従来の心理学における幸福=Happinessの追求という構造を批判する中で整理されました。Happinessはwell-beingに貢献する要素の一つであり、両者を明確に区別しています。
well-beingをPERMAという複数の要素で定義したことで、well-beingのための目標は単一ではなく、選択の余地があり、それぞれが本物で、それぞれに価値があるということが明らかになりました。そして、各要素を高めることで、well-beingという全体がよりよくなっていくと考えることができます。

SPIREは、同じくポジティブ心理学における理論で、タル・ベン・シャハー博士が提唱しました。単一的な幸福の追求が人を孤独にするという幸福のパラドックスに対し、SPIREという5つのウェルビーイング要素を追求していくことで、間接的に幸福を追求していくことを提案しています。さらに、「Affluential well-being:金銭的・物質的な幸福」はあくまで手段であると説明しています。

今回ご紹介した二つの理論は、いずれも「幸福=Happinessの追求」という考えを否定し、明確に区別しています。Happinessはwell-beingを構成する重要な要素ではありますが、それを単独で追及していくことは本質的ではないと考えられているのです。
「well-beingとは何か、ひとことで説明ができない」だとか、「簡単に達成できないし、そもそも何を達成したらよいのか分からない」といった悩みが生じるのは、今回ご紹介した通りwell-beingが多面的な概念だからなのでしょう。

今回はポジティブ心理学に着目したwell-being概念についてご紹介しました。今後はより古い時代の幸福に関する概念や、well-beingの測定方法などについてもご紹介していく予定です。今後の記事もぜひご覧ください。

参考文献

Seligman, M. E. (2011). Flourish: A visionary new understanding of happiness and well-being. Simon and Schuster.

Ben-Shahar, T. (2021). The SPIRE of Happiness. In: Happiness Studies. Palgrave Macmillan, Cham. https://doi.org/10.1007/978-3-030-64869-5_3

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