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インターネットの普及とウェルビーイング

はじめに

日本において2021年のスマートフォンの個人保有割合は68.5%となっており、インターネット利用率は82.9%となっています。SNSの利用率も特に若い世代において高くなっています(図1)。

図1. 日本におけるSNSの利用状況(総務省の調査結果より)

こういったなか、インターネットの利用がウェルビーイングに何らかの影響を及ぼすのではないかと懸念される方もいらっしゃるかもしれません。

以前こちらの記事で、「社会的比較」に関する研究をご紹介しました。SNSの利用目的や利用の仕方によっては、他人と自分を比べる社会的比較が生じやすくなります。Facebookの利用者を対象にした実験では、Facebookを受動的に利用することで主観的幸福感が低下すると報告されています(Philippe Verduynら, 2015)。

一方、Philippe Verduynら(2020)によるSNS利用と社会的比較に関する研究のレビュー論文では、SNSの利用が必ずしも主観的幸福感を低下させるわけではないとも指摘しています。SNSの利用とウェルビーイングの関係について、利用者や対象となるSNS、利用の仕方など特定の条件下でしか分かっていないということです。

さらに、ここ20~30年のインターネットの普及という大きな潮流と、ウェルビーイングの関係を捉えることもなかなか難しく、人々のウェルビーイングに負の影響が生じたかどうか明らかにされていません。

そこで今回ご紹介する論文(Vuorre and PrzybyIski, 2023)では、世界のインターネット利用者数とモバイル・ブロードバンド契約数の時系列データと、過去20年間のウェルビーイングに関するデータを対比させ、インターネットの普及がウェルビーイングを予測するかどうか検証しています。


インターネットの普及は本当にウェルビーイングに影響をもたらしたのか?

方法

分析対象となったのは、GBD(世界疾病負担)、GWP(ギャラップ社の世論調査)のデータです。期間は2005~ 2022年、対象者は168ヵ国の15~89歳までの2,434,203人となりました。
これらについて、ITU(国際電気通信連合)のデータベースから得たインターネット利用人口の年間比率と、モバイル・ブロードバンド契約数の年間比率を対比させました。

こういったデータは、サンプル数にばらつきがあったり、国や年齢などの間に多くの潜在的な関係性を含むため、階層ベイズ線形回帰モデルを用いて分析を行っています。階層ベイズ線形回帰モデルでは、得られたデータのサンプル数が少ないもしくは多いグループがあったとしても、各グループに共通する構造から、パラメーターの分布を安定的に推定することができます。今回は、大規模調査で得られている国によってバラつきがあるデータから推定を行い、その推定値について議論していきます。使用したモデルや事前分布など分析の詳細については論文に記載されていますので、本記事では結果の概要のみお伝えしていきます。

結果① ウェルビーイングへの影響

まず、世界におけるインターネットおよびモバイル・ブロードバンドの普及レベルと、ウェルビーイングに関するアウトカム(人生満足度、ネガティブな経験、ポジティブな経験)の20年間の変化を図2に示します。

図2. インターネット普及レベルと、ウェルビーイングの変化(推定された回帰直線)
※実際の図は、複数の回帰直線が重なったプロットで示されています

この全体像だけみると、インターネットおよびモバイル・ブロードバンド普及率の増加に対し、人生満足度、ポジティブな経験について大きな変化は見られません。ネガティブな経験はポジティブな経験の5倍増加しています。しかし、表1のインターネット普及によるウェルビーイングへの影響に関する分析結果からは、いずれも実質的には効果がないことが分かります。

表1. ウェルビーイングに関するアウトカムの推定結果
※数字は事後平均、[]内は実質的等価領域を示します。事後分布の信頼区間(パラメーターがその区間に存在する確率)が実質的等価領域に含まれる場合は実質的に効果がないとみなされます。

また、図3では、インターネット普及およびモバイル・ブロードバンドの普及とウェルビーイングに関するアウトカムの関係を示しています。これを見ると、インターネットの普及は、人生満足度、ポジティブな経験、ネガティブな経験をやや増加させるように見えます。しかし、先ほどと同様に表1の分析結果を見ると、ウェルビーイングに対する予測因子であるという説明はできません。モバイル・ブロードバンドについては負の推定値を示しましたが、ウェルビーイングに対する関係性は説明されませんでした。

図3. 国民一人当たり利用者数でみる普及の変化と対するウェルビーイングの変化(推定された回帰直線)
※縦軸は標準化されたzスコアを示します(どれだけ平均からずれているかを表します)
※横軸は前年比の普及率の平均値を示します

続いて、インターネットの普及が国家間のウェルビーイングの違いをどの程度予測するかといった国家間比較分析の結果です。

インターネットおよびモバイル・ブロードバンドの平均普及率が高い国ほど、生活満足度とポジティブな経験の平均が高く、ネガティブな経験の平均が低い傾向がありました(論文のFig2をご覧ください)。

モバイル・ブロードバンドの普及率と生活満足度の関係については、実質的な効果が認められます(表2)。ただし、国ごとにばらつきが大きく、すべての国に当てはまる普遍的な時間的な傾向ではないようでした。

表2. ウェルビーイングの国家間比較結果

そこで、国ごとの関連性を把握するために、符号検定を行っています。表3を見ると、インターネットの普及率と生活満足度の関連について、9ヵ国(5%)では正の関係、5ヵ国(3%)では負の関係、73ヵ国(44%)は関連が見られず、78ヵ国(47%)はどちらでもない、といった結果となっています。
つまり、大半の国は、インターネットの普及率とウェルビーイングの関係について、よく分からない、もしくは関連無いということです。モバイル・ブロードバンドの普及率についてもほぼ同様の結果となっています。国間で見ても、一貫した関連性は見られないといったことが分かりました。

表3. 符号検定の結果(実質的等価性領域の評価値のみ掲載)

続いて、人口統計に基づく分析結果です。
平均的な国では女性の方が人生満足度、ポジティブな経験およびネガティブな経験の増加が高くなっていました(論文のFig3をご覧ください)。しかし、表4では性別による実質的な効果は認められないことが分かります。つまり、「性別によっては、インターネットの普及によってウェルビーイングに影響を受けた」ということはないようです。一般的には、特に若い女性がインターネットの普及に伴いウェルビーイングへの悪影響を大きく受けたと言われることがありますが、この分析結果からはそのような傾向もみられませんでした。

表4. ウェルビーイングに関するアウトカムに対する性別による相互作用の評価結果

以上の分析結果をまとめると、インターネットの普及率はウェルビーイングに関する値を予測しないということになります。20年間の世界のデータに関する分析結果を見る限りでは、インターネットの普及がウェルビーイングに負の影響を与えるといった説明はできなかったのです。

結果② メンタルヘルスへの影響

さらに、インターネットの普及とメンタルヘルスの関係について見ていきます。
メンタルヘルスの指標となったのは、不安、うつ、自傷行為です。これらについて図4を見ると、ウェルビーイングに関するアウトカムに比べると経年変化がほとんどありません。また、表5の分析結果を見ても、インターネットの普及とメンタルヘルスの間には大きな関連はないということが分かります。

図4. メンタルヘルスの変化の推定結果
表5. メンタルヘルスに関するアウトカムの推定結果

メンタルヘルスについてまとめると、ここ20年間では世界的な大きな変化は見られず、インターネット普及との関連も見られないということです。

まとめ

インターネットの普及がウェルビーイングやメンタルヘルスに影響を及ぼすといったことは、冒頭でご紹介したような研究で一部説明されていました。根拠はなくとも、「インターネットやSNSを長時間利用することは良くない」と感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかし、今回ご紹介した論文における、20年間の世界のデータに関するマクロな分析結果からは、インターネットの普及とウェルビーイング及びメンタルヘルスとの関連性は認められませんでした

ただし、今回の研究結果は因果関係を証明するものではなく、あくまでインターネット普及の影響について確からしさを推定したものです。
メンタルヘルスについては客観的な測定が行われたわけではなく、実際はメンタルヘルスに関連する合併症などが生じている可能性もあります。さらに、インターネットの普及率やモバイル・ブロードバンドの普及率よりも、テクノロジー企業が収集している個人の利用データを用いることで、より詳細な分析ができる可能性がありましたが、そういったデータは開示されていません。つまり、インターネットの普及に伴う潜在的な有害性が隠れているかもしれないのです。

インターネットやSNSは私たちの生活を便利に・豊かにする側面があるのは間違いないでしょう。ですから、潜在的な有害性がある可能性を頭に入れつつ、適切に活用していくことが必要なのかもしれません。

(執筆者:丸山)

私たちの研究について
https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/rd/thema/well-being/index.html

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NECソリューションイノベータ株式会社
イノベーションラボラトリ
ウェルビーイング経営デザイン研究チーム
wb-research@mlsig.jp.nec.com

参考文献

総務省. 2022年. 令和4年 情報通信に関する現状報告の概要
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/html/nf308000.html#d0308130

Verduyn, P., Lee, D. S., Park, J., Shablack, H., Orvell, A., Bayer, J., ... & Kross, E. (2015). Passive Facebook usage undermines affective well-being: Experimental and longitudinal evidence. Journal of Experimental Psychology: General, 144(2), 480.

Verduyn, P., Gugushvili, N., Massar, K., Täht, K., & Kross, E. (2020). Social comparison on social networking sites. Current opinion in psychology, 36, 32–37.

Vuorre, M., & Przybylski, A. K. (2023). Global well-being and mental health in the internet age. Clinical psychological science, 21677026231207791.