感謝の気持ちと資源消費行動の関係
2022年1月に世界経済フォーラムにより公開された「2022年版グローバルリスク報告書」の「今後10年の深刻度から見たグローバルリスクトップ10」では、半数が環境に関わるリスクとなっており、過去と比べて環境問題が深刻であるとみなされています。
「地球環境からもたらされる資源は有限」「個人レベルでも資源の過剰消費を抑えるべき」と理解はできても、実際の行動に落とし込むことは難しいものです。なぜなら私たちは「不公平感を是正したい」「目先の利益を追求したい」といった欲求を持っているためです。
コモンズの悲劇とは
私たちが日々消費している有限な資源は、誰かが消費することで自分の取り分が減ってしまいます。一方で、自然からもたらされる資源 (例えば河川の水やそこに住む魚など) は、商品やサービスとして提供されるものでなければ、料金を支払うことなく自由に利用することができます。
「ある人が消費すると自分の消費分が減少する」「料金を支払わずとも消費することが可能である」といった性質をもつ資源をコモンズ (共有地・共有資源) と呼びます。
コモンズの悲劇という有名な現象があります。コモンズの悲劇とは、多数の個人が資源を多く使いすぎた結果として資源が枯渇し、集団にとっても個人にとっても最悪な事態を招くといったことを指します。
例としてよく挙げられるのが羊飼いの話で、羊飼いたちが個人の利益のために羊の飼育数を増やしてしまうと、共同管理している牧草地の牧草が食い尽くされ、結局はすべての羊が餓死してしまうだろう、というものです。
コモンズの悲劇を回避するためには、あらかじめルール作りや目標設定をするといった対策が取られます。環境問題に関しては二酸化炭素の排出量や水産資源の漁獲可能量の取り決めなどが該当しますが、ルールや目標だけではコモンズの悲劇を回避しきれないといった問題点があります。
そこで着目されたのが感謝です。
感謝の気持ちには「前向きな対人関係の促進」「社会的関係の構築および強化」といった効果があると知られています。これらの効果を利用することでコモンズの悲劇を回避することができるのではないか、そのような仮説を検証した研究がありますのでご紹介していきます。
実験の内容
コモンズの悲劇を再現するものとして、コンピューターを使ったポイント取りゲーム(意思決定ゲーム)を用いました。ゲームは次のように「個人の利益を最大化するための行動をするとポイントが枯渇し、結果として全員の利益が達成されなくなる」という条件のもと行われました。
ルール
実験参加者は4人1組でポイント取りゲームに参加します(実は3人は研究者によって制御されたコンピューターです)
プレイヤーは1ラウンドにつき1~10ポイントの範囲で好きなだけ取得し自分のものにすることができます
1ラウンドごとにグループの残りポイントのうち10%が補充されます
ゲーム終了後、自分の手持ち1ポイントにつき1回、200ドルの賞金の抽選に参加できます
プレーヤーの設定
実験参加者
感謝グループ:開始前に「感謝の気持ち」を抱いた時のことについて書き出す
幸福グループ:開始前に「幸福や面白さ」を感じた時のことについて書き出す
中立グループ:開始前に「典型的な一日の出来事」について書き出す
コンピューター
枯渇条件:取得するポイントを「多く」設定
持続条件:取得するポイントを「少なく」設定
この実験において、個人の利益は「賞金付きの抽選に多く参加するためになるべく多くのポイントを取得する」ということで、全体の利益は「ポイントが枯渇しないように配慮しながらチームの皆がなるべく多くのポイントを取得する」ということです。
プレーヤーが個人の利益を追求した結果ポイントが枯渇してしまう状況がコモンズの悲劇であると言えます。
通常であればコモンズの悲劇が発生すると考えられますが、感謝や幸福の気持ちによりプレーヤーの行動が変容し、異なる結果が得られるのではないか、という検証です。
感謝の気持ちは過剰な資源消費を抑制する
実験の結果、幸福グループと中立グループは枯渇条件において多くのポイントを取得する一方、感謝グループは取得するポイントを増やさないということが分かりました。
すなわち、感謝の気持ちを持った人は、資源の枯渇が危ぶまれる状況であっても自分の目先の利益だけに捕らわれた行動はとらないということです。
そして重要なのは、幸福グループでは同様の動きがみられなかったことです。感謝の気持ちは、ポジティブな感情のなかでも他者への関心を高める一方、幸福感は自分自身に対する感情であり、かつ人々の意思決定を目先の利益や快楽の獲得に集中させる傾向があるということが知られています。今回の実験結果も、そのような傾向を示したものであると推察されます。
感謝の気持ちは社会における急激な資源枯渇という状況を抑制する力の一つになり得る一方で、資源の消費を減らすわけではないという点には注意が必要です。つまり、感謝の気持ちだけではコモンズの悲劇を回避することはできないであろうということです。
しかし、現実の世界では人と人が関わり合い、感謝の気持ちによって協力体制が敷かれたり均衡が調整される可能性があります。今回の実験では、プレイヤー同士で影響を与え合い行動を変えることが不可能であったため、現実の世界とは条件が異なるということに留意する必要があります。
完全な解決は難しいかもしれませんが、環境問題のようなコモンズに関する課題に対し、一人一人の向社会的な行動の積み重ねにより取り組んでくことは手段の一つでしょう。また、それが日々の感謝の気持ちというポジティブな感情から引き起こされる行動であるとしたら、個人のウェルビーイングという観点でも良いことなのではないでしょうか。
参考文献
Kates, S., & DeSteno, D. (2021). Gratitude reduces consumption of depleting resources. Emotion (Washington, D.C.), 21(5), 1119–1123. https://doi.org/10.1037/emo0000936
The World Economic Forum. (2022). The Global Risks Report 2022.