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遺伝子と私たちのウェルビーイング | 遺伝子がウェルビーイングを決定付けるのか?

私たちが生まれてくるとき、父親と母親から遺伝子がそれぞれ半分ずつもらい、新しい遺伝子の組み合わせをもって誕生します。顔や体格などが親子で似ることは経験的に分かりますが、私たちの性格やウェルビーイングに遺伝子はどのような影響を及ぼすのでしょうか?

本記事では、「Well-being Science and Policy」という書籍の情報を中心に、私たちの遺伝子とウェルビーイングの関係性についてご紹介します。

<本記事のポイント>

  • 双子や養子の研究から、遺伝子が私たちのウェルビーイングに影響を与えることが明らかになった

  • 遺伝子は私たちの性格に影響することで、ウェルビーイングに影響する可能性がある

  • ただし、遺伝子によってウェルビーイングのすべてが決定づけられるわけでなく、環境との相互作用が考えられる

双子のウェルビーイング

遺伝子が私たちのウェルビーイングにどのくらい影響するか探る方法の一つは、「双子」を対象とした調査です。双子のなかには、一卵性双生児と二卵性双生児があります。一卵性双生児は、1つの受精卵が2つに分かれて生まれているので、ほぼ100%同じ遺伝子を持っています。対して、二卵性双生児は、2つの卵子にそれぞれ別の精子が受精して生まれているため、遺伝的には平均して50%程度同じと言えます。

図1. 双子の遺伝子の類似性

一卵性双生児同士と二卵性双生児同士のウェルビーイングの類似性を比較することによって、遺伝子がウェルビーイングにどのくらい影響するか、試算することができます。

Røysamb et al. (2018) では、50~65歳のノルウェー人の双子を対象として、性格特性 (NEO-PI-R) や人生満足度 (SWLS; Satisfaction with Life Scales) が調査され、比較・分析されました。その結果、二卵性双生児の人生満足度の相関係数は0.15だったのに対して、一卵性双生児の相関係数は0.31でした。

遺伝子が全く同じである一卵性双生児たちの人生満足度が、遺伝子が半分ほど異なる二卵性双生児たちよりも似ているということから、遺伝子が人生満足度に影響していると考えられます。

また双子を対象とした他の研究では、遺伝子が私たちのメンタルヘルスにも影響を与えることが報告されています。仮に、一卵性双生児の片方が躁うつ病(双極性障害)だった場合、双子のもう一人も躁うつ病である確率は55%です。一卵性双生児でない場合は7%なので、48%も躁うつ病の可能性が高いことになります。躁うつ病以外の精神疾患でも、同様の傾向が見られており、遺伝子は私たちの精神に大きく影響していることが分かります。

養子のウェルビーイング

双子を対象とした研究と同じように、遺伝子がウェルビーイング及ぼす影響を検証するアプローチとして、養子として育てられた子のウェルビーイングが、実父母と養父母のどちらに似るか調査する方法があります。

1960年頃までは、精神疾患は主に育つ環境や両親の行動によって引き起こされると考えられていました。しかし、1961年にオレゴン大学のレオナルド・ヘストン氏が発表した論文では、養子として育った人々を調査した結果、統合失調症については育った環境(養親)よりも遺伝的なの影響(実親)が大きいことが報告されています。

また、Tallegen et al. (1988) の結果からは、遺伝要因と環境要因のウェルビーイングに対する影響が比較できます。この研究では、同じ環境で育った一卵性双生児および二卵性双生児と、双子がそれぞれ異なる環境で育った一卵性双生児および二卵性双生児を対象として、ポジティブ感情によるウェルビーイング調査が行われました。その結果、別々の環境で育った一卵性双生児たちは、同じ環境で育った二卵性双生児よりも、ポジティブ感情の傾向が類似していたことが示されました(r=0.48)。

遺伝子がウェルビーイングに与える影響

双子や養子を対象にした調査結果から、遺伝子がなんらかの形で私たちのウェルビーイングやメンタルヘルスに影響を及ぼしていることが見えてきました。では、遺伝子によってどのように私たちのウェルビーイングは影響を受けているのでしょうか?

遺伝子を通して私たちのウェルビーイングに影響するものはさまざま考えられますが、その中でも大きな影響があるとされる一つが、私たちの「性格」への影響です。

心理学には、「開放性(openness)」「誠実性(Conscientiousness)」「外向性(extroversion)」「協調性(Agreeableness)」「神経症傾向(neuroticism)」の5つの次元によって私たちの性格を説明しようとする理論があります。この中でも、外向性と神経症傾向の2つは人生満足度と高い相関があります。

先述したRøysamb et al. (2018) のノルウェー人双子を対象にした研究では、遺伝子が性格に及ぼす影響、そして、その遺伝子による性格がウェルビーイングに与える影響も評価しています。分析の結果、人生満足度のうち、31%が遺伝的要因であり、20%が遺伝子による性格の影響であると報告しています。その他の研究でも、私たちの主観的ウェルビーイングのうち、30~40%程度が遺伝的要因によると考えられています。

図2. 人生満足度における遺伝的要因の割合
Røysamb et al. (2018)より筆者作成

2万個以上ある人間の遺伝子のうち、どの遺伝子が私たちの性格やウェルビーイングに影響しているのでしょうか?

研究者たちは、数十種類ある神経伝達物質のうち、セロトニンやオキシトシンなどが私たちの幸福感に影響することを報告しています。これらの神経伝達物質の活性や受容に関係する遺伝子の一部は、人によってバラつきがあり、その違いが性格や幸福感に影響している可能性が検討されています。しかし、これらの遺伝子はさまざまな要因と複雑に影響し合って、私たちの精神や幸福感に作用するため、まだ体系的な理解には至っていません。

ただし、近年は分子生物学的な技術の発展も伴い、遺伝子を網羅的に調べ、ウェルビーイングに影響する遺伝子の研究がされてきています。今後さらに研究が進めば、私たちの遺伝子とウェルビーイングの関係に関する理解が深まるでしょう。

遺伝子と環境

ここまでご紹介した通り、遺伝子は私たちのウェルビーイングに少なからず影響を及ぼしています。しかし、私たちの身のまわりの環境も同等かそれ以上に重要と考えられます。遺伝子が全く同じ一卵性双生児であっても、人生満足度の相関係数は0.31と弱~中程度の相関関係に留まります。図2に示した結果でも、約3分の2は環境要因またはその他の要因により影響されると報告されています。

私たちは遺伝子の影響を受けて環境を選択している側面もありますが、周囲の環境によって私たちの遺伝子がどのように作用するかも変化します。つまり、遺伝子は単独で作用するわけではなく、環境と相互作用すると考えられます。

過去の記事でも言及したように、両親(特に母親)やパートナー、学校などの社会的環境が私たちのウェルビーイングに影響を与えるという証拠があります。つまり、遺伝子によってすべて決定するわけではなく、周囲の環境を改善することで私たちはより良いウェルビーイングを見つけることができる可能性があります

まとめ

最後に、あらためて本記事のポイントを整理します。

  • 双子や養子の研究から、遺伝子が私たちのウェルビーイングに影響を与えることが明らかになった

  • 遺伝子は私たちの性格に影響することで、ウェルビーイングに影響する可能性がある

  • ただし、遺伝子によってウェルビーイングのすべてが決定づけられるわけでなく、環境との相互作用が考えられる

私たちがどのようにして幸せやウェルビーイングを感じるのか、まだまだ分かっていないことは多いですが、遺伝子がどのように作用しているか明らかになれば、その人の遺伝子に合わせたウェルビーイングの見つけ方が見えてくるかもしれません。今後も注目したい研究領域です。

「Well-being Science and Policy」には、他にもウェルビーイングに関する情報が掲載されていますので、ご興味があればぜひご一読してみてください。

(執筆者:菅原)

参考文献

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