ウェルビーイングに影響する要因は?|親・学校・SNSによる影響を中心にご紹介
はじめに
今回は、ウェルビーイングの教科書といっても過言ではない「Wellbeing Science and Policy」という書籍から、人間関係とウェルビーイングに関する章に書かれている内容を中心にご紹介します。
【この記事における重要なポイント】
親の対立や母親の精神的健康は子供のウェルビーイングに大きな影響を与える
学校は親と同じくらい子供のウェルビーイングに影響を与える
SNSの利用は、社会的比較を通じて主観的ウェルビーイングを低下させる恐れがある
「Wellbeing Science and Policy」は全文英語ではありますが、オープンアクセスで誰でも閲覧できますので、ご興味がある方はぜひご覧ください。
SNSとウェルビーイングの話題については、関連する参考文献の内容からもご紹介します。
子供のウェルビーイングに最も重要な要素『家庭』
親と子の関わり合いは、子供のウェルビーイングに特に重大な影響を与えます。発達心理学の「愛着(アタッチメント)理論」(Bowlby, 1969)によると、乳幼児期の子供は、母親などの養育者など、少なくとも1人の特定の人物と安全な心理的なつながりを築くことが重要で、生涯を通じて続く安心感や信頼感の基礎が形成されるといわれています。
愛着の形成は、成長してからの社会的な態度や、向社会行動、ウェルビーイングと相関があるといわれています。しかし、それらを正確に測定することが難しいため、愛着形成の影響は過小評価されている可能性もあります。そういった家族との関係とウェルビーイングについてご紹介していきます。
親が子供に与える影響は非常に大きい
親との関係が子にどのような影響を与えるか、人において実験的に測定することは難しいですが、動物実験では確認されています。
例えば、子供をなめるのが苦手な母ネズミの子供を、なめるのが得意な他の母ネズミの下で育てると、子のストレスは減少しました。アカゲザルの実験では、過剰に活動的な母親の子供を他の穏やかな母親のもとで育てると、子供は穏やかに育つということがありました。哺乳動物の子供にとって、母親の影響は非常に大きかったのです。
実験ではありませんが、人の孤児の成長を追跡調査した結果もあります。ルーマニアの孤児院の子供が西洋の家庭に里子に入るか、そのまま孤児院に過ごすかで、ウェルビーイングに差があったといいます。なるべく早い段階で家庭に入ったほうが、よりウェルビーイングが向上したといいます。
親からの虐待について、子供に悪影響があることは言うまでもありませんが、親同士の関係性も子供に影響を与えます。
『親同士の対立』や親の『精神的健康』、『世帯収入』などが、16歳の子供の『ウェルビーイング』、『行動』、『学業成績』にどの程度影響を与えるか、イギリスで調査が行われました(Avon両親・子供縦断調査研究;ALSPAC)。
その結果、親同士の対立は子供の幸福、行動、学業成績のいずれにもマイナスの影響を与えていました。親の精神的健康は子供のウェルビーイングに影響しますが、父親よりも母親の精神的健康が大きく影響していました。また、世帯収入は、子供のウェルビーイングにはあまり影響がなく、学業成績に影響していました。
つまり、虐待による直接的な影響だけではなく、親同士の不和などから生じる影響も、子供のウェルビーイングや成長において重要な要素ということです。
大人のウェルビーイングにはパートナーとの関係が重要
親との関係が子供のウェルビーイングに深く関わっているということでしたが、大人にとってはパートナーとのかかわりが重要な要素です。
パートナーがいる人は、いない人に比べ平均的にウェルビーイングが高くなることが知られていますが、その関係が悪化すると大きな問題となります。
例えば、アメリカにおいて、パートナー関係にある男女のうち12%が身体的暴力を相手にふるっているというデータがあります。パートナーからの暴力により、精神的・身体的な実害が発生しているのです。
パートナー関係の悪化は、主に最初の子供が生まれたときに生じると言われています。国によっては、そういった問題をカバーするために、パートナーとの愛情を維持することを目的とした親向けのクラスが設けられ、実際に効果が出ている場合もあるそうです。
(日本では「両親学級」「母親学級」等の名前で自治体などが主催していますが、抱っこの仕方やおむつの変え方など新生児のお世話がメインのクラスが多いようです。)
学校によるウェルビーイングへの影響も大きい
次に、学校が子供のウェルビーイングにどのような影響を与えるのかご紹介します。
学業面だけではない、学校や教師による影響
学校が子供のウェルビーイングにどれだけ影響を与えるかをデータをもとに計算してみると、親から受ける影響と同等の値となります。子供のウェルビーイングについて、学校も非常に重要な要素なのです。
初等教育の場合、1人の担任がいるので、教師による影響も計算することができます。教師については、学業成績への影響ももちろん見られましたが、ウェルビーイングに対する影響が大きくみられました。教師の影響でウェルビーイングが高まると、大学に進学する可能性が4%近く高くなったり、うつ病や反社会的になるリスクが低くなることも明らかになっています。
子供が学校に通うことによる影響について、就学する年齢より前の介入によっても確認されてもいます。
例えば、経済的に恵まれない子供(3~4歳)が2年間、半日学校で過ごすようにすると、成長してから逮捕される可能性が低くなり、よりよく勉強するといった結果があります。
こういった介入が本当に効果を示したのか正確にはわかりません。そこで、アメリカの教育団体であるCASELは、学校のあらゆる子供を対象とした200の介入プログラム(ウェルビーイングの向上を主目的としたものを含む)を実施し、それらの結果のメタ分析を行いました。
結果は以下の通りでした。
ウェルビーイングを改善するプログラムは、学業成績も向上させる
ほとんどのプログラムは、ウェルビーイングが低かった子供のウェルビーイングを向上する
プログラムがマニュアル化されていた方が、効果が高い
「やってはいけないこと」よりも、やる価値があることにフォーカスしたほうがよい
プログラムの効果は、時間の経過とともに薄れる
これらの結果から、学校に通うことや学校における教師の介入は、子供のウェルビーイング向上もしくは学業成績に影響を及ぼすということがわかります。
いじめとウェルビーイング
OECD諸国の15歳の子供たちの23%は、平均すると少なくとも月に数回のいじめを受けているというデータがあります。その内容は、身体的暴力、悪口や罵倒、噂の拡散、社会的排除、わいせつな行為など様々で、それらがインターネット上で行われることもあります。
いじめと主観的ウェルビーイングには負の相関があることが分かっています。さらに、いじめを受けた子供たちは精神的健康が悪化し、それが成人になっても持続するともいわれています。
日本だけではなく世界において、いじめは深刻な問題なのです。
いじめを抑止するための施策として、フィンランドのKiVaプログラムというものが有名です。KiVaプログラムでは、以下のような考えを軸としています。
いじめは友人間で有意で力のある位置に立つための競争によって引き起こされる、集団においてみられる現象である
いじめの第三者である傍観者がいじめを目撃した時に、どのような行動をとるかが、いじめの抑止において重要である
→ いじめの傍観者がいじめを目撃した時に、いじめを助長するのではなく、被害者を助ける行動をとるよう教育する
KiVaプログラムでは、最初の施行では約30%いじめが減少し、全国導入では約15%のいじめが減少したそうです。
SNSの利用はウェルビーイングにどのような影響をもたらしたか
ここからはSNSの利用がウェルビーイングに与える影響について、「Wellbeing Science and Policy」の内容に加え、他の参考資料や論文の内容からもご紹介します。
人と自分を比べる『社会的比較』
SNSの普及は私たちに様々な影響をもたらしましたが、それにはポジティブ・ネガティブの両方があります。ポジティブな点としては『情報の普及』や『孤独の軽減』が挙げられ、ネガティブな点としては『社会的比較の増加』が挙げられます。
社会的比較という言葉について、参考文献から少しご紹介します。
社会的比較とは?
『社会的比較(social comparison)』とは、Festinger(1954)により定義された自分と他人を比較する行為全般を指す言葉です。
社会的比較には、以下のようなものがあるとされています。
自己評価
社会生活を行っていくうえで「自分の考える意見は果たして正しいのか」「自分の能力はどの程度であるか」など、自分自身の考えや能力の程度について、はっきり明確にしたいという気持ちから成る。自分と類似していると思われる他者が、比較対象として選ばれやすい。自己高揚
自尊感情を高めるため、もしくは低下させないために行う。「自分よりやや優れた他者をライバルとみなし、これに刺激されることによって、自ら大いに努力しより高い知識や技能を身に着け業績を上げる」といった『上方比較』と、自分より不運な他者や不幸な他者と比較することにより自分を慰め幸福感を増やす『下方比較』がある。自己融合
規範習得や関係維持を目的とする。周りの人間と同じ行動をとることで、社会の中で自分が適切な行動をとるための規範を習得するといった意味合いで、幼児期に多くみられる。
自己高揚における比較の結果については、比較を行った人の自己評価が比較対象に向かって変化する(情報比較するとプラスになり、下方比較するとマイナスになる)場合は『同化(assimilation)』と呼びます。逆に、比較を行った人の自己評価が比較対象から遠ざかって変化する(上方比較するとマイナスになり、下方比較するとプラスになる)場合は『対照(contrast)』と呼びます。
また、社会的比較には、他者と比較して自分がどのように行動しているかといった『能力比較』と、他者と比較して自分がどのように行動し、考え、感じるべきかといった『意見比較』があります。
社会的比較に関する研究では、パーソナリティー特性によって、社会的比較の起こりやすさが異なるといったことが明らかになっています。さらに、日本の研究では、自分の行動を他者と比較する『能力比較』について、自尊感情が低く、抑うつ傾向が高く、神経症傾向の高い人が多く行っているという結果があります。
少し複雑な概念であるため、以下に整理した図を載せます。
SNSの利用と社会的比較、そしてウェルビーイング
「Wellbeing Science and Policy」のなかでは、社会的比較により起こるポジティブな点、ネガティブな点の両方について紹介しています。
まず、ネガティブな点です。ソーシャルメディアの急増と同時期に、思春期のうつ病が増加しました。また「物事から取り残されていると感じることが多い」「孤独を感じることが多い」という人も増えました。ただし、これらに相関は見られても因果関係は説明できませんので、SNS利用と主観的ウェルビーイングの関係を明らかにするための実験も行われています。
アメリカで行われた調査では「Facebookの利用をやめるのに、いくら払えばいいか」といった問いに対し、最も低い金額を提示した人々1,700人を対象とし、1か月間Facebookを利用させず、通常通りFacebookを利用する対照群と主観的ウェルビーイングを比較する、といったことが行われました。
その結果、Facebookを利用しなかった群は、そうでない群に比べ主観的ウェルビーイングが高い値を示しました。つまり、Facebookの利用が、人々の主観的ウェルビーイングを阻害するような影響を与えていた可能性があったのです。
次にポジティブな点ですが「SNSの使い方次第では、ポジティブな影響がある」といったものです。
例えばFacebookの場合、投稿を自ら行う積極的使用はポジティブな影響をもたらすという調査結果があります。一方、他の人の投稿を読むだけの受動的使用はネガティブな影響をもたらします。すなわち、積極的使用を心がければ、ポジティブな影響を受けることができるかもしれないのです。
しかし、実際はFacebook使用時間のうち3/4は受動的使用であるといわれているため、総合的にはマイナスとなっていることが多いようです。
こういった結果は、使用しているSNSの種類や使用頻度、使用している理由(実際の友人との交流目的か、知らない人との情報交換目的か)などといった要素により多少異なってきます。しかし、他の人の情報が入ってきやすいことには変わりないため、社会的比較が起き、人々のウェルビーイングに何らかの影響を及ぼしているでしょう。
社会的比較の概念紹介でご説明した通り、自尊感情が低い人や、抑うつ傾向が高い人、神経症傾向の高い人は社会的比較を行いやすいとされています。SNSは、比較対象の情報が前例のない規模で入手可能であり、加えて成功劇が中心にシェアされています。そのため、有害な社会的比較に巻き込まれ、精神的健康をさらに悪化させる可能性があるため、より一層の注意が必要です。
おわりに
最後に改めて、本記事の内容から重要なポイントをまとめます。
親の対立や母親の精神的健康は子供のウェルビーイングに大きな影響を与える
学校は親と同じくらい子供のウェルビーイングに影響を与える
SNSの利用は、社会的比較を通じて主観的ウェルビーイングを低下させる恐れがある
「Wellbeing Science and Policy」では、ウェルビーイングに関する情報が網羅的に記載されています。今後別の内容についてもご紹介していく予定ですので、ぜひご覧いただければと思います。
参考文献
Diener, E. (2009). Well-being for public policy. Oxford University Press.
Verduyn, P., Gugushvili, N., Massar, K., Täht, K., & Kross, E. (2020). Social comparison on social networking sites. Current opinion in psychology, 36, 32–37. https://doi.org/10.1016/j.copsyc.2020.04.002
吉川祐子, & 佐藤安子. (2011). 対人比較が生じる仕組みについての心理学的検討. 心理社会的支援研究, 1, 41-53.
外山美樹. (2002). 社会的比較志向性と心理的特性との関連: 社会的比較志向性尺度を作成して. 筑波大学心理学研究, (24), 237-244.
この記事は私が書きました。