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【基礎知識】恥と心理的安全性

「菊と刀」(ベネディクト著)によれば、西洋文化は「罪」の文化で、日本文化は「恥」の文化だと言われます。

そのせいか、日本の心理学では「恥の感情」についての研究がとても多いです。その中でも、「心の距離」(学術的には「心理的距離」と言います)と「恥の感情」について調べた研究がいくつかあり、「心の距離が中くらいの人に対する恥の感情が最も大きい」という結果が得られています(堤, 1992; 佐々木・菅原・丹野, 2005)。逆にいうと、「心の距離が近い人や遠い人には、あまり恥を感じない」ということでもあります。

一方、日本人は、恥を感じると、発言しにくくなります。すなわち、恥は、心理的安全性を阻害するのではないでしょうか?

そこで、今回は、恥と心理的安全性について考えてみたいと思います。

※本記事は、スマホアプリ NEC Thanks Card に掲載した内容を転載しています。


心の距離

心の距離が近い人というのは、最も気心が知れた友人あるいは家族のことで、「ミウチ」と表現されます。「多少失敗したとしても、この人たちなら嫌わないでいてくれる」と思える人と考えると分かりやすいかもしれません。民族学的には、友達と呼べるこのような人たちはだいたい15人くらいが限界と言われています。

心の距離が中くらいの人というのは、話したことはないが顔や名前を知っている知人・近隣住民のことで、「セケン」と表現されます。「ちゃんと空気を読まないと、嫌われるかもしれない」と思える人と考えてもいいです。民族学的には、このようなコミュニティは、だいたい150人~1500人くらいの集団が限界と言われています。

心の距離が遠い人というのは、見知らぬ人・地域社会外の人のことで、「タニン」と表現されます。「自分が失敗しても、気にしないだろう」と思える人達のことです。「旅の恥はかき捨て」という感覚だと思えば良いでしょう。民族学的には、集団が1500人以上になると、このようなどう思われてもいい人たちが増えてきます。

図1.恥と心理的距離の関係、筆者作成。

心理的安全性

「心理的安全性」とは、もともと「自己イメージ、地位、キャリアに対する否定的な影響を恐れることなく、自己を発揮し、活用することができるという感覚」(Kahn, 1990)のことです。

これを、Edmondson(1999)は、『「チームは対人関係におけるリスクテイクに対して安全である」という信念を共有すること』として「チームの心理的安全性」を定義し、「誰かが発言してもチームは困らせたり、拒絶したり、罰したりしないという確信のようなもの」と説明しています。今では、「チームの心理的安全性」を単に「心理的安全性」と呼ぶことが多いですね。

一方、「」を感じる人は、「自分の言動や行動を見聞きした人が、嘲笑したり、嫌悪したり、拒絶したりするという確信」のようのものを感じています。つまり、心理的安全性とは真逆の心理的危険性を感じていることになります。

そのため、日本人が心理的安全性を感じるには、「恥」を感じにくい状況が必要です。すなわち、「セケン」を減らし、「ミウチ」か「タニン」を増やすことが必要です。

図2.恥と心理的安全性の関係、筆者作成。

少人数で心理的安全性を高める

Edmondsonの「チームの心理的安全性」を高めるには、チームメンバーが恥を感じにくい「ミウチ」になれると良さそうです。

ただし、「ミウチ」は15人くらいが限界でしたので、チームメンバー数は15人以下に抑えた方が「チームの心理的安全性」は高まりやすのいかもしれません。

図3.集団規模と心理的距離・心理的安全性・組織文化の関係

しかし、組織が大規模になると顔だけや名前だけは知っている「セケン」の人が自然に増えていきます。そのため、日本文化では、恥をかかないために、チームメンバー以外に対する心理的安全性も自然に低くなります。すると「チームメンバー以外も妥協できる建前の意見」ばかりを繰り返すことになり、建前文化が自然に形成されていきます。

一方、「タニン」を重視すると、「個人は自由に意思決定でき、誰もそれを否定してはならない」といった必要以上に干渉しない自由を尊重した文化になります。ただし、何をするにも自己責任で行動することが必要になります。これを、社会に受容されていると感じれば心理的安全性に、社会から見放されていると感じれば心理的危険性になってしまいます。

日本だと、後者が多いかもしれませんね。

まとめ

以上のことから、組織の心理的安全性を高めたいのであれば、

15人以下(できれば3~5人)のチームに分けて「チームの心理的安全性」を高め、メンバーを入れ替えて、別の「チームの心理的安全性」を高める

という方法が良いのかもしれません。

筆者:山本

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参考文献

  1. ル-ス・ベネディクト. (1967). 菊と刀: 日本文化の型. 社会思想社.

  2. 堤雅雄. (1992). 想像的他者との心理的距離の関数としての蓋恥感.
    https://ir.lib.shimane-u.ac.jp/files/public/0/1020/20170425012120848197/b002002600k007.pdf

  3. 佐々木淳, 菅原健介, & 丹野義彦. (2005). 羞恥感と心理的距離との逆 U 字的関係の成因に関する研究 対人不安の自己呈示モデルからのアプローチ. 心理学研究, 76(5), 445-452.
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy1926/76/5/76_5_445/_article/-char/ja/

  4. Kahn, W. A. (1990). Psychological conditions of personal engagement and disengagement at work. Academy of management journal, 33(4), 692-724.
    https://journals.aom.org/doi/abs/10.5465/256287

  5. Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative science quarterly, 44(2), 350-383.
    https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.2307/2666999