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【論文紹介】創造性がウェルビーイングを高める

ウェルビーイングが創造性を高めるという研究結果はよく知られていますが、創造性がウェルビーイングを高めるという結果はあまり知られていません。

ウェルビーイングといっても、創造性に影響を及ぼすことが確認されているのはポジティブ感情ポジティブ気分(Amabile, et al., 2005)で、主観的ウェルビーイングそのものではありませんでした。

そして、多くの研究は西洋文化圏で実施されており、感謝研究のように、東洋でも同様の結果になるとは限りません。

そこで、今回は、Tanら(2021)がマレーシアで実施した「創造性が主観的ウェルビーイングを高める」という研究をご紹介いたします。


創造性とは

一般に、創造性は、独創的で有用性のあるモノを作り出す能力とされています。あるいは、実際に作らずとも、独創性(または新規性)と有用性の両方を併せ持つ特性という意味でも用いられます。

ただし、創造性にも種類があり、カウフマンの4Cモデルによる分類が有名です(Kaufman & Barsade, 2009)。

  1. mini-c … 個人的な意味における創造性。学習、経験、洞察など。

  2. little-c … 日常における創造性。

  3. Pro-C … 専門家による創造性。

  4. Big-C … 特定の分野で卓越した創造性。

創造的思考プロセスは、ウォラスの5ステージモデルが有名です(Wallas, 1926)。

  1. 準備(preparation) … 問題の集中的探究

  2. 孵化(incubation) … 無意識下での問題探求、何も起きていないように見える

  3. 暗示(intimation) … 解決へ近づく感覚

  4. 洞察(insight/illumination) … ひらめきによる解決策の意識化

  5. 検証(verification) … 解決策の意識的な精緻化

ギルフォードは、創造的思考を発散的思考収束的思考に分けました(Guilford, 1967)。発散的思考は、創造的思考の代用として用いられることがあります。しかし、発散的思考は必ずしも独創的ではない(あるいは、新しくない)アイデアも含めて思いつく行為であり、独創的なアイデアに焦点をあてる創造的思考とは正確には一致しません。

トーランスは、ギルフォードの研究に基づいて有名な「トーランスの創造的思考テスト」を開発しました(Kim, 2005)。このテストは、言語や図形などさまざまタスクでアイデアを出してもらい、以下の4つの性質をスコアリングするものです。

  1. 流暢さ(fluency) … アイデアの総数

  2. 柔軟性(flexibility) … アイデアのカテゴリ数

  3. 独創性(originality) … アイデアの統計的希少性

  4. 精緻さ(elaboration) … アイデアの具体性

ここで、統計的希少性とは、例えば、「複数の回答者から得られた回答群の中で、1%以下しか存在しない回答を、希少性が高いとする」などと定義します。定義は、実験の内容や参加者数によって変えてもかまいません。

創造性とウェルビーイング

前述の通り、多くの研究によって、ウェルビーイングの構成要素の1つであるポジティブ感情が、創造性に影響を与えていることが示唆されています。

broaden-and-build理論(Fredricson, 1998)によれば、人間は、喜びや希望などのポジティブな気分の時、

  • 新しい情報を探索し、それを受け入れやすくなるため、柔軟性が向上する

  • 安心感を感じて、恐れを抱きにくくなり、発散的思考の傾向が高まる

  • 安心しているため、変化をより受け入れやすくなる

といった傾向があります。逆に、ネガティブな気分のときには、

  • 不安から環境を脅威とみなす

  • がんばって情報をより精緻化しようとする

  • 挑戦意欲を低下させ、創造性を損なう連想を作り出す

といった傾向があるそうです。

つまり、創造的思考テストの4要素(流暢さ、柔軟性、独創性、精緻さ)のうち、ポジティブ感情が流暢さと柔軟性を高め独創性を受け入れやすくするのに対し、ネガティブ感情は、1つのアイデアの精緻さを高めるものの、1つに固執するため、流暢さや柔軟性は低下すると考えられます。挑戦意欲の低下から、独創性にも負の影響を及ぼすでしょう。また、人生満足度は、問題を解決する努力の意欲を高めることが示唆されています。

図 1 ウェルビーイングの創造性への効果。Tanら(2021)をもとに、筆者作成。

逆に、創造的活動がウェルビーイングに正の影響があるという示唆も複数あります。

  • 発散的思考のタスクの実施が、ポジティブな気分を高める(Chermahini & Hommel, 2012)

  • 創造的な活動をしているとき、よりウェルビーイングである(Silvia, et al., 2014)

  • 上司が評価した創造性は、従業員へプラスの影響がある(Tavares, 2016)

  • 従業員が評価した創造性は、3か月後の職場にプラスの影響がある(Tavares, 2016)

  • 芸術療法介入を受けた乳がん患者は、心理的ウェルビーイングが改善した(Puig, et al., 2006)

  • 創造的な職業の人は、ウェルビーイングが高い(Fujiwara, et al., 2015)

以上から、ウェルビーイングは創造性を高めますが、創造的活動もまたウェルビーイングを高めると言えるかもしれません。ただし、先行研究は主に西洋文化圏での結果であり、東洋文化圏でも同様の結果が得られるとは限りません。また、ほとんどがポジティブな気分との相互影響であり、主観的ウェルビーイングや心理的ウェルビーイングそのものとの比較が少ないとも言えます。

もし、創造性を高めると創造的活動が増えるのであれば、下図のような循環関係が考えられます。

図 2 ウェルビーイングと創造性の循環。筆者考案。

研究1

Tanら(2021)は、調査票を用いた横断的研究で、自己申告の創造性(mini-c)と主観的ウェルビーイングの関係を調べました。

研究方法

大学内ポスターやオンライン方式で募集したマレーシアの大学生256名(男性102名、女性154名、平均21.76歳)と社会人291名(男性104名、女性187名、平均35.20歳)を対象に、主観的ウェルビーイングと創造性、および制御変数としてストレスについて自己申告式のアンケート調査を実施しました。ただし、参加者の81.9%は中国人であると認識しており、70%は仏教・道教・儒教の信者でした。

主観的ウェルビーイングには人生満足度尺度(SWLS)とポジティブ・ネガティブ経験尺度(SPANE)を、創造性の自己認識にはReiter-Palmonら(2012)で使用された15項目の創造性自己認識尺度を使用しました。また、制御変数であるストレスには、知覚ストレス尺度(PSS)を使用しました。

研究結果

研究者らは、人生満足度SWLSとポジティブ感情度SPANE-Pおよびネガティブ感情度SPANE-Nから、主観的ウェルビーイングSWBを、SWLS + SPANE-P – SPANE-Nで算出し、自己認識ストレス(SPS)と自己認識創造性(SPC)との相関分析を行いました。相関分析では、各変数SWB, SPS, SPCの間に想定通りの有意な相関が得られました。

そこで、研究者らは、人口動態(性別・人種・宗教)を制御変数とした階層的重回帰分析を実施しました。その結果、SWBとSPS、SWBとSPCの間に統計的に有意な関係があることが分かりました(図3)。

図 3 研究1の結果。SWBを従属変数とした階層的重回帰分析の結果。人口動態(性別、人種、宗教)を統制済み。変数は、モデル1ではSPSのみ、モデル2ではSPSとSPCを使用。SPSの回帰係数はモデル1の結果。SPCの回帰係数はモデル2で、人口動態とSPSを統制した後の値。

結果として、自己認識ストレスを統制した後でも、自己認識創造性は主観的ウェルビーイングに正の関係があることが分かりました。しかも、この関係は、学生と社会人の両方に当てはまっています。

しかしながら、上記の結果は相関関係にすぎず、この研究では因果関係を特定することができません。

研究2

次に、Tanら(2021)は、因果関係を特定するために、発散的思考タスクを用いた実験研究で、他者に評価される創造性(little-c)と主観的ウェルビーイングとの関係を調査しました。

研究方法

研究者らは、①PSSでストレスを測定してもらう、②従来の思考を抑制するための創造性プライミングタスクを実施してもらう、③創造性タスクを実施してもらう、④主観的ウェルビーイングを測定してもらう、という実験プロセスを計画しました。そして、創造性プライミングタスクを行わない統制群(創造性が発揮できない群)とタスク行う実験群(創造性を発揮できる群)とに分けて、ランダム化比較実験を行うことで、創造性が主観的ウェルビーイングに及ぼす影響を確かめることにしました。

図 4 ランダム化比較実験の実験計画。

創造性プライミングタスクには、記憶想起法が採用されました。これは、参加者に「創造的に行動した3つの状況を5分間で簡単に説明する」というタスクです。この方法は、意図的に創造的になろうとするよりも、より創造的なアイデアを生み出すことが確認されています(Sassenberg, et al., 2004)。

創造性タスクには、創造的思考テストの一種であるギルフォード(1967)の代替使用テスト(AUT)が使用されました。このテストは、何かの用途をできるだけ多く挙げる、というものです。この実験では、「石」「岩」の用途について書き出してもらいました。書き出された結果は、評価者によって流暢さ・柔軟性・独創性・精緻さを評価され、スコア化されます。

研究者らは、まず、学生48名(男性10名、女性38名、平均22.23歳)を対象として、創造性プライミングタスクが創造性タスクに影響を及ぼすことを確かめるパイロット実験を実施しました。評価者3名の評価者間信頼性(クラス内相関係数ICC)を調べ、3つの評価結果の一貫性が高いことを確認しました。そして、創造性スコアの平均値を比較し、統制群よりも実験群の創造性の方が有意に高いことを確認しました。

そして、研究者らは、パイロット実験で創造性の違いが測定できたので、主観的ウェルビーイングとストレスのサーベイを組み合わせた本番実験へと進みました。本番実験では、パイロット実験に参加しなかった学生68名(男性34名、女性34名、平均21.97歳)を対象としました。

研究結果

参加者68名を半分ずつランダムに統制群と実験群に割り当て、ランダム化比較実験を実施したところ、総合創造性スコア主観的ウェルビーイングで2つの群の間に有意な差異がありました。

総合創造性スコアは、AUTにおける評価者3名の評価結果を、流暢さ・柔軟性・独創性・精緻さごとに平均し、得られた4つの平均値をさらに平均化したものです。主観的ウェルビーイングSWBは、上記と同様に、人生満足度SWLS、ポジティブ感情SPANE-P、ネガティブ感情SPANE-Nを用いて、SWLS + SPANE-P - SPANE-Nで計算されています。

図 5 ランダム化比較実験における総合創造性スコアの群間比較結果。Tanら(2021)を参考に、筆者作成
図 6 ランダム化比較実験における主観的ウェルビーイングの群間比較結果。Tanら(2021)を参考に、筆者作成。

実験の結果として、創造的プライミングタスクが創造性に効果的であり、創造的プライミングによる介入を受けた群の方が、受けなかった群に比べて主観的ウェルビーイングが高くなりました。2つの群は、主観的ウェルビーイングの測定前には、まったく同じ創造的活動を実施しており、2つの群の差異は、実験群が創造的プライミグによって創造性が誘発されているか否かしかありません。そのため、この結果は、創造性が主観的ウェルビーイングを促進するという因果関係の存在を示唆しています。

まとめ

Tanらの「創造性が主観的ウェルビーイングを促進する」という結論は変わりませんが、彼らの実験研究では「創造性が直接的に主観的ウェルビーイングに寄与した」のか「創造性ではなく、創造性を発揮した体験によって主観的ウェルビーイングが向上した」のかを判別できません。なぜなら、創造的タスクの実施は、創造性の測定と同時に創造性を発揮した体験にもなっているためです。

例えば、統制群は、同じタスクでも創造性を発揮できなかったために、主観的ウェルビーイングが低いのかもしれません。そのため、主観的ウェルビーイングを高めた原因が、創造性の高さなのか、創造性の発揮の度合いなのかは、判別することができません(図7)。

図 7 ウェルビーイングと創造性の関係

これを見極める方法は、創造性プライミングタスク(記憶想起法)と創造性タスクの間でも主観的ウェルビーイングを測定するとよいかもしれません。Tanらの実験によって、創造性プライミングタスクが創造性を高めていることは確認できているため、創造性プライミグタスクの直後にウェルビーイングを測定すれば、創造性そのものの違いによって主観的ウェルビーイングが向上しているか否かが判断できると考えられます。

しかしながら、経路は明確ではないものの、創造性を高めれば主観的ウェルビーイングを促進することは間違いなさそうです。そのため、もし、記憶想起法以外にも創造性を誘発できる創造的プライミングタスクがあれば、それらは創造性を仲介して主観的ウェルビーイングを高める手法になるかもしれません。

あるいは、もし、創造性ではなく創造性の発揮が主観的ウェルビーイングに寄与しているとすれば、職場でのウェルビーイングを高めるために、仕事を創造的なものに変更するという介入方法も考えられます。

このように、この結果は、創造性介入によるウェルビーイング向上という研究分野があることを示唆しています。

(執筆:山本)

当社の研究について


参考文献

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