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ウェルビーイング研究

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ウェルビーイングに関連した研究の研究者による解説記事を集めています。ウェルビーイングをもう少し詳しく知りたい人に向けて、毎週金曜日に更新・追加していきます。
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#well_being

【基礎知識】エンゲージメントとウェルビーイングの関係|エンゲージメントの調整効果・媒介効果・決定要因

Gallup社の「State of the Global Workplace Report 2024」によると、日本の従業員エンゲージメントのスコアは6%で、香港とならび141カ国中で最下位でした。2017年以降、日本の従業員エンゲージメントは常に5~6%であり、日本の企業では従業員エンゲージメントの向上が重要な課題の一つとなっています。 一方、ウェルビーイングとエンゲージメントは関連した概念だと考えられます。例えば、PERMAやSPIREといったポジティブ心理学のウェルビ

インターネットの普及とウェルビーイング

はじめに日本において2021年のスマートフォンの個人保有割合は68.5%となっており、インターネット利用率は82.9%となっています。SNSの利用率も特に若い世代において高くなっています(図1)。 こういったなか、インターネットの利用がウェルビーイングに何らかの影響を及ぼすのではないかと懸念される方もいらっしゃるかもしれません。 以前こちらの記事で、「社会的比較」に関する研究をご紹介しました。SNSの利用目的や利用の仕方によっては、他人と自分を比べる社会的比較が生じやすく

【基礎知識】ウェルビーイングと収入の関係|カーネマンの研究結果の反証と解釈

直感的には、貧乏よりも裕福な方が幸せだと考えられるため、収入が多ければ多いほどウェルビーイングは高いと考えられます。もちろん、生活が困窮する収入よりは、生活に困らない程度の収入があった方が幸せなのは間違いないでしょう。 これに対し、Kahneman & Deaton (2010) は、ある一定上の収入を超えると幸せを感じにくくなっていくという有名な調査結果を示しました。この結果は、ウェルビーイングと収入の関係についての定説となっていきました。 しかしながら、近年では少し異

健康と幸福感を高める自然との触れ合いとは?

はじめに自然環境とウェルビーイングの関係について、こちらの記事でご紹介をしました。 今回ご紹介するのは、ウェルビーイングを高める自然環境との関わり合い方を具体的な自然体験として提示した論文です。自然体験が人の健康に必要なものであるということを示すエビデンスの一つであり、引用数も多い論文です。ウェルビーイングのみならず、環境教育や環境保全に興味がある方もぜひご一読ください。 自然環境は人の健康を増進するのか?人々が自然環境と触れ合うことは、健康に良い影響をもたらすと考えられて

食事とウェルビーイング | ウェルビーイングを高める食事とは?

1990年代後半に提唱されたポジティブ心理学は幸福や満足感、強みなどに焦点を当て、人間の心理的な繁栄を目指した研究が推進されてきました。感謝やマインドフルネス、強みなど、さまざまなアプローチから、私たちのウェルビーイングを向上させるための介入方法が検討されてきました。 近年では、食に関する要因がウェルビーイングに高めるという新たなパターンが発見され、ポジティブ心理学領域において食品や食習慣などに着目した研究が増加しています。食事が身体的な健康だけでなく、精神的な側面において

【基礎知識】人間関係を構築・維持する方法|黙示録の四騎士とサウンド・リレーションシップ・ハウス理論

PERMA理論やSPIRE理論の「R(relationship)」や、心理的ウェルビーイングの6要素の1つが「積極的な他者関係(positive relationship)」などから分かるように、ウェルビーイングには人間関係が欠かせません。(詳細は、以下の記事を参照してください) 今日、よく参照される人間関係の基盤的な研究の1つに、J. Gottmanの研究があります。Gottmanは、恋人同士や夫婦を対象にして、その関係性の変化(構築・維持・崩壊)を20年以上追跡調査して

【論文紹介】高齢者のスポーツ観戦とウェルビーイング

はじめに「スポーツ選手やアーティストを熱心に応援することで元気をもらえた」、「一緒に盛り上がる仲間がいることで充実感を感じた」、そんな経験をしたことはあるでしょうか? 近年、介護の現場での取り組みとして、地元のスポーツチームを応援するプログラムを取り入れることで、高齢者の活力を高めることができた、などというニュースを見かけることもあります。 日本ではそのような活動を「推し活」などと呼ぶこともありますが、実は海外でも同じような取り組みに注目が集まっているようです。 今回の記

謙虚さと心理的ウェルビーイング|謙虚さの定義、謙虚さと超越性と社会的活動の関係

謙虚さがウェルビーイングと関係していることは、ポジティブ心理学の初期から研究されてきました(Seligman & Csikszentmihalyi, 2000)。また、最近は、力強いリーダーシップに対して、謙虚なリーダーシップも見直されています(Owns & Heckman, 2012)。しかし、謙虚さは必ずしもポジティブなものではないという考えも根強く残っています。 特に、社会的活動の文脈で批判されています(Bloomfield, 2020)。なぜなら、社会的活動には「率

“かわいさ”は人にどのような影響をもたらすか

はじめに“電車で赤ちゃんと目があった時”や“スマートフォンで子猫の写真を見た時”など、かわいいものを見た時に思わず笑顔になったり、少し気分が良くなったという体験はありますか? そのような“かわいさ”に関する定義や体験について説明するベビースキーマ(baby schemaもしくはKindchenschema)と呼ばれる概念があります。今回はベビースキーマと幸福感の関係についてご紹介したいと思います。 ベビースキーマとは“かわいさ”に関する心理的研究は、ほとんどがベビースキーマ

互恵性・社会関係資本とウェルビーイング

Curryら(2018)のメタ分析によれば、他人を助ける行動(親切行動、利他的行動)はウェルビーイングに効果がありますが、その効果は控えめ(効果量推定値δ=0.28)だと言います。ただし、この結果は、利他的行動を測定した研究について分析されたものであり、利他的な意図(動機)については言及されていません。 ところが、Konrathら(2012)によれば、他人を助けたいという動機で参加したボランティアは、ボランティアをしなかった人よりも長生きし、自己中心的な動機で参加したボラン

【基礎知識】実存的感謝−苦しんだことへの感謝

人生の転機の話を聞くと、「大病を患い、死の危機に瀕した後、そこから回復したときに人生観が変わった」という人たちがいます。例えば、ある人は、今では謙虚で優しいですが、「昔は、威圧的だった」と言い、性格が180度変わってしまったそうです。このような体験をした人たちは、「今では、人生観が変わるほどの体験ができたことに感謝している」という発言をよくします。このように苦痛に満ちたネガティブな出来事を、ポジティブに自己統合する感謝のことを、実存的感謝と言うそうです。 今回は、実存的感謝

【論文紹介】マインドフルネスと感謝−マインドフルネスは感謝の感度を調整する

感謝の日記などの感謝介入法は、ポジティブ心理学介入(Positive Psychological Intervention; PPI)の代表的な方法の1つです。ポジティブ心理学介入とは、「心理的な成長と幸福に貢献するという長期的な目標を持って、ポジティブな思考、感情、行動を促進する活動の総称」です(Lim & Tierney, 2023)。 もう一つの代表的なポジティブ心理学介入として、瞑想を行うマインドフルネス介入があります。感謝介入とマインドフルネス介入は、どちらが有効

【論文紹介】感謝の目撃効果2−感謝を目撃した人は幸せになる

別の記事で、Algoe教授が2020年に発表した「感謝の目撃」の研究をご紹介しました。今回は、Walsh氏らによって2022年に発表された「感謝の目撃」の研究をご紹介します。 Algoe氏の研究では、感謝の目撃効果を援助行動などの「行動」で測定しており、「心理」への影響を測定していませんでした。そこで、Walsh氏らは、主観的ウェルビーイング(肯定的感情、人生満足度)などの心理指標への「感謝の目撃」の影響を実験的に確かめました。 送り手-受け手-目撃者フレームワーク(Ac

【基礎知識】関係の質とチームのウェルビーイング

ポジティブ心理学におけるPERMA理論やSPIRE理論の"R"や、心理的ウェルビーイングの「積極的他者関係」が人間関係を表すように、ウェルビーイングには良好な人間関係が欠かせません。 心理学におけるウェルビーイングは主に個人の心の状態を取り扱いますが、仕事のチームにおける良い状態(=ウェルビーイング)は、仕事が成功し続けている状態だと考えられます。 直感的には、ギスギスしたチーム状態だと、短期的には成功できるかもしれませんが、チームメンバーが精神的に疲弊してしまうため長期