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【レポ紹介】職場のウェルビーイングは、企業業績と連動する!-オックスフォード大学のレポートを解説

ウェルビーイングが高い従業員は、生産性が高く、欠勤率が低く、協調性、創造性、コミットメントやモチベーションが高い傾向にあることは、数々の相関的、縦断的、実験的な証拠によって裏付けられています。

しかし、これは個人レベルの証拠であって、組織レベルでも同様とは必ずしも言えません。

例えば、理想的な実験環境で行われた実験的研究の証拠は、日々の業務の中では理想的環境が維持できない可能性があります。あるいは、ウェルビーイングが高い従業員が生産性高く業務を実施しても、他の従業員との組み合わせによって、組織の業績にはほとんど効果が見られない可能性もあります。

つまり、これらの証拠をもって、ウェルビーイングが高い組織は高い業績を上げるとは言い切れないわけです。そのため、職場のウェルビーイングと企業業績の実際の関連は、それを目的とした調査を別途行う必要があります。

ところが、この調査は容易ではありません。上場企業の企業業績は一般に公開されていますが、各社の職場のウェルビーイングの情報は公開されていないためです。そのため、職場のウェルビーイングのデータを集めるには、各社を個別に調査しなければなりません。もし、調査に必要な企業が数千社から数万社となると、現実的には調査は実施不可能です。

オックスフォード大学では、クラウドソーシングのデータを用いて困難を克服し、職場のウェルビーイングと企業業績の相関研究を行いました。その結果が、最近、レポート「Workplace wellbeing and firm performance」として公開されました。

今回は、そのレポートの内容について、ご紹介したいと思います。


1.     レポート概要

このレポートの最大のポイントは、従業員のウェルビーイングと企業業績に強い相関があることをデータ分析に基づいて指摘したことです。しかも、その企業数が1,600社以上と膨大であり、強力なエビデンスとなっています。

しかしながら、このレポートには2つの限界があります。1つは、今回の分析結果は、相関関係を示すものの、因果関係は分からないということです。つまり、従業員のウェルビーイングの向上が企業業績を向上させた可能性と共に、企業業績の向上が従業員のウェルビーイングを向上させた可能性もあります。著者らは、因果関係をよりよく理解するために、ノーベル賞にもなった自然実験の手法を推奨しています。

2つ目は、分析に使用されたクラウドソーシング・データの信頼性の問題です。これらのデータがその企業の代表的なサンプルとは言い切れず、多くのバイアスの影響や回答者の偏りがある可能性が捨てきれません。著者らは、その対策として、社内調査などのより信頼性のあるデータ源を用いる方法や、より多くのデータを収集することで信頼性を高める方法を提案しています。

とはいえ、これまで、従業員のウェルビーイングが、従業員の個人レベルのパフォーマンスとの関係しか分からなかったところに、企業の財務的パフォーマンスとの関連性を大規模データで示した点は非常に重要です。

誰もが何となく感じていた関連性に対して、データ分析によるエビデンスを示したことにとても価値があります。

以降では、これらの分析結果の詳細について、見ていきます。

2.     使用したデータ

2.1.     ウェルビーイング・データ

ウェルビーイングのデータには、クラウドソーシング事業者であるIndeed社が収集したデータを使用しました。

Indeed社では、2019年10月から従業員のウェルビーイングに関する自己申告データを収集しているそうです。利用者は、現在または過去に勤務していた企業でのウェルビーイングについて回答を促されています。ただし、この調査では、Indeed社が「ワーク・ウェルビーイング・スコア」として公表している次の4項目を分析に用いています。

1. 仕事中は、たいてい幸せだ(ポジティブ感情)
2. 仕事には、明確な目的意識がある(ユーダイモニア)
3. 全体的に、自分の仕事に満足している(人生満足度)
4. 仕事でストレスを感じることが多い(ネガティブ感情)

回答者は上記の質問に対してどの程度同意するかを、「強く同意しない」から「強く同意する」までの5段階で回答します。そして、4項目の平均値(ストレスは逆転させる)を「ウェルビーイング・スコア」として公表しています。ただし、回答が10件未満の場合は、スコアは公開されていません。

こちらの記事に書いたように、心理学者は、ウェルビーイングを3つの次元、①人生満足度、②感情、③ユーダイモニアで考えています。

①人生満足度とは、人生や仕事などの生活環境全体に対する満足度の評価のことです。

②感情とは、ポジティブな感情とネガティブな感情を継続的に経験することで、頻度の指定が重要になります。

③ユーダイモニアは、人生や仕事などが、自分の目的とする方向と合致している感覚のことです。

上記の4つの質問項目は、これらのウェルビーイングの各側面について尋ねるものになっています。

Indeed社には、回答データが1,500万件以上あるそうですが、現在の所属企業への回答で、10件以上の回答がある企業に限定して分析に使用しました。

2.2.     企業業績データ

企業業績データは、Compustat社の北米年次ファンダメンタルズ・データベースのデータを使用しました。データベースには、様々な企業業績指標が登録されていますが、主にトービンのq(Qレシオ)純資産利益率(ROA)を使用し、補足的に年間総売上利益(GP [BUSD])を使用しました。ただし、GPはやや不完全な業績指標です。

Qレシオは、企業の市場価値(株価時価総額)を再取得価値(資産時価総額)で割った比率で、企業の潜在成長力に対する市場の期待値を表す指標です。言い換えると、無形能力の将来を見通した企業価値の指標とも言えます。Qレシオが1以上のとき、その企業が将来産み出す価値が大きい、すなわち企業価値が高いと考えます。

ROAは、企業の純利益を総資産で割った比率で、企業が保有する資産をどの程度効率的に活用しているかを示しています。簡単に言うと、「いくら使って、いくらの儲けを出したのか」という企業の収益性を示しています。

これらの指標は、過去の文献でも広く使われているものだそうです。

3.     分析結果

分析は、目的変数に企業業績データ(Qスコア、ROA、GP)をとり、説明変数に各ウェルビーイング・データ(ポジティブ感情、ユーダイモニア、人生満足度、ネガティブ感情)とウェルビーイング・スコア(4項目の平均値)を使った階層的重回帰分析で行われました。

階層的重回帰分析は、制御変数のみの重回帰分析の結果に、説明変数を1つずつ加えていき、その有無による違いを分析していく方法です。制御変数には、データポイント数、企業の従業員数、ラグ付き資産、資産集約度、産業固定効果、年固定効果が使われていました。ここでは、全ての説明変数を導入した場合の重回帰分析の結果を使用します。

3.1.     回帰分析

重回帰分析の結果をまとめると、次のようになります。

図1.企業業績を目的変数とした回帰分析の結果。数値は、サンプル数や従業員数をコントロールされた回帰係数β。De Neve, et. al (2023)をもとに、筆者作成。

結果として、ウェルビーイング・スコア(ネガティブ感情を逆転させた4項目の平均値)企業価値・収益性・利益を強く予測することが分かりました。上図によると、ウェルビーイング・スコアが1ポイント向上すると、企業価値(Qスコア)が0.21ポイント、収益性(ROA)が1.9%、利益(GP)が30億ドルほど上昇することになります。

企業価値を最も強く予測するのは、4項目のうち人生満足度(仕事の満足度)でした。次いで、ポジティブ感情(仕事中の幸せ)とユーダイモニア(目的意識)の予測力が同程度でした。ネガティブ感情(ストレス)が負の係数を持つものの、他の3項目より一桁小さいのは、企業価値に対して正の側面と負の側面の両方があるからと考えられます。

組織学者によれば、ストレス要因には、「良いもの」と「悪いもの」があります。前者は、高レベルの責任、やりがいのある仕事、時間的プレッシャーなどの挑戦的ストレスの場合です。後者は、敵対的な人間関係や罵詈雑言が飛び交う職場などによるストレスの場合です。これら2種類のストレスが相殺したため、低い係数になっていると考えられます。

収益性を予測する強さは、ユーダイモニア(目的意識)人生満足度(仕事の満足度)がほぼ同じ程度(1.6%)で、次点がポジティブ感情(仕事中の幸せ)でした。ネガティブ感情(ストレス)は、有意な影響がなく、上記同様に「良いストレス」と「悪いストレス」が相殺したものと考えられます。このことから、収益性を改善するには、ノルマを課してストレスを強めるのではなく、また、ワクワクする仕事をするよりは、目的に合った納得感がある仕事をするのが効果的と言えるかもしれません。

利益を予測する強さは、強い方から人生満足度(仕事の満足度)、ポジティブ感情(仕事中の幸せ)、ユーダイモニア(目的意識)、ネガティブ感情(ストレス)の順でした。ネガティブ感情の回帰係数は負の値を示していて、逆相関の関係にあることが分かります。ただし、レポートに記載された分析結果によれば、利益に対しては制御パラメータである従業員数の影響も大きいようです。そのため、ウェルビーイングの変数だけでは、予測は難しいかもしれません。

なお、ウェルビーイングの4項目と企業業績(Qスコア、ROA、GP)との間の係数よりも、ウェルビーイング・スコアと企業業績との間の係数の方が大きく、全体的なウェルビーイング・スコアの方が、各項目よりも影響が大きいことを示唆しています。

したがって、全体としては、ウェルビーイングは企業業績に正の関係(ストレスは負の関係)があると言っても良いではないでしょうか。

3.2.     十分位群による相関

全体的なウェルビーイング・スコアが企業業績を強く予測することが分かったので、レポートでは、ウェルビーイング・スコアの高さに応じて企業群を10個に分割し、各群について企業業績の平均水準を算出しています。

分割は、ウェルビーイング・スコアの大きい順に企業を並べ、スコア上位10%を第1群、次の10%を第2群、・・・、最後の10%を第10群、という十分位で行われました。そのため、これを十分位群と呼んでいます。

そして、各十分位群の平均企業業績とウェルビーイング・スコアを散布図にプロットすると、次のようになりました。

図2.ウェルビーイング・スコアによる十分位群の平均企業価値(Qスコア)。De Neve, et. al (2023)をもとに、筆者作成。
図3.ウェルビーイング・スコアによる十分位群の平均純資産利益率(ROA)。De Neve, et. al (2023)をもとに、筆者作成。
図4.ウェルビーイング・スコアによる十分位群の平均売上総利益(GP)。De Neve, et. al (2023)をもとに、筆者作成。

これらの図において、データが右肩上がりの直線に近似できることから、ウェルビーイングは企業業績との間に強い正の相関があることが分かります。

4.     まとめ

組織関係の研究者の多くは、「従業員のウェルビーイングを高めれば、企業業績が向上する」と想定していましたが、これを確かめることは容易ではありませんでした。なぜなら、数千社~数万社といった規模の従業員のウェルビーイング・データを集めることが、現実的には実行困難だったためです。10社程度であれば、各社の従業員にアンケートを配布・回収することもできますが、その場合、偏ったサンプルになることは避けられません。

ところが、このレポートでは、Indeed社のクラウドソーシング・データを用いることで、この困難の克服に成功し、「従業員のウェルビーイングが高い企業は、企業業績も良い」という相関関係を確認することに成功しました。ただし、因果関係は確かめていないため、「企業業績が良いから、従業員のウェルビーイングが高い」という可能性は残されたままです。

注意点としては、クラウドソーシング・データは、回答者が偏っている可能性があり、一般に信頼性が低いと考えられることが挙げられます。これに対し、このレポートでは、新たな分析手法(十分位群の相関など)を発明することで、信頼性の確保を行っています。しかしながら、新しい分析手法なので、手法の妥当性は今後の研究によって確認されていくことになるでしょう。

このレポートは、組織研究の古くからある疑問であるウェルビーイングと業績の関係に新たな光を当てるものです。ウェルビーイングへの投資は、よく組織目標とのトレードオフとみなされ、多くの雇用主は投資に消極的になるというのが現実でした。しかし、このレポートの結果は、ビジネスを行う上でも、ウェルビーイングに投資する方が有利である可能性を示唆しています。

(執筆:山本)

参考文献

  1. De Neve, J.-E., Kaats, M., & Ward, G. (2023). Workplace wellbeing and firm performance. Wellbeing Research Centre. https://ora.ox.ac.uk/objects/uuid:8652ce7e-7bde-449f-a5e7-6b0d0bcc3605