【独自研究】デジタル感謝とチームの信頼構築-感謝ネットワークが表すもの
みなさんは、チーム内の信頼感を目で視たことはありますか?
信頼感はチーム内で感じるものであって、普通は目で視ることはできません。
約9年間、私たちは、スマホアプリで感謝をデジタルデータ化し、そのデータが何を表すのかについて研究してきました。その結果、「感謝データのネットワーク構造の複雑さが、チームの信頼感を表している」という実証結果を得ました。
2022年、この結果について、論文発表しています(Yamamoto, et al., 2022)。
今回は、2022年の論文の内容について、ご紹介したいと思います。
デジタル感謝と感謝ネットワーク
現在では、組織内で感謝を送り合うサービスやスマホアプリはたくさんありますが、私たちが研究を始めた頃は、そのようなサービスは全くなく、独自にスマホアプリを試作していました。これは、研究試作品「NEC Thanks Card」(旧称:Thanks App)としてストア公開しています。(2024年9月でサービス終了予定です)
対面や口頭で行わず、デジタルなサービスを通してのみ伝える感謝のことを、ここではデジタル感謝と呼ぶことにします。デジタル感謝は、表情や話し方といった非言語情報がほとんど伝わらないという特徴があります。そのため、表情や話し方、あるいは態度で伝えていた情報も、言語化してテキストで伝えなければなりません。
感謝には必ず送り手と受け手がいるため、感謝のデータは方向性のあるベクトルになります。このベクトルを、どんどんつなげていくと、人と人をつなぐソーシャルネットワークが形成されます。こうして形成されたネットワーク構造を、感謝ネットワークと呼んでいます。
実験方法
2019年、デジタル感謝を促進することが、組織エンゲージメントの改善に有効なのかを確かめることを目的として町役場で実験を行いました。
町役場職員98名(15チーム)のうち、実験参加への同意を得られた88名に、NEC Thanks Cardがインストール済みのスマートフォンを配布し、2ヶ月間利用してもらいました。また、利用前後で組織エンゲージメント調査票によるアンケートに回答してもらいました。
組織エンゲージメント調査票は、「仕事の充実感」「組織への愛着」といったエンゲージメントのほか、これに関わる「チームワーク」「同僚への信頼」「上司への信頼」「上司の頼りがい」といった人間関係に関する要因、「仕事の納得性」「評価の納得性」「風通しの良さ」といった組織環境に関する要因を測定するアンケートです。
実験結果
2ヶ月間のアプリ利用前後で実施したアンケートの回答率は、利用前アンケートが63%、利用後アンケートが30%でした。利用後アンケートは回答率が低かったため、利用前アンケートの結果のみを用いることとし、チームごとに集計しました。
スマホアプリからは、感謝を送った回数をチーム毎に集計しました。ただし、チーム毎に人数が異なるため、チーム毎の一人当たり感謝回数を計算し、チーム間比較ができるようにしました。また、集計は、同じチームメンバーへの感謝(チーム内感謝)と他のチームへの感謝(チーム間感謝)に分けて行いました。
チーム内感謝のデータを用いて、1回でも感謝していれば繋がっていると考えて、チーム毎の感謝ネットワークを可視化したところ、次のようになりました。
感謝ネットワークを眺めていると、線が少なくすっきりとしたパターンと、線が多く複雑なパターンがあるように思えます。そこで、ネットワーク構造の複雑度を計算する公式を考えることにしました。
一見、複雑度はネットワーク構造の線の多さで決まっているように思えます。線の多さを表す指標には、ネットワーク密度(=実際の線の数÷可能な線の最大数)というものがあります。しかし、実際にこれを計算してみると、この指標では複雑さは表せていませんでした。そこで、新たに三角ネットワーク密度(=実際の三角形の数÷可能な三角形の最大数)という指標を考えました。
三角ネットワーク密度(Triangle Network Density, TND)
$$
\rho_3=\sum_{i,j,k=1}^{n} d_{ij}d_{jk}d_{ki} / _n\mathrm{C}_3, \ d_{ii} = 0, \ d_{ij}=d_{ji}, \ d_{ij} \in \{0,1\},\ n\ge2
$$
ここで、$$d_{ij}$$は、線が有無(0=なし、1=あり)を表す隣接行列の要素です。
以上の指標を用いて、利用前アンケートの結果と、一人当たりチーム内感謝送信数・一人当たりチーム間感謝数・および三角ネットワーク密度との相関分析を行ったところ、次のような結果が得られました。
この結果からは、次のようなことが分かります。
上司への信頼が高いチームほど、チーム内感謝数が多い
エンゲージメントが高いチームほど、チーム間感謝が多い
主に同僚への信頼が高いチームほど、三角ネットワーク密度が高い
特に、三角ネットワーク密度は同僚への信頼と非常に強い相関(r=0.80, p<0.001)があり、感謝ネットワークの複雑さは信頼とほぼ同義と考えられることが分かりました。
この結果から、私たちは、「感謝ネットワークの構造がチーム内の信頼感を表している」(Yamamoto, et al., 2022)と結論づけています。
考察
社会関係資本とグラフ理論
実は、上記の「感謝ネットワーク構造と信頼の関係」は、心理学における「感謝は二人の関係(信頼)をより強固にする」(Algoe, 2008)という結果や、社会関係資本論の「ボンド型ネットワークは信頼という社会関係資本を持つ」(Putnam, 1994)という結果とよく似ています。
社会関係資本論では、線の数が少ない疎なソーシャルネットワークをブリッジ型のグラフ、線の数が多い密なソーシャルネットワークをボンド型のグラフと呼び、それぞれ異なる社会関係資本を持っているとしています。
ブリッジ型は、薄い人間関係を表しています。例えば、「名前は知っているけど、顔は知らない」とか「何をしているかは知っているけど、人となりまでは知らない」といった具合です。ブリッジ型グラフの代表例は、研究者のソーシャルネットワークです。論文を通して、名前や研究テーマは知っていますが、人となりは知らないことが多いです。このタイプのソーシャルネットワークは、しがらみが無く、開放的で、情報が遠くまで届くことが特長となっています。情報が遠くまで届くので、知識の意外な組合せを発生させやすく、創造性が高いと言われています。
ボンド型は、濃い人間関係を表しています。例えば、「目標に向かって一丸となっている」とか「阿吽の呼吸で物事を進められる」といった具合です。ボンド型グラフの代表例は、スポーツチームのソーシャルネットワークです。勝利を目指して、チームメンバーがポジションや役割の仕事を全うし、他のチームメンバーが試合中にどう動くか予測できるようになっているチームを思い浮かべてください。このタイプのソーシャルネットワークは、メンバー同士の相互理解が高く、相互に信頼し、いざというときは助け合えることが特長となっています。そのため、チームとしての高いパフォーマンスを発揮することができます。
まとめると、社会関係資本とグラフ型の関係は次のようになっています。
つまり、信頼はボンド型グラフの特徴とされています。
したがって、感謝ネットワークは、社会関係資本の一部を可視化しているとも言えます。
信頼の違い
Yamamotoら(2022)で行った尺度の妥当性検証では、同僚への信頼は心理的距離と逆相関の関係でした。これは、この種の信頼が、心の距離の反対、つまり心の距離の近さを表していることを示しています。言い換えると、「自分と親しい間柄である」と感じているタイプの信頼です。
一方、社会関係資本における信頼とは「相手がルールや規範を守るという期待」のことです。言い換えると「自分に迷惑を掛けないだろうという期待」を表しています。
山岸の定義によれば、「信頼」とは「相手が、自分にとって不利になる行動をとらないであろうという期待」(下記記事参照)でした。この定義に従えば、たしかに、この2つは「信頼」ですが、期待の理由が異なります。
前者を感情的信頼、後者を規範的信頼と呼ぶことにすると、感情的信頼は相手との関係性を理由に、規範的信頼は相手の誠実性を理由にしています。しかも、規範的信頼は「ルールは守って当たり前」と考えられやすく、この「当たり前」という考えは、感謝の最大の阻害要因でもあります。もしかすると、感謝と関連づけられる信頼は、感情的信頼だけなのかもしれません。
チームの信頼感を高めるためには
実験結果に、「上司への信頼が高いチームほど、チーム内感謝数が多い」という事実がありました。これは、上司への信頼がなければ、デジタル感謝サービスを導入しても、使われないことを示しています。そのため、ツールの導入よりも先に、チームメンバーの上司への信頼を高めることが必要です。
実際、他の実験でチームインタビューを行ったところ、感謝数が多かったチームには、上司とチームメンバーの間に気軽に冗談が言えるようなポジティブで気安い空気感がありました。
また、「主に同僚への信頼が高いチームほど、三角ネットワーク密度が高い」という結果は、チーム内の信頼感を醸成していくには、三角形のネットワークが形成されるように感謝をしていった方が良いことを示唆しています。
例えば、Aさん、Bさん、Cさんの3人チームの場合、AさんとBさんの間、BさんとCさんの間だけでなく、AさんとCさんの間でも感謝があると、二者間の相互信頼だけでなく、チーム全体としての信頼感が生まれてきます。AさんとCさんの間に感謝が生まれるには、AさんとCさんの間の親切な行動が必要です。そのため、できればAさんとCさんが関係するように業務を設計した方が良いでしょう。
実験データを観察していると、三角ネットワーク密度が高いチームには、たいてい積極的に感謝する人がいます。その人は、感謝することに効果をとても感じており、多くの人に広く感謝を送り、そのコメントには感謝以外にも称賛・労い・応援などの言葉があり、他の人に比べてコメントがとても長いです。これが、受け取った人の心に響くのか、受け取った人も感謝が増えていくようです。
このような人は、言い換えると、感謝を広げるインフルエンサーのような人と言えるでしょう。もしかすると、導入したデジタル感謝サービスをうまく機能させるには、長いコメントをつけて周囲に積極的に感謝をする、少数のインフルエンサーがいると良いのかも知れません。
以上をまとめると、デジタル感謝サービスで、チームの信頼感を高めるには、次のようなことを行えば良いかも知れません。
まとめ
今回は、私達の論文の内容を簡単にご紹介しました。
特に、重要だったのは、感謝ネットワークの形状を見れば信頼感が分かるということです。
この結果を応用して、デジタル感謝で感謝ネットワークを可視化すれば、今まで見えなかったチームの信頼感を、リアルタイムで可視化することができることになります。
筆者:山本
参考文献
Yamamoto, J. I., Fukui, T., Nishii, K., Kato, I., & Pham, Q. T. (2022). Digitalizing gratitude and building trust through technology in a post-COVID-19 world—report of a case from Japan. Journal of Open Innovation: Technology, Market, and Complexity, 8(1), 22.
https://www.mdpi.com/2199-8531/8/1/22Putnam, R. D. (1994). Making democracy work: Civic traditions in modern Italy.
https://www.torrossa.com/en/resources/an/5581971Algoe, S. B., Haidt, J., & Gable, S. L. (2008). Beyond reciprocity: gratitude and relationships in everyday life. Emotion, 8(3), 425.
https://psycnet.apa.org/journals/emo/8/3/425/山岸俊男. (1998). 信頼の構造. 東京大学出版会.
https://www.utp.or.jp/book/b298848.html