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個人的相対的剥奪感とウェルビーイング

はじめに

今回の記事では、ウェルビーイング研究で有名な前野隆先生が共著となっている論文から「個人的相対的剥奪感」の研究についてご紹介します。

こちらの記事で、他人と自分を比較する「社会的比較」をご紹介しました。社会的比較はいくつかの次元に分けることができ、場合によっては私たちにポジティブな影響を及ぼすことが分かっています。

今回ご紹介する個人的相対的剥奪感は、他者と比較することで生じる感情のことであり、社会的比較の結果として引き起こされるネガティブ感情のひとつです。

まずは個人的相対的剥奪感とは何か、そしてウェルビーイングにどのような影響を与えるか、さらに海外の研究データを基にした国際比較の結果についてご紹介していきます。


個人的相対的剥奪感とは

相対的剥奪感と個人的相対的剥奪感

「個人的相対的剥奪感(Personal Relative Deprivation:PRD)」とは、ある基準と比べて当然得られると思われる結果を奪われたと感じることによって生じる憤りや不満といった概念のことを指します。

例えとして、会社の同期が自分よりも早く昇進したとき「自分の出世の機会が奪われた」といったような感情をもつことなどが挙げられます。このとき、“会社の同期”という、自分と似た立場の他者を基準として比較していること、実際に生じた“差(金銭的な差など)”よりも “不満感”に着目しており、主観であることが個人的相対的剥奪感のポイントです。

実際に生じた“差”に対して不満を感じることは、相対的剥奪感(“個人的”がつきません)と呼ばれます。
相対的剥奪感は、所得などの客観データから算出することができるため、これまでも研究が行われてきました。所得格差を可視化する「ジニ係数」も、相対的剥奪感を示す指標のひとつとして用いられています。
幸福度との関係を調査した研究では、実際の所得の絶対額よりも、相対的剥奪感や満足度に関連する係数の方が、幸福度と密接に関連していることが明らかになっています。

ちなみに、ジニ係数とは、社会における所得格差を測る指標のひとつです。0~1の値をとり、格差が全くないと0、誰かが独占している状態だと1となります。日本のジニ係数の推移は図1のような状態です。こういった指標を見て「格差が拡大した」などと議論されるわけです。

図1. 日本のジニ係数の推移
厚生労働省政策統括官, 令和3年 所得再分配調査報告書(2021)の図3より作成

※当初所得ジニ係数とは、前年の所得から計算した数値です。
※再分配所得ジニ係数とは、社会保障料および税金の控除をおこない、年金や医療、介護などの社会保障給付をくわえた所得から計算した数値です。

OECDの公表しているジニ係数データでは、アメリカや中国といった私たちにとって身近な国が掲載されていなかったためご紹介は省略しますが、OECD諸国のなかでは日本のジニ係数はやや高く、相対的剥奪感も高い可能性があります。

個人的相対的剥奪感の測定

今回ご紹介する個人的相対的剥奪感についても、主観的幸福感との関係が指摘されています。海外の研究では、個人的相対的剥奪感が高いことが主観的幸福感にマイナスの影響を与えていると報告されています。

しかし、個人的相対的剥奪感は、あくまで個人の主観に基づくため、客観データのみでは測定することができません。そこで、「個人的相対的剥奪感尺度(Personal Relative Deprivation Scale:PRDS)」が開発されています。今回ご紹介する研究の先行研究にて、この尺度が日本語化されていましたので、その質問項目についてご紹介します。

・自分と同じような人がもっているものと、自分がもっているものとを比べて考えてみると、私は恵まれていないと感じる。
・自分と同じような人と比較すると、私は恵まれていると感じる。(逆転項目)
・自分と同じような人が、どれだけ豊かに過ごしているかわかったとき、私は苛立ちを感じる。
・自分が持っているものと、自分と同じような人が持っているものとを比べると、私は自分が良い状態にあると思う。(逆転項目)
・自分と同じような人が持っているものと、自分が持っているものとを比べると、私は不満を感じる。

日本語版個人的相対的剥奪感尺度(参考文献2より)

上記5項目について「1:まったくあてはまらない」~「6:とてもあてはまる」の6件法で回答してもらい、得点が高いほど、個人的相対的剥奪感が強いということになります。

前述の通り、個人的相対的剥奪感は主観的幸福感と関係していることが指摘されているものの、日本における研究はまだ多くありません。ソーシャルメディアの利用が増えた昨今、集団主義的な日本では社会的比較が欧米よりも多く行われている可能性があります。すると、個人的相対的剥奪感の測定結果にも差があるかもしれません。

個人的相対的剥奪感がウェルビーイングに与える影響

そこで、今回ご紹介する研究では、日本語版個人的相対的剥奪感に加え、主観的幸福感や対象者の個人属性(社会的経済的状況、パーソナリティーなど)、主観的な社会的経済的状況に関わる項目などの調査も行っています。調査は20~60歳代の男女500名に対してWebアンケート形式で行われました。
調査結果については、海外(アメリカ、イギリス、韓国)の先行研究で示されている値と比較して言及しています。

個人属性と個人的相対的剥奪感の関係

個人的相対的剥奪感およびその他の測定項目の関係について表1に示します。

表1. 日本語版個人的相対的剥奪感の相関
※参考文献1のTable2から筆者作成

結果について、特徴的であった項目について解説します。

まず、年齢、世帯収入、教育水準、友人の数について、それらの値が小さいほど個人的相対的剥奪感が高い傾向にありました。つまり、若いほど個人的相対的剥奪感が高く、世帯収入が低いと個人的相対的剥奪感が高い、といったことを示します。ただし、世帯収入との相関について、統計的に有意ではありましたが、アメリカやイギリスよりは弱い相関でした。
この結果は、社会的な充実度が高いほど、個人的相対的剥奪感は低下するという関係を示唆しています。

また、社会的比較について、社会的比較志向(能力)は個人的相対的剥奪感と正の相関を示しましたが、社会的比較志向(意見)については、統計的に有意な相関は示しませんでした。
韓国の調査では、社会的比較志向(意見)についても相関を示しており、日本はそれと異なる結果となりました。同じ東アジアの国であっても異なる結果となったことから、個人的相対的剥奪感の文化差については、より検討していくべきでしょう。

主観的幸福感と個人的相対的剥奪感の関係

続いて、個人的相対的剥奪感と[A1] 主観的幸福感との関係について見ていきます。

表2. 個人的相対的剥奪感と幸福度に関する項目の関係
※参考文献1のTable3から筆者作成

表2より、個人的相対的剥奪感は、ポジティブ感情とネガティブ感情を測定する尺度(PANAS)のネガティブ感情と相関がみられ、アメリカでの調査結果よりも強く相関しているという結果でした。

また、個人的相対的剥奪感は、主観的幸福感、自己評価の幸福度、生活満足度と強い負の相関がみられました。一方、人生の意味尺度(個人の人生における意味感覚の強さを測定する尺度)との相関はみられませんでした。

この結果は、個人的相対的剥奪感が、身体的健康などと同様に、主観的幸福感と密接な関係性を持つことを示しています。また、人生の意味の探求は、個人的相対的剥奪感の低減に寄与しない可能性があります。

社会的比較と個人的相対的剥奪感と主観的幸福感の関係性

続いて、社会的比較、個人的相対的剥奪感、主観的幸福感の関係性に関する、媒介分析の結果を見てみます。

図2. 媒介分析モデル
※参考文献1のFigure1、Table4から筆者作成

分析の結果、個人的相対的剥奪感は社会的比較(能力)と幸福感の関係を媒介しており、負の間接効果が有意であることが分かりました。また、この関係性において、個人的相対的剥奪感を介した影響が大きいことが分かりました。

図2は、測定している幸福に関する指標のうち、主観的幸福感に対する関係性について分析結果を示しています。社会的比較による効果(直接効果)は統計的に有意ではありますが、個人的相対的剥奪感を介した効果(間接効果)も有意となっており、より影響が大きいことが分かります。他の幸福感に関する指標に関する分析でも、同様の関係性となっていました。

社会的比較を行う人は、より頻繁にネガティブな感情を経験するといわれており、その大きな原因のひとつが個人的相対的剥奪であるのではないかと考えられます。

一方、個人的相対的剥奪感の影響が大きいということは、個人的相対的剥奪感の低減が、社会的比較をしやすい人の幸福感の向上に寄与する可能性があるということです。ソーシャルメディアの利用方法の工夫といった手段により、個人的相対的剥奪感の発生を抑制し、個人の幸福感を向上させるといったことが可能かもしれません。

まとめ

今回は、個人的相対的剥奪についてご紹介しました。本記事のポイントは以下となります。

  • 「個人的相対的剥奪感」とは、ある基準と比べて当然得られると思われる結果を奪われたと感じることによって生じる憤りや不満といった概念のことである。

  • 社会的な充実度が、個人的相対的剥奪感の低さと関連している可能性がある。

  • 個人的相対的剥奪感は、主観的幸福感と密接な関係性を持ち、負の影響を及ぼす。

  • 個人的相対的剥奪感には文化差がある可能性がある。

  • 個人的相対的剥奪感は社会的比較(能力)と幸福感の関係を媒介している。

(執筆者:丸山)

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「THE WELL-BENG WEEK 2024」での発表をしました。資料と動画を公開していますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。

私たちの研究について

https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/rd/thema/well-being/index.html

参考文献

  1. Saito, M., Kondo, K., Kondo, N., Abe, A., Ojima, T., Suzuki, K., & JAGES group. (2014). Relative deprivation, poverty, and subjective health: JAGES cross-sectional study. PloS one, 9(10), e111169.

  2. Ohno, H., Masuda, S., & Maeno, T. (2023). A Japanese version of the Personal Relative Deprivation Scale (J-PRDS): Development and validation of the J-PRDS. Current Psychology, 42(18), 15465-15474.