【基礎知識】仕事の質とウェルビーイング-仕事がつまらなくても、仕事に満足する理由
多くの人は一日の大半を仕事に費やしているため、仕事におけるウェルビーイングを理解することは、人生のウェルビーイングを考える上で必要不可欠です。また、企業にとっては、ウェルビーイング経営を実践するうえで、仕事におけるウェルビーイングの理解は必要不可欠でしょう。
一般に、人生におけるウェルビーイングと仕事におけるウェルビーイングは、必ずしも一致しません。仕事には、やらねばならないタスクがあり、自分を管理する上司がおり、仕事のパフォーマンスを評価されるなど、余暇ではほぼ存在しない所与の条件があるためです。
また、企業にとっては、従業員ウェルビーイングを高めることが、どのくらい企業業績に影響を及ぼすのか が問題になるでしょう。ほとんど影響がないのであれば、企業は、合理的判断によって従業員ウェルビーイングを無視するはずです。反対に、影響があるのであれば、企業は、何が従業員ウェルビーイングに影響するのか、従業員ウェルビーイングがどのように企業業績に影響するのかを知りたいのではないでしょうか。
そこで、本記事では、「Wellbeing – Science and Policy」(ケンブリッジ大学出版、2023)の第12章「仕事の質」を参考にして、仕事におけるウェルビーイングの基礎知識をまとめようと思います。
<本記事のポイント>
仕事のウェルビーイングが高いのに、仕事中のウェルビーイングが低いことがある
仕事のウェルビーイングには、給与よりも良好な対人関係と労働者の興味ややりがいが重要である
仕事のウェルビーイングには、従業員が働きたい時間だけ働けるかどうかが重要である
仕事のウェルビーイングが、個人の生産性や企業業績を向上させる因果関係の示唆がある
仕事がつまらないのに満足する理由
Gullup社の世論調査「Gallup World Poll」によれば、最低でも回答者の50%は自分の仕事に満足していると答えており、世界中の労働者の大多数が自分の仕事に比較的満足していることが確かめられています(図1)。
調査の結果からは、以下の点も挙げられています。
職種にかかわらず、北米・オーストラリア・ニュージーランド・西欧の労働者の職務満足度は、他の地域よりも高い
多くの地域で事業主・管理職・専門家の職務満足度は、他のグループよりも高く、農業・林業・漁業の職務満足度が最も低い傾向にある
豊かな国では、職務満足度の格差が、貧しい地域の格差よりもかなり小さい
このことから、結局のところ、高所得国の労働者や高所得の職業に就いている労働者、すなわち賃金を多くもらっている労働者の職務満足度が高いように見えます。
一方、BrysonとMacKerronの経験サンプリング研究によれば、労働は幸福感にとって2番目に悪い活動であることが証明されています(図2)。
ウェルビーイグの評価指標として使われる職務満足度は、長期的に比較的安定した傾向を測定するように設計されています。これに対し、情動は、曜日や時間帯、従事している活動によって大きく変化します。そこで、BrysonとMacKerronは、一人一人に対して、日々の変動する情動を細かく測定する方法として、経験サンプリング法(ESM)を用いました。
BrysonとMacKerron(2017)は、アプリを用いて、2010年から2011年にかけて、英国に住む数万人の成人の活動と感情的ウェルビーイングに関する100万データポイント以上を収集しました。そして、余分な固定効果を除いた回帰分析を行い、40個の活動が瞬間的な幸福(momentary happiness)に及ぼす影響度合いを算出しました。
その結果、40個の活動のうち、「働くこと」は瞬間的幸福に負の影響があり、病気で寝込むことを除いて最悪の活動であることが明らかになりました。COVID-19の期間中に実施された分析でも、「働くこと」はポジティブ感情にとって「COVID-19に関するニュースを読む」ことに次いで2番目に悪い活動でした。
これらの2つの調査結果を統合すると、「多くの人にとって、労働は瞬間的幸福度を低下させるが、長期的には自分の仕事に満足していると評価する」となります。これは、一見すると矛盾していますが、2通りの説明が可能です。
1つは、職務満足度のような評価的判断は、感情的報告よりも、個人的なストーリーや社会的比較を反映する、という説明です。すなわち、職務満足度を聞かれたときに、自分の仕事がどんなに大変でも、「周囲の人々や同業他社、あるいは異業界や異文化の国々と比較すれば、自分の仕事はそれほど悪くない」と評価することがあるというわけです。
もう1つは、実際の仕事が過酷でも、それが達成感や目的意識、帰属意識に寄与するならば、全体的な体験はポジティブに評価される、という説明です。実際、これまで業務を振り返ってみて、使命のある非常に過酷な仕事(いわゆる修羅場)でのやり遂げた体験が、自分を成長させてくれた貴重な体験になっているという人も多いのではないでしょうか?
上記2つの説明のうちどちらが正しいのか、あるいは全く別の理由なのかは未解決の問題です。しかし、先に述べた「仕事のウェルビーイングが高いのに、仕事中のウェルビーイングが低いことがある」という点は事実です。もし、仕事のウェルビーイングを無視して、仕事中のウェルビーイングだけを高めようとすると、誰もまじめに働こうとしない組織になってしまうかもしれません。そのため、仕事中のウェルビーイングを高めるとともに、仕事のウェルビーイングを高める必要があります。
「Wellbeing – Science and Policy」では、そのためには仕事の質を向上させるとよいだろうとしています。
仕事のウェルビーイングに効く職場特性
仕事の質を向上させるには、どの職場特性が仕事のウェルビーイングの促進要因(あるいは阻害要因)となるのかを明らかにする必要があります。図3は、国際社会調査プログラム(ISSP)の国際データを用いて、職務満足度と13の職場特性との関連(偏相関係数)を図示したものです。ここでは、図3の職場特性のうち重要な要因に焦点を当てて考察します。
給与
所得とウェルビーイングの関係は、最も古く、最もよく研究されているテーマの一つです。他の職場特性と比較すると、通常、給与はかなり高いスコアを示しますが、1位になることはほとんどありません。実際、図3では第3位であり、欧州社会調査のデータでは20要因中第9位 (De Neve, 2018)、Indeed社のデータでは11要因中第5位でした (Cotofan, et al., 2021)。つまり、仕事のウェルビーイングは、給与だけで成り立っているわけではありません。
また、給与の支払われ方については、個人業績給よりもグループ業績給の方が、職務満足度を有意に高めることが確認されています。これは、現代のほとんどの仕事が、個人仕事ではなく、チームでの協力を必要とする仕事になっているためです。つまり、チーム仕事の場合、チームでの成果に対して報酬をもらい、それをチームメンバーで山分けする方が、ウェルビーイングが高まると考えられます。
対人関係
対人関係は、職場のウェルビーイングにおいて最も重要な予測因子です。実際、図3では職務満足度に対して13要因中第1位、欧州社会調査では同僚との支えあいが職務満足度と人生満足度に対して20要因中第1位でした。また、多くの研究では、次のような結果が得られています。
職場に友人がいる労働者は、生産性が高く、離職率が低く、職務満足度が高い
職場での友人関係が、従業員の活力と精力を高める
米国では、職場への帰属意識と職場の包容力を感じることが、職場のウェルビーイングに最も重要である
しかし、職場での親密な人間関係は、1日を通して注意散漫になる傾向を高める
また、管理職(上司)との関係は特に重要で、図3のデータを管理職との関係と同僚との関係に分けて分析すると、管理職との関係は、同僚との関係よりも2倍以上の影響があるという結果になります。他にも、多くの研究によって、次のような結果が得られています。
管理職が組織の長期的な成功と従業員ウェルビーイングの唯一最大の予測因子である
有能な管理職がいる場合、そうでない管理職がいる場合に比べて職務満足が有意に高い
優秀な上司の下で働く従業員は、生産性が高く、離職率が低い
最高の上司は、チームの生産性を1時間当たり約22%向上させる
評価の高い管理職の下で働く従業員は、離職する可能性が12%低い
米国労働者の半分が、悪い上司から逃れるために転職したことがある
管理職として成功するスキルを持つ候補者は10人に1人しかいない
企業は、82%の確率で、管理職に適した候補者を選べていない
労働時間
「働くこと」が瞬間的なウェルビーイングにマイナスの効果があることを考えれば、労働時間はできるだけ短くした方がよいことになります。だとすれば、フルタイム労働者よりもパートタイム労働者の方がウェルビーイングであるという仮説が考えられます。しかし、次のような多くの研究結果によれば、この仮説は必ずしも成立するとは限りません。
英国:週8時間の労働はウェルビーイングを高めるが、それ以上はあまり重要ではない
日本と韓国:政策により、週労働時間を40時間に短縮したところ、人生満足度が改善した
仏国と葡国:週労働時間の短縮が、職務満足度と余暇満足度、主観的健康にプラスの効果をもたらす
週労働時間の短縮は、総生産性への影響はほとんどない
中国と印国:パートタイム労働者の方が、フルタイム労働者よりも人生満足度が低い
ブラジルとナイジェリア:パートタイム労働者とフルタイム労働者の人生満足度に有意差はない
欧州全体:労働時間は、職務満足度に及ぼす影響は重要ではない
独国と英国:労働時間の延長は、ウェルビーイングの改善に関連している
結局、客観的な労働時間にあまり意味はなく、従業員が働きたい時間だけ働けるかどうかがウェルビーイングを大きく左右するようです。実際、図3では、労働時間のミスマッチとワーク・ライフ・インバランスが職務満足度の最大の阻害要因となっています。欧州社会調査では、「仕事以外の活動を楽しむことができないほど疲れている」ことや「家族のために十分な時間が割けない」ことが、職務満足度や人生満足度に大きなダメージを与えています。また、雇用者主導の不安定なスケジュールが、心理的苦痛、睡眠不足、不幸のレベルを向上させるという研究結果もあります。平均的な労働者は、このような苦痛を避けるためなら、給与の一部を放棄してもよいとさえ考えていることが分かっています。
興味のある仕事/意義のある仕事
有名な石工職人の喩えでも言及されているように、同じ仕事であっても労働者の主観的な仕事のとらえ方によって、仕事は苦痛なものから楽しいものへと変わることがあります。石工職人の喩えで言えば、3人の石工職人のうち「みんなが笑顔になれる偉大な大聖堂を建てている」と主観的に考えていた職人にとっては、客観的には楽しそうには見えないレンガ積み作業も意義ある仕事になっていました。
図3では、労働者が自分の仕事に興味をもっていることが、職務満足度の2番目に重要な予測因子でした。同様に、欧州社会調査のデータでは、仕事におけるタスク多様性が20要因中2番目に重要でした。また、様々な研究から、仕事の意義は、より高レベルな職務満足度、従業員エンゲージメント、生産性を促進することが示されているそうです。
仕事のウェルビーイングと企業業績
ウェルビーイングと企業業績との関係を探索した研究は、1930年代のメイヨーらの人間関係論にまでさかのぼることができるでしょう。メイヨーらは、ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場での実験(いわゆるホーソン実験)から、仕事場の環境要因(明るさなど)よりも、チームの人間関係がチームの生産性に重大な影響を及ぼすことを発見しました。このことが、労働者は一人の人間であり、機械のようにいつでも交換可能ではない、という人間関係論の主張につながっていきます。
一方、図3では対人関係が職務満足度の最も重要な予測因子となっています。ホーソン実験の結果と合わせると、対人関係が職務満足度と生産性の両方に強く影響し、職務満足度と生産性には相関関係があることが予想できます。この予想を、やや拡大解釈すると、ウェルビーイングと企業業績には少なくとも疑似的な相関関係があると考えることができるでしょう。
実際、Krekelら(2019)が、Gallup社のデータを用いて行った分析では、職務満足度は、顧客満足度、従業員の生産性、企業の収益性と有意な正の相関があり、離職率とは負の相関がありました(図5)。Gallup社のデータは、73カ国、49業種、82,248部門、従業員1,882,131名を対象にした、339個の独立調査から収集した大規模データです。そして、この結果は、4つの業種(金融、製造、サービス、小売り)でも、非米国企業でも一貫していることが示されています。つまり、かなり普遍性のある結果だと考えられます。ただし、この結果は、相関関係であって、因果関係ではない点には注意が必要です。
一般的に因果関係を簡単に確かめる方法は無く、ウェルビーイングとパフォーマンスの因果関係の研究においても、様々な分析手法が用いられています。
縦断的パネルデータ分析(アンケート回答の時系列データの分析、非常に高コスト)では、従業員のウェルビーイングがその後の職場パフォーマンスを予測することを示唆する結果があります。経験サンプリング法では、ポジティブ感情の増加は、創造性の増加に最大2日先行すること(因果関係があること)を証明した結果があります。他の要因を排除した理想的な環境(実験室)で行う実験室研究では、ポジティブ感情の誘発が生産性を向上させること、および幸福度の増加が生産性を12%増加させることが示された結果があります。また、現実の世界で実施されるフィールド実験では、中国の旅行代理店で、在宅勤務で生産性が13%向上したという結果があります。対照群やランダム化を行わず、外的要因によるグループ分割とランダム化を行う準実験計画法では、英国のコールセンターを対象にした研究で、11段階の幸福度が1上昇すると、従業員1人当たりの売り上げが13.4%増加するという結果が得られています。
これらの結果からは、ウェルビーイングから企業業績への因果関係が示唆されていますが、まだ結論を下すには至っていません。
最後に、「Wellbeing – Science and Policy」では、多くの研究から考えられる重要な因果経路を、図6のようにまとめています。
まとめ
本記事では、書籍「Wellbeing – Science and Policy」の第12章を参考に、仕事の質とウェルビーイングに関する基礎的な知識を紹介しました。
紹介した内容を簡単にまとめると、次のようになります。
仕事のウェルビーイングが高いのに、仕事中のウェルビーイングが低いことがある
仕事のウェルビーイングには、給与よりも良好な対人関係と労働者の興味ややりがいが重要である
仕事のウェルビーイングには、従業員が働きたい時間だけ働けるかどうかが重要である
仕事のウェルビーイングが、個人の生産性や企業業績を向上させる因果関係の示唆がある
また、結局、仕事がつまらないのに、仕事に満足する理由は、仕事に対する満足度を聞かれたときに、①社会的比較により他の仕事よりましだと評価する、②達成感ややりがいがあって全体的には満足したと評価する、という2つの理由が考えられました。
参考資料
Bryson, A., and MacKerron, G. (2017). Are you happy while you work? The Economic Journal, 127(599), 106–125. [pdf]
De Neve, J. E. (2018). Work and well-being: A global perspective. Global Happiness and Well-Being Policy Report 2018. [pdf]
Krekel, C., Ward, G., and De Neve, J. E. (2019). Employee well-being, productivity, and firm performance: evidence and case studies. In Global Happiness and Well-Being Policy Report. [pdf]
執筆:山本
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