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集団の中で広がる感謝「集合的感謝」の効果とは?

はじめに

本記事のテーマは「感謝」です。

“感謝”という言葉を辞書で調べると、「ありがたいと思う気持ちを表すこと。また、その気持ち。」と書かれています。つまり、感謝とは、「ありがとう」という言葉だけを示すのではなく、何らかに対して「ありがたい」と感じる気持ちも含まれています。

そんな感謝は私たちにどんな効果をもたらすのか、ポジティブ心理学の観点での基礎知識や、近年の論文からご紹介していきます。


感謝の研究ご紹介

近年注目をあつめる“感謝”

先ほど辞書的な意味での感謝をご紹介しましたが、ポジティブ心理学における感謝も、「ありがとう」の言葉だけを示すものではありません

例えば、個人の感謝の抱きやすさ(感謝特性)を測定するような研究や、感謝の気持ちを抱いたり伝えたりすることに着目した研究、感謝された人に着目した研究など、様々なテーマがあります。

感謝の研究は、セリグマン博士の提唱したポジティブ心理学の文脈で2000年前後から研究が盛んになっており、感謝に関する研究は増加傾向にあります。

感謝は人と人との結びつきを強化する

では、感謝について、どのような効果が確認されているのでしょうか。

感謝の役割や効果については様々な研究がなされており、他の方の記事でも紹介されていると思いますので、本記事では代表的な介入実験や理論、そして私たちの研究からわかってきた効果についてご紹介します。

おそらく最も有名な感謝の介入は「感謝の手紙(Seligman, et al. 2005)」です。お世話になったのにも関わらずお礼を言えていない人に対し感謝の手紙を書き、それを直接届けることで、幸福感の向上や抑うつ状態の軽減など、心理的にポジティブな影響がみられました

実は、私たちも8年ほど感謝の研究を行っており、そこでも感謝の効果が確認できています。研究の中で行った実証実験※1からは、感謝のネットワーク(感謝のつながり)が複雑※2になるほどチームの信頼感が増していることが確かめられました。(Yamamoto, et al. 2022)

※1 実験には、口頭や手紙による感謝(アナログ感謝)ではなく、スマホアプリを用いて行う感謝(デジタル感謝)を対象としました。
※2 メンバー3人でつくられる感謝の三角形の数が多いほど、チームの感謝ネットワークが「複雑」と定義しています。

こういった感謝の効果について、原理を説明する有名な理論があります。
感謝研究でよく引用されるFind-remind-and-bind理論(Algoe. 2012)では、感謝はfind、remind、bindの3つの事項に寄与し、人間関係の形成や発展を促進すると説明しています。

  • find …将来的に質の高い人間関係を気づいていくことのできるパートナーを発見すること

  • remind …現在自分と質の高い人間関係にあるパートナーを再認識すること

  • bind …他者との絆を強くすること

最近の論文のご紹介 ~ダイバーシティと集合的感謝~

ここからは、最近の感謝に関する論文の内容を1つご紹介します。

集団における感謝「集合的感謝」とは

これまで感謝が心理的にポジティブな影響をもたらしたり、人との関係性を強化するといったことをご紹介しました。実は、感謝の効果は個人にはとどまらず、集団にまで波及することが分かってきています。

会社や組織といった集団で捉えた研究では、感謝感情が組織市民行動を促したり、ワークエンゲージメントや情緒的コミットメントにつながることが示唆されています。情緒的コミットメントとは、所属組織に対する構成員の情緒的な愛着や、組織の一員としてのアイデンティティの強さのことを指します。

実際、会社や組織として感謝を積極的に取り入れようという働きもあってか、感謝を贈りあうためのシステムやサービスも提供されています。

集団における感謝の仕組みとしては、他者の表情や行動を模倣することで意識せずに似たような感情を持つ「情動伝染」や、感謝を目撃した第三者に対して同じような行動が誘発されそれが連鎖する、といった現象として説明されています。このように、集団における感謝は、個々の感情が集団内で広がり、蓄積することで機能する「集合的感情」の一種であろうと考えられており、「集合的感謝」と呼ばれます。

集合的感謝の具体的な効果や、どのような組織で機能するかといった知見はまだ乏しかったため、今回ご紹介する研究では、情緒的コミットメント(すなわち、会社への愛着)に対し、集合的感謝は有効かどうか、といったことを検証しました。

さらに、もう一つの観点として「性別ダイバーシティ」も加えています。「性別ダイバーシティ」とは、主に職場において男女が均等に近い割合で働いているかを意味します。

イノベーションのためには多様性が必須であるということが知られているため、性別ダイバーシティを高めることは、企業にとって価値のある取り組みであると考えられます。さらに日本では、1997年の男女雇用機会均等法の改正以降、社員の募集や採用において性別を理由にする差別は禁止されたため、性別ダイバーシティー向上は企業にとって喫緊の課題とされてきました。

ところが、多様性が高いことで社員の相互理解が難しくなり、従来通りの組織マネジメントでは対処できないことも指摘されています。そこで、感謝というコミュニケーションにおける工夫が、組織マネジメントの課題に対する取り組みの一つとなり得るのではないかと考えたのです。

仮説検証

研究の仮説は、「情緒的コミットメントに対し、集合的感謝は性別ダイバーシティが高い職場において特に有効である」となります。この仮説を検証するために、感謝のほかに年齢や勤続年数、性別ダイバーシティといった調整変数に加え、それらの交互作用についても分析をします。

調査はある日本企業で行われ、アンケートから得られた2667人(職場数43)の回答が分析の対象となりました。企業で行われていたサーベイの項目である「仕事が済んだときに、上司や同僚から労いや感謝の言葉をもらう(4件法)」を感謝の指標として用いています。

分析に用いられた指標を以下に示します。

目的変数:情緒的コミットメント(職場コミットメント尺度の愛着要素)
説明変数:感謝(「仕事が済んだときに、上司や同僚から労いや感謝の言葉をもらう」)
調整変数:職場の性別ダイバーシティ(Blauの多様性指標, 最小0~最大0.5)
統制変数:開放的コミュニケーションの充実度(集合的感謝に固有の効果)、年齢、勤続年数、職場規模

職場レベルでの集計の結果、愛着要素の平均は3.07、集合的感謝の平均は3.06、性別ダイバーシティは0.4でした。

仮説の検証は、階層線形モデルを用いて行います。情緒的コミットメントの愛着要素を目的変数とした分析結果について、抜粋したものを以下に示します。

情緒的コミットメントの愛着要素を目的変数とした階層線形モデルの結果(参考文献の表3から筆者作成)

会社への愛着(情緒的コミットメントの愛着要素)に対し、個人レベルの感謝、集合的感謝について統計的に有意な正の効果がみられました。

感謝の指標は「仕事が済んだときに、上司や同僚から労いや感謝の言葉をもらう」というもので、職場の人から感謝をされることが、会社への愛着を高めることにつながるということを表します。

さらに、個人レベルでの感謝の効果とは別に、集合的感謝にも効果が表れていることが重要で、職場での感謝が多いことも、会社への愛着を高めていること示唆されています。感謝は社員各々の対人関係が強化するだけではなく、職場全体のまとまりを促している可能性があります。

性別ダイバーシティと集合的感謝の交互作用についても、統計的に有意な値を示しました。交互効果とは、2つの要因が組み合わさることにより生じる相乗効果のことです。これらの結果について図にすると、以下のようになります。

この結果は、仮説「情緒的コミットメントに対し、集合的感謝は性別ダイバーシティが高い職場において特に有効である」を支持するものです。

まとめ

この研究で観測された性別ダイバーシティは、会社への愛着に対しマイナスの影響は与えませんでしたが、プラスの影響も与えませんでした。これは前述の通り、多様性が高まることで社員の相互理解が難しくなっていると考えられるため、妥当な結果です。

一方、仮説の通り、集合的感謝と性別ダイバーシティの相乗効果がみられ、集合的感謝が、性別ダイバーシティの高い職場において会社への愛着を高める可能性が示唆されました

組織風土や職務特性なども会社への愛着を高めることが期待されますが、短期間では改善しがたいのが難点です。感謝の場合は、ある程度事前の信頼関係を築くことは必要とはいえ、手軽に実践することができるというメリットがあります。組織のまとまりを高めたいといった課題がある際には、まず取り組んでみてもいいのかもしれません。

ただし、今回ご紹介した研究は、あくまでとある1企業の、とある時期の調査結果に過ぎません。業種や規模の異なる企業や、時系列で調査を実施した場合には異なる結果となる可能性もありますので、注意が必要です。

また、ダイバーシティについて「男・女」に着目をしていました。実際はより様々な「性」があったり、その他の多様性もあるかと思います。そういった多様性の中、すべてが今回のような結果になるとは限りません。しかし、感謝は誰がされても(基本的には)不愉快な気分にはならず、手軽に始められるコミュニケーションです。みなさんも意識的に職場での感謝を取り入れてみてはいかがでしょうか。

私たちの研究について

この記事を書いたのは私です。

参考:

Seligman, M. E., Steen, T. A., Park, N., & Peterson, C. (2005). Positive psychology progress: empirical validation of interventions. American psychologist, 60(5), 410.

Yamamoto, J. I., Fukui, T., Nishii, K., Kato, I., & Pham, Q. T. (2022). Digitalizing gratitude and building trust through technology in a post-COVID-19 world—report of a case from Japan. Journal of Open Innovation: Technology, Market, and Complexity, 8(1), 22.

Algoe, S. B. (2012). Find, remind, and bind: The functions of gratitude in everyday relationships. Social and personality psychology compass, 6(6), 455-469.

正木郁太郎, & 村本由紀子. (2021). 性別ダイバーシティの高い職場における感謝の役割: 集合的感謝が情緒的コミットメントに及ぼす効果. 組織科学, 54(3), 20-31.


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