見出し画像

人と動物との関わりにおけるウェルビーイング ~愛情ホルモン「オキシトシン」に着目した研究紹介~

はじめに

ペットを飼っている方の中には、「飼い犬と暮らしているおかげで健康でいられる気がする」、「飼い猫と触れ合っていると癒される」といったように、ペットとの関わり合いが自身にポジティブな影響をもたらしている感覚がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
かくいう筆者も、犬猫のように触れ合える生き物ではありませんがペットを飼っており、ペットと関わることで幸福度が高まっているように感じています。

こういった幸福感には、“愛情ホルモン”や“幸福ホルモン”などと呼ばれることのある「オキシトシン」が関わっていると考えられています。今回の記事では、動物(ペット)との関わり合いとオキシトシンの関係に着目した研究をご紹介します。


オキシトシンに関する研究

オキシトシンのもつ重要な役割

幸福にまつわる化学物質として「オキシトシン」「セロトニン」「ドーパミン」の3つが挙げられることが多いようです。
「セロトニン」は神経伝達物質の一つで、体温調整や睡眠などの生体にとって基礎的な機能に関する重要な役割を担っているのに加え、精神を安定させる働きもあります。一方「ドーパミン」は、同じく神経伝達物質の一つですが、喜びや快楽に関係しており、過剰になると依存症などにつながることで知られています。

今回着目する「オキシトシン」は、血液を通して身体に様々な働きかけをする情報伝達物質(ホルモン)の一つで、出産や子育てに関わる役割が特に有名です。

まず、分娩時の役割として、陣痛の開始を促します。陣痛は適切な時期に出産を開始するためのものであり、新生児が生存する可能性を最大限に高めます。
オキシトシンはさらに、授乳期にも重要な役割を果たしており、乳汁の放出を促すための乳房内の圧力の変化を生み出すそうです。また、母性行動(子供を世話する行動、母子の絆の発達、子供を守るための攻撃性)を活性化します。

オキシトシンは、ヒトの社会的相互作用の促進にも関係しており、恐怖や痛み、生理的・心理的ストレスを軽減することが示されています。感情の調整を行うことによる直接的な影響だけではなく、オキシトシンが促進する他者への社会的行動が副次的な健康増進効果を生み出したり、他の生理作用と関連して、多岐にわたる効果を及ぼしているようです。
こういった効果から“愛情ホルモン”や“幸せホルモン”などと呼ばれるようになったのでしょう。
今回の記事では、オキシトシンの放出される状況をウェルビーイングな状態のひとつと捉えることにしたいと思います。

動物における研究

オキシトシンについて、ヒトだけではなく家畜化された動物(イヌ、ブタ、ヒツジ、ウシなど)においても研究が行われています。オキシトシンの機能については、もともとネズミやブタなどの哺乳類で確認されていますが、それが「ヒトに当てはめて考えるための実験動物として」ではなく「ヒトと共に暮らす動物として」といった観点でも、研究が行われるようになっているのです。

例えば、飼い主との相互作用(一緒に過ごす、撫でる)により、イヌの尿中オキシトシンが高くなるかどうか、といったような実験が行われます。こういった研究からは、飼い主の存在はオキシトシン放出の引き金になり、さらに身体的な接触がそれを強めるといった示唆が得られています。

今回の記事でご紹介するのは、イヌとネコに関する研究です。
イヌとネコは、古くからヒトと共に暮らしてきた歴史があり、今日においてもペットとして馴染み深い生物です。特にイヌについては、家畜化の過程でヒトに対して従順な気質を獲得してきたことなどから実験もしやすいらしく、例として示したような飼い犬を対象とした研究(実験動物としてのイヌや実験施設ではない場所での実験)の数も多いようです。
一方、ネコは「気難しい」「気まぐれ」といったイメージを持たれるかと思いますが、まさにそういった気質が実験結果に影響を及ぼしてしまう可能性が考えられます。記事後半で飼い猫を対象とした研究をご紹介しますが、実験者がネコと接触しないよう、自宅に訪問しない形式での実験を行っています。

今回ご紹介する研究は、いずれも実験用に飼育されている動物が対象ではなく、家庭で飼育されている犬や猫が対象となっています。これにより、飼い主と飼い犬・飼い猫の関わり合いとその効果について検討することができるのです。

飼い犬と飼い主の関係性

まず飼い主と飼い犬の関係性について、オキシトシンに加えてコルチゾールについても併せて測定した実験をご紹介します。

実験の経緯と概要

コルチゾールは、オキシトシンと同様に体内で見られるホルモンの一種です。コルチゾールについても、いくつかの役割があることが知られていますが、その中でも、ストレスによりコルチゾールが増加することから、ストレスに関するバイオマーカーとしての研究が盛んです。
飼い犬を対象としたコルチゾールの測定を行うような実験もみられ、飼い主の心地よい感覚刺激を含むコミュニケーションは、オキシトシンが増加し、コルチゾールが減少したという実験結果もあります。

今回ご紹介する実験では、飼い主および飼い犬のコミュニケーションの質や頻度を変え、オキシトシンとコルチゾールの測定を行うことで、それらの関連性を検証しています。
「飼い主と飼い犬との穏やかな接触はオキシトシンと正の相関がある」、「ストレスにつながる行動はコルチゾールに関連する」という2点が仮説となります。この仮説を確認するために、以下の観点で実験を行っています。

実験は1歳以上の雄のラブラドール・レトリーバーとその飼い主(女性、平均年齢53歳)の10ペアを対象に行われました。実験は60分間、実験室で行われました。初めの3分間、飼い主は普段家庭で行うのと同じように、飼い犬に触れたり話しかけたりするといった交流を行い、残りの時間はただ椅子に座ったままでいるよう指示されました。
オキシトシンとコルチゾールはカテーテルを挿入した血液採取により検査されました。血液サンプルは、実験開始直前、ふれあい開始から1、3、5、15、30、60分後に採取されました。
また、実験の様子をビデオ撮影し、飼い主の触れ方や頻度、飼い犬の姿勢や体位変換の頻度を記録しました。飼い主が椅子に座ったままでいるよう指示された時間帯にも、実際は飼い犬をなだめるための接触(触れ合いや口頭での注意)があり、そういった行動も記録されています。

実験結果

オキシトシンとコルチゾールの測定結果をそのまま見ても分かりづらいので、それらと飼い主や飼い犬の行動の相関関係について見ていきます。統計的に有意な相関がみられたのは以下表の通りです。

表 ホルモンレベルと行動の相関
(参考文献のTable 4より筆者作成)
※表中の「積極的な交流」は撫でる、掻くといった積極的な触れ合いを指します。
※飼い犬の体位変換はストレスの指標のひとつです。

まず、飼い主に着目して結果をみてみます。

飼い主のオキシトシンの基礎値(0分の値)および最大値と、3分間のふれあいの間に犬に触れた総回数との間には有意な負の相関がみられました。すなわち、交流および交流のオキシトシンレベルが低い飼い主ほど、犬に触れる回数が多かったということです。
交流によるオキシトシンの増加量が大きいほど、4~60分に犬に触れる時間が短くなっていました。
オキシトシンが低い飼い主は、オキシトシンを高め、それによる効果を生み出すための交流を必要とし、逆にオキシトシンが高い飼い主は、交流による効果を得る必要性が低く、交流の頻度が低いのだと推察されます。

次に、飼い犬に着目します。

オキシトシンの最大値と3分間のふれあいの間の撫でる頻度に負の相関があり、オキシトシンの最大値が低いほど、より多く撫でられているという結果となっており、飼い主同様に飼い犬のオキシトシンと交流の必要性との間には関連性があったと考えられます。
コルチゾールについては、積極的な交流の頻度と正の相関がみられ、コルチゾールの値が高いほど、より多くの積極的な交流を受けているという結果になっていました。これについては、実験で行われた積極的な交流が遊びを期待させるきっかけとなり、飼い犬側のポジティブな反応としてコルチゾールが増加した可能性があります。

次に、飼い犬の行動との関連についてみていきます。

飼い主の最大オキシトシンレベルは、犬が実験中に行った体位変換の回数、および4~60分に犬が座っていた時間と負の相関を示しました。すなわち、飼い主の最大オキシトシンレベルが高いほど、犬が実験中に行った体位変換の回数が少なく、座っていた時間が短かったということです。
飼い主のオキシトシンレベルが高いことが、飼い犬に対する友好的で穏やかな行動に関連し、その結果として飼い犬の心を落ち着かせる効果につながっていることを示唆しています。

このように、飼い主と飼い犬の交流と双方のオキシトシンには関連があり、オキシトシンによるポジティブな影響がもたらされている可能性があるのです。

その他の実験結果や知見

一方、これまでご紹介したような結果がみられなかった研究もあります。
飼い主と飼い犬20ペアを対象にオーストリアで行われた実験では、飼い主による積極的なコミュニケーション(抱きしめる)による尿中オキシトシンの反応には大きなばらつきがあり、有意にオキシトシンが増加するといった結果は得られなかったといいます。原因として、犬種による影響があったのではないか、もしくは、飼い主との関係性が“温かな関係”よりも“支配的な関係”に近い状態にあり、そもそもオキシトシンが増加するような関係になかった可能性がある、といった考察がされていました。

また、犬の飼育が飼い主の健康に良い理由はオキシトシンだけではなく、散歩の習慣化があるといわれています。散歩は犬の健康管理のために行われますが、飼い主が日常的生活の中に散歩という軽い運動を取り入れることが、健康効果をもたらします。ただし、犬を飼うこと自体が飼い主の身体的健康を改善するのではなく、犬と親密な関係を築き、犬と散歩する可能性を高め、長い時間散歩するといったことが影響しているようです。特に運動量が減少してしまう高齢者の健康維持といった観点で、犬の散歩は有効な手段のひとつではないかと考えられます。

飼い猫と飼い主の関係

実験の経緯と概要

2022年の一般社団法人ペットフード協会による調査によると、日本におけるネコの飼育頭数はおよそ8,837,000頭であり、イヌよりも多いとされています。外ネコや地域で管理されるいわゆる“地域ネコ”などは含まないそうなので、実際にはより多くのネコがヒトと関わり合いをもって暮らしているということになります。

前述の通り、ネコはその気質から、家庭内での様子を再現するような実験を行ってもリラックスできず、正しい実験結果が得られにくいといった問題があります。例えば、オキシトシンやコルチゾールの測定のために、唾液や血液を採取する際、抱きかかえたり拘束する必要があり、その扱いがストレスを誘発する可能性があります。ネコはイヌのように完全なに畜化された生物ではないといわれていることから、イヌ以上に実験に支障が出やすいと考えられています。
また、実験用にシェルターなどで生活するネコに対する実験の場合、ヒトとの接触よりも隠れ箱の設置といった環境整備の方が、ストレスを緩和することが報告されています。

そこで今回ご紹介する研究では、家庭内で生活するネコが自然排尿したサンプルを基に、ネコにストレスを与えない形でオキシトシンやコルチゾールの測定を行っています。

実験はソーシャルメディアを通じて募集した49頭が参加し、多頭飼育の個体や尿に関連する疾病を持つ個体などがサンプルからは除外されました。
飼い主は飼い猫の排尿に気づいたら、ネコ用トイレから尿をスポイトで採取し時刻を記録しました。
また、飼い猫とどのようなふれあいを行ったかといったアンケート、飼い猫はどのような性格かを測る尺度Feline Fiveに対して飼い主が回答しました。さらに、飼い猫の行動については、首輪に装着する活動量計(Plus Cycle)でも測定しました。飼い主の飼い猫への愛着については、LAPS(ペットに対する愛着測定尺度)で測定しました。

実験結果

実験の結果、Feline Fiveによる猫の性格とコルチゾール、オキシトシンの間に有意な相関は見られませんでした。そのほかの測定結果について、以下の表に掲載します。

表 ホルモンレベルと主成分の相関関係
(参考文献のTable 6より筆者作成)
※測定内容は主成分分析の結果によりまとめられたものです

コルチゾールについては、飼い主・飼い猫主体のいずれの交流も有意な相関はみられませんでした。一方、オキシトシンについては、「触覚および聴覚の交流」との有意な相関がみられました。
この結果は、飼い主が日々のコミュニケーションを通じて、飼い猫の生理学的状態に影響を与えている可能性があるということを示しています。また、尿中のオキシトシン濃度が高い飼い猫は、飼い主にコミュニケーションを許容する傾向にあるとも解釈できます。

次に、飼い猫の性質や住宅環境との相関関係をみてみます。

表 オキシトシンとの相関がみられた主成分とそのほかの変数の相関関係
(参考文献のTable 7より筆者作成)

飼い主から行われる「触覚および聴覚の交流」と正の相関がみられたのは、「猫の性格 – 衝動性」であり、負の相関がみられたのは「飼い猫の年齢」、「飼育期間」でした。
ホルモンと飼い猫の性格の間に直接的な関係はないものの、飼い猫の性格に応じて飼い主がコミュニケーションを行っているということが分かります。
また、猫が若く、飼い主と猫の同居期間が短いほど、飼い主からの接触や声による交流の頻度が高くなるということは、ヒトとネコとの社会的関係を築く過程として、交流が行われている可能性があります

これらの結果から、飼い猫においても飼い主との交流がオキシトシンを増加させ、飼い主はそういった交流を猫の性格や年齢・飼育期間などに応じて行っている可能性があることが示唆されました。

おわりに

今回の記事では、飼い主とペット(飼い犬・飼い猫)の関係性に着目し、“幸せホルモン”とも呼ばれる「オキシトシン」を測定した研究をご紹介しました。
動物にまつわるウェルビーイングというと、動物のウェルビーイングを考えるアニマルウェルフェアや、精神疾患や病気の人に対して動物を用いた介入を行うアニマルセラピー、野生生物との共存を前提とした地域での暮らしなど、様々な切り口で検討されています。
例えペットを飼育していない人であっても、何らかの形で動物と関わりがあるはずです。人と動物の関係は切り離せないものですから、双方の幸福を実現するために、今後もさまざまな研究が行われるでしょう。

この記事を書いたのは私です。

私たちの研究について

参考文献

Walter, M. H., Abele, H., & Plappert, C. F. (2021). The role of oxytocin and the effect of stress during childbirth: neurobiological basics and implications for mother and child. Frontiers in endocrinology, 12, 1409.

Petersson, M., Uvnäs-Moberg, K., Nilsson, A., Gustafson, L. L., Hydbring-Sandberg, E., & Handlin, L. (2017). Oxytocin and cortisol levels in dog owners and their dogs are associated with behavioral patterns: An exploratory study. Frontiers in psychology, 8, 1796.

Marshall-Pescini, S., Schaebs, F. S., Gaugg, A., Meinert, A., Deschner, T., & Range, F. (2019). The role of oxytocin in the dog–owner relationship. Animals, 9(10), 792.

Curl, A. L., Bibbo, J., & Johnson, R. A. (2017). Dog Walking, the Human–Animal Bond and Older Adults’ Physical Health. The Gerontologist, 57(5), 930–939.

一般社団法人 ペットフード協会. (2022). 令和3年(2021年)全国犬猫飼育実態調査結果.

Nagasawa, T., Kimura, Y., Masuda, K., & Uchiyama, H. (2022). Physiological Assessment of the Health and Welfare of Domestic Cats—An Exploration of Factors Affecting Urinary Cortisol and Oxytocin. Animals, 12(23), 3330.