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【論文紹介】自伝的記憶-思い出とウェルビーイング

思い出」を思い出して幸せな気持ちになることは、多くの人が経験しているのではないでしょうか?そうだとすれば、記憶はウェルビーイングに関係している可能性が高そうです。

実際、記憶とウェルビーイングの研究を調べてみると、自伝的記憶(autobiographical memory)とウェルビーイングの関係を確かめた論文が見つかります。

最近の研究では、会話で自伝的記憶を思い出すときに共有現実(shared reality)を経験すると、心理的ウェルビーイングが向上することや(Boytos & Costable, 2023)、自伝的記憶を含む介入プログラムによって老年期の心理的ウェルビーイングが改善し、かつ1年後も効果が持続した結果(Chamorro-Garrido, et al., 2021)などがあります。

今回は、少し昔の研究ですが、2つの自伝的記憶と心理的ウェルビーイングの関係を明確にした研究(Rathbone, et al., 2015)をご紹介いたします。


自伝的記憶とは

自伝的記憶とは、日本語だと「過去の自己に関わる情報の記憶」(佐藤, 1998)、「毎日経験した様々な出来事の記憶の中で、特に自己との関連が強い情報の記憶」(佐藤, 2000)、「人が人生において経験した出来事の記憶」(佐藤, 2006)、 「私たちが人生において経験してきた出来事の総体」(松本, 2022)などと定義されます。しかし、一言で言ってしまえば「思い出」に相当します。


自伝的記憶の位置づけ

一般に、記憶は、数秒~数分しか維持できない短期記憶と、数年~数十年も維持される長期記憶とに分けられます。長期記憶は、意識される記憶である意識的記憶(または陳述記憶)と意識されない記憶である無意識的記憶(または非陳述記憶)とに分けられます。自伝的記憶は、自己の過去を意識するため、意識的記憶に含まれます

図 1 記憶の分類、Brit Andreattaの資料をもとに筆者が作成

意識的記憶は、ある特定の出来事の体験の記憶であるエピソード記憶と、体験や事実を概念的・文脈的に解釈した意味的記憶に分けられます(松本, 2022)。意味的記憶は、特定の出来事とは結び付かず、広範な知識体系を反映しているという特徴があり、それゆえにエピソード記憶よりも応用できるという長所があります。また、エピソード記憶は、学習による干渉を受けやすく、同じエピソードでも数年後に聞くと認識ががらりと変わっていることがあります。

自伝的記憶は、エピソード記憶と意味的記憶のうち、自己に関する記憶の部分を指し(図2)、自伝的エピソード記憶自伝的意味記憶(あるいは自伝的事実)とも呼ばれることがあります。自伝的エピソード記憶は、エピソード記憶よりも、個人的な解釈が入ることが多く、数十年前の記憶も思い出せるほど保持期間が長いことが特徴です(松本, 2022)。

図 2 自伝的記憶の範囲

佐藤(1998)は、次のような例を示し、自伝的エピソード記憶が自伝的意味記憶に変化することがあることを指摘しました。

  •  個人にとっての特別なエピソード
    例)重要な意味を持つ・個人を動機づける・繰り返し語られるエピソード

  • 個別のエピソードがつながってスキーマ化・意味記憶化したもの
    例)「あの頃は幸せだった」「○○先生にはお世話になった」等

  • いくつかのエピソードがつながって意味付けられ1つのストーリーとなったもの
    例)「あの時の先生の言葉がきっかけで今の進路を選びました」等

現在では、エピソード記憶と意味的記憶に対応した脳神経活動には、グラデーションがありながらも共通点が認められることが明らかになり、両システムが相互に連携しているという見方が有力になっています(松本, 2022)。


自伝的記憶の種類

上記のように、自伝的記憶は、自伝的エピソード記憶と自伝的意味記憶に分けられますが、それ以外にも5つの観点で自伝的記憶をタイプ分類することができます(図3)。

図 3 自伝的記憶の分類(Cohen, and Conway, 2007)、タイプ軸は筆者が一部修正。

たとえば、思い出は美化されるとよく言いますが、これは体験当時の記憶が時とともに再解釈された再構成型の自伝的記憶に変化していくとともに、記憶の細部(特に負の部分)が省略されて一般型の自伝的記憶になっていくことで、良い思い出に変わっていく現象だと考えることができます。

また、古い記憶ほど三人称視点で回想されるようになるそうなので、古い思い出ほど第三者視点になっていき、当時と同じ感情にはならずに「○○ということもあったよねぇ」といった回想になることでしょう。

自伝的記憶の機能

当初、自伝的記憶の機能は、「自己」「社会」「指示」の3つが知られていましたが(佐藤, 2006)、4つ目の機能として「適応」が追加されました(Cohen, and Conway, 2007)。4つの機能について、図4に示します。

図 4 自伝的記憶の機能(佐藤, 2006; Cohen, and Conway, 2007)

自伝的記憶の自己機能は、人間の自己同一性(アイデンティティ)を保つ機能のことです。過去からの自己連続性を認識することで、「だから、自分はここにいる」という一貫性の認識がアイデンティティを保つのに役立ちます。

自伝的記憶の社会機能は、自分の過去を開示することで相手の信頼を高めたり、会話を面白くしたりする機能のことです。BoytosとCostabile(2023)の研究は、この機能を使って、自伝的記憶の共有によってウェルビーイングが高まったというものでした。

自伝的記憶の指示機能は、自伝的記憶を問題解決や動機付けに参照する機能のことです。例えば、過去の成功体験から現在の問題の解決策のヒントを得ることや、医者に助けられた経験から医学部を目指すといった動機付けになることが相当します。

自伝的記憶の適応機能は、まさしく冒頭の「嬉しい思い出を思い出すことで幸せな気分になる」といった機能のことです。


自伝的記憶とウェルビーイング

Rathboneら(2015)によれば、2015年当時は、自伝的記憶が自己認識とウェルビーイングに影響することは分かっていたものの、そのメカニズムは判明していませんでした。

特に、自伝的記憶の研究は、伝統的に自伝的エピソード記憶に着目したものが多く、自伝的意味記憶が自己イメージを支える機能を持つことは分かっていたものの、ウェルビーイングへの影響はまだ確定していませんでした。

また、自伝的記憶には、「若年層より高齢者の方がポジティブに評価する」というポジティブ効果(Kennedy, et al., 2004)があることが、複数の研究によって確認されています。

そこで、Rathboneら(2015)は、自伝的記憶を自伝的エピソード記憶と自伝的意味記憶に分け、若年層と高齢層を対象とした調査を行いました。

調査方法

研究者らは、英国の心理学専攻の大学生32名(女性26名、平均年齢20.25歳)と地元で募集された高齢者32名(女性19名、平均年齢70.22歳)を対象に、認知機能に関する3つの測定と、ウェルビーイングに関する5つの測定、およびIAM タスク ( Rathbone, Moulin, & Conway、2008 )を実行するセッションを実施しました。後日、高齢者グループだけは、2週間以内に再び認知機能を測定しました。

IAMタスクとは、次のような手順で、自伝的記憶を測定する方法です。


  1. 「私は(I am)」から始まる文章を最大10個作成する。

  2.  最も重要な文章を2つ選び、想起される自伝的記憶を最大5つ書き出す

  3.  最大10個の自伝的記憶について、それぞれ出来事の時点の年齢を書く。

  4.  各自伝的記憶の次の項目について、11件法でスコアリングする。

    • 鮮明さ(0=全く鮮明ではない~10=非常に鮮明である)

    • 感情評価(-5=とてもネガティブ~+5=とてもポジティブ)

    • 個人的重要性(0=全く重要ではない~10=非常に重要である)

    • 反芻・リハーサル(0=決して考えない~10=常にそれを考える)

    • イメージの視点(0=観察者・三人称、1=フィールド・一人称)※この項目は2件法

  5.  各記憶について、エピソードの特異性を次のように判定する。

    1.  各記憶について、覚えていたもの(R)/知っていたもの(K)/推測したもの(G)の状態を判定する。

    2.  覚えている記憶について、エピソードの詳細が語られれば、正当な記憶(JR)と判定する。

  6.  各記憶について、記憶の特異性を次の尺度で判定する。

    • 4 =時間と空間が特定され、詳細がある出来事

    • 3 =時間と空間が特定されたが、詳細不明な出来事

    • 2 =時間的に繰り返したり、空間的に広まった(多くの場所で起きた)出来事

    • 1 =時間と空間は特定できないが、繰り返したり広まった出来事

    • 0 =記憶ではなく、トピックに関する一般的な情報のみ

  7. 最後に、最大10個の「私は(I am)」文章(=セルフイメージ)について、下記を評価する

    1. 感情評価(-5=とてもネガティブ~+5=とてもポジティブ)

    2. 重要性(0=全く重要ではない~10=非常に重要である)

    3. 各文章が成立するようになった(アイデンティティが形成した)年齢



一方、ウェルビーイングの測定には、心理的ウェルビーイング尺度PWB(Ryff, Keyes, 1995)、人生満足度尺度SWLS(Diener, et al., 1985)、ポジティブ・ネガティブ感情尺度PANAS(Watson, et al., 1988)、楽観主義尺度LOT-R(Scheier, et al., 1994)、病院の不安・うつ尺度HADS(Zigmond, Snaith, 1983)を使用しました。PWBやSWLS、PANASについては、以下の記事で詳細を解説しています。もし、よろしければ、ご覧ください。


調査結果

以上の調査で参加者がおこなった評価の平均値は、図5のようになりました。

図 5 若年者と老齢者の自伝的意味記憶(セルフイメージ)と自伝的エピソード記憶、およびウェルビーイング尺度の平均スコア。Rathboneら(2015)の結果を参考に筆者作成。

自伝的意味記憶(セルフイメージ)とウェルビーイング尺度については、若者群と老齢群で特段の差異はありませんでした。一方で、自伝的エピソード記憶については、感情評価反芻度(リハーサル)出来事時の年齢一人称視点の多さエピソード記憶の特異性で両群の間に有意差が見られました。

エピソード記憶の感情評価によれば、若者群よりも老齢群のほうがエピソード記憶をかなりポジティブに評価していることが分かります。これは、前述のポジティブ効果が再確認できたことを表します。

頭の中でエピソードを繰り返し思い出す強さである反芻度は、若者群よりも老齢群の方が小さく、高齢者の方が頻繁には思い出さなくなることが分かります。

エピソードの出来事時点の年齢は、当然のことながら、老齢群の方が高くなりました。

記憶の視点は、どちらかと言えば、老齢群の方が一人称視点で回想されることが多いようです。しかしながら、両群とも8割以上が一人称視点で回想され、年齢にかかわらず、エピソード記憶の大部分が一人称視点だと考えられえます。

自己の体験を通して「覚えていること」として想起されたエピソード記憶は、両群とも35%以上でした。ただし、若者群の方が想起割合はやや多く、その中で詳細を語れた割合である正当記憶の度合いも若者群の方がやや高めでした。


次に、研究者らは、自伝的記憶とウェルビーイングの間の関連性を確認しました。

自伝的記憶として、セルフイメージの感情評価(自伝的意味記憶)とエピソード記憶の感情評価(自伝的エピソード記憶)を変数に使用しました。また、年齢による違いを見るために、若者群と老齢群について、それぞれ相関係数を計算しました。

若者群に関する相関は、図6のようになりました。

図 6 若者層の自伝的記憶とウェルビーイングの相関。Rathboneら(2015)の結果を参考に筆者作成。

まず、ウェルビーイングの尺度間に複数の有意な相関関係が示されたことは、各尺度が類似概念を表していることから、予想通りの結果と言えます。また、自伝的記憶の2つの尺度間に相関が見られたことも、同じ理由で予想通りです。

興味深いのは、自伝的記憶とウェルビーイングの間の相関関係です。

まず、この結果によれば、自伝的エピソード記憶は、調査したウェルビーイングの尺度のうち、ポジティブ感情にのみ寄与すると言えます。これは、良いエピソードを思い出すとポジティブな気分になりますが、悪いエピソードを思い出してもネガティブな気分にはならない、ということを表します。あるいは、自伝的エピソード記憶では、人生満足度や心理的ウェルビーイングを高めることはできない、ということを示しています。

反対に、この結果から、セルフイメージ(自伝的意味記憶)に対するポジティブな評価は、ポジティブ感情に加えて、人生満足度や心理的ウェルビーイングを高めると考えられます。ポジティブ感情とネガティブ感情は、主観的ウェルビーイングの中でも比較的短期間の感情の変化を表します。そのため、持続的なウェルビーイング(人生満足度や心理的ウェルビーイング)を高めるには、自伝的エピソード記憶よりも自伝的意味記憶の方が重要だと言えそうです。

もちろん、図6は相関関係の結果ですので、因果関係は分かりません。すなわち、心理的ウェルビーイングや人生満足度が高いから、セルフイメージをポジティブに評価している可能性もあります。


老齢群の相関関係は、図7のようになりました。

図 7 老齢層の自伝的記憶とウェルビーイングの相関。Rathboneら(2015)の結果を参考に筆者作成。

ウェルビーイングの尺度間や自伝的記憶の尺度間に相関関係が見られるのは、若者群の場合と同様です。しかしながら、自伝的記憶とウェルビーイングの間の相関関係は、若者群の場合とは大きく異なりました。老齢群では、自伝的エピソード記憶はウェルビーイングの全ての尺度と相関関係がなく、逆に自伝的意味記憶はウェルビーイングの全ての尺度と相関関係がありました

さらに、研究者らは、自伝的エピソード記憶と各ウェルビーイング尺度の間の相関と自伝的意味記憶と各ウェルビーイング尺度の間の相関との差異を検定しました。その結果、若者群では全ての相関関係に有意差がなく、対照的に老齢群ではLOT-R以外の相関関係に有意差がありました。この結果は、高齢者では、自伝的エピソード記憶よりも、自伝的意味記憶がウェルビーイングに密接に関連しているということ意味しています。


まとめ

Rathboneらの研究(2015)では、自伝的エピソード記憶よりも、自伝的意味記憶(=セルフイメージ)の方がウェルビーイングに関連していることが確認されました。ただし、他の研究では、自伝的エピソード記憶もウェルビーイングに関連しているという研究もあるそうなので、結論は急がない方がよいでしょう。

この結果から、強いて推察してみると、若いころはセルフイメージが確立しておらず、過去のエピソードへも強く感情移入してしまうため、2つの自伝的記憶はポジティブ感情への影響がでていましたが、加齢とともに、エピソードへの解釈や意味付け(意味記憶化)が進み、セルフイメージが確立していき、反対にエピソード自体への感情移入はしなくなるため、自伝的意味記憶だけがウェルビーイングへ寄与するようになったと考えることもできます。

もしかすると、過去のエピソードを思い出してもらい、そのエピソードが今の自分にどんな意味があるのかを考え、その意味が自分らしさを表していることに気づかせることができれば、主観的ウェルビーイングだけでなく、心理的ウェルビーイングも高めることができるかもしれません。

筆者は、主観的ウェルビーイングに比べると、心理的ウェルビーイングを高めるのは難しいと考えていましたが、心理的ウェルビーイングを高める介入の可能性が見えて面白かったです。

筆者:山本

当社の研究について


お知らせ
「THE WELL-BENG WEEK 2024」での発表を予定しています。ご興味のある方はぜひご参加ください。


参考文献

  1. Boytos, A. S., & Costabile, K. A. (2023). Shared reality, memory goal satisfaction, and psychological well-being during conversational remembering. Memory, 31(5), 689-704.
    https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/09658211.2023.2188643

  2. Chamorro-Garrido, A., Ramírez-Fernández, E., & Ortega-Martínez, A. R. (2021). Autobiographical memory, gratitude, forgiveness and sense of humor: An intervention in older adults. Frontiers in Psychology, 12, 731319.
    https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2021.731319/full

  3. Rathbone, C. J., Holmes, E. A., Murphy, S. E., & Ellis, J. A. (2015). Autobiographical memory and well-being in aging: The central role of semantic self-images. Consciousness and Cognition, 33, 422-431.
    https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S105381001500046X

  4. 佐藤浩一. (1998). 「自伝的記憶」 研究に求められる視点. 群馬大学教育学部紀要. 人文・社会科学編, 47, 599-618.
    https://gunma-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=3957&item_no=1&attribute_id=18&file_no=1

  5. 佐藤浩一. (2000). 思い出の中の教師: 自伝的記憶の機能分析. 群馬大学教育学部紀要 人文・社会科学編, 49, 357-378.
    https://gunma-u.repo.nii.ac.jp/record/4043/files/areh056333.pdf

  6. 佐藤浩一. (2007). 自伝的記憶の機能と想起特性 (Doctoral dissertation, Gunma University).
    https://gunma-u.repo.nii.ac.jp/record/4043/files/areh056333.pdf

  7. 松本昇. (2022). 自伝的記憶の構造と測定課題. 認知心理学研究, 19(2), 39-57.
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcogpsy/19/2/19_39/_article/-char/ja/

  8. Cohen, G., & Conway, M. A. (2007). Memory in the real world. Psychology press

  9. Rathbone, C. J., Moulin, C. J., & Conway, M. A. (2008). Self-centered memories: The reminiscence bump and the self. Memory & cognition, 36, 1403-1414.
    https://link.springer.com/article/10.3758/MC.36.8.1403

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