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ウェルビーイング研究

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ウェルビーイングに関連した研究の研究者による解説記事を集めています。ウェルビーイングをもう少し詳しく知りたい人に向けて、毎週金曜日に更新・追加していきます。
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2024年5月の記事一覧

【独自研究】なぜ、人数が増えると、顔が見えなくなるのか?-ダンバー数シミュレーション

よく、組織が大きくなると、メンバーを把握できなくなっていくと言われます。すると、コミュニケーションが少なくなり、疎遠になり、結果的にウェルビーイングを損なうかもしれません。 関係者が10人や20人なら、顔と名前が一致するだけでなく、人柄も分かったりします。でも、それが100人や200人になると、どうでしょう?全員の顔と名前が一致するかすら、怪しいですよね? この人の認識が怪しくなってしまう限界値のことをダンバー数と言い、だいたい150人くらいだと言われています(Dunba

【基礎知識】実存的感謝−苦しんだことへの感謝

人生の転機の話を聞くと、「大病を患い、死の危機に瀕した後、そこから回復したときに人生観が変わった」という人たちがいます。例えば、ある人は、今では謙虚で優しいですが、「昔は、威圧的だった」と言い、性格が180度変わってしまったそうです。このような体験をした人たちは、「今では、人生観が変わるほどの体験ができたことに感謝している」という発言をよくします。このように苦痛に満ちたネガティブな出来事を、ポジティブに自己統合する感謝のことを、実存的感謝と言うそうです。 今回は、実存的感謝

【論文紹介】マインドフルネスと感謝−マインドフルネスは感謝の感度を調整する

感謝の日記などの感謝介入法は、ポジティブ心理学介入(Positive Psychological Intervention; PPI)の代表的な方法の1つです。ポジティブ心理学介入とは、「心理的な成長と幸福に貢献するという長期的な目標を持って、ポジティブな思考、感情、行動を促進する活動の総称」です(Lim & Tierney, 2023)。 もう一つの代表的なポジティブ心理学介入として、瞑想を行うマインドフルネス介入があります。感謝介入とマインドフルネス介入は、どちらが有効

【論文紹介】自然への感謝−環境活動支援と向環境行動の促進

人類の多くの文化に収穫祭・謝肉祭・感謝祭などがあるように、人々が自然の恵みに対して感謝の気持ちを抱くことは、良く知られています。ところが、心理学研究では、感謝は主に対人関係の中で理解され(Algoe, 2012)、自然への感謝は対象外となっています。 日本の研究では、「恩恵」以外にも、「幸運」や「平穏」によっても感謝が生起されると報告されています(蔵永・樋口, 2011)。しかし、やはり自然への感謝は含まれていません。 一方、教育者や作家によって、自然への感謝の気持ちが向

【論文紹介】有害な職場環境を予防するには?−心理資本が職場毒性を予防する

有害で非生産的な職場環境を表す専門用語に「職場毒性(workplace toxic)」があります。図1のように、すでに多くの職場毒性が研究されています。組織に所属していると、思い当たるものが1つはあるのではないでしょうか? 職場毒性は、一度、組織の中に起こってしまうと改善が難しく、企業によっては致命傷になります。そのため、予防を考える必要があります。 これに対し、Sarkarら(2023)は、感謝がポジティブ心理資本を高め、ポジティブ心理資本が職場毒性に対する耐性をもたら

【論文紹介】集団による感謝行動の分類−共同的感謝と集合的感謝の違い

感謝の心理学研究では、主に個人が感じる感謝感情を研究対象とし、次のようなステップを想定しています。 感謝すべき状況に遭遇する(感謝生起状況) 感謝すべきかどうか考える(感謝評価) 感謝の感情が湧いてくる(感謝感情) 感謝を言葉や動作で伝える(感謝表明行動) ここで、もし感謝表明行動を感謝と定義しなおすと、感謝感情は必ずしも必要ではありません。こうすると、「感謝感情はないまま感謝行動をする」という状況も感謝の一部と考えることができるようになります。 典型的な例は、組

【世界の感謝】ペルシアと感謝−母語による感謝表現の違い

同じ仕草であっても所属する文化が異なると、受け取り方が異なります。そのため、良かれと考えて行った行為が、まったく逆の意味に受け取られることがあります。だから、よりよいコミュニケーションのためには、相手の文化を知ることはとても重要です。 母語は文化に影響されるため、母語が異なると背景文化も大きく異なります。文化が異なると、感謝の表現の仕方も異なることは、外国人とコミュニケーションしたことがある人なら分かるのではないでしょうか。 ペルシア文化圏のイランでは、ペルシア語と中国語

【世界の感謝】マレーシアと感謝−日本人とよく似たマレー人

「感謝の感じ方は文化によって異なる」という研究がいくつか報告されています。 個人主義文化と集団主義文化特に、西欧では感謝は健康やウェルビーイングに有益であるという結果が多いのに対し、東洋では他者に感謝を示すことが義務として捉えられるとウェルビーイングを低下させることがあります。これは、個人主義文化と集団主義文化の違い、あるいはローコンテキスト文化とハイコンテキスト文化の違いとしてよく説明されます。 西欧の個人主義文化では、個人を重視し、個人的意見もどんどん言うことが奨励さ

【世界の感謝】19世紀の英国と感謝−感謝する奴隷の逸話

感謝が人種差別になるという話が意外すぎたので、文献(Burroughs, 2020)の内容を要約してみました。 エヨの物語1893年、船舶会社の取締役アルフレッド・ジョーンズは、英国の占領地ニジェールに住むエヨ・エクペニヨン・エヨ2世(13)から、「奴隷にされそうなので、償還してほしい」という懇願の手紙をもらいました。ジョーンズは、元宣教師のウィリアム・ヒューズが設立した教育訓練学校「コンゴハウス」にエヨを招きました。 コンゴハウスは、アフリカ人宣教師を英国で育て、アフリ

【論文紹介】感謝の目撃効果2−感謝を目撃した人は幸せになる

別の記事で、Algoe教授が2020年に発表した「感謝の目撃」の研究をご紹介しました。今回は、Walsh氏らによって2022年に発表された「感謝の目撃」の研究をご紹介します。 Algoe氏の研究では、感謝の目撃効果を援助行動などの「行動」で測定しており、「心理」への影響を測定していませんでした。そこで、Walsh氏らは、主観的ウェルビーイング(肯定的感情、人生満足度)などの心理指標への「感謝の目撃」の影響を実験的に確かめました。 送り手-受け手-目撃者フレームワーク(Ac

【論文紹介】感謝の目撃効果 -感謝を目撃した人が示す傾向

今回は、感謝に関する研究の第一人者のひとりであるAlgoe氏が2020年に発表した「感謝の目撃」に関する研究についてご紹介します。 感謝を目撃する第3者の存在これまでの心理学における感謝の研究では、 感謝した人(送り手)の内面における心理的効果 感謝された人(受け手)の内面における心理的効果 感謝した人(送り手)と感謝された人(受け手)の関係性における心理的効果 が中心的に研究されてきました。 しかし、Algoe et al. (2020) では、感謝を目撃した第

【独自研究】デジタル感謝とチームの信頼構築-感謝ネットワークが表すもの

みなさんは、チーム内の信頼感を目で視たことはありますか? 信頼感はチーム内で感じるものであって、普通は目で視ることはできません。 約9年間、私たちは、スマホアプリで感謝をデジタルデータ化し、そのデータが何を表すのかについて研究してきました。その結果、「感謝データのネットワーク構造の複雑さが、チームの信頼感を表している」という実証結果を得ました。 2022年、この結果について、論文発表しています(Yamamoto, et al., 2022)。 今回は、2022年の論文

【独自研究】タックマンモデルとエンゲージメント|信頼構築のためのチームビルディングの手順

みなさんは、「タックマンモデル」(Tuckman, 1965)を聞いたことはあるでしょうか?タックマンモデルは、小集団がチームとして機能するまでの状態遷移をモデル化したものです。もしかしたら、チームビルディングや組織開発、あるいはアジャイル開発の文脈で聞いたことがあるかもしれません。 今回は、タックマンモデルと弊社で研究していたエンゲージメント要因との関係についてご紹介したいと思います。 タックマンモデルタックマンモデルは、チーム状態を以下の4つの時期に分けて考えます。

【基礎知識】信頼の種類−「信頼の構造」における分類

感謝するという行為には、「感謝は二人の関係性をより強固にする」(Algoe, 2008)という効果が確認されています。 ここで言う関係性の強さとは、信頼関係の強さのことです。 では、信頼とは何でしょうか? 言われてみると、よく分かりませんね。 信頼と信頼性山岸(1998)によれば、信頼(trust)と信頼性(trustworthness)は異なる概念です。 まず、信頼とは「自分に不利な行動を相手がとらないという期待」のことで、信頼する側の認知です。 一方、信頼性と