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【論文紹介】感謝の8つの側面とその測り方

はじめに

感謝はポジティブ感情のひとつです。ポジティブ感情には感謝以外にも様々なものがあり、例えばポジティブ感情とネガティブ感情を測定するPANASという尺度では、「活気のある」「誇らしい」「わくわくした」といった項目で評価されます。
そんなポジティブ感情のなかでも、感謝は他者との関わり合いの中で生じるものであるため、社会や組織の運営という観点で特に注目すべき感情であるといえるでしょう。

感謝の気持ちを抱いたり、その気持ちを伝えたりすることで、幸福感の向上、抑うつ状態の軽減といった効果があります。さらに、感謝が人と人との関係を強化したり、集合的感謝(集団の中で行われる感謝の連鎖)が組織への愛着を高めるといった調査結果もありました。詳しくはこちらの記事でご紹介しました。

今回は感謝に関する研究の中から、感謝を8つの側面に分け、それぞれを測定することで感謝を捉える尺度「Appreciation Scale」についてご紹介します。
感謝の測定については、特性感謝を測定するGQ6という尺度(McCullough, Emmons & Tsang, 2002)が有名です。特性感謝とは、感謝の抱きやすさの程度を表す概念のことです。今回の記事でご紹介する尺度は、GQ6のような感謝に関する個人の気質というより、感謝に内包される因子を測定することで、感謝の全体像をとらえるような内容になっています。

「Appreciation」は感謝の中でも”何かの価値や意味を認め、それに対する肯定的な感情的つながりを感じること”を指します(Adler & Fagley, 2001)。同じく感謝と日本語訳される「Gratitude」の方は、“何かをしてくれた人にありがたいと感じる”といったニュアンスが強いようです。
そのため、「Appreciation Scale」には、「人に対する感謝」以外の感謝も含まれています。

※今回ご紹介する論文は2005年のものであるため研究としては少し古いですが、近年注目を集めているウェルビーイングの概念も含めて論じているためピックアップしました。


感謝の8つの側面とは

今回ご紹介する論文の著者であるAdlerらは、先行研究において“感謝することは主観的幸福感を向上させる”、“感謝の気持ちを表現することは社会的な絆を構築する“といったことを主張しました。この主張の信ぴょう性を高めるために、信頼性が高く有効な感謝の尺度の開発が必要とされました。
尺度の開発にあたり、筆者らは感謝を以下の8つの側面で捉えることにしました。

“Have” Focus:自分が持っているものに集中する

“自分が持っているものに集中する”とは、生活の中にすでにあるものに気づき、それについてよいと感じ感謝することを指します。生活の中にすでにあるものというのは、常にともにある存在やつながっている存在のことです。
少し分かりづらいので具体例を挙げると、自身の健康、友人や家族、心、自然とのつながりなどです。それらは生活の中に当たり前に存在するため意識しないことが多いですが、あえてそれらに意識を向け、それらを評価し、感謝する、といったことです。
例示した通り、意識する対象は実際に存在する人や物だけではなく、概念や信念も含みます。

Awe:畏敬の念

畏敬の念とは、何か広大で崇高な存在に対し驚嘆し感銘を受ける感情のことを指します。感謝の1つの側面としては、何かに対して深い感情的・精神的なつながりを感じることであると捉えてください。
例えば、夕焼けの景色、生まれたばかりの赤ちゃん、自然の輝きや壮大さなど、そういったものを見たり感じたりする時の感情のことです。こういった瞬間には言葉を失い、感謝の気持ちが直接的に湧き上がってこないことも想定されます。

※畏敬の念についてはこちらの記事で詳しくご紹介しています。

Ritual:儀式

儀式とは、感謝を育み、促進する行為を指します。日本語で儀式というと、宗教的な儀式を思い浮かべる方が多いかと思いますが、必ずしもそうではありません。
例えば、毎朝目を覚ましたときに一日一日に感謝する、といった文化や習慣のようなものも含まれます
こういった意識や行為は、私たちが日常の中で立ち止まり、身の回りのものごとに注意をむけるのを助けてくれます。

Present Moment:今この瞬間

今この瞬間とは、身の回りのものごとを肯定的に感じながら、それを体験することです。「今、まさにこの瞬間」に対して感謝をするは、現在の状態を肯定的に捉えること、感謝に満ちた体験をすることといった2つの側面を持ちます。
これらは、一瞬一瞬の経験や感覚に注目し集中する「マインドフルネス(瞑想)」と似た状態です。

Self/Social Comparison:自己/社会的比較

感謝における自己/社会的比較とは、下方の自己比較や社会的比較によって、物事を肯定的に感じることを指します。下方の比較とは、今の自分よりも不運な状況の自分もしくは他者と比較を行うことです。
具体的には、前の仕事より今の仕事の方がずっとよい(自己比較)、不運な状況にある友人よりもずっとよい(社会的比較)といったような評価を行うことです。このように、自分が置かれている状況を判断する際に、基準となる何らかとの相対的な関係をもって比較します。その際、自分より不運な他者(もしくは自分)を基準とする下方の比較は、主観的幸福感を高めるという報告があります(Suls & Wheeler, 2000)。

※社会的比較についてはこちらの記事で詳しくご紹介しています。

Gratitude:感謝の気持ち

感謝の気持ちとは、他者に対する肯定的な感情反応のことです。具体的には、他者から受けた恩恵に気づき、それを認め、努力や犠牲に対して感謝の気持ちを抱くといった一連を指します。
「自分には決して返せるような恩恵ではない」といった負い目を想起するシーンにおいては、負債感(ネガティブな感情)も同時に生じます。ここでいうGratitudeについては、ポジティブな感情の方のみを指します。

Loss/Adversity:喪失/逆境

喪失/逆境とは、自分自身が認識した損失や逆境の経験に対して、何らかの肯定的な感情を持つことです。
損失や逆境を経験すると、自分の置かれた状況や持っているものに対して“当たり前だと思っていた”ということに気づきます。例えば、さして気にもしていなかった物を失くしてしまった際に「あれは素晴らしい物だったんだ。もう二度と失くさないぞ。」などというように、当たり前だと思っていたもののすばらしさに後から気づき、自分が良い境遇であったことを認識する、といったことです。
喪失や逆境自体はネガティブな出来事ですが、それによりポジティブな側面を思い起すことで、まだ失っていないものに対する感謝の感情をももたらします。

Interpersonal:対人関係

対人関係とは、生活のなかで関わる人々に気づき、その存在に感謝をすることです。
他者の存在だけではなく、自分のことを気にかけてくれる、支えてくれる、理解してくれるといったことへの感謝も含み、他者との関係が私たちの生活や幸福に寄与している、というように捉えます。

感謝の構造

ご紹介した8つの側面についての測定に入る前に、感謝の構造について整理します。
Adlerらは、先行研究において感謝を以下のように整理していました。

感謝の直接的な発現については、「感情:感謝の気持ちを抱く」「認知:恩恵に気づき認める」「行動:感謝の気持ちを行動で示す」という流れになります。
感謝に至る2つの経路のうち「きかっけ」とは、自発的かつ無意識に感謝に気持ちを呼び起こすような出来事のことを指します。自分より不運な人を見かけ下方比較を行った場合などが相当します。
一方「戦略」は、感謝の態度を促進・育成するために、意図的に用いる行動などを指します。例えば、食事を始める前に「いただきます」と食事に感謝することなどが挙げられます。
感謝の8つの側面も、こういった構造に当てはめて考えることができます。

感謝を促進する気質

人は誰もが何らかに感謝をした経験があると考えられますが、あまり感謝の気持ちを抱かない人もいます。それは個人の気質の影響によるものだと考えられます。
感謝を促進するのは、「楽観主義」「スピリチュアリティ」「感情的自己認識」であるとAdlerらは主張しています。感情的自己認識とは、個人が自分自身の感情を認識し、その感情に対処することです。

Adlerらの先行研究では、これらにより促進された感謝が主観的幸福感に寄与すると報告しました。その際、ポジティブ感情と人生満足度に対して、「楽観主義」「スピリチュアリティ」「感情的自己認識」の3つの気質ではなく、感謝が直接的に寄与していることが示唆されています。

Appreciation Scale

これまでご紹介した感謝の側面や構造、気質などに基づき、Adlerらは感謝について評価するための尺度を開発しました。調査対象となったのはアメリカの大学生420名でした。

Appreciation Scaleの内容

調査項目は以下のような構成となっています。

  • 感謝の8つの側面を測定する項目

  • 感謝を促進する気質について測定する項目

    • 楽観主義

    • スピリチュアリティ

    • 感情的自己認識

  • 主観的幸福感

    • 人生満足度

    • ポジティブ感情

    • ネガティブ感情

感謝の8つの側面を測定する項目については、態度や頻度を7件法で回答させる81項目から成ります。これらは、パイロット調査から得られたデータや研究者の経験などをもとに作成されました。

最終的に短縮版として妥当性が確認された18項目について、内容をご紹介します。
※英語の質問文を直訳しています。
※短縮版では「自己/社会的比較」「感謝の気持ち」の項目がないため、1件ずつ掲載しました。

“Have” Focus:自分が持っているものに集中する

  • 私はこの世にあるものをありがたく思っている。

  • 人生で出会った巡り合った機械がいかに幸運であったかを思い出す。

  • 衣食住のような生活の基本的なものがあることが、どれほど幸せなことか。

  • 私は人生で得た良いことに気づき、それを認める。

  • 私は自分の人生にある良いことを考えるよう自分に言い聞かせている。

Awe:畏敬の念

  • 生きていることがどれだけ幸運なことか、実感する瞬間がある。

  • 自分が生きていることがどれほど幸運なことか。

  • 生きていることが奇跡だと感じる。

Ritual:儀式

  • 少なくとも1日1回は何かに感謝する。

  • 私は自分に感謝することを思い出させるために色々なことをしている。

  • 私は物事に感謝することを一貫して自分に思い出させることが重要だと考えている。(毎日、毎週、毎月など)

Present Moment:今この瞬間

  • 木々、風、動物、音、光など、身の回りの小さなものを楽しんでいる。

  • 私は自分の人生における出来事の肯定的な価値と意味を認識し、認める。

  • 身の回りのものに感謝することを自分に言い聞かせている。

  • 立ち止まって、自分の周りにあるもの似気が付くと気分が良くなり、満たされた気分になる。

Self/Social Comparison:自己/社会的比較

  • 人生の最悪の時期を振り返ることで、今の自分がいかに恵まれているかを実感する。

Gratitude:感謝の気持ち

  • 私は「お願いします」「ありがとうございました」と感謝の気持ちを伝える。

Loss/Adversity:喪失/逆境

  • 人生で直面する問題や挑戦は、自分の人生のポジティブな面を大切にする助けとなる。

  • 死ぬことを考えると、毎日を精いっぱい生きることを思い出す。

Interpersonal:対人関係

  • 家族に感謝することを自分に言い聞かせている。

尺度の信頼性と妥当性検証

不良項目が削除され最終的には57項目(短縮版は18項目)となりました。57項目についての相関関係と信頼度は以下表の通りになっていました。
「自己/社会的比較」と「感謝の気持ち」「対人関係」の相関が低く、「畏敬の念」と「今この瞬間」の相関が高いといった関係性になっています。

参考文献のTable4より筆者作成、太字はクロンバックのα係数を示します。

57項目版の8つの側面は、自己/社会的比較を除いて、内的一貫性を表すクロンバックのα係数が0.70より大きく、信頼性があると判断することができます。また、8つの側面の間には、0.90以上の相関係数がなく、それぞれ別の概念を測定していることが分かります。一方で、ほとんどの相関係数が0.40以上であるため、8つの側面は、独立した概念ではなく、相互に関係する概念であることも分かります。

次に、57項目の主成分分析を行い、得られた8つの主成分を使って、尺度の妥当性を検証します。

参考文献のTable7より筆者作成

この結果からは、8つの側面を捉えるのに、この尺度はおおよそ妥当であると言えます。例えば、”Have” Focusは、「今あるものを意図的に思い出す行為」を表すため、「今あるものへの集中」との相関(0.74)と「意図的な反省/思い出し」との相関(0.77)が大きいことは、妥当だと言えるでしょう。一方で、AweとPresent momentは、「自然への感謝」と「意図的な反省/思い出し」との相関が高いという特徴が似ており、この尺度では、あまり区別がつかない可能性があります。

続いて、感謝を促進する気質について測定する項目、主観的幸福感との関係を見てみます。

*p<0.05, **p<0.01, ***p<0.001
参考文献のTable8より筆者作成、スピリチュアリティについては得点が低い方がスピリチュアリティが高いことを示す

まず、18項目の短縮版と57項目版の間には非常に強い相関(0.95)があり、これは短縮版が同一の概念をきちんと測定できていることを示しています。

感謝を促進する気質について測定する項目について、想定通り、楽観主義、スピリチュアリティ、感情的自己意識は、感謝の8つの側面に関する尺度と有意に相関していました。すなわち、感謝の念が強いほど、楽観的で、スピリチュアリティが高く、感情的に自己認識するといった関係性です。
なかでも最も高い相関を示したのはスピリチュアリティで、表中に値は記載していませんが、下位尺度の儀式と強い関係がみられました。
また、主観的幸福感について、人生満足度やポジティブ感情とも有意な相関がありました。
ネガティブ感情との相関は低く、感謝が低いほどネガティブ感情が大きくなるといった関係にありました。

次に、感謝の8つの側面に関する尺度について、重回帰分析の結果を見てみます。

**p<0.01, ***p<0.001
参考文献のTable9より筆者作成、スピリチュアリティについては得点が低い方がスピリチュアリティが高いことを示す

人生満足度について4つの下位尺度が有意に寄与しており、ポジティブ感情については3つの下位尺度が有意に寄与しています。これらは参加者の気質(楽観主義、スピリチュアリティ、感情的自己意識)を統計的にコントロールしても有意でした。
“Have” Focusについては特に強い相関を示しており、こういった下位尺度を高めることで主観的幸福感を高めることにつながる可能性があります。自分にかけているものよりも、むしろ自分が持っているものに焦点を当てることが、感謝できる人の特徴であるともいえるでしょう。

さらに特徴的なのは、自己/社会的比較とネガティブ感情に正の相関があることです。感謝の気持ちを育むための比較を行えば行うほど、ネガティブ感情を経験することになるということです。また、人生満足度やポジティブ感情と負の相関があることから、自分自身を良く感じようとしているという対処戦略をしている、すなわち心理的苦痛の程度を間接的に示している可能性もあります。
自己/社会的比較については、ネガティブな側面も持ち合わせているという点に注意が必要です。

続いて、感謝の8つの側面に関する尺度の省略版のパス解析の結果です。

**p<0.01, ***p<0.001
参考文献のFigure1より筆者作成

人生満足度に対して、感謝の8つの側面(省略版)がβ=0.15、楽観主義がβ=0.52、スピリチュアリティがβ=0.13と有意に寄与していました。
この結果から、感情的自己意識、楽観主義、スピリチュアリティといった気質だけでは人生満足度(主観的幸福感)を十分に説明できないということが分かります。個人の主観的幸福感を検討する際に、感謝についても独立した項目として検討する必要があるということがです。

今でこそ感謝とウェルビーイングの関係性を検討した研究が多く見られますが、感謝の研究は、セリグマン博士の提唱したポジティブ心理学の文脈で2000年前後から研究が盛んになりました。この結果についても、その当時の重要な研究成果の一つといえるのではないでしょうか。

まとめ

今回の記事では、感謝を8つの側面に分解し、それぞれについて測定することで感謝を評価する尺度「Appreciation Scale」の内容と、尺度の検証の中で分かった感謝とウェルビーイングの関係についてご紹介しました。
文中でも述べましたが、感謝をするか・しないかには個人差があります。しかし、ウェルビーイングに寄与すると考えられている要素の中では、比較的生活に取り入れやすいのではないでしょうか。以前ご紹介した通り、集団における感謝にもポジティブな効果がありますから、仕事や日常生活に積極的に取り入れてきたいものです。

(執筆者:丸山)

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私たちの研究について

参考文献

Adler, M. G., & Fagley, N. S. (2005). Appreciation: Individual differences in finding value and meaning as a unique predictor of subjective well‐being. Journal of personality, 73(1), 79-114.