「共感」とウェルビーイング
はじめに
今回は、ウェルビーイングの要素のひとつである「共感」についてご紹介します。
これまでの記事で、ウェルビーイングの構成要素がどのように捉えられているか、もしくは個別の要素はどのような概念であり、どのような研究がされているのか、といったことをご紹介してきました。
まずは、ウェルビーイングの構成要素についておさらいしてから、共感の位置付けや概念の解説をしていこうと思います。
ウェルビーイングの構成要素としての共感
今回ご紹介するウェルビーイングは幸福としてのウェルビーイングの領域であり、そのなかでもユーダイモニックなウェルビーイングについて扱います。
※ウェルビーイングに関する解説はこちらの記事をご覧ください。
幸福としてのウェルビーイングは、健康や福祉としてのウェルビーイングとは異なり、具体的な数値として観測することが難しい領域です。ですが、人々の幸福の構成概念を定義し、それらを個別に測定することで把握することは可能です。こちらの記事でご紹介しているPERMAやSPIREも、ウェルビーイングを構成する要素を整理した概念です。
PERMAについて簡単におさらいすると、Positive Emotion(ポジティブ感情)、Engagement(エンゲージメント)、Relationships(関係性)、Meaning(意義)、Achievement(達成)が構成要素として挙げられていました。
Felicia Huppert & Timothy Soは、ウェルビーイングを精神疾患(うつ、不安障害)と反対の概念と捉え10の構成要素に整理しました。
心理的ウェルビーイングを高めるテクノロジーの設計および開発を目指すPositive Computingの分野において、Calvoらはウェルビーイングの18要素を挙げ、それらを自己へ向けた内省的な個人内要因、他者との関係である個人間要因、個人を超えた超越的な要因と大別しました。この中には「共感」も含まれています。
共感性とは
ウェルビーイングの構成要素として共感が挙げられることをご紹介しました。次に、「共感(empathy)」に関する代表的な定義をご紹介します。
共感とは、特定の状況において相手が感じている、または感じると予想される感情的な状態や状況を理解することから生じる感情的な反応です。共感により他者理解や援助が促進され、攻撃的な行動が抑制されるなど、人が社会生活をおくるにあたり重要な能力の一つであると言われています(Decety & Svetlova, 2012)。
心理学においては「共感性」という概念で研究されています。共感性は、「相手の感情と同じものを自分の中で経験する」といった情動的側面と、「相手の立場に立って物事を見て、相手の気持ちが分かる」といった認知的側面に整理され、異なる神経回路によって実現されていることが分かっています(Singer, T. , 2006)。しかし、これらの両側面が互いに影響し合っていることも言われています(デイヴィス, 1999)。
共感性を測定する尺度として最も多く利用される対人的反応性指標(IRI)では、この両側面を「共感的関心」「視点取得」「個人的苦痛」「想像性」の4因子から測定します。IRIは何度か日本語版が発表されていますが、今回は日動ら(2017)による項目から因子負荷量の高い3項目ずつご紹介します。
IRIの個人的苦痛について、「不安感を示す他者を見て哀れみや怒りを感じる」、「人が嬉しくて泣くのを見るとしらけた気持ちになる」といった、他者と同じ感情ではなく、対応する感情を経験するような自己指向的な情動反応が測定できていないといった懸念があります。そこで、目的が他者指向か自己指向か、経験される感情が応答的か並行的かという次元で共感を整理した多次元共感性尺度(MES)も開発されています(鈴木&木野, 2008)。こちらについても、因子負荷量の高い3項目ずつご紹介します。
共感性とウェルビーイング
メンタルヘルスに対する正と負の影響
共感性を発揮することは、主観的な幸福感に影響を与える可能性があると考えられてきましたが、証拠ははっきりしませんでした。なぜなら、共感により引き起こされるネガティブな感情により、燃え尽き症候群や社会的引きこもりにつながる報告もあるからです。
例えば、Huang & Suによる幼稚園の先生を対象とした研究によると、共感性がメンタルヘルスに対して、正と負、両方の影響が見られたそうです。共感性はメンタルヘルスに対し、保護因子にも危険因子にもなり得るということです。
具体的には、共感性のうち「個人的苦痛」および「想像性」については、教員経験を問わず多くの幼稚園の先生のメンタルヘルスの症状の増加を予測しました。すなわちこれらは、メンタルヘルスに対する危険因子である可能性があります。一方、「共感的関心」と「視点取得」については、メンタルヘルスの症状と負の相関関係にあり、これら2つの共感要素はメンタルヘルスの保護因子である可能性が示唆されました。
教員経験との関係について、「個人的苦痛」は教員経験が増すほど増加傾向にありました。一方、共感的関心と視点取得は減少し、想像性はあまり変わらないそうです。
また、「共感的関心」について、教員経験が多い幼稚園の先生にのみ、メンタルヘルスへの保護効果が見られました(表中のGroup1は経験が少ない先生、Group2は経験が多い先生のグループを示しています)。
このように、IRIで測定される共感性については、メンタルヘルスに対し負の影響を与えることも分かっており、ウェルビーイングに寄与するとは言い切れません。
日常的な共感とウェルビーイング
続いてご紹介する研究では、見知らぬ人に対する共感や仕事での共感ではなく、日常生活の中での主に身近な人に対して感じる共感を対象としています。なぜなら、人は親しい人に対し、より共感しやすい傾向にあることが分かっているからです(Meyerら, 2013)。
調査は246名のアメリカ人を対象に行われ、スマートフォンのアプリを用い定期的に幸福感や共感などに関する質問をしました。
その結果、平均して1日(12時間)で共感する機会は8.92回、共感を受ける機会は5.71回でした。また、共感の機会に対し、88%の確率で実際に共感したと報告しました。これは、共感の機会を逃している人もある程度いた、ということです。
共感する際、「感情の共有」、「視点取得」、「思いやり」の3要素が同時に発生する確率が75%と高くなっていました。要素単体では、「思いやり」が94%となっており、ほぼ全員が共感する際に「思いやり」を感じていたことが分かりました。先にご紹介した共感性の要素に「思いやり」が一部含まれる可能性はありますが、概念としては少々異なります。日常生活の中の社会的な相互作用の中では、よりポジティブな側面が表れるのかもしれません。
共感した相手に関して、ほとんどの場合が「非常に親しい人」と回答しており、「見知らぬ人」という回答はわずか6%でした。こういった共感の対象が異なることも、これまでの共感性の研究とは異なる点なのでしょう。
続いて、主観的幸福感との関係を見てみます。
全体として参加者は高いレベルの主観的幸福感(7段階のうち平均5.02)を報告していました。共感の機会を経験した場合と経験しなかった場合を比較すると、共感の機会を経験したと報告した人の方が主観的幸福感は高くなっていました。実際に共感すること(b = 0.25, t = 3.08, p = 0.002, r = 0.09)、共感の経験の程度(b = 0.17, t = 5.73, p < 0.001, r = 0.18)も、主観的幸福感の増加を予測しました。
しかし、共感による効果は単純ではなく、共感の内容がポジティブかネガティブかで主観的幸福感に対する効果が異なっていました。ポジティブな感情に対する共感機会やポジティブとネガティブが混合した感情に対する共感機会は主観的幸福感が高くなっていましたが、ネガティブな感情に対する共感機会の場合は、主観的幸福感に対する効果が見られませんでした。
この研究で報告された通り、日常生活における共感は、ネガティブな感情よりポジティブな感情に対する反応として報告されることが多いようです。そして、ポジティブな感情に対する共感は、主観的幸福感を高める効果があるようです。
おわりに
今回はウェルビーイングの構成要素の一つとして挙げられる「共感」についてご紹介しました。共感にはポジティブな面とネガティブな面があることを踏まえ、仕事上では相手に共感しすぎないように心がけるといったことも必要かもしれません。
(執筆者:丸山)
私たちの研究について
https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/rd/thema/well-being/index.html
参考文献
Huppert, F. A., & So, T. T. (2013). Flourishing across Europe: Application of a new conceptual framework for defining well-being. Social indicators research, 110, 837-861.
Calvo, R. A., & Peters, D. (2014). Positive computing: technology for wellbeing and human potential. MIT press.
小池はるか. (2003). 共感性尺度の再構成: 場面想定法に特化した共感性尺度の作成. 名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要. 心理発達科学, 50, 101-108.
Singer, T. (2006). The neuronal basis and ontogeny of empathy and mind reading: review of literature and implications for future research. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 30(6), 855-863.
デイヴィスM.H. 菊池章夫(訳). 1999. 共感の社会心理学 : 人間関係の基礎. 川島書店.
Decety, J., & Svetlova, M. (2012). Putting together phylogenetic and ontogenetic perspectives on empathy. Developmental cognitive neuroscience, 2(1), 1-24.
日道俊之, 小山内秀和, 後藤崇志, 藤田弥世, 河村悠太, & 野村理朗. (2017). 日本語版対人反応性指標の作成. 心理学研究, 88(1), 61-71.
鈴木有美, & 木野和代. (2008). 多次元共感性尺度 (MES) の作成 自己指向・他者指向の弁別に焦点を当てて. 教育心理学研究, 56(4), 487-497.
Huang, H., Liu, Y., & Su, Y. (2020). What is the relationship between empathy and mental health in preschool teachers: The role of teaching experience. Frontiers in Psychology, 11, 1366.
Depow, G. J., Francis, Z., & Inzlicht, M. (2021). The experience of empathy in everyday life. Psychological Science, 32(8), 1198-1213.
Meyer, M. L., Masten, C. L., Ma, Y., Wang, C., Shi, Z., Eisenberger, N. I., & Han, S. (2013). Empathy for the social suffering of friends and strangers recruits distinct patterns of brain activation. Social cognitive and affective neuroscience, 8(4), 446-454.