【論文紹介】ウェルビーイングと組織文化-大家族文化が従業員ウェルビーイングを高める
ウェルビーイングは、国や文化によって理想のイメージが異なりました(参考記事)。これは、国や文化の違いがウェルビーイングに影響を及ぼすと言い換えることができます。このことは、国を企業に、文化を組織文化に置き換えても、集団の大きさが変わるだけで、ほぼ同様に成立すると期待されます。すなわち、企業や組織文化の違いがウェルビーイングに影響を及ぼすと考えられます。
今回は、組織文化とウェルビーイングについて調査した論文プレプリント(Watanabe, et al., 2023)をご紹介します。
組織文化の分類
Quinnら(1983, 2011)の研究によれば、組織文化は組織構造(統制ー柔軟)と組織の焦点(内的ー外的)の2軸で分けることができ、下図のような4つの型に分類することができます。
この中で、対極にある大家族文化と市場型文化を比較すれば、文化の違いがウェルビーイングに及ぼす影響が鮮明に分かることが期待されます。
大家族文化は、道徳観や倫理観をベースとして家族のような一体感を持つ組織文化で、企業目的に従業員の成長をあげる傾向があります。
市場型文化は、戦略や計画・目標によって統制された組織文化で、企業の重要指標に生産性や効率性をあげる傾向にあります。
大家族文化と市場型文化は次のような質問で特徴づけられています。
大家族文化(clan culture)
の組織はとても個人的な場所だ。まるで大家族のようだ。人々は自分自身の多くを分かち合っているようだ
組織のリーダーシップは一般的に、指導、促進、育成の模範であると考えられている
組織は人間的成長を重視している。高い信頼、開放性、参加が持続している
市場型文化(market culture)
私の組織は生産志向が強い。個人的な関与はあまりなく、仕事をやり遂げることに大きな関心がある
組織のリーダーシップは、一般的に、積極的で、結果志向で、有意義な焦点を現わしていると考えられている
組織は競争力のある行動と成果を重視する。ストレッチターゲットの達成と市場での勝利が支配的である
従業員ウェルビーイング
これまでのところ、「従業員ウェルビーイング」という尺度は存在していません。そこで、この研究では、次の5つの尺度から質問項目を抜粋して、従業員ウェルビーイングとして測定しています。
職務満足度と組織コミットメントは組織の研究でよく使われる尺度です。人生満足度はウェルビーイングの研究で最もよく使われる尺度でしょう。協調的幸福感は、東アジアにおける幸福の研究で開発された日本発の尺度です。組織のアウトカムとウェルビーイングを混ぜ合わせた尺度になっています。
個人主義と集団主義
西洋と東洋の文化的違いとして、西洋は個人主義的、東洋は集団主義的とよく言われています。一方、Park & Kitayama(2014)よれば、アジア人はヨーロッパ系アメリカ人に比べて相互依存性が高いと社会的評価の脅威に敏感になることを、神経科学的側面からとらえました。
これは、社会的評価(いわゆる、社会の目、世間体、お天道様)に敏感な人は脅威を感じると向社会的行動をとりやすくなり、相互依存性が高い人が多い集団ほど集団主義的になることを表します。
そのため、相互依存性の程度が文化差として機能すると推測できます。
Park & Kitayama(2014)では、相互依存性を次のような尺度で測定しています。
相互依存性(一部抜粋)
人々が私をどう思っているかが気になります。
私自身の個人的な関係において、私と比較した相手の立場や、私たちの関係の性質が気になります。
知人と良好な関係を保つことが重要だと思います。
私はグループのメンバーと衝突することを避けます。
自分の意見が他の人の意見と対立する場合、私は他の意見を受け入れることがよくあります。
これを見ると、相互依存性は「他人との衝突を避け、そのためには自己犠牲をも厭わない」といった感覚に近いでしょうか。このような感覚を持つ人は、競争に勝利することが重要な市場型文化とは合わなそうに思えますね。
調査方法
Watanabeら(2023)は、組織文化が従業員ウェルビーイングに及ぼす影響を調べるための探索的研究として、先行研究の複数の尺度を用いたアンケートで調査を行いました。
アンケート調査は、期間を約1年空けて2回実施し、1回目は従業員ウェルビーイングを、2回目は従業員ウェルビーイングと組織文化および相互依存性を測定しました。こうすることで、従業員ウェルビーイングの変化に対して、認知される組織文化や相互依存性の影響を分析することができます。この調査での仮説は、下の図のようになります。
研究者らは、組織文化が「大家族文化」のときに従業員ウェルビーイングの変化に正の影響を与え、相互依存性はその影響度合いを増幅させる調整効果があると想定していました。
2回のアンケート調査の有効な回答者は、日本人の30代~50代の男女456名(男性237名、女性219名、平均年齢47.3歳、平均就業年数17.2年)でした。回答者を産業別に見ると、製造業106名(23.2%)、医療福祉69名(15.1%)、サービス業57名(12.5%)、小売業56名(12.3%)、建築業32名(7.0%)、金融保険業31名(6.9%)、運送業27名(5.9%)となりました。
調査結果①|大家族文化が従業員ウェルビーイングを高める
Watanabeら(2023)は、相互依存性を直接的な説明変数として重回帰分析を行い、「大家族文化」は従業員ウェルビーイングの全ての因子に対して有意で正の影響を及ぼしていること、「市場型文化」は協調的幸福度に対してのみ有意な負の影響(β=-.15, p<.01)を及ぼすことを確かめました(図4)。
これにより、仮説通り、従業員ウェルビーイングを高めるには、組織文化を大家族文化にすると良いことが分かりました。
ただし、「大家族文化」と「市場型文化」には中程度の相関(r=.58, p<.001)があり、これは実際には2つの文化が混在していることを示しています。すなわち、現実的には「大家族文化」と「市場型文化」は両立するということです。
ちなみに、相互依存性は、組織コミットメントに正の影響(β=.16, p<.001)、人生満足度に負の影響(β=-.08, p<.05)がありました。しかし、相互依存性単独では、従業員ウェルビーイングには大きな影響はないと言ってよいでしょう。
調査結果②|相互依存性が組織文化の効果を増幅する
続いて、Watanabeらは、組織文化と相互依存性が組み合わされた場合の従業員ウェルビーイングへの影響を分析しました。
その結果、相互依存性は、「大家族文化」から組織コミットメント・人生満足度・ユーダイモニア・協調的幸福感の4指標への正の影響を増幅させる効果があること、「市場型文化」からユーダイモニア・協調的幸福感の2指標への負の影響を増幅させる効果があることが確かめられました(下図)。
言い換えると、日本人のような意見の衝突を避けたい従業員にとっては、大家族文化にしろ、市場型文化にしろ、組織文化がよりウェルビーイングに大きく影響するということです。
したがって、相互依存性が高い従業員が多い企業では、組織文化により注目する必要があります。
まとめ
以上の結果をふまえると、次のようなことが言えるでしょう。
従業員ウェルビーイングを高めるには、組織文化を大家族文化にしていくべき
従業員の相互依存性が高い場合には、なおさら組織文化を大家族文化にしていくべき
したがって、伝統的な日本企業で従業員ウェルビーイングを高めるには、一体感・道徳観・礼儀・モラルなどを重視し、人を育てることを第一義的に考える大家族のような組織文化を醸成していくことが良いのかもしれませんね。