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どんなところに暮らすか?ウェルビーイングな住環境を考える。

はじめに

今回のテーマは「住環境とウェルビーイング」です。
前半では、住環境とウェルビーイングについて、「世界・大人」の視点でご紹介します。後半では、「日本・子供・通学」という観点から、論文の情報をもとにご紹介します。

[今回のポイント]

  • 通勤は幸福度にネガティブな影響を与える。

  • 生活満足度に対する住宅の広さによる影響はほとんどない。

  • 大気汚染や騒音は幸福度にとって重要な要素である。

  • 日本の子供の心身の健康は通学状況と関係がある

住環境とウェルビーイング

では、「Wellbeing Science and Policy」から住環境とウェルビーイング関する内容をご紹介していきます。

過去の記事で、自然が人々のウェルビーイング向上に寄与するといったことをご紹介しました。それを踏まえると、「自然豊かな地域で暮らした方が、ウェルビーイングが高い」イメージになるかもしれませんが、実際のところはどうなのか、ご紹介します。

まず、世界人口の半分以上は都市部に住んでいる、というデータがあります。では、都市で暮らした方が人々は幸福なのでしょうか。

人が都市に集まり、一緒に働き、暮らしていくことは、生産性を高めます。これが「都市集積」の考え方です。都市集積が進む段階では、都市部で暮らしている人の方が、幸福度が高い傾向になります。都市の方が、集積による恩恵を受けやすいためです。発展途上国において、都市に住む人と、その他の地域に住む人の幸福度のギャップが生じる、ということが実際に起きていることからも見て取れます。
しかし、さらに国が発展すると、都市とその他の地域における幸福度のギャップは小さくなります。さまざまな開発が進むことで、都市でなくても集積による恩恵が受けられるようになるためです。

図15.1より筆者作成

先ほどご紹介したように、十分に発展した国に暮らすのであれば、都市か地方かといった場所による幸福度の差はないはずでした。しかし、「通勤」という観点では、違った結果を示すことが分かります。このパターンでは、住居を決める段階で、「都市で働くことで得られる収入」や、「郊外の広い住宅」といったメリットを過大評価した結果が表れている可能性があります。

通勤時間とウェルビーイング

過去の記事で、「通勤はウェルビーイングに負の影響を与える」ということをご紹介しました。
以下はドイツにおける調査結果ですが、通勤時間が長いほど生活満足度が低くなっています。重回帰分析の結果、通勤時間を1日46分増やすと、通勤のない人に比べ生活満足度が0.08ポイント(10点中)低くなるという関係が見られました。

図15.2より筆者作成

先ほどご紹介したように、十分に発展した国に暮らすのであれば、都市か地方かといった場所による幸福度の差はないはずでした。しかし、「通勤」という観点では、違った結果を示すことが分かります。このパターンでは、住居を決める段階で、「都市で働くことで得られる収入」や、「郊外の広い住宅」といったメリットを過大評価した結果が表れている可能性があります。

住宅とウェルビーイング

では次に、住宅の広さと幸福感の関係についてみてみます。

アメリカでは、大きな家に住むことで自分の家に対する満足度が高くなります。すなわち、住宅に対する評価の重要な基準となるのが「広さ」だということです。そのようなこともあり、アメリカでは住宅の広さが年々広くなっていく傾向にあります。1945年から現在まで、住宅の広さはおよそ2倍になったそうです。

以下の図は、アメリカにおける住宅の広さと住宅の満足度を示しています。1987年から2007年にかけては、住宅の広さが右肩上がりです。一方、住宅の満足度はさほど上昇していません。

図15.3より筆者作成

なぜこのような結果になるか、ということを考察する前に、ドイツの経済学者カール・マルクスの言葉をご紹介します。

家は大きくても小さくても、隣の家が同じくらい小さければ、住宅に対する社会的要件はすべて満たされます。しかし、小さな家の隣に豪邸ができると、小さな家は小屋に縮んでしまいます。

カール・マルクス

過去の記事で「社会的比較(他人と自分を比較すること)」について紹介しましたが、どうやら住宅に関しても社会的比較が行われてしまうようです。
アメリカの一戸建てに関する調査では、自分の家の大きさが1%大きくなると、家に対する満足度が0.08%増加しました。一方、近隣の住宅の広さが1%増加すると、満足度が0.07%減少してしまいました。さらに、同じ家に長く住めば住むほど、満足度は低くなっていました。

つまり、アメリカにおいては「近隣と比較し相対的に家が広く新しいと、満足度が高い」のであり、単純に「自分の家が広ければ満足度が高い」という訳ではないようです。

ここまで住宅の広さと幸福感について、「住宅への満足度」という観点でデータを見てきましたが、より総合的な尺度である「生活満足度」に注目してみます。

生活満足度に対し、「住宅に関する要素」がどの程度影響しているのか、イギリスで調査されました。住宅に関する要素とは、単純に「広さ」を評価するものではなく、家賃や住宅ローン、室内の温度や湿度、建物の古さ、どのような住宅か(高層マンションor戸建住宅)などを変数として計算に盛り込んだものです。

分析の結果、生活満足度に対する住宅の広さによる影響は「ほとんどない」ということが分かりました。
次に住宅に関する要素を加味して計算していきます。すると、以下のようなことが示唆されました。

  • 住宅ローンを滞納している人は、生活満足度が0.6ポイント低い

  • 高層マンションの方が戸建てよりも生活満足度が0.32ポイント低い

  • 公営住宅に住む人は住宅所有者と同じくらいの生活満足度である

これらの結果から、「広い家を所有すること」は、必ずしも生活満足度向上のための要素ではなさそうだ、ということが分かります。

周辺の環境とウェルビーイング

過去の記事でご紹介したBLI(Better Life Index)でも、幸福をはかる指標の一つに大気汚染や騒音に関する項目がありました。それくらい、人々の幸福にとって重要な要素である、ということではないでしょうか。

ドイツにおけるパネル調査の結果では、二酸化硫黄※のレベルが1㎥あたり1㎍減少すると、幸福度が0.005~0.008 ポイント(10点中)上昇することが示されました。

※二酸化硫黄は主要な大気汚染物質のひとつです。酸性雨の原因となったり、ぜんそくや気管支炎などを引き起こすといわれています。

また、国レベルでの取り組みの成果からも、大気汚染が幸福度にとって重要な要素であることが示されています。
ドイツでは、1985年から2003年にかけて二酸化硫黄に関する取り組みが行われ、実際に二酸化硫黄削減が達成されました。このとき、幸福度は平均0.25~0.4%上昇していました。
この幸福度の変化について、数値だけ見ると小さいようにも思えますが、この変化を「収入」によりもたらそうとすると、その人の収入を倍にする必要があり、いかに難しいことなのかが分かるかと思います。

騒音とウェルビーイングに関する研究はまだ不十分であり、しっかりとしたデータがありません。
しかし、いくつか事例は報告されています。オランダのアムステルダムにあるスキポール空港の近隣住民に対する幸福度の調査では、住民は騒音により重大な影響を受けており、それを加味すると収入の4%に相当する補償を必要とするであろう、ということが示されました。一方で、空港周辺の住宅価格が極端に安いということもないため、住宅価格で人々の幸福を予想することはできないことも分かります。

子供の通学とウェルビーイング

ここまで、「Wellbeing Science and Policy」の内容を中心として、住環境とウェルビーイングの関係を見てきました。
その中で、大人にとって「通勤」はウェルビーイングにネガティブな影響を与えるということをご紹介してきましたが、子供はどうなのでしょうか。日本の子供の「通学」に当てはめて検討していきましょう。

通学の変化と役割

日本の小学生の通学手段といえば「徒歩通学」がメインでしたが、近年は特に地方において、「スクールバス」や「保護者の車送迎」も増えています。それは、少子化による学校統廃合が影響した校区の拡張、防犯上の問題など社会の変化によるものです。こういった「大人の管理下にある通学手段の増加」が子供の社会性や協調性などに影響を与える可能性が指摘されています。

そもそも、「歩いて学校まで行く」徒歩通学は、大人の通勤とは全く役割が異なります。
まず、「歩く」ことが子供の身体的健康の維持に非常に重要であるということです。実際、子供の肥満度と徒歩通学時間との間には有意な相関があり、子供の運動量を増やし身体的健康を維持するためには、徒歩通学が大きな役割を果たすことが指摘されています。
次に、通学時のコミュニケーションや、通学路での道草も重要であると考えられています。通学路における友だちや地域の人たちとの会話や、道草で自然の生態を知ったり、地域の人の仕事に触れたりすることが、子供の成長にとって重要であることが指摘されているのです。

徒歩通学が子供の身体の健康に影響をもたらしていることは、肥満度や運動量のデータからも明らかでした。一方、精神的な健康や幸福感という観点では、データが不十分でした。そのようななか、子供の通学状況と幸福感の関係についてアンケート調査を実施し、分析した研究がありましたので、ご紹介していきます。

子供の心身の健康と通学状況の関係

まず、身体的健康について確認です。徒歩通学する子供の歩行量は、それ以外の手段で通学する子供に比べ多くなりますが、身体的健康の尺度である「総身体活動量」「強い身体活動量」「中程度の身体活動量」についても多くなる傾向にありました。

次に、精神的健康について、ひとりで下校するか、同伴者と下校するかといったことで比較調査を行いました。その結果、同伴者の中でも友達と下校する子供は、一人で下校する子供に比べ、下校時の幸福度が高いことが示されました。下校時の同伴者としては友達のほかに通学班、兄弟姉妹、親、その他といった分類がありましたが、それらについては有意な差は見られなかったようです。

表7より筆者作成(A学校の結果のみ掲載)

下校時の道草と幸福感の関係

子供の下校時に行われるアクティビティ(道草)について、「塀を上る」「抜け道を通る」といった身体を動かすようなもの、「草むらに入る」「虫を捕まえる」といった自然と触れるもの、「おしゃべり」「あいさつをする」といったコミュニケーションに関するものがありました。そういったアクティビティと下校時の幸福感の相関関係について示したのが以下の図になります。

表8より筆者作成、縦軸は相関係数を示しています

これによると、川や土手で遊ぶことや、あいさつをすることは、下校時の幸福感に正の相関があるということが分かります。

では次に、幸福感の指標として「人生満足度」や「生活満足度(小学生版QOL尺度)」について見ていきます。「下校時アクティビティ」や「下校時困っていること」、「下校同伴者有無」等を独立変数とし、分析しています。その結果が以下となります。

図8~11より筆者作成、青実線が正に有意、黒点線が負に有意を示します

学校Aと学校Bで、学校の立地や通学の状況が異なるため結果に違いが表れていると考えられますが、いずれの学校においても「あいさつ」は人生満足度およびQOLにポジティブな相関があることが分かります。
学校Bにおいて「おしゃべり」がネガティブな値になっているのは、『学校Bの子供たちが「おしゃべり」という言葉を「しない方がよい無駄な会話」という風にネガティブに捉えていた可能性があるため』だそうです。

徒歩通学とスクールバスのバランス

徒歩通学には運動量増加による身体的健康、あいさつなどのアクティビティの効果による精神的健康が期待されることが分かりました。しかし、スクールバスを活用する保護者や子供へのヒアリングでは、「長い時間歩かなくてよい」「放課後の時間に余裕ができ他の活動ができるようになった」「天候に関係なく安心して通学できる」などといった声が多く上がっています。こういったメリットを加味しつつ、徒歩通学の良さを活かすために、以下のような提言がなされています。

  • 家からバス停まで少し歩く距離を確保する

  • あいさつ機会を増やすため、人通りのあるルートを設定する

  • 通学時のあいさつ指導を行う

おわりに

「登下校にどれくらいの時間がかかるか」ということは、「どこで暮らすのか」という親の決断の結果でもあります。大人としては、煩わしい通勤時間を減らしたい、支払う価格を抑え、なるべく広い住宅にしたいといったことがあるかと思います。どこで折り合いをつけるかというのは非常に難しい問題です。具体的な解決策は提示できませんが、目先のお金の問題だけに捕らわれず、自分たちにとっての「ウェルビーイング」をしっかり考え、住環境を考えていくことが必要なのかもしれません。

この記事は私が書きました。

参考文献

Diener, E. (2009). Well-being for public policy. Oxford University Press.

瀬藤乃介, 谷口綾子, & 石田東生. (2019). 通学状況が子どもの心身の健康に与える影響. 土木学会論文集 D3 (土木計画学), 75(5), I_1069-I_1079.

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