【基礎知識】エンゲージメントとウェルビーイングの関係|エンゲージメントの調整効果・媒介効果・決定要因
Gallup社の「State of the Global Workplace Report 2024」によると、日本の従業員エンゲージメントのスコアは6%で、香港とならび141カ国中で最下位でした。2017年以降、日本の従業員エンゲージメントは常に5~6%であり、日本の企業では従業員エンゲージメントの向上が重要な課題の一つとなっています。
一方、ウェルビーイングとエンゲージメントは関連した概念だと考えられます。例えば、PERMAやSPIREといったポジティブ心理学のウェルビーイングモデルでは、Eがエンゲージメントを表しています。ただし、ここで言うエンゲージメントは、主に「集中」を意味していて、心理学で使われる各種エンゲージメントとは意味的な違いがあるように見えます。
※PERMAやSPIREについては、下記の記事をご覧ください。
そこで、今回は学術的によく使用されている各種エンゲージメントを紹介し、ウェルビーイングとエンゲージメントの関係性を調べた比較的最近の研究をご紹介したいと思います。
主なエンゲージメント
一般に、エンゲージメントは強い繋がりを表す言葉で、状況によって「(会議への)参加」「(活動への)従事」「(結婚などの)約束」「(家庭教師などの)雇用」「(コミュニティなどへの)関与」「(敵との)交戦」といった多様な意味を持ちます。言い換えると、エンゲージメントは、2つの人・物事の強い繋がり、あるいは繋がりの強さのことを表しています。
企業の文脈では、主に顧客のエンゲージメント(顧客と商品・サービス・ブランド・企業の繋がりの強さ)と従業員のエンゲージメント(従業員と仕事・組織・企業の繋がりの強さ)が、議論されています。ここでは、学術的に研究されている従業員に関するエンゲージメントをご紹介します。
パーソナル・エンゲージメント
Kahn (1990) は、仕事の役割を遂行する中で、個人的な自分自身を持ち込んでいる程度を表す「役割内自己(self-in-role)」を測定する概念として、以下で定義されるパーソナル・エンゲージメントを提唱しました。
この定義の中で重要な単語は”harnessing”で、辞書によれば「馬具」を表します。つまり、馬と人を繋げる道具です。これは、企業組織の中においては、個人的な目的との繋がり(あるいは、モチベーション)を寓意しています。もしかすると、登山道具のハーネスによって、人がロープと繋がっている状況の方が、イメージしやすいかもしれません。
この定義に基づき、Kahn (1990) は、学生サマーキャンプと建築設計事務所の観察・文書解析・内省・インタビューを通して、パーソナル・エンゲージメントの3つの次元を明らかにしています。
心理的安全性は、Edmondson (1999) の研究が有名ですが、Edmondsonが「チームの心理的安全性」を提唱しているのに対し、Kahnは「(個人の)心理的安全性」を述べており、対象範囲をチームに限定していません。
ワーク・エンゲージメント
ワーク・エンゲージメントは、Maslachが定義した燃え尽き症候群の反対の概念として、Schaufeliら(2002)によって定義された仕事に対するエンゲージメントです。Schaufeliら(2002)では、インタビュー調査を通して、ワーク・エンゲージメントを次のように定義しています。
燃え尽き症候群とワーク・エンゲージメントは、構成要素が図1のように対応しています。
ワーク・エンゲージメントは、Schaufeliら(2002)が開発した質問項目17問で構成されるUtlehit Work-Engagement Scale (UWES) で測定することができます。UWESには、9問の短縮版UWES-9(Schaufeli, et al., 2003)と、3問の超短縮版UWES-3(Schaufeli, et al., 2017)も開発されています。UWESは、日本語版(Shimazu, et al., 2008; Schaufeli, et al., 2017)も開発されています。
従業員エンゲージメント
Gallup社のHarterら(2002)は、Gallup社で開発した調査票Gallup Workplace Audit (GWA) の結果を従業員エンゲージメントと名付けました。従業員エンゲージメントは、次のように定義されています。
GWAは、12問で構成された質問票です。Gallup社が公開する「States of Global Workplace Report」は、GWAの測定結果をエンゲージメントとしています。ただし、現在、GWAはQ12と名称が変更されています。
Harterらの研究(2002)は、7,939ものビジネスユニットの測定結果を分析し、従業員エンゲージメントが、収益性・生産性を促進し、退職意図を減らす効果があることを確かめた非常に重要なものです。
組織エンゲージメント
Saks(2006)は、組織コミットメントや組織市民行動といった概念の存在から、従業員エンゲージメントには、仕事(職務)へのエンゲージメントと組織へのエンゲージメントがあることを提唱しました。そして、2つのエンゲージメントは先行要因が異なること、またそれらの結果要因も異なることを確かめました(図2)。
図2によれば、職務特性(スキル多様性、完結性、重要性、自律性、フィードバック)は職務エンゲージメントにしか影響せず、組織公正性の一部である手続き公正性(評価が妥当な手続きで行われていること)は組織エンゲージメントにしか影響しません。
また、職務エンゲージメントの組織コミットメント・退職意図・組織市民行動(組織)への影響はわずかな有意性(p<.10)しかなく、組織エンゲージメントの方が確実に影響すること(p<.01)が示されています。特に、個人的な組織市民行動は、組織エンゲージメントしか影響しませんでした。
その後、Saksは、上記の結果にワーク・エンゲージメントを含めて検証(Saks, 2017)したり、組織エンゲージメントのレビュー(Saks, et al., 2022)を行っています。
エンゲージメントとウェルビーイングの関係
上記のようなエンゲージメントの研究では、エンゲージメントの効果として組織パフォーマンスを示す指標(職務満足度、組織コミットメント、退職意図、組織市民行動等)が使われることが多く、ウェルビーイングとの関係は分かりません。そこで、以降では、エンゲージメントとウェルビーイングの関係を確かめることを目的とした研究をご紹介します。
エンゲージメントの調整効果
ShuckとReio Jr (2014)は、従業員が自らの職場環境をどう認識しているか(心理的職場風土)が、従業員の個人的経験(燃え尽き症候群やウェルビーイング等)に影響するという先行研究の分析に基づいて、エンゲージメントが職場風土と個人的経験を調整するという仮説を検証しました(図3)。調整とは、エンゲージメントが高い人の方が、職場風土をポジティブに認識していて、消耗感を感じにくい、といった効果のことです。
調査方法
Shuckらは、医療業界で働く人216名(米国人179名、カナダ人22名、日本人7名、他)を対象として、アンケート調査を実施しました。使用されたアンケートは、表2の通りです。
調査結果
図4~7は、心理的職場風土と従業員エンゲージメントについて、平均値から-1σ以下の集団を「低い」、+1σ以上の集団を「高い」、その間の集団を「中間」として3群に分け、各結果変数(感情的消耗感、脱人格化、個人的達成感、心理的ウェルビーイング)について、スコアをプロットしたものです。
図4からは、職場風土の良し悪しに関わらず、エンゲージメントが高い従業員ほど消耗感を感じないことが分かります。職場風土が良い場合は、エンゲージメントが高いと加速度的に消耗感を感じなくなります。つまり、エンゲージメントは、消耗感に対する職場風土の影響を強化する調整効果があることが分かります。
図5は、エンゲージメントが低い従業員は職場風土が良いほど脱人格化が高まり、エンゲージメントが高い従業員は組織風土が良いほど脱人格化が低下することを表しています。つまり、エンゲージメントは、脱人格化に対する職場風土の影響を逆転させる調整効果があることになります。
図6は、職場風土の良し悪しに関わらず、エンゲージメントが高い従業員の方が個人的な達成感を感じやすいことが分かります。しかも、職場風土が良くなっても、エンゲージメントの低い従業員はある一定以上は達成感を感じないようです。一方、エンゲージメントが高い従業員は、職場風土がポジティブになると急激に達成感を感じやすくなるようです。すなわち、エンゲージメントは、達成感に対する職場風土の影響を強化する調整効果があると言えます。
図7からは、職場風土の良し悪しに関わらず、エンゲージメントが高い従業員ほどウェルビーイングを感じていることが分かります。職場風土が良くなるに比例して、エンゲージメントが高い従業員の達成感は高まります。しかし、エンゲージメントが低い従業員の達成感は、職場風土が良くなると低下します。すなわち、エンゲージメントの低さは、ウェルビーイングに対する職場風土の影響を抑制するような調整効果があることを意味します。
結論
Shuckらの研究では、ウェルビーイングにエンゲージメントが影響するものの、職場風土との兼ね合いで考えなければいけないことが分かりました。したがって、職場風土とエンゲージメントは同時に改善していかなければなりません。
エンゲージメントの媒介効果
Cankir & Sahin (2018)は、ワーク・エンゲージメントが、心理的ウェルビーイングが職務パフォーマンスに及ぼす影響を媒介するという仮説を立て、それを検証しました。
自己決定理論(Ryan & Deci, 2001)によれば、心理的ウェルビーイングの主要な要素である「人生の意味」は、3つの基本的欲求(自律性、有能感、関係性)で決定されるといいます。生き生きと仕事をする状態を表すワーク・エンゲージメントが高い状態は、3つの基本的欲求が満たされていると考えられます。
※自己決定理論については、下記の記事をご覧ください。
実際、心理的ウェルビーイングがワーク・エンゲージメントに正の影響があることが確認されています(Bruneto, et al.)。一方、職務パフォーマンスは、心理的ウェルビーイングとワーク・エンゲージメントが正の影響を及ぼすことが示されています(Holman, et al., 2002; Bakker, 2001)。このことから、次のような媒介モデルの存在が推測できます。
もし、ワーク・エンゲージメントを含まない場合の心理的ウェルビーイングから職務パフォーマンスへの直接的な影響よりも、ワーク・エンゲージメントを含んだ図8の場合の心理的ウェルビーイングから職務パフォーマンスへの影響が小さければ、ワーク・エンゲージメントが心理的ウェルビーイングから職務パフォーマンスへの影響を媒介したと判断されます。
調査方法
2016年、CankirとSahinは、イスタンブールの繊維部門で働く従業員と管理職322名(男性48.4%、女性51.6%)を対象として、オンラインでアンケート調査を行いました。この調査で使用された尺度は、表3の通りです。
調査結果
研究者らは、回答データをもとに、図8におけるワーク・エンゲージメントを含む場合と含まない場合について、構造方程式モデリングを使って、パス係数を計算しました。
その結果、心理的ウェルビーイングから職務パフォーマンスへのパス係数は、ワーク・エンゲージメントを含まない場合のβ=0.65 (p<0.01)から、含む場合にはβ=0.35 (p<0.01)へと減少しました(図9)。
この結果は、ワーク・エンゲージメントに媒介効果があったことを示唆しています。しかし、パス係数の減少率は46%(=1-0.35/0.65)だったため、ワーク・エンゲージメントは心理的ウェルビーイングの全ての影響を媒介するわけではないことも分かりました。したがって、ワーク・エンゲージメントは、心理的ウェルビーイングから職務パフォーマンスへの影響の一部を媒介すると考えられます。
結論
Cankir & Sahin (2018)は、従業員の心理的ウェルビーイングが職務パフォーマンスに影響を及ぼすことが再確認され、その影響の一部はワーク・エンゲージメントが媒介することが確認されました。これは、人生の意味を持ち、それに沿った仕事をしていると、仕事に充実感を持ち、職務パフォーマンスが向上することを示しています。
エンゲージメントの決定要因
ウェルビーイングには、2つの異なるウェルビーイング、すなわち主観的ウェルビーイング(ヘドニック・ウェルビーイング)と心理的ウェルビーイング(ユーダイモニック・ウェルビーイング)があります。Yuniasantiら(2024)は、①2つのウェルビーイングが安定的に区別されるのか、②どちらがワーク・エンゲージメントに影響するのか、を調査しました。
※2つのウェルビーイングについては、下記の記事をご覧ください。
調査方法
Yuniasantiらは、2つの回答グループを対象として、アンケート調査を行いました。第1グループは、文化的背景や職業的背景が同質の回答者で、ジャカルタに10年以上住むジャワ人で最低1年以上勤務している病院や保健センターの救急隊員110名(23~57歳、女性78%)です。第2グループは、文化的背景や職業的背景が多様な回答者217名(18~45歳、女性67%)で、民族はジャワ人が39%、スンダ人が14%、東ジャワ人が12%・・・、職業は民間企業が59%、公務員が21%、起業家が15%で構成されていました。
Yuniasantiらが用いた心理尺度は、表4のとおりです。主観的ウェルビーイングは、人生満足度と感情的ウェルビーイングで構成されます。人生満足度にはSWLSが用いれられ、感情的ウェルビーイングにはポジティブ感情とネガティブ感情を測定するPANASが使用されました。
調査結果
Yuniasantiらは、まず、2つのウェルビーイングが安定的に区別されるかどうかを調べるために、第1グループと第2グループ、および2つのグループ全体を表す第3グループに対して、SWLS・PANAS・PWBSの主成分分析を行いました。その結果、第1グループでは主成分が1つに、第2グループと第3グループでは主成分が2つになりました(図10)。
2つのウェルビーイングの定義によれば、第2グループと第3グループの第1成分は心理的ウェルビーイングを、第2成分は主観的ウェルビーイングと考えられます。これは、第2グループと第3グループでは、2つのウェルビーイングを区別できることを意味しています。逆に言えば、第1グループでは、主観的・心理的ウェルビーイングを区別できなかったということです。
第1グループと第2・第3グループの違いは、文化的背景と職業的背景の均質さでした。したがって、この結果は、文化的背景と職業的背景が均質な場合は、主観的ウェルビーイングと心理的ウェルビーイングが区別できないことがあることを示唆しています。推測ですが、第1グループの対象者は救急隊員なので、人命を救うという目的意識(心理的ウェルビーイング)と人命を救うことができているという満足感(主観的ウェルビーイング)は、2つのウェルビーイングが一致しやすいのかもしれません。
次に、Yuniasantiらは、2つのウェルビーイングのワーク・エンゲージメントへの影響を調べました。図11は、ワーク・エンゲージメントと主観的ウェルビーイングと心理的ウェルビーイングの間の相関分析の結果です。
まず、どのグループで計算しても、主観的ウェルビーイングと心理的ウェルビーイングの間には有意な相関がありませんでした。
図11で相関係数を比較すると、均質的な背景をもつ第1グループでは、主観的ウェルビーイングと心理的ウェルビーイングは、ワーク・エンゲージメントに同程度に影響があることが分かります。一方、多様な背景をもつ第2グループと第3グループでは、主観的ウェルビーイングよりも心理的ウェルビーイグの方がワーク・エンゲージメントへの影響が大きいという結果でした。
また、ワーク・エンゲージメントを目的変数とし、2つのウェルビーイングを説明変数とする重回帰分析でも、第2グループと第3グループで心理的ウェルビーイングの影響が大きいことが確認されています。
結論
以上の結果から、主観的ウェルビーイングと心理的ウェルビーイグは一般的には区別されるものの、特殊な条件の下では区別されないことが分かりました。また、ワーク・エンゲージメントは、主観的ウェルビーイングよりも、心理的ウェルビーイングの方が良く説明できることが分かりました。
まとめ
上記の研究によれば、エンゲージメントは、ウェルビーイングの原因(Shuck & Reio Jr, 2014)と説明されたり、結果(Cankir & Sahin, 2018; Yuniasanti, et al., 2024)と説明されたりしました。この点に関して、どちらの主張についても他の研究があり、現在のところ、エンゲージメントとウェルビーイングの関係には研究者による合意は形成されていないようです。
しかしながら、上記の研究結果からすると、エンゲージメントにはユーダイモニックな心理的ウェルビーイングの方が強く影響していると推測できます。
したがって、企業のおいてエンゲージメント・スコアを向上したい場合は、主観的ウェルビーイングよりも、心理的ウェルビーイングに着目した方が良いのではないでしょうか?
執筆:山本
参考文献
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